第80話 exclaim/叫ぶ

「ふぅ……何とかみんなを守れたわね……」

 グレーテさんは額の汗を拭い、立ち上がった。目の前には瀕死のハガノガネが倒れている。

「グレーテさん、大丈夫ですか!?」

「ええ、私は大丈夫よ。だけど……」

 グレーテさんは足元でピクピクとしているハガノガネに目を向けた。

「ちょっとやりすぎちゃったかしら?」

「あはは……」

 正直、とてつもなく怖かった。

「グレーテさん、あのモードって何なんですか?」

 そんな折、凛がグレーテさんに聞いた。

「ああ。あれはね、キルモードっていうの」

「キルモード?」

「そうなの。このグリムは私たちの家系で代々受け継がれてきた、命を司る鎌なの。普段は蔦を巻いて制御してるんだけど、ピンチになったら、スキルで蔦を解除して、私自身もこの鎌に持っていかれないようにするの?」

「……持っていかれるんですか?」

「そうよ? あの時だって私の魔力をずっと吸ってたわけだし、私みたいな多少魔族の血が入ってる人じゃないと、扱えないの」

「へぇ〜……」

 思い返せば、あの時のグレーテさんはまるで何かの悪魔のようだった。ツノはなかったが。

「というか、そんなことよりマリーを……」

 瞬間、私の脇腹が痛む。

「イダダ!」

「ああ! まだ全快はできてなかったのね。みーちゃん、あんまり動いちゃ危ないわ!」

「でも……」

「導華、任せて」

 戸惑う私の肩に凛が手を置いた。

「この導華のパートナーこと私が、何とかしてくるから」

「……わかった。凛、任せるよ」

「合点承知」

 そして、凛は根っこのなくなった開けた廊下を走り抜けるのだった。

「……ねえ、凛ちゃんってみーちゃんの彼女さんなの?」

「違います」



「『閃光』!」

 その頃、マリーとモルドレッドは激闘を繰り広げていた。

「その程度で俺を打ち破れると思うな!」

 マリーの一閃は白光を纏い、空に弧を描きながら、モルドレッドの剣にぶつかる。しかし、モルドレッドの剣は重く、それをうまく受け止めてしまう。

「『黒雷』!」

 対して、モルドレッド側は素早く剣を構え、マリーに向かって黒い稲妻と共に打ち込む。

「くっ!」

 マリーはそれを素早く車椅子を操作して、回避する。地面に稲妻が叩き込まれた。

「ぐつ、ちょこまかと!」

 その時、城が少し揺れる。

「キャ!?」

 モルドレッドはハガノガネが暴れているのだろうと思っていた。しかし、次の瞬間、付近にあった根がボロボロと崩れてなくなった。

「何ッ!?」

想定外の事態にモルドレッドは驚く。

(これって……きっと、田切さんたちがハガノガネを倒してくれたのだわ!)

 それに気がつき、マリーは笑みを浮かべた。

「私だって、負けていられないのだわ!」

 マリーは再びレイピアを構えるのだった。


「……一つ問うわ、モルドレッド」

 レイピアを構えマリーはモルドレッドと睨み合う。そして、彼女は疑問をぶつける。

「何でこんなことをしてるの?」

「何で、か……」

 モルドレッドはマリーをじっと見つめる。そして、彼の考えを語り始める。

「ずっと、俺は金持ちになりたかった」

 過去を振り返りながら、口を開く。

「覚えているか。アーサー家がここに来る前から俺はこの家系に仕えていた。元は俺は貧乏な家の生まれだった。だから、金目当てに両親は俺のことを売り飛ばした。そしたらどうだ。すぐ近くに金の山みたいな輩がいて、豪勢に暮らしている。俺はたいそう情けなくなったよ」

 段々と剣を握る手に力が入る。

「だから、俺は金持ちになりたいと思った。豪遊して、自由に暮らしたいと思った。仕え始めてから何年も俺はその隙を窺った。そしてついに、ここに移り住み、そのチャンスが出来上がった。俺はこれを好奇だと思った。だから、高い金を使って殺し屋を雇った。だが!」

 モルドレッドは目を血走らせていた。

「よりにもよって車椅子が壊れ! 厄介な輩が来やがった! 全く、お前の母親の呪いか!?」

「母様を呪い呼ばわりするな!」

 マリーは叫び、目をかっぴらく。

「だがそうだろう! お前の母親が死んでから、お前の後天的魂失症は侵攻が止まり、この一族も突然イグラディッシュという巨大な建設計画に加担することになった! まるで、お前らのいいように運命を捻じ曲げているかのようにだ!」

「違う! 母様は私たちを守っていてくださるだけだ!」

「それと呪いの何が違う! 死んでも未練がましく! 強欲に! 己の願いを押し通そうとする! まさに呪いそのものだ!」

「何だとっ……!」

 マリーが冷静さを失い、突進しかけたその時だった。

「死ね」

 アガサの膝蹴りが、モルドレッドの顔面に入る。

「アガッ!?」

「アガサ!?」

 モルドレッドはよろけ、アガサは後ろに飛び退いてマリーの横に立った。マリーはそれを呆然と眺めていた。

「何であなたがここに……」

「途中で時雨さんにあったんです。そこで、グレーテさんがこの城内にいて、彼女なら怪我を治せるかもしれないとのことでした。なので、時雨さんに領主様をお願いして、ここに戻ってきたのです」

 やがて、モルドレッドが立ち上がり、アガサを睨んだ。

「アガサ……お前……! 何をする!」

「ぶっ殺そうとしただけだ。ゴミクズ。何でお前がここにいると思ってる」

「ハァ!?」

「一般家庭。しかも貧しい生まれのお前と私。なぜ私たちが領主様のお近くでお仕えできると思っている」

 アガサはスッと顔を上げ、宣告した。

「奥様、カルミア様のおかげだ」

 アガサはその口から真実を語る。



 マリーには母親がいた。イグラディッシュにくる前に亡くなってしまったが、多くの人が彼女のことを慕っていた。美しい金髪に、青い瞳。そんな美貌に誰もが魅了された。

 そんなある日。カルミアの体に重大な病気が見つかった。かなり侵攻が進んでおり、もう治らないと宣告された。誰もがそれを悲しんだ。

「カルミア様、失礼します」

 ある日のことだった。アガサはカルミアに呼び出された。

「おはよう。アガサ」

 彼女は買われた召使いのアガサたちにも優しく接していた。アガサはそんな彼女が好きだった。

「何のご用ですか?」

 アガサは、寝たきりになってしまったカルミアに声をかける。カルミアは体を起こし、彼女を見た。

「今日はね、あなたにお願いがあるの。領主の妻ではなく、1人の母親として」

 アガサは、カルミアのベッドの横の椅子に座った。やつれていたカルミアの顔は、いつになく真剣だった。

「まずは一個。あなたなら勘づいているかもしれないけれど、あなたの役職は私が手を回したものなの。そして、他にもいっぱいおんなじような人がいる」

「……やはりそうでしたか」

 アガサは薄々勘づいていた。どう考えても、こんな立場にいる自分がお嬢様のお世話係などおかしいと思っていた。

「これからはその役職がなくなってしまうかもしれないの。だから、あなたから強くあの人に言ってあげて。私はこの役職でいたいですって」

 あの人とはおそらく領主様だろう。アガサはそう考える。

「そしてもう一つ。これが一番大事」

 カルミアはかけ布団に乗せた手をギュッと握る。

「マリーちゃんのこと、お願いしたいの」

「お嬢様のこと……」

「きっと、夫はマリーのことを気づいてあげられない。だけど、ずっと身近にいるあなたなら、気づいてあげられるし、何とかしてあげられると思うの」

 彼女はアガサの手を握った。その力は弱かったが、確かな意思があった。

「こんなことお願いするのが難しいのはわかってる。だけどお願い。あなたにしか頼めないの」

「……わかりました」

 その言葉が考えるよりも先に出た。



「……もうわかるでしょう?」

 モルドレッドは動揺する。

「まさか……俺が……?」

「いくら優秀でもこんな短期間で領主様直属の秘書になれるなど、おかしな話です。つまり、そういうことです」

 モルドレッドはその言葉を聞き、息を荒くする。

「わかったら、もう剣を……」

「うるさい!」

 叫び、腕を振る。その目は血走っており、明らかに正気を失っている。

「俺は来るところまで来てしまったんだ。もう引き返せない! だからもう何も言うな!」

「……ダメでしたか」

 何とか和解に持ち込もうとしたアガサだったが、その失敗を悟った。

「できればあまりお嬢様には戦ってほしくないのですが」

 瞬間、モルドレッドが懐から何かを取り出した。

「……あれは?」

 モルドレッドはそれを飲みほす。すると、彼の目が充血し、魔力が増大していくのが見て取れた。

「まずいな……。ドーピングですか……」

 何年も一緒にいたおかげで、マリーの実力はよく知っている。よく知っているからこそ、今の彼女ですらモルドレッドに敵わないことが理解できた。

「……仕方ない」

 アガサはため息をつき、マリーの車椅子を掴んだ。

「お嬢様。行きますよ」

「わっ!? え!?」

 マリーが困惑したまま、アガサは車椅子を推し進める。

「待てっ!」

 モルドレッドは血眼になって彼女たちを追う。しかし、アガサの鍛えられたその足には追いつけない。

「一体どこに……」

「もう少しです!」

 やがて、アガサの目的地についた。

「ここって……」

 そこは倉庫だった。アガサは素早くその戸を開くと、中に入った。

「『ロック』!」

 そして、魔法で錠をかけると、マリーに話しかけた。外ではモルドレッドがバンバンと戸を叩いている。

「いいですか、よく聞いてください。この倉庫には奥に抜け道があります。そこからお嬢様は逃げて、竜王様の元に向かってください」

「ちょ、ちょっと待って。アガサは一体……」

「……囮になります」

「……え」

「はっきり言わせてもらいますが、今のお嬢様では絶対にモルドレッドには敵いません。であれば、私が少しでも時間を稼ぎ、お嬢様が逃げた方が良いでしょう」

「アガサ、待って」

「長い間、ありがとうございました」

「いやだわ。こんな形でお別れだなんて」

「……こんな愚かな私を、どうかお許しください」

 アガサは抜け道にマリーを押し込み、自動運転をオンにした。すると、車椅子は一気に外に向かって走っていった。

「アガサ! いや! あなたまで行かないで!」

 その叫びは遠く離れていった。

「ごめんなさい、お嬢様」

 刹那、ついに倉庫の扉が破られた。

「……マリーはどこだ」

「言うわけないだろデクの棒」

 アガサは両拳をあげて、ファイティングポーズをとった。

「お前の相手は、私だ!」

 それは、彼女の覚悟そのものだった。



「やっと完成したぞ!」

 その頃、玄武はホテルの一室で大声を上げていた。

「こいつがあれば何とかはできるが……」

 出来上がったそれを転移門で一旦安全な場所に移したのち、ホテルの窓から外を見た。

「ん?」

 その時、玄武は誰もいない街の真ん中でポツンとある車椅子を見つけた。

「ありゃ……」

 玄武は急いでベランダから飛び降り、転移門でそこに向かった。

「こいつは……」

 そこにあったのはやはり自分が修理した車椅子だった。

「てことは……」

 そして、すぐそばに這いずっているマリーを発見した。城の方に向かっているらしい。

「マリーさん、大丈夫ですか?」

「竜王さん……」

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべているマリー。それを見た玄武はただ事でないことを察知する。

「何があったんですか?」

「実は……」

 そして、マリーは事の次第を全て話した。すると、玄武は黙り込んだ。

「……だから、急がないと……」

 マリーは再び這いずろうとした。そんなマリーを玄武が止めた。

「マリーさん、そんなことしてたら間に合いませんよ」

「そんなのわかってるんだわ!」

 マリーは地面を叩いた。

「わかってる……。わかってるのだわ……」

 大粒の涙を流しながら、手を強く握る。手のひらから血が流れ出す。

「だけど、ただ何もせずに好きな人1人守れない人のまま、終わらせたくない……。アガサに死んでほしくない……。たとえ無意味でも、こうしないと、今の自分を、肯定できないのだわ!」

 玄武は何か決意をし、マリーに声をかける。

「マリーさん。たった一つ、たった一つだけ、あなたがアガサさんを救ってハッピーエンドで終われる方法があると言ったら、どうしますか?」

「……え?」

「この方法には大きな代償を払うことになる。それでも、あなたはやりますか?」

「やるのだわ」

 それは、強い返答だった。

「アガサが救えるなら、この身を全て差し出す覚悟があるのだわ」



「ゲフッ……ゲフッ……」

 血を吐き、服は血まみれ。右腕は折れて、だらんと垂れている。

「弱いな。アガサ」

 モルドレッドは彼女の首を掴み、持ち上げた。

「うぐっ……」

 ただのお世話係が調子に乗るからだ。お前は大人しく、マリーを差し出しておけば、良かったのになぁ!」

 そう言いながら、アガサの腹部を殴打する。

「ウッ……」

「何だ、何か言ってみろよ!」

 再び殴打され、壁に叩きつけられるアガサ。ぐったりと倒れたその体と朦朧とした意識。そんな中、アガサはモルドレッドを見た。

「大事な人、守れて死ねるなら、本望だ。ばーか」

「……クソ女が!」

 拳を振り上げ、魔力が溜まっていく。アガサは終わりを悟った。

(ああ……カルミア様。最後までお嬢様を見てあげられませんでした……。ごめんなさい……)

「待つのだわ!」

 瞬間、倉庫の横の壁が大破する。

「何だ!?」

 そして、一閃の光がモルドレッドの腹部に突き刺さる。

「カハッ……!」

 血を吐き、吹っ飛ばされるモルドレッド。

「危なかったのだわ……」

 その声はアガサの聞き覚えのある、大好きな声だ。

「お嬢様……足……!」

 しかし、決定的に違う部分がある。

「何で……義足を……!」

「切ったのだわ」

「……え」

「足を、切ったのだわ」

 その言葉にアガサは絶句する。

「何で、そん、なこと」

「あなたを守るためなら、安いものなのだわ」

 マリーはレイピアを構え、モルドレッドに向く。

「アガサ。詳しい話はまた後でいっぱいしましょう。だからまずは……」



「2人で、助かるのだわ!」



 その姿はまさに、マリーの覚悟そのものだった。

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