第79話 grin/にこっと笑う

「なんのなのかしら……あれ……?」

 グレーテは部屋を飛び出して、街を駆け抜けていた。

「見たところ、前の植物の化ケ物と良く似ているけれど、大きさが桁違い。何をするわけでもなく、そこに生えているだけ……。君が悪いわね……」

 巨大な食虫植物は城を占拠し、そこにそびえ立っている。しかし、動かずただそこにいる。

「街にも人がいないし……なんなのかしら?」

 グレーテは建物に飛び乗り、その上を走り抜ける。

「やっぱり、こっちで行こうかしら?」

 そういうと、グレーテは右手前に伸ばした。

「『アイビー』!」

 すると、手のひらから蔦が出て、城の上部に絡みついた。

「さ、いくわよ!」

 グレーテは一気にそれを巻き取り、城の屋根に飛び乗る。

 屋根の上には以前の化ケ物が大量に居た。それを見たグレーテは即座にグリムを構えた。

「さて、お仕事を始めましょうか」



「玄武!」

 私たちは準備をした後、玄武の部屋の扉を叩いた。

「起きろ!」

「はいはい、なんだよ……」

 すると、寝起きなのだろう、眠そうな玄武があくびをしながら出てきた。しかし、服装は普通だった。

「こっちは発明のせいで寝てねぇってのに……」

「それどころじゃないんだって!」

 私は玄武に外を見てもらった。

「うおなんだあれ!?」

 外に聳え立つ巨大な食虫植物。流石に玄武も驚嘆の声を上げる。

「わかったでしょ!? だから、私たちを城まで転移で飛ばして欲しいの!」

 城まで行くのは少し時間がかかる。そのため、玄武に転移させてもらおうと思ったのだ。

「ちょちょちょ待て。内部の様子もわかんないのに、それは危険すぎるんじゃ……」

「そんなこと言ってられないでしょ!」

「……確かにな。せっかくの依頼人が死んだんじゃ、こっちも浮かばれねぇか」

 玄武は悩んだが、最終的には納得してくれたようだ。

「だが、これは完全にリスク度外視の行動だ。転移先がどうなってるか、俺にはさっぱりわからん。だから、いつでも戦えるように準備しとけ」

「「了解!」」

 こうして、私たちは城の中に転移するのだった。



 刀を構え、城に転移してきた。しかし、特に何もない。

「ここって……」

 そこは玄武が作業を行っていた倉庫。人気は微塵もない。

「なるほど。多少玄武も配慮してくれたってわけか」

 私たちは武器をいつでも出せるようにしつつ、恐る恐る扉を開いた。

「うおっ!?」

 すると、目の前に大きな根っこがあった。

「これって、あの植物のやつかな?」

「多分……」

「……やっと来たわけね」

 その時、廊下の先から声がした。聞き覚えのある声だ。

「ハガノガネ……!?」

 それは紛れもなく、あの時捕まったはずのハガノガネだった。

「お久しぶりですね」

 そう言って、彼女はメガネを上げた。手には何やら短めのステッキを持っている。

「なんでここに……」

「……もう言っても変わらないですよね」

 ハガノガネはため息をつき、話し始めた。

「私、雇われてるんですよ。ここの領主を殺せって」

「そういうことか……!」

「私、潜入が苦手なんですよ。だから、雇い主の人に頼んで、わざと捕まった後に解放してもらえるように手配してもらったんですよ」

 つまるところ、あの時捕まったのは城に潜入するためだったというわけだ。それで見事にそれが成功したと。

「というか、まさか雇い主って……」

「お察しの通り、領主さんの秘書さんですよ」

 ことはどうやら、思っていたよりも厄介らしい。



「くっ……!」

 その頃、玉座の部屋でマリーは戦火を交えていた。車椅子は激しく動き、火花を散らせる。

「『黒稲妻クロイナズマ』」

 それを黒い電気で受け流す男。

「なぜ裏切ったの……モルドレッド!」

 彼の目には光などなく、ただ野心が見えた。



 数時間前。就寝中のマリーの耳に、領主のうめき声が入る。

「なんなのだわ……?」

「どうかされましたか、お嬢様」

 困惑していたマリーに声をかけたのは、アガサだった。彼女はいつマリーが起きても良いように、すぐそばで待機しているのだ。

「今、お父様のうめき声が……」

「確認しに行きましょうか?」

「いや、私も行くのだわ」

 妙な不安感のあったマリーはアガサを引き連れて、領主の部屋に急いだ。

「お父様!」

 マリーが扉を開け放つと、そこには血を吐いた父とその横に佇むモルドレッドの姿があった。

「何をしている、モルドレッド!」

 アガサは叫び、モルドレッドに向かって走り出した。

「来るな」

 突然、モルドレッドは腰の剣を抜いた。

「なっ」

「今からこの島を支配するのは俺だ。領主なき今、その娘を殺せば、俺がこの地の領主になれる」

「何を言ってるの! そんなことできるわけが……」

「この島の領主は、投票制で決まる。もし、アーサー一族が消えて、その後推薦されるのは誰だと思う?」

 常に領主の側近で、住民からの信頼も厚い。もし、このままアーサー一族が絶えれば、モルドレッドが確実に実権を握るだろう。

「……そんなこと、させない!」

 マリーは車椅子横のレイピアを引き抜くと、構えた。

「アガサ。お父様を安全なところに連れて行って」

「ですが、お嬢様……!」

「このまま全員死ぬくらいなら、私は立ち向かうのだわ!」

「……面白い」

 そう呟いた後、モルドレッドは腕時計に目を向けた。

「……そろそろやつも動き出す頃だろう」

「何の話を……」

 唐突に地面が揺れる。

「キャ!?」

 そして、地面から大きな根が生えてきた。

「なんなの……これ!?」

「これは、俺が雇ったハガノガネのものだ。やっと仕事をするか」

「あなた、そんなことまで……」

「さ、お嬢様。一戦交えましょうか!」

 こうして、領主を連れて逃げるアガサを背に、マリーはモルドレッドに立ち向かうのだった。



「さて……あらかた片付いたかしら?」

 屋根の上では、グレーテが鎌を振り回して、化ケ物たちを一掃していた。

「それじゃあ、本丸を叩こうかしら?」

 その時、巨大な食虫植物が動き出した。

「あら?」

 すると、その口から化ケ物を呼び出した。その姿は先程戦っていたものよりもスリムで、強そうなオーラを放っていることがグレーテにも読み取れた。

「流石に、一筋縄じゃいかないわね……」

 グレーテは化ケ物と相対する。ジリジリと両者の間で睨み合いが発生する。

「……くるっ!」

 瞬間、屋根が一部陥没し、グレーテの目の前に化ケ物が現れる。

「速い!?」

 豪速の拳がグレーテに腹に入る。そして、グレーテはそのまま吹っ飛ばされて、植物にぶつかった。

「いたた……」

 グレーテは土煙の中から立ち上がり、化ケ物を見た。

(見たところ、スピードと威力特化。防御方面はわからないけど、長期戦はこっちの方が確実に不利……)

「……となれば」

 グレーテはグリムを両手で握り、スキルを発動する。

「『フォームチェンジ:キル』」

 すると、グリムにまとわりついていた蔦などの植物が消え、装飾品が黒くなっていき、禍々しく伸びていく。そして、グレーテの目が赤くなり、犬歯が少し伸びて口から見えるようになる。

「さて……始めましょうか」

 ニコリと笑うグレーテはまるで悪魔のようだった。



「『草本斬ソウホンザン』!」

 その頃、私と凛はかなり厳しい勝負を強いられていた。

「前よりも格段に強くなってる……!」

 その攻撃の一撃一撃が凄まじく重く、硬い。ガードも以前の比ではない。

「『ゼロアイス:ブリザード』!」

 凛が枝とは言えないほど太い木を凍らせる。

「無駄です」

 しかし、最も簡単にそれを破られ、氷が飛散し、木が暴れる。

「くっそ……!」

 木々に防火性能までついていて、炎での突破も難しい。

「であれば……!」

 私はおくの手を繰り出すことにした。

「凛、合わせて!」

「了解!」

 自分の魔力を一気に刀に流し込み、豪炎を発生させる。

「ほう」

「さあ、いくよ! 『炎刃全開』!!!!!」

 いくら防火があるとはいえ、限界がある。木々は豪炎に耐えきれず、だんだんと脆く燃えていく。

「一気に!」

 次々と木々を切り裂き、ハガノガネへと一直線に向かう。間にある木々も凛によって凍らされ、簡単に切れるようになっている。

「いける……!」

 その瞬間、私を強い衝撃が襲う。

「ガハッ……!」

 見れば、私の横から巨大な植物の根が伸びてきていた。

「この城に根付いているこの植物は私のスキル、『槁木死灰こうぼくしかい』によるもの。魔力を吸い取り、それを力にする。今、こいつは城にいる兵たちの魔力を吸って超巨大化している。当然、威力もその分強大だよ」

 何かを話しているが、よく聞き取れない。

(肋やられたか……?)

 何とか立ち上がり、刀を構える。

「なんでこんなに頑張るんだか……」

 ハガノガネはそう言ってニヤリと笑った。

「さて、そろそろ決着に」

 瞬間、私たちとハガノガネの間に何かが落ちてきた。轟音が響いた。



 ハガノガネは勝利を確信していた。

(槁木死灰を設置できた時点でほぼ勝ちは確定。どんな攻撃も後出しで防御できるし、攻撃も十分。楽な仕事だ)

 依頼人が自分で領主にトドメを刺したいと言い出した時はどうなるかと思ったが、一安心だ。

「さて、そろそろ決着に」

 瞬間、彼女の前に何かが落ちて、土煙が立った。

「ゲホッゲホッ……」

 ハガノガネはそれを手で一生懸命払うと、落ちてきたものを見て驚愕する。

「強化型食虫が……!?」

 それはハガノガネの出せる最大出力の化ケ物で、最強の存在。いわば、ハガノガネの奥の手だった。それが今目の前でズタズタに切り裂かれて、見るも無惨な姿に変貌している。

(これは槁木死灰がピンチになった時に出るようにしてあった。つまり、この上には、何かヤバいのがいる……!)

 そして、再び何かが落ちてきた。

「今度は何……?」

「あら、落ちちゃった」

 それは、キルモードになっているグレーテだった。



「グレーテさん!?」

 突如目の前にグレーテさんが落ちてきた。その上、見た目はまるで悪魔のようで禍々しい。鎌もいつもの植物が絡みついていない。

「あら、みーちゃん! 大丈夫?」

 私を見たグレーテさんは何の変わるもなく、私に笑顔を向けた。よく見れば、牙がある。

「私は肋程度ですけど……」

「あら大変ね。直さないと」

 グレーテさんはそう言って、屈んだ後に手を私の腹部にかざした。

「『ヒール』」

 すると、いつもより数段速い速度で痛みが引いて行った。やがて、私に怪我は完全に治った。

「うえ!?」

「もう大丈夫よ。頑張ったわね」

 そう言ってグレーテさんは私をギュッと抱きしめた。

「ちょ、グレーテさん。胸に溺れ……」

 私の顔とグレーテさんの胸がちょうど同じ高さで、危うく窒息しかけた。

「あらごめんなさい。ついうっかり……」

「もう大丈夫です。それで、グレーテさんは何でここに?」

「ああ、化ケ物を追いかけていたの。もう死んじゃったみたいだけど」

 そして、グレーテさんはハガノガネの方を見た。

「あの人がみーちゃんの肋を折った人?」

「そうですけど……」

「あら……そうだったのね」

 そう言って、グレーテさんは鎌を持ち直し、ニヤリとと邪悪な笑みを浮かべた。

「生きて帰れると思わないでね♩」

「ヒッ!」

 これほどまでに怖いグレーテさんは初めて見た。背中から威圧感が溢れ出ている。

「そっ、その程度で私を殺せると思うな!」

 ハガノガネは動揺しながらも、何とか立ち直す。そして、植物を操り、何十本にも及ぶ木に根を一気にグレーテさんにぶつける。

「グレーテさん!」

「大丈夫よ」

 刹那、根が全て消え去る。

「……は?」

 よく見れば、根は全てグレーテさんの足元に萎びて枯れている。

「何がどうなって……」

「グリムは、常に命を吸うの」

 グレーテさんが語る。そして、ゆっくりとハガノガネによる。

「くっ、来るなぁ!」

 ハガノガネは必死になってグレーテさんを退けようとするが、全て無意味に枯らされる。

「普段は植物を絡みつかせて、そこの命で満足してもらっている。だけど、それがなくなると、一気に凶暴化して、切り刻んだものの命を奪い去るようになる」

 ゆっくりと顔を上げて、ハガノガネに笑いかける。ハガノガネの目の前でグレーテさんが止まる。

「だから、いただくわね」

「あ、あ……」

 そして、グレーテさんによって顔を掴まれて、そのまま上にグレーテさんが飛び上がった。天井を突き破り、日が照る空の下に出た。

「さ、みんなにさよならして」

 ニコリと笑って、鎌を振り下ろす。



「『ソウル・メンス・キル』」



 ハガノガネと巨大な食虫植物に向かって、その刃が振り下ろされる。食虫植物が真っ二つ切り飛ばされ、それに巻き込まれたハガノガネはそのまま城の床に叩きつけられた。

「エガッ、フ」

 妙な呻き声を上げて、クレーターの中でぐったりと動かなくなったハガノガネ。それを見たグレーテさんは、何やらスキルを解除したのか、再び元の姿に戻った。

「さ、急いでマリーちゃんたちを助けに行きましょう」

「は、はい……」

 この日、私はグレーテさんに楯突くことは止めようと心の中で誓った。

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