第78話 abate/和らぐ

「さて……なんでここに来たのか吐いてもらおうか?」

 ここはイグラディッシュの中心にあるマリーたちの住む城の地下。悪人などを収容しておく施設だ。

「……」

 そこにいるのは、拷問官の女と警備兵。加えて、魔法が使えないように結界に入れられたハガノガネだ。

「……断ります」

 ハガノガネはあの後兵士たちに捕まり、ここに入れられたのだ。

「さっさと吐け!」

 拷問官は鞭でハガノガネを叩く。

「ウグッ……」

 苦しそうな表情を浮かべるも、一切として情報を吐かないハガノガネ。

(こいつ……ヒョロヒョロだからすぐに吐く根性なしかと思ったが、全く情報を吐こうとしない……)

 女はハガノガネのその頑固さに少し驚いていた。

「……交代の時間だ」

 そのとき、女の後ろから声がした。

「モルドレッド様」

 それは王の側近である、モルドレッドだった。

「わかりました。後を頼みます」

 女は座っていた椅子をモルドレッドに引き渡し、その場を退散した。

「お前らも、下がって良いぞ」

「「了解しました」」

 兵士たちもモルドレッドの言葉で女の後を追って去っていった。

「さて……」

 モルドレッドは深く息を吐き、その顔を上げる。

「お前が何をすべきか、わかるよな?」

 ハガノガネは真っ直ぐとその目をモルドレッドに向けていた。



 あの戦いの次の日。城に招かれた私たちはマリーの部屋にいた。めちゃめちゃ高級そうなベッドの上に座っているのだが、少しでも汚したらと考えると怖いとしか言いようがない。

「モルドレッドさん……だっけ。領主さんの秘書なのに、行って大丈夫だったの?」

「ああ大丈夫なのだわ。あいつは元拷問官だったから、本来はそういうのが得意なのだわ」

 確かにハガノガネが連れていかれる時に会ったが、ものすごく怖そうな人だった。

「そういえば、竜王さんはどこに行ったのだわ?」

 マリーは不思議そうな顔をしている。それは玄武がこの場にいないからであった。

「いや、それがね……」

 何があったのかというと、あの男なんとこのイグラディッシュに感史さんと新田さんを呼んだのだ。そして、酒場に入り、驚くべきことに昼間っから酒を飲んでいるのだ。

「まぁ! 竜王さんって酒豪だったのね!」

「お礼分にお酒を事務所に送っておきましょう」

「アガサさん大丈夫です。あの大きいホテルに泊めてもらってるだけでも十分なので」

 これ以上何かしてもらうのは申し訳なさすぎる。それに、今の玄武に何かを何かを当てると調子に乗るのが手に取るようにわかる。

「そうなのですね。なら仕方ありません」

 アガサさんはすんなりと引き下がってくれた。

「ところでアガサ。私、田切さんたちをあの場所に連れて行ってあげたいのだわ」

「あの場所にですか?」

「あの場所?」

 アガサさんは少し悩んでいた。しかし、私たちにはさっぱりわからない。

「こういうふうに実際に敵襲があった訳ですし、危険だと思うのですが……」

「大丈夫なのだわ! あの場所なら、みんなきっと知らないのだわ!」

「……わかりました。こっそりいきましょう」

 アガサさんはため息をつくと、何やら準備を始めた。

「田切さん、今から少し遠出……というほどでもないのですが、ある場所に行きますので、着いてきていただけますか?」

「まあ、良いですけど……」

 こうして、訳もわからず私たちはマリーとアガサさんに連れられてどこかに行くのだった。



 アガサさんたちに連れられてやってきたのは、山だった。ごく普通のなんの変哲もない山だ。

「今からこれを登るのだわ!」

「へぇ!?」

 運動を普段からしていないであろう凛が変な声をあげている。

「というか、マリー登れないんじゃない?」

 私はそれ以前に車椅子のマリーには山登りなど不可能なように感じた。目の前に見えるのは、舗装も何もされていないぼこぼことした山道。土や岩に溢れている。

「大丈夫なのだわ。アガサ、お願いするのだわ」

「承知しました」

 何をするのかと思えば、アガサさんがマリーの前に屈んだ。そして、マリーは倒れ込むようにアガサさんの背中に乗る。いわゆる、おんぶというやつだ。

「後はこれを……」

 アガサさんは片手でマリーの尻を支えながら、車椅子の何かのボタンを押した。すると、車椅子はすぐさま折りたたまれて、コンパクトなサイズになった。

「こんな機能までつけてたのか……」

 改めて、玄武の技術力とその熱意に驚かされる。

「ささ、急ぎましょ!」

 アガサさんの背中の上でノリノリのマリーを先頭に、山道を登り始めた。そこまで険しい道ではないが、ちょくちょく虫がいる。

「こんな山まであるとは……」

 ここイグラディッシュは人工の島であるはずだが、こんなふうに山まで作られているとは驚きだ。

「この山、本来はどこかの山の一部だったらしいのですが、装飾用にと持ってきたそうですよ」

「へ〜」

 流石、異世界。やることの規模が桁違いにでかい。魔法などあるせいで山でさえも装飾品扱いだ。

「あの……まだ……着かないんですか?」

 そんなことを考えていると、後ろでゼエゼエ言いながら山を登る凛が話しかけた。開始から10分程度だが、凛はすでにへばってしまったらしい。

「もうすぐですよ。そんなに遠くないので」

 やがて、段々と道がひらけてきて、ある平地に出た。

「わぁ……きれい……」

 着いた先にあったのは巨大な花園。色とりどりの花々に溢れ、陽光が差している。

「ここは私とアガサの秘密の花園なのだわ!」

「昔……まだお嬢様が歩けた頃によく私たちでこっそりとこの山を登って、ここに来ていました」

 アガサさんはマリーを花園の中心に下ろすと、マリーは周りの花を使って花の冠を作り始めた。

「私も少し見てこようかしら?」

 そう言って、グレーテさんも花園へと花を見に行った。

「私は……休憩……してるから……」

 すでに満身創痍な凛はその場に座り込み、呼吸を整えていた。

「すごいですね……」

 にしても、ここまで大きな花園見たことがない。辺り一面が花畑で、先もずっと続いている。

「私たちは時々、こうして昔を懐かしむためにここに来るんです」

 アガサさんは楽しそうに花を編むマリーを見つめてつぶやいた。そして、ポツポツと昔話を始めた。

「私は家族に売り飛ばされて、この一族の召使になった。そして、お嬢様と2歳差だった私に命じられたのは、お嬢様の遊び相手になること。アーサー一族の皆さんも、家族になんの躊躇いもなく売り飛ばされた私のことを気の毒に思ったのでしょう」

 アガサさんの昔話が続く。

「そして、私たちは出会った。お嬢様は私のことを姉のように接して、甘えてきました。私もそんなお嬢様のことを、どこか妹のように思っていました」

 アガサさんは目をうっすらと閉じ、手指を動かしている。

「ただの召使いとお嬢様。それだけ。それだけだったはずでした。ですが、今の私には何か、それ以上にお嬢様を大切に思う心がある」

 この話がマリーに聞こえていないのか、マリーはこちらに笑みを浮かべて手を振っている。アガサさんと私はそれに手を振りかえす。

「無力感と大切に思うその感覚。お嬢様と接しているとどこかそんな思いに駆られる。ドキドキして、虚しくて……。この気持ちは、一体なんなのでしょうか」

 それは誰に聞くわけでもない、アガサさんの率直な疑問。それは空中に溶け、飽和する。私はそれに、付け加えた。

「その気持ち、なんとなくわかります」

 私はぐったりとしている凛に目を向けた。

「大切に思っているけれど、なんとも形容し難い。大切では表現として少し足りない。そんな、無形な思い」

 団員として、友人として、一つ屋根の下で共に暮らす仲間として……。私も凛に対するなんなのかわからない感情を、どこか胸の奥にしまっている。

「私はそのままでいいと思います。そのまま、平穏に暮らせるなら」

 私はその気持ちにあまり目を向けないことにした。なぜなら、今の関係が壊れるのが嫌だから。今の、平穏で楽しい、そんな生活が壊れることを恐れているから。

「気持ちを直接伝えることも重要なことではあります。ですけど、直接伝えない方がいい未来をもたらすことだっておんなじくらいある。アガサさんが何を選択するかは自由ですが、私はそうすることにしました」

「……私たち、案外似たもの同士なのかもしれませんね」

「ですね」

 私たちはそう言って、笑い合った。

 やがて、マリーが花冠ができたようで、輪っかを持ちながら、こちらに手を振っている。

「お嬢様が呼んでいるので、私は行ってきますね」

「わかりました」

 アガサさんは花を踏まないようにゆっくりとマリーの方に向かって行った。

「わからない心……か」

 こうして、私たちは花園を満喫するのだった。



 それから私たちは色々なことをしながらこのイグラディッシュでの生活を満喫した。主にマリーやアガサさんと遊んだり、決闘したり、ご飯を食べたりなどだ。

「もうそろそろ滞在も少なくなってきたね」

「後もう3日? 早いね」

 そんなことをしていたら早いもので、滞在も後3日ほどになってしまった。

「この町でやれることは全部やり尽くした感じあるよね」

「ピザ食べたし、建造物見たし、色々遊んだし……」

「あら、まだ大事なことが残ってるわよ?」

「なんですか?」

「海よ、海。ずっと荒れっぱなしで入れなかったじゃない?」

「あ〜、そういえば」

 思い返せば、せっかく水着を持ってきたのに、まだ一度も使用していない。クラゲが大量発生したり、急に暴風が吹いてきて波がやってきたりと、さまざま理由があった。

「天気予報見たら、明日は晴れて入れそうだし、安心ね」

「そうですね。せっかくなら入りたいですもんね」

 あの綺麗な海。今から入るのが楽しみだ。

「じゃあ、今日は早めに寝ましょうか」

「そうね。しっかり明日に備えましょう」

 こうして、私は来る海に思いを馳せながら、眠りに落ちるのだった。



「さて、そろそろ寝ようかな」

 ちょうど、その頃玄武も寝ようとしていた。寝間着に着替え、布団の用意をしていた。その時、玄武の携帯が鳴った。

「はい、なんですか?」

「おお、玄武。少しいいか?」

 それは、玄武の師匠である鉄塊だった。

「ああ師匠。どうかされましたか?」

「お前、俺の車椅子の設計図持っていったか?」

「ええ、持っていきましたよ」

「そうか……」

「何かまずいことでもありましたか?」

「いや、それならこれがもしかしたら必要になるやもしれん。転移門を展開してくれ」

「あぁはい」

 何が何やらわからぬのまま、玄武は言われた通り、転移門を展開した。すると、設計図が送り込まれた。

「これは?」

「きっといつか必要になるもんだ。大事に持っておけ」

「わかりました……」

 そして電話が切れた。玄武は不思議に思い、その設計図を開いた。そして驚いた。

「……なるほど。師匠はこれを作ろうとしていたのか」



「導華、急いで起きて!」

 私はそんな声で目が覚めた。凛にゆさゆさと体を揺すられ、何とか体を起き上がらせる。

「どうしたの?」

「あれ、あれ見て!」

 凛が指差した先にあったのは、城を包み込む、巨大な食虫植物。その大きさは優に40メートルを超えていた。

「何、あれ……」

 寝起きの頭を必死に働かせる。そしてわかった事は、マリーとアガサさんの身が危ないということだ。

「グレーテさんは!?」

「もう向かってる!」



「私たちも行こう!」



 こうして、私たちは、再び城へ急ぐことになったのだった。

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