第77話 resin/樹脂

 その頃、城では……。

「ドォォォォォン!」

「なんの音だ!?」

 城の武器庫が大きな爆発音を立てて爆発して、城の衛兵たちがわらわらとそちらに向かっていた。

「何者だ!」

 その土煙の中に何者かがいる。衛兵たちは華奢な体格から、女だと推測する。

「へへへ……。失礼しますよ……」

 突如、その陰から何本ものツルが生えてくる。

「うわっ!?」

 近くにいた衛兵たちはあっという間にそれに掴まり、身動きが取れなくなる。

「へへへ……。ちょっといただきますね……」

 そんな女の暗い声がしたかと思うと、衛兵たちの体から魔力が吸い取られ始めた。

「うわあぁぁ……」

 段々と体に力が入らなくなり、やがてばたりと倒れ込んでしまった。

「それじゃあ、行きましょう」

 土煙の中から出てきた女は、その後ろに大きな花を連れて、城の廊下を進むのだった。



「美味しいですね」

 その少し前。玄武はアンデラスと共に夕食を食べていた。

「そうですね……」

(こっうぇ〜!)

 しかし、内心彼はものすごくビビっていた。流石の玄武といえど、これほどの島の領主という凄まじい立場のお偉いさんと食事をしたことがなかったのだ。

(食事の味がしねぇ……)

 胃がキリキリとしつつも、なんとか食事を食べる。幸い、テーブルマナーは昔叩き込まれたので、問題なかった。

「それで、竜王さんはどうなんですか? お仕事の方は」

「ああ、それはですね……」

 しかし、問題はそれ以外。定期的にアンデラスが質問してくるのだ。玄武は自分で何を言っているかうまく認識できていなかったが、なんとか答えきった。

「……ごちそうさまでした」

 そうして、なんとか食事を食べ切り、玄武は一安心した。

「さて、そろそろ私はお暇させていただきましょうかね」

 その場からいち早く去りたい玄武。若干の冷や汗を首から垂らしながら、笑顔を作りそう言った。

「そうですか。もう少しお話ししたかったのですが、残念です」

 アンデラスは残念そうな表情を浮かべた。玄武の良心は多少痛んだが、それよりも彼は己の胃袋のキリキリをなんとかしたかった。

「では、モルドレッドに出口まで案内させましょうか」

「……お願いします」

 断ろうか迷ったが、これ以上相手方の良心を踏み躙るようなことはしたくなかったので、素直に受けた。

「お連れします」

 いつの間にか現れたモルドレッドは玄武の前に立ち、礼をした。

「あっ、お願いします」

 玄武もそれにつられて礼をした。

「では、こちらへ」

 モルドレッドに連れられて、廊下を進む。厳かな雰囲気の廊下に多少耐性のあった玄武は、そこを平然と進む。

「……竜王様。失礼ですが、この後のご予定は?」

「予定ですか?」

 玄武はそう聞かれて、素直に答えた。

「この後は部屋に帰って、晩酌でもしようかと」

「そうでしたか。この島はお酒も美味しいですからね」

 モルドレッドはそう言って笑った。玄武にはなぜこんなことを聞いたのかよくわからなかったが、特に深掘りはしなかった。

「では、そちらに私おすすめのワインをお送りしますね」

「え!? いいんですか!?」

 玄武は導華と違い、もらえるもんは全部もらえ精神である。そのため、ワインという高級品をもらえるという話に食いつかないわけがない。

「ぜひお願いします!」

「了解しました」

 こうして、玄武は意気揚々とホテルに帰るのだった。



「ドォォォォォン!」

「うお!?」

 城を出て少しした頃。玄武は爆発音を聞いた。その音で少し地面が揺れる。

「なんだ!?」

 見れば、城の方から煙が出ている。

「オイオイ、落ち落ち休んでもいられねぇな」

 玄武は踵を返し、城へ戻ろうとする。

「グリリ……」

 しかし、その行手を足の生えた、目がなく大きな口を持った食虫植物のような生き物が阻む。

「なんだこいつ!」

 玄武は驚嘆の声を上げた。それもそのはず、彼の長い守護者人生でこんな化ケ物を見た覚えがないからだ。

「動物っぽくもねぇし……」

 そんなことを言っていると、目の前の生き物は大きく開けたその口から紫の液体を吐き出した。

「うおっと!」

 玄武はそれを仰け反りながら回避する。すると、その液体は地面に落ち、大きな穴を開けた。

「マジかよ……」

 相当強い酸だ。玄武とて、触れればひとたまりもないだろう。

「しっかたねぇ。ここでぶっ倒してやるか!」

 玄武はその生き物へ銃弾を放つのだった。



「どうなってんのあれ!」

 私たちはホテルの階段を駆け降りて、外に出た。すると、その先にあったのは、異常なほどに植物の絡みついた建物だった。

「わかんない! でも、とにかくお城に行けば何かわかるかも!」

 植物だらけの建物を尻目に、私は道をかける。逃げ惑う人の波。それに押されそうになりながらも、なんとか潜り抜ける。

「も〜、ゆったりバカンスもできないじゃん!」

 自分の不運を嘆きながら、とにかく城へ足を進める。

「うお、導華たちじゃねぇか!」

 すると、聞き覚えのある声がした。

「玄武!?」

 それは玄武だった。

「というか、何そいつ!?」

 私はそれよりも玄武が戦っている謎の化ケ物が目に入った。

「わからん! だが、こいつらは明らかに敵対してる!」 

 玄武はそいつらに向かって銃を放ち、顔を数発撃ち抜く。すると、化ケ物はうめき声をあげる。しかし、そのすぐ後に、顔と思しき部分の植物が動き、その穴が塞がった。

「再生能力まで持ってんのかよ!」

 ひとまず私は玄武に事情を聞くことにした。

「何が起きてんの、これ!?」

「俺にもさっぱりだ。城から出てきたところで突然爆発して、このザマだ」

「じゃあ、玄武にも何にもわかんないってこと?」

「そういうことだ」

 次第に植物の化ケ物が増えてきた。

「導華、お前は凛と一緒に城の様子を見てこい」

「玄武は?」

「グレーテと一緒にこいつらをぶっ倒す」

「了解」

 私は振り向き、グレーテさんたちに叫ぶ。

「グレーテさん! この頼みます!」

「ええ、任せて!」

 グレーテさんはすでにどこからか相棒の鎌、グリムをその手に中に持っていた。

「凛、いける!?」

「もちろん!」

 凛もパソコンを取り出し、マフラーを巻いている。

「行くよ、城まで!」

 こうして、私たちは城に急ぐのだった。



 一方その頃。城の中では女が植物を引き連れて、侵攻していた。

「うわっ!?」

 兵士たちは対抗しようと、女の前に立ちはだかるが、残念ながら無意味に終わる。

「へへへ……このままうまくいけば……」

「待ちなさい」

 順調に進んでいた女の前に、何者かが立ち塞がる。

「……あなたですか」

 女はかけているメガネをかちゃりと動かして、顔を上げた。

「私の名前はマリー・アーサー。あなたは何者?」

 マリーは後ろからアガサに車椅子を押してもらう形でやってきた。

「私の名前は……ハガノガネ。そう名乗っておきます」

 ハガノガネと名乗った女はマリーを見た。

「まさか、お姫様が直々にやってきてくださるとは」

「随分とやりたい放題してくれたみたいですね……」

 マリーは周りを見渡し、倒れている兵士を見てそう言った。そして、車椅子についているレイピアを抜くと、構えた。

「ここまでですよ。ハガノガネさん」

 マリーのレイピアを見たハガノガネは一切の表情を変えなかった。

「そうですか……。ですが、私にも依頼がある手前、おいそれと退く訳にはいきません」

 ハガノガネの背後から多数の木々の枝が伸びて、マリーに向く。

「申し訳ないですが、どいてもらいますよ」



「マリー!」

 私は城の大きな扉を叩き斬った。開かなかったし、非常事態だったので仕方がない。

「うわっ、ここにもいる!」

 中に入ると、そこは植物の化ケ物だらけだった。

「仕方ない……。凛、アシストお願い!」

「わかった!」

 私は刀に手をかけて、それを魔力を込めながら引き抜いた。

「『炎刃』!」

 大きな炎の円弧が空を舞う。そして、化ケ物を切り倒し、燃やす。

「『ゼロアイス:コールド』!」

 それを凛が凍結させ、燃え広がるのを防ぐ。

「この調子なら、簡単にいけそう!」

 私たちはこのまま廊下を進んでいった。そのうち、私は金属が激しくぶつかる音を耳にした。

「……こっちからか!」

 その音は近くの下階段から聞こえているらしい。とにかく、私はその階段を飛び降り、その先へと走る。

「マリー!」

 石造りの廊下の先にいたのはマリーと謎の女だった。

「田切さん!?」

 車椅子を高速でバックさせて、私のところにやってきた。

「あいつ、何者ですか?」

「わからないです。ただ、ハガノガネと」

 その女は丸い大きなメガネをしていて、ローブを羽織っていた。猫背で、目の下にはクマが散見される。

「見た目はひょろっとしてますが、その力は本物です。どうやらあの植物に絡め取られると、魔力を吸われてしますようです」

 ハガノガネの背後では木々が蠢き、まるで何かの生命体のようだった。

「その上、背後にいるあの巨大な植物もなんなのかわかりません」

 確かに、ハガノガネの後ろには大きな食虫植物のようなものがいる。これもあの化ケ物の一種だろうか。

「とりあえず、加勢に来ていただいて助かりました」

「いや、マリーも無事をそうで良かった」

 そう話していると、ハガノガネが口を挟んだ。

「あの……そろそろいいですか。私も暇ではないので……」

「……ひとまず、あの人をなんとかするのだわ」

「了解」

 こうして、私とマリーの共闘戦線が幕を開けた。



「『炎刃』!」

 まず先陣を切ったのは私。向かってきた枝を炎で切り裂き、燃やし尽くす。

「……炎系ですか。相性が悪い……」

 ハガノガネは露骨に嫌そうな顔をしている。

「であれば、撤退していただきたい!」

 そのまま突き進み、枝枝を退けていく。

「ですが、対処法が無いとも言っていません」

 そう言って、ハガノガネはスキルを発動した。

「『性質変化:イチョウ』」

 そういうと同時に、今までいとも簡単に切れていた木の枝が突然、鉄のように硬くなった。

「硬っ!?」

 そして、その枝に弾かれる。

「っ! なんですかあれ!?」

「イチョウ。その木は防火効果があると言われ、街路樹などでもよく植えられている……」

 ハガノガネはそう語った。

「私のスキルは『樹木操作ジュモクソウサ』。木々の性質やら形やらを自在に変形させることができます」

「……いいんですか、手の内明かしても」

「大丈夫です。どうせ、わかりやすい能力だと思うので」

 そう言ってため息をつき、メガネを上げた。

「それに、本質はそこじゃないので」

 兎にも角にも、厄介な能力だ。いわば玄武の樹木版。防火までできるとなると、その厄介さも増す。

「燃やせなくても、切れはするでしょ!」

 私は炎ではなく、電気に性質を変化させた。

「『雷刃』!」

 そして枝にぶつかる。しかし、今度は全く切れない。

「なっ!?」

「元から私の木々はかなり硬い。先程までは炎で焼けたために耐久性が落ちて、切れていた。そういうことです」

 私は後ろに飛び上がり、マリーの元へ戻った。

「さて……どうする?」

 燃やせず、切れもしない。ここまで来たら、かなり厳しくなってくる。

「……ねえ、導華。いい?」

 その時、凛が話しかけてきた。

「どうしたの?」

「一つ作戦があるんだけどさ……」

 そこで凛は私とマリーにある作戦を話した。

「……なるほど。それなら、枝も突破できそうだね」

「ですが、できるのだわ?」

「できるさ。きっと」

 私はその作戦に乗ることにした。



「マリー、いける?」

「大丈夫なのだわ」

 私とマリーはレイピアを構え、凛はその後ろでパソコンを構える。

「はっ!」

 まず私が走り出す。そして、マリーはその後ろを続くように走った。

「また単純な……」

 ハガノガネはため息をつき、再び枝でガードを固めようとした。

「凛、今!」

「了解!」

 凛はパソコンを開き、魔法陣を発動する。

「『ゼロアイス:レードブリザード』!」」

 それは猛吹雪を巻き起こし、氷で枝を凍結させた。

「……ほう?」

「これなら、切れるでしょ!」

 私はを炎を再び出す。

「『炎刃』!」

 そして、凍結した枝に刀を振るった。今度はそれに刃が入り、ついに両断された。

「切れた……」

 原理は簡単だ。氷で枝を凍結させることによる、内部の水分も同時に凍結させる。それにより、水の堆積が上昇して、なおかつ外部からも氷の圧力がかかり、木自体にダメージが入る。そうすることで、木の耐久度を落として、見事、ぶった斬ったという訳だ。

「マリー、残りは頼んだよ!」

「任されたのだわ!」

 道は作った。私は切るので精一杯だった。いくら耐久度が落ちているといっても、あれほどの硬さがあったのだ。だから、残りの攻撃をマリーに任せる。

「はぁ!」

 マリーは器用に車椅子を回転させ、ハガノガネの右脇腹からレイピアを当てる。



「『光速斬破』!」



「カハッ……」

 ハガノガネは倒れて、周りの枝枝も力を失ったように倒れる。

「一旦は……退場ですか……」

 ハガノガネは何かを言い残して、気を失うのだった。

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