第76話 unscathed/無傷の
「えぇ? お手合わせって……」
私は一瞬、マリーが何を言っているのか理解できなかった。
「私、このように車椅子になってからも剣術の修行はやり続けているのです。ですから、そこらの兵よりはよっぽど強いですよ?」
マリーが指を弾くと、アガサさんは奥から細く綺麗なレイピアを持って来た。マリーはそれを手に取り、その鞘を車椅子の左側に取り付けた。
「竜王さんの車椅子だと、動きやすく、お嬢様1人でも自在に動かせるので、田切さんが想定してるよりも身軽に戦闘を行えるのです」
「なるほど……」
車椅子で戦うことができるのかは謎だが、あちらから誘われたのだ。玄武にくっついてるだけの立場の私に断るだけの力はない。
「なら、やりましょうか」
そうして、私たちは城の内部の闘技場へと向かうのだった。
「……よし、中々いい調子」
マリーは車椅子を触ると、微笑する。
「にしても、広い闘技場ですね」
私たちは城の内部を通り、その闘技場にやって来た。そこはまるでコロッセオのようで、地面は土、さらに観客席もある。
「たまにここで強者を連れて来て、戦わせたりするのだわ」
「へぇ〜マジの闘技場なんですね」
やがて、あちら側の準備も終わったようで、マリーがアガサさんに合図を送った。
「では、私が右腕を上げたら始めてください」
その場に静寂が流れる。互いに見つめ合う視線。
あちらからお願いされた手合わせ。たとえ、車椅子とて、手を抜くわけにはいかない。
「始めッ!」
先手必勝。私は足を踏み込み、一気に刀に魔力を流し込みつつ、前に駆け出した。
対して、マリーは動きを見せない。
「『炎刃』!」
赤い炎が弧を描き、マリーの刀とぶつかり合う。凄まじいほどの熱量と、炎がマリーに襲いかかる。
「『
しかし、その炎は、マリーのレイピアから放出される光によって引き裂かれた。光はまるで刃物のように炎をなきものにした。
「何ッ!」
私は即座に後ろに飛び上がる。瞬間、私のいた地点に無数の光の刃は切り下ろされる。そして、地面に数個の穴を作り出した。
「っぶなかった……」
冷や汗が額を流れる。ここまでの威力がある一撃だとは。正直侮っていた。
(あの光の刃……。炎すら切り裂くなんてね……)
ここに来てからもうすぐ半年になるが、こんな経験は初めてだった。
(近距離だとあの高速の刃の餌食になる。だったら……)
私は刀に流していた魔力を切り、左手にそれを集中させる。
「こい、『炎刃顕現』!」
右手に炎が集まり、刀の形を形成した。
「へぇ……。面白いスキルなのだわ」
その後、刀に風の魔力を纏わせる。
「さて、いきますか!」
再び右足を踏み込むと、今度はマリーの前方で刀を構えた。
「『炎刃』!」
そして、炎刃を発動させ、空中に炎の弧を発生させる。その空中で弧を描く炎に向かって、今度は右手の刀を振るう。
「『風刃』!」
すると、炎は風の力を受けて豪炎となり、渦を巻きながら、マリーへと向かう。
(遠方からの高火力! これならリスクほぼ無しで大技を打てる……!)
「中々、やるのだわね!」
マリーは何をするのかと思えば、車椅子を高速で回し出した。円を描きながら、どんどんと速くなる。
「なっ、何する気!?」
「人間の足ではとても出せないこの速度。とくと見よ!」
豪炎が当たる瞬間、マリーは円から外れて、真正面から炎に当たりに行った。
「あれを正面から!?」
炎はマリーのレイピアにぶち当たる。その刹那、マリーがスキルを発動する。
「『
凄まじい勢いの豪炎は、美しい軌跡を残したレイピアによって真っ二つに斬られてしまった。
「速度をつけることによって、普段では出せないような火力を出してるわけか……。車椅子だったら、足よりもスムーズに回れて、足よりも頑丈……。なるほど、車椅子を直してもらいたいわけだ」
「普通の車椅子だと、あれ一回で壊れてしまうのだわ。だから、何度やっても壊れない、この車椅子が必要なのだわ」
再び状況がフラットになる。地面はボコボコだが、互いに未だ無傷だ。
「じゃあ、次はこれで……」
「ふふふ、では私も……」
「待ってください」
私が刀に、マリーがレイピアに魔力を込めようとした瞬間、アガサさんが私たちの間に割って入った。
「なんで止めるのだわ?」
「お嬢様、これ以上やり合ったら絶対に壊れます」
確かに、今の段階でもだいぶ闘技場はボロボロだ。今から2人で大技をぶつけ合ったら、確実に崩れる。
「まあ、確かに……」
「お嬢様、ここで一旦中止になさってはどうですか?」
マリーは少し悩み、若干嫌そうな表情を浮かべた。
「……仕方ないのだわ。戦う感覚も戻って来たし、ここでやめておくのだわ」
マリーは名残惜しそうだったが、流石に壊れるリスクは理解していたのだろう。渋々戦いを中止した。
「導華、とても楽しい決闘だったわ。ありがとうなのだわ」
「いえ、こちらこそ」
こうして、私たちの激闘は幕を下ろした。
「いや〜、すげぇ迫力だったぜ」
闘技場から戻ると、玄武たちが待っていた。
「お前、いつの間にあんな技できるようになってたんだよ?」
「ああ、あれは即席。いけるかなって思って」
「すごいわね。あそこまでの技を即席で……」
「ええ、前に似たようなことをやったことがあったので」
以前、右近と戦った時に風の渦を出したことを思い出し、使ってみたのだ。
「まあ、斬られちゃたけどね」
しかし、まさかあの技が斬られるとは思っていなかった。
「伊達に剣術を鍛えていないのだわ」
そんな会話をしていると、アガサさんがやって来た。
「お二人とも、お疲れ様です。ところで、竜王様。今よろしいでしょうか?」
「なんかありましたか?」
「はい、領主様があなたと謁見をしたいと申しておりまして……」
「ああ、言ってましたね」
「今、謁見に行くことはできますかね?」
「大丈夫ですよ」
「了解しました。田切さんたちはどうしますか?」
「どうする?」
「私はどっちでもいい。導華の決定に合わせる」
「私はやめておこうかしら。流石に何もしていないのに、領主さんに会うのは気が引けるわ」
「そうですね。なら、私もやめておきましょうかね」
「了解しました。では、竜王様。謁見の場に行きましょう」
「わかりました」
こうして、私たちは謁見に向かう玄武の背中を見送り、ホテルに戻るのだった。
「領主様。竜王様を連れて参りました」
「よし、入れ」
玄武が案内されたのは、金色の装飾と大きな赤い椅子。加えて、巨大なステンドグラスにある謁見の間だった。
「初めまして、竜王殿」
そこで待っていたのは、黒髪に口髭と顎髭。そして赤いマントを羽織った、豪華な衣装に身を包んだ男だった。
「あなたが、アンデラス・アーサーさんですか?」
「いかにも。私がアンデラス・アーサーだ」
男は赤い大きな椅子に深く腰掛けていて、近くにはメガネをかけた男がいた。
「こっちが私の秘書のモルドレッドだ」
「初めまして」
「ああどうも」
モルドレッドは黒髪に執事服と明らかに秘書とわかるような風貌をしていた。
「改めて、うちの娘の車椅子を直してくれてありがとう。助かったよ」
「いえいえ。というか、なぜ私の元に車椅子を頼んだんですか?」
玄武はここで一番気になっていたことを聞いた。なぜ名も売れていない、ただの発明家に車椅子制作など任せたのか。
「ああ、それはな。君の師匠と私の父が旧友だからだ」
「お父様が?」
「ああ、昔日本に行った時に仲良くなったらしくてな。そのことを私に教えてくれたんだ」
「へぇ……」
「懐かしい。初めて会った時に、車椅子の少女と仲睦まじく行動していたそうだ。それに、その車椅子も自分で作ったと。父はたいそう驚いたそうだ」
そんな話、玄武は聞いたことがなかった。
「車椅子の少女……」
一体誰なのだろうか。帰ったら、師匠に聞いてみようと玄武は決めた。
「そして、車椅子が必要になった時にその話を思い出し、連絡したというわけだ」
「そういうわけだったんですか。ありがとうございます」
こうして、玄武の中で一つの謎が解決して、再び一つの謎が出来上がったのだった。
「さて、お部屋に帰って来たわけですが……」
「やること、無し!」
玄武について行かずにここに戻って来た私たちだったが、暇を持て余していた。
「海行くには海が荒れてるらしいし、かといって街を回るのもなぁ……」
ここまでの滞在期間で、かなりの場所を回った私たち。海に行こうにも行けない状態でどうしようかな思案していた。
「なら、ホテルを回ってみないかしら?」
すると、グレーテさんがそんな提案をした。
「ホテルを?」
「ほら、私たちこんなに大きいホテルに泊まってるのに、ラウンジとかその他諸々どこにも行ってないじゃない?」
「確かに」
「だったら、せっかく時間があるんだし、回ってみない?」
よく考えれば、ここも一日回るには十分な大きさがある。それはありかもしれない。
「楽しそうですね。せっかく高級ホテルに泊まったわけですし、行ってみましょうか!」
こうして、私たちにホテル探検が始まった。
「まずどこ行きます?」
「じゃあ……」
そう言って、グレーテさんはある場所を指し示した。
「ここって……」
「屋上庭園?」
そこは屋上庭園であり、旬の花が見られることが売りらしい。
「ここに来たら、ずっと行ってみたかったの。どうかしら?」
「面白そうですし、いいですよ」
「うん、同意」
そうして、エレベーターに乗り込み、45階のボタンを押した。ゴーとエレベーターが動き、屋上に向かう。
「屋上です」
そのうち、エレベーターにアナウンスが響き、その扉が開いた。
「おお、広い……」
そこはかなりの広さがあった。よくアニメなどで見る学校の屋上をイメージしてもらえるとわかりやすい。そこに見たことある花から、見たことにない木まで様々な植物が植えられていた。
「はえ〜すっごい……」
そこらかしこから花々の良い匂いが香ってくる。まさか旅行先でこんなものが見られるとは思っていなかった。
「みーちゃん、このお花知ってる?」
すると、グレーテさんが私のことを手招きして呼んだ。
「はい?」
「ほら、このお花」
そして、グレーテさんが指さしたのは、綺麗な白色の花だった。見た目としては、菜花に似ているだろうか。
「このお花、『
「綺麗な花……」
あっちに戻ったら、この花を飾りたものだ。
「さて、それじゃあ次は……」
「導華、私ここ行ってみたい」
「ここ?」
次に場所は凛の一存である場所になった。
「ここって……」
そこはビリヤード場だった。昼間だからか人は少なく、がらんとしていた。
「なんでここにしたのさ?」
「ビリヤードってかっこいいじゃん?」
「うん」
「やってみたいなって」
「……わからんこともない」
確かに一回くらいはやってみたいものだ。
「まあ……やってみますか」
そうして、試しに3人でプレイしてみることにした。
「よいしょっと……」
打ってみたが、割と難しい。狙った方に球が進まないのだ。凛もおんなじ感じで、白い球を穴に入れてばかりだった。
「はいっ」
唯一cグレーテさんはすごくうまかった。
「グレーテさん、うまいですね」
「そうかしら。年の功ってやつかしらね」
本当に何者なんだこの人……。
「いや〜、結構楽しかったね」
夜になり、私たちは部屋に戻って来た。コスプレしたり、映画見たり、なんだりして時間を過ごして、達成感に満ち溢れていた。
「流石一流ホテルは色々な施設があるのねぇ……」
「私も楽しかった」
「さて、明日は何を……」
瞬間、爆発音が響いた。
「……ん?」
見れば、城の方から煙が上がっている
「ちょっと待って、何が起きたの?」
「わからないわ……。だけど、お城の方からよ」
「わかんないけど、この感じ、確実に何かまずいことが起きた」
私たちは言わずとも、次の行動を決めている。
「行くよ。2人とも!」
「「了解!」」
マリーたちの安否を確認しに、私たちは城へと急いだ。
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