第75話 occidental/西洋の

「まあ、お姫様というよりは、ご令嬢なんですけどね」

 マリーは笑ってそう言った。

「まあとにかく、明日からはあのおっきいお城に来ていただける?」

 彼女が指を指した先には、煌々と光るあの大きなお城があった。

「りょ、了解しました」

「お嬢様。今日はもう夜も遅いですし、このくらいしておいては?」

「そうね。竜王様、今日は突然呼んで申し訳なかったのだわ。明日から、お願いするのだわ」

 マリーは口に手を当てて、微笑した。

 こうして、私たちは部屋へと帰るのだった。



「うへ〜、やばい人達と関わってしまった……」

 風呂から上がり、寝巻き姿の私たちはベッドの上で雑談をしていた。

「そうね。お金持ちだとは聞いてたけど、まさかお姫様だなんて……」

「でも、そんなに驚くことでもない気がする」

「なんでさ?」

「だって、この部屋を用意できるだなんて、相当な人。ある程度すごい人が来ることは予想できたんじゃない?」

「まあ……そうね」

「それに、私たちの周りにも似たようなのがいるじゃん」

「……誰のこと?」

「ルリ。ご令嬢じゃん。忘れたの?」

 そういえばそうだった。あのフットワークの軽さから忘れていたが、あの子も十分すごいご令嬢なのだった。

「私たちは別にお仕事ってわけじゃないし、気楽にバカンスしよ?」

「それもそうね。せっかくの機会だし、バカンスを楽しみましょうか!」

「……そうだね。羽を伸ばそうか」

 ひとまずご令嬢のことは置いておいて、私たちはこの旅を楽しむことにするのだった。



「そういえば、ここってルームサービスあるのかしら?」

 すると、グレーテさんが首を傾げて言った。

「あー確かに。見てみましょうか」

 3人で探し回ったところ、それらしきメニューを発見した。

「あったけど……」

「……なんか分厚くない?」

 確かにそれは高級そうで、メニューのようだった。が、分厚い。まるで国語辞典。これで殴ったら、人が死ぬかもしれない。

「えー、フレンチ、中華、和食、デザート、ドリンク……」

「すごい品揃えね」

「あ、アルコールもあります」

「導華、飲む?」

「多分ベランダから落ちるから飲まない」

 昔、まだあっちの世界にいた頃の話。酔っ払った私は一度、家のベランダから落っこちたことがある。幸い、植え込みに落ちて大した怪我がなくて済んだが、しばらくそのマンションで恥ずかしい思いをした。

「この階から落ちたら絶対死ぬ」

 ベランダに吹く風はまるで山の頂上のよう。この風が高さを物語っている。

「んで、何か頼みます?」

 この話を言い出したのは、グレーテさんだ。肝心の彼女は何かを頼みたいのだろうか。

「それじゃあ、私はパフェをもらってもいいかしら?」

 なるほど。甘いものが食べたかったらしい。

「こんな夜更けにパフェ……だと……!?」

 そんなグレーテさんに凛は衝撃を受けている。

「太りますよ?」

「私、あんまり太らない体質なの」

「何……!?」

「その代わり、胸が……」

 グレーテさんはそう言って、胸をしたから持ち上げた。

「腹の脂肪が、全部おっぱいに入ってるとでもいうのか……!?」

「あ、それわかります。私もあんまり太んないんですよね。胸はおっきくなりませんが」

 そういうグレーテさんみたいなのは、私にもわかる。ひどい食生活をしていた前世だったが、案外体型は変わらなかった。


「グレーテさんの聞いたら、私も食べたくなっちゃいました。私もチョコのやつ頼みますね」

「了解。凛ちゃんは大丈夫?」

「……二つ」

「え?」

「二つ。チョコといちごのパフェをお願いします」

 凛は覚悟を決めたように指を2本上げた。

「そんなに食べて大丈夫かしら?」

「大丈夫です。頼んでください」

「わかったわ。それじゃあ頼むわね」

 ベッド横の固定電話に注文をして、少しすると、部屋に割と大きなパフェがやってきた。

「うお、デッカ」

 大きさ的には優に25cmはあるだろうか。

「凛、大丈夫?」

「これを食べれば私も……」

 凛に一応聞いたが、全く話を聞いていないようだった。

「まあ、食べますか」

「「「いただきます!」」」

 とりあえず、一口。

「美味しいわね〜! 流石、高級ホテル!」

 その味は絶品で、値段に劣らない味がした。

「うおおおおおお!」

 凛はそれをすごい速度で食べ進む。

「凛、そんなに急いで食べたら喉に詰まるよ?」

「大丈夫!」

 そうして、私たちはパフェを完食した。

「ふう……。美味しかった」

「ウプ……。オイシカッタ」

 凛の顔色が少し悪いような気がしたが、まあ気にしないでおこう。

「それじゃあそろそろ遅いし、もう寝ようかしらね」

「そうですね。寝ましょうか」

 食べてからすぐ寝ると牛になるとは言うが、眠気を我慢して起きているのは、健康に悪い。今日はもう遅いし、もう寝ても良いだろう。

「電気消すわね〜」

「は〜い」

 そうして、私たちは今日という日を終えるのだった。



「失礼します」

 次の日。玄武と私たちは割と朝早めにお城に来ていた。

「あら。おはようございます!」

 門番に通され、扉を開けた先には、マリーとアガサがいた。

「早速来ていただけましたか。ありがとうございます」

 アガサは深々と礼をし、その後凛とした佇まいでそこに立っていた。

「それでは、案内しましょうか」

 アガサと彼女に押されるマリーに連れられ、先の部屋へと進む。

「(導華、なんか全部高そうだよ)」

「(ルリちゃん家を思い出すね)」

 床に並ぶ金の壺に大きな絵画。それに加えて、綺麗なカーペットが床に敷かれている。

「この屋敷ではアーサー家の皆さんと、そのお付きのものが暮らしております。今は皆さんで払っていますが、後で当主が竜王様にぜひ会ってみたいとおっしゃっていました」

「あ〜……。わっかりました」

 玄武は笑っていた。しかし、その笑顔は明らかに堅かった。流石の玄武といえども、このリゾート地のこんなでかい城の首領となれば、緊張するようだ。

「ありがとうございます。さて、目的の部屋に着きました」

 そう言って、アガサが止まったのは、綺麗な赤色に金色の装飾が施された、大きめの扉だった。

「お嬢様の車椅子なのですが、ずっと使っていたせいで随分と古くなってしまったのです。騙し騙し修理してきましたが、そろそろ限界が近く……」

「それで私に連絡を」

「はい。今現在使っているものは一般的なものですが、竜王様が作られた車椅子の方が乗り心地も、押し心地も桁違いに良いのです」

「あっ、それはどうも」

 玄武は照れくさそうに笑った。

「そんなわけで、再びあの車椅子を使用したいというわけなのです」

 そして、大きな扉の開錠作業が終わり、ゆっくりとその内部が露わになる。

「こちらです」

 窓から光さす部屋の中は、どうやら工房らしく、多くの工具が散見される。そんな部屋の中心に置かれているのは、白を基調とし、大きなタイヤが接続された、なんともモダンでサイバーな雰囲気の車椅子だった。

「あーはいはい。なるほど……」

 即座に玄武はまじまじとその車椅子を見回した。どうやら、その全容を確認しているらしい。

「どうでしょうか? 直りますか?」

 マリーは心配そうに玄武に問いかけた。

「結論言っちゃうと直りますねこれ。内部まだ見てないんでわかんないんですけど」

 玄武のその返答に、マリーはホッとした表情を浮かべる。

「もう直せちゃいそうなので、修理作業入っても大丈夫ですかね?」

 玄武は早く修理をしたいらしい。これが発明家のさがというやつだろうか。

「はい。では、その間我々は……」

「あ、お好きなようにしていただいて。完了したら、そこの導華経由でお知らせしますんで」

 私を指差した後、転移門から何やら工具セットのようなものを取り出し、完全に仕事モードに入った。

「では私たちは一旦外に出ましょうか」

 こうして、修理を始めた玄武を見送り、私たちは部屋の外へと出るのだった。



「あれほど修理の判断が早いとは……。流石、竜王様と言ったところでしょうか」

 アガサさんは玄武のその取り掛かりの速さに驚きの声を上げていた。

「ははは……。まあいつものことですよ」

 まあ私はただ単に自分の発明品が壊れたという事象が嫌なだけだと思うのだが。

「さて、これからどうしますか?」

 部屋から出た後、マリーは私たちに聞いてきた。

「あ〜、私たちは観光する予定でしたね」

 玄武とは別行動でここからこのイグラディッシュの街に繰り出そうと思っていた。

「なるほど……。アガサ、この後の予定は?」

「ありませんよ?」

「わかったわ。私もついてくのだわ」

「え!?」

 予想だにしないことが起きた。

「ちょっと待ってください? 大丈夫なんですかそんな簡単に出て来て……」

「大丈夫なのだわ。変装すればみんなわかんないのだわ」

 よく聞けば、口調も変わっている。これが素なのだろうか。

「お嬢様。口調が」

「もういいのだわ。あまり隠すのも客人に失礼なのだわ」

 すると、マリーはどこからか取り出したマスクとサングラスをして、黒い帽子を被った。

「これでバレないのだわ!」

 実際問題、ものすごくわかるし、ありえないほど目立つのは置いておこう。

「私ももうお城の中で暇なのだわ。だから、お外に出たいのだわ!」

「今は当主もいないですし……」

「パパがなんと言おうと関係ないのだわ! さあ、アガサ! 車椅子を引くのだわ!」

 確固たる意志をもち、なんとしても外に行こうとするマリー。ついにアガサさんが折れて、ため息をついた。

「はぁ……。わかりました。ですが、あんまりはしゃぎすぎないでくださいね?」

「わかってるのだわ!」

「申し訳ありません、田切さん。お嬢様も一緒に連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、大丈夫ですよ」

「私も」

「はい、大丈夫ですよ」

「なら、レッツゴー!」

 こうして、箱入り娘を1人連れた、私たちの小旅行が始まるのだった。



「こちらが大聖堂です。休日になると多くの人が礼拝にやって来ます」

 私たちはアガサさんに案内してもらいながら、街を回っていた。

「こっちはヘンゼルモンドの像です。彼はこの町で闘技場を作り、10年間無敗の伝説的な記録を残した人物です」

「へぇ〜」

 アガサさんはこのようにかなり一般的なことから、普段歩いていたら絶対にわからないようなことまで隅々まで教えてくれる。

 対して、当のマリーはというと……。

「すごい! おっきいのだわ!」

「お嬢様。こちらはただの博物館です。あんまりはしゃがないでください。バレバレですので」

 このように隠す気はさらさら無いかのようにハイテンションで街を回っていた。



「さて、そろそろお昼にしましょうか」

 しばらく街を回り、アガサさんが昼食を提案した。

「いいですね。そろそろお腹減ってきましたし」

 時刻はちょうど12時ごろ。歩き回って疲れて来たし、ちょうど休憩がしたかった。

「それでは、こちらのお店はどうですか?」

 そうして、案内されたのは、ピザの店だった。中から美味しそうなピザの匂いがする。

「いいですね、ここにしましょうか」

 席に案内されて、各々注文を行う。

「お待たせしました。マルゲリータです」

 私が注文したのは、一番オーソドックスなマルゲリータだった。というか、他の種類がよくわからなかっただけなのだが。

「美味しそう……」

 続々とそれぞれのピザが机の上に置かれていく。どのピザもチーズが輝いており、なんとも美味しそうだ。

「んじゃ、食べますか」

「「「「「いただきまーす」」」」」

 それぞれピザを食べ進める。さらに、サラダやら、パスタやらをつまむ。

「うっめ」

 本場では無いが、あの頃の世界で食べていたものと比べると、圧倒的にこちらの方が美味しい。チーズもよく伸びるし、生地ももちもちしている。

「……ふぅ、満足した」

 結果、1時間足らずで全員が完食したのだった。



「今日はありがとうございました」

 夕暮れの道。私たちは城へと戻るためにそこを歩いていた。

「ああいえ。こちらこそ案内していただいてありがとうございます」

 アガサさんのおかげで今回は筒がなく回ることができたのだ。感謝しかない。

「お嬢様は……寝てしまいましたか」

 マリーは途中で疲れたらしく、車椅子の上でくぅくぅと寝息を立てて寝ている。

「あんなにはしゃぐお嬢様は久しぶりでしたね」

 アガサさんはマリーに目を向けて、何かを思い返すように話す。

「……田切さん、後天的魂失症こうてんてきこんしつしょうという病気を知っていますか?」

「後天的魂失症?」

「後天的魂失症は、突発的に体の魂が体の一部分に集中して、魂がなくなった部分が動かなくなる、という病気です」

 そういえば、以前私が腕に刀を刺した時、腕が一時的に動かなくなった。要は、それが人体で起きているということらしい。

「マリーお嬢様は、6歳ごろ剣術の修行に勤しんでいたところ、急に足が動かなくなっていき、7歳になる頃には完全に足が動かなくなってしまいました」

 キイキイと、車椅子は音を立てて進む。

「あの時ほど、無力感を感じた時はありませんでした。何もできなかった、ただただお嬢様が苦しむのを、見ていることしかできなかった」

 アガサさんの目はどこか物悲しげで、黒かった。

「だから、何か力になれるかもしれないと思って、この職についた」

 夕日はアガサさんたちを明るく照らす。

「元は私、お嬢様専属の召使いだったんです。召使いになったあの日、絶対にお嬢様を幸せにすると決めた。だけれど、彼女の足は動かなくなってしまった。だから、私が足になる、そう心の中で誓ったのです」

 夕日に照らされた城が段々と近づく。

「もっと外に出してあげたいのです。ですが、車椅子の体では、何かあったらすぐには動けない。だから、そう簡単には外に出してあげられない」

 マリーの発言はそういうことだったのか。

「だから、田切さん。今日は本当にありがとうございました」

 アガサさんは深々と礼をした。その背中に、夕日が照る。

「……アガサさん、顔を上げてください」

 私は思わずそう言ってしまった。

「立派ですね」

「……え?」

「自分の責務を純粋に全うし続ける。そんなこと、常人には簡単にできるものではない。あなたはそれを、まるで当たり前かのようにやってのけている。すごいですよ、それって」

 自分の仕事をし続けるだけでも、どれだけ難しいことか。それだけでも、十分賞賛に値する。

「私からはこんなことしか言えませんが、それでもいいなら、言わせてください」

 夕日が私の横顔に強く差した。

「お疲れ様です。アガサさん」



「うおおおおおお! できたぁ!」

 それから1日経ったあと。城の中でその声が響いた。

「うるっさ」

 扉を開けて、中の玄武を見る。

「いや〜、案外かかったぜ……。流石師匠の代物だ。一筋縄じゃいかなかった」

 大量の汗をかき、達成感にあふれた表情の玄武。隣には綺麗に修理された、車椅子がある。

「お嬢様、ちょっと乗ってみてくださいよ」

「わ、わかりました」

 今日はちゃんとした口調のマリーはアガサさんの手を借りながら、ゆっくりと車椅子に乗った。

「この座り心地……。まさに以前の車椅子と同じだわ!」

 感動し、思わず素が出るマリー。確かに、先ほどまで座っていた車椅子よりも、幾分座りやすそうだ。

「良かったですね、お嬢様」

 アガサさんはそんなマリーに笑いかける。

「これなら、またやれそうだわ」

 マリーは何かを呟くと、真っ直ぐに私の元にやって来た。

「導華、あなた剣術がお上手なんですよね?」

「ええ……まあ」

 すると、彼女はキラキラと希望に満ちた目で私にこう言った。



「私と一戦、お手合わせ願えないかしら!?」



「え、ええ!?」

 こんなリゾート地に来てまでも、私は刀を振るわないといけないようだ。

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