第12章 Friendship is to love

第74話 Caller/訪問者

「あっつ〜」

 八月。夏も本番になり、空に昇る太陽がギラギラと肌に照りつけてくる。

 今私はコンビニに行ってきたところである。夏といえばと思いたち、アイスを買いに行ったのだ。異世界でもコンビニは利便性が凄まじく高い。

「異世界でも、夏は暑いのね……」

 涼むためにアイスを買いに行ったが、結果的に余計に汗をかくことになってしまった。

「まあ、いいか」

 しかし、こういうのも含めて夏のアイスだ。我慢我慢。

「た、ただいま〜」

 やっとの思いで事務所に辿り着き、扉を開ける。

「うお、すっずし!」

 すると、中から冷風が吹いてきた。

「おかえり、導華」

 そして、中には凛がいた。何故こんな平日の真っ昼間に凛がいるのかといえば、凛の高校が夏休み真っ只中だからである。

「外異次元すぎる……」

 私は倒れ込むように凛の隣に座る。

「今日40℃だって」

「ほんと? どうりで暑いはずだよ〜」

 机の上の袋からアイスを取り出し、バリバリ君というどこかで聞いたようなアイスを食べる。

「……そういえば、最近あんまりベタベタしてこないね」

 凛を見てふと思う。

「した方がいい?」

「しなくていい。でも、珍しいよね」

「私だって、自制を覚えたんだよ?」

「お〜」

「まあ、今も導華の汗の匂いでめちゃめちゃ興奮してるけどね」

「それは言わないでほしかったな」



「うい、ただいま〜」

「おかえり」

 そんなこんなしていると、玄武が事務所に帰ってきた。

「定例会だっけ?」

「ああ。不定期時たま開かれるやつだ」

 玄武は事務机のところに座り、椅子を少し揺らす。玄武曰く、団長定例会なるものがあったそう。

「ただ各団が何やってきたかを発表するだけだったが、なにせ団の数が多くてな。時間がかかった」

 うんざりしたような顔をしながら、椅子の上でアイスを食べている。ちなみに、机の上にあったチョコスティックは溶けるため、冷蔵庫に撤収している。

「マスター、よろしいですか?」

 そんな折、レイさんがやってきた。手に何か封筒のようなものを持っている。

「マスターがいない間に、こちらが送られてきました」

「……なんだこれ」

 玄武は疑問符を浮かべたような表情をしていたが、構わずに手紙を開けた。

「え〜と、メンテナンスのご依頼……」

「メンテナンス?」

「……なるほど。あれか」

 玄武は文章を読むと何かを思い出したように、目を光らせた。

「……よし、わかった!」

 そして、椅子から勢いよく立ち上がり、こちらを見た。

「お前ら! 旅行行くぞ!」

「「……は?」」

 それは、あまりに突拍子のない発言であった。



「ちょちょ、あんまりに急すぎて何が何だかなんだけど……」

 私は頭の混乱から、玄武に説明を求めた。

「ま、説明は行く道中でするわ。とにかく、ここに行くから準備しな」

 そう言って、玄武はタブレットをこちらに見せる。そこには、まるで西洋のような街並みが映し出されていた。

「拡張都市 イグラディッシュ……?」

 拡張都市といえば、ディザウィッシュが記憶に新しい。

「これもディザウィッシュの仲間なの?」

「ああ、こいつもおんなじように日本政府が作った人工島だ。ただ、こっちはディザウィッシュと違って、とある貴族が国から任命されてここを統治してるんだ」

「変わった島だね」

 もう少し調べてみると、どうやら国内有数の観光地らしく、夏には大勢の観光客が海に押しかけるらしい。

「てなわけだ。バカンスも兼ねて、みんなで行くぞ!」

「よくわからないけど、楽しそうなところだし……まあいいか」

 私は美しい海の写真に魅了され、行くことを決意した。

「私は導華がいいなら、どこでもいい」

 かくして、私たちは拡張都市 イグラディッシュへと向かうことになったのだった。



「バッカンス〜、バッカンス〜」

 ああ口では冷静に言ったものの、私は内心ものすごくワクワクしていた。

「海なんて、何年ぶりだろ?」

 見たところ、イギリスとかフランスとかの西洋と外見がそっくりだったし、ご飯も美味しそうだった。

「前の旅行は酷い目にあったし、次はゆっくりできるといいな!」

 そんなことで私はディザウィッシュを思い出した。

「さて、荷造りしますか!」

 私は以前飛行船に乗った時に使った使ったグレーのトランクを引っ張り出して、中を開けた。

「……そういえば、水着結局使わなかったっけ」

 そこに入っている未使用の水着が入った袋を見て、そんなことを思い出した。

「ちょうど入ろうとした時に襲撃を受けたんだもんね」

 思い返せば、あの時ちょうど凛とギスギスしていた。ただ、それでも凛のことを助けに行って、結果落下したのだ。

「なんかもう、随分前に感じるなぁ……」

 そんな風にしみじみしながら、私はトランクに荷物を詰めていくのだった。



「いよおおおおおおし!!!!!」

 その頃、私は自室で大声を上げ、ガッツポーズをしていた。

「ついについに、長かったここまで……」

 思い返せば、導華とギスギスして、やっと見れるかと思ったそれは、ロボットの襲撃により、水泡に帰した。

「導華の水着が、見られるぞぉおおおおお!」

 私の悲願が、思わぬ形で達成されようとしていた。

「何度プールに誘おうと思ったことか……」

 夏休みに入ってから、何度も何度もプールに誘おうと思った。プールの日程を全て叩き込み、いつでも誘える状態にしておいた。

 まあ、最終的に毎回日和っていたのだが。

「だが、そんなお悩みとはもうオサラバ! 一眼レフ、一眼レフ〜」

 こうして私は、水色のトランクに着々と荷物を詰めていくのだった。



 その数日後。私たちは東京駅に来ていた。そこは夏休みということもあり、人でごった返していた。

「はえ〜、人がいっぱい」

「長期休暇だしな。ほら、そろそろ来るぞ」

 そして、私たちの目の前にやって来たのは、新幹線のような流局線のボディをした、通称万雷線ばんらいせんという乗り物なのだそうだ。時速は新幹線の1.5倍、最高で3倍出るらしい。

「若干乗るの怖い」

 ここまで早いと、事故を起こしそうなものだが、今のところ大丈夫らしい。

 私たちはトランクを持って、新幹線に乗り込んだ。

「さて、俺たちの席はここだな」

 そして、トランクを置き、席へ座った。

「いや〜楽しみだね」

「珍しく平和そうなところだし、安心」

 私と凛は和気藹々と旅行先を楽しみにしている。以前のこともあり、平和な休暇が欲しいのだ。

「あの……私も本当について来て良かったのかしら?」

 そんな折、今回の旅の参加者、グレーテさんが心配そうに話しかけて来た。

「大丈夫ですよ。だって、4人まで来ていいって言われてますし」

「でも、他にもいたんじゃないの?」

「影人くんたちは、神社で過ごしたいって言ってましたし、デニーさんは他に行きたいところがあるみたいで。団員ですし、せっかくならと」

 今回の旅は、私、凛、玄武、グレーテさんの4人で向かう。

「なら、お言葉に甘えて楽しませてもらうおうかしら!」

 どうやらグレーテさんの中で踏ん切りがついたらしい。楽しめそうで良かった。

「お〜い、そろそろ概要説明をしていいか?」

 すると、席を回転させ、1人で前の席に座っていた玄武が話しかけて来た。

「ああ、そうだったそうだった。それで、結局何でそのイグラディッシュに行くわけ?」

 玄武は待ってましたとばかりに足を組むと、話を始めた。

「話は数年くらい前に遡るんだがな……」



「マスター、お手紙が」

 師匠が死に、日々発明に勤しんでいた俺。そん俺の元にある日、一通の手紙が届いた。

「ん、なんだ?」

 首を傾げながら開ければ、それはとある貴族からの手紙だった。

「え〜と、『拝啓 竜王様。今回はお仕事の依頼があり、お手紙を書かせていただきました』」

 要約すると、その貴族の元に娘が生まれたらしい。しかし、彼女の足が将来的に悪くなることがわかったらしく、そのために車椅子を作って欲しいのだそうだ。

「『車椅子を作らせたら、右に出るものはないないと伺いました。どうか、依頼を受けていただけると大変助かります』……か」

 俺は受けてやりたい気持ちでいっぱいだったが、おそらくこれは師匠宛のもの。あちら側は師匠が死んでいると知らないのだろう。

「それに、師匠が車椅子作れるだなんて初めて聞いたな」

 俺は困り果て、腕を組んで悩み込んでいた。

「マスター、どうしたのですか?」

「ああ、それがな……」

 俺はレイに事の顛末を話した。すると、レイは深く頷き、あることを提案した。

「であれば、兄様が作った車椅子の設計図を基に製作を行ってはいかがですか?」

「え、そんな設計図があるのか?」

「はい、ありますよ」

 そう言った後、レイが物置から持って来たのは、古ぼけた紙筒。床にそれを置くと、凄まじい埃が出る。

「げっほげっほ……。どんだけ古いんだこれ!?」

「はい、私にもわかりませんが、私が元いた部屋にはこういう車椅子の設計図がいっぱいありました。これが最新版と思われるものです」

「なるほど……。ありがとな、一旦作ってみるよ」

「はい、お役に立てて何よりです」

 こうして俺は昼も夜もそれと睨めっこしながら、数日後車椅子を作り上げた。

「いよっし完成!」

 それは凄まじく頑丈で、2人ほどなら、上で椅子を前後させても壊れなさそうだ。さすが師匠設計の品物と言ったところだろう。

「んで、これがなんなんだっけか」

 俺は今一度手紙の内容を思い返した。

「つまり、こいつをそこに送ればいいってわけだな?」

 俺はその宛名を見て、住所を確認した。

「え〜、拡張都市 イグラディッシュ……。どこだそれ」

 訳もわからなかったが、ひとまず大きさも変えられるような設定もつけて、説明書と手紙も一緒につけて、俺はそれを梱包し、住所の先に送った。

「さて、喜んでくれるかな?」

 そのまた数日後。俺の元にお返事が届いた。曰く、満足してもらえたらしい。

「いよっし、これで一件落着!」

 そのままアクションが何もなく、日々は過ぎていった。



「……とまあ、こんなことがあった訳だ」

「んで、今度はその車椅子のメンテナンスの依頼がきた訳だ」

「そういうこと。俺もすっかり忘れていたが、説明書に劣化のメンテナンスもしますって書いた気がする」

 珍しく討伐とかの面倒な戦いではないようだ。

「んじゃあ、本当に私たちが来た意味ってなんなんですか?」

 グレーテさんがそんなことを聞いた。確かにそれは気になる。

「簡単だよ。バカンスに決まってんだろ? あっちからも何人か来てくれると嬉しいって書いてあったし」

「は〜、太っ腹だね」

「ま、昨日説明書見たら色々追加機能つけてあったし、それのお礼とかもあるんだろ。知らんけど」

 なんとも頼りない返答だ。本当に行って大丈夫なのか?

「あ、ちなみにホテルはあっち側が取ってくれたやつがあるからそこ泊まるぞ」

「了解」

 そう言い残して、玄武は席を元に戻し、眠りについた。

「イグラディッシュねえ……」

 私は遠く離れた地に、思いを馳せるのだった。



『次は、終点イグラディッシュ。イグラディッシュ。降り口は右側です』

 そんな放送が聞こえたのは、万雷線に乗ってから、2時間ほどした時だった。

「お、着いたか」

 玄武は目につけていたアイマスクを外し、私の肩を借りて寝ていたグレーテさんと凛も眠い目を擦って目覚めたようだ。

「さ、行くぞ」

「おっけ」

 私たちはトランクを引っ掴み、右手にチケットを持ち、改札を抜ける。

「うおおおおおお!!!!!」

 そして、目の前に広がる美しい景色。右を見れば広がる雄大な海に、眼前にはまるで西洋かのような煉瓦造りの建物が並んでいる。さらには大きな城が建っており、まるでここが日本ではないような感覚に陥る。

「すっご!」

「私も初めて来たけど、こんな感じだったんだ……」

 この景色に流石の凛も呆然としている。

「本当にすごいわ……」

 グレーテさんはうっとりとその景色をカメラに映している。

「ひっろ。これホテル見つかるかな……」

「あれ、玄武は来たことないの?」

「ないない。だって荷物送っただけだもん」

 こうして、土地勘が誰もないために迷いながら、私たちは街を散策するのだった。



「あら、来たみたいだわ!」

 そんな導華たち見る影が1人いた。

「この車椅子の制作者さんにやっと会えるのね……。ちゃんとありがとうを言わないと!」

「お嬢様。あんまりはしゃぎすぎないでくださいね。ちゃんと威厳を持って……」

「わかってるわ。外部の方と接するのですものね。失礼のないようにしないと」

「……さすがお嬢様です」

 そう言って、髪の長い黒髪の女性は車椅子を押してどこかへ向かうのだった。



「やっと着いたぜ……」

「あんた、道案内下手くそすぎ」

 やっとこさホテルに着いた頃には夜の七時。辺りもだいぶ暗くなってしまった。

「ていうか……ホテルでか!?」

 そのホテルは明らかに他のホテルとは一線を画す大きさをしていた。例えるなら、以前私と凛が泊まったホテルの2倍はあるだろうか。

「はえ〜、マジでこれに泊まっていいの?」

「ああ、七泊までしていいって」

「太っ腹あ!」

 私たちはそのままホテルに入ると、チェックインを済ませた。

「こっちの4001号室が俺、4002号室がお前らな」

 玄武は私たちにカードキーを手渡した。黒色に金色の線が入った高級そうなやつだ。

「はいよ」

 話し合った結果、私、凛、グレーテが同室で。玄武が向かいの部屋で泊まることになった。

「40階……40階……」

「ここ最上階じゃないかしら?」

「ホントじゃないですか」

 エレベーターのボタンを辿れば、一番上が40階のボタンになっている。

「玄武、あんた一体誰に車椅子あげたのさ?」

「わからん。覚えてねぇ」

「その時の手紙は?」

「探すには面倒がすぎる」

「呆れた」

 そんなことを話していると、ついに40階でエレベーターが停止した。

「あーこういう感じね。把握」

 その階は4001と4002のみで、いわゆるスイートルームのようになっていた。

 私は意気揚々とカードで鍵を開いた。

「さてさて、ご開帳〜」

 ガチャリと扉を開ければ、その先にはまるで天国が広がっていた。

「スッゲェええええ!!!」

 事務所の2倍……いや、3倍は大きい。人が30人は余裕で泊まれるほどの大きさだ。

「キッチン、風呂、ジャグジー、ベランダまであるわ!」

「何これ、8Kくらいテレビの大きさあるよこれ」

「何もかも規格外すぎるって」

 まさにパラダイス。こんなところに泊まれるだなんて、今だに信じられない。

「バカンス、さいこ〜!」

 今私は、異世界に来て良かったと至極思った。



『ピンポンパンポン。竜王 玄武様。お伝えしたいことがございます。至急、お連れ様も一緒に受付ロビーまでお願いいたします』

 部屋でだらけていると、館内放送が流れた。どうやら、私たちのことらしい。

「ありゃ、なんだろ?」

 よくわからなかったが、ひとまず行ってみることにした。

「お、来たか」

 玄武も同じ考えのようで、外の廊下で待っていた。

「なんだろうね」

 再び一階へと降りて、ロビーへ向かう。

「あ、竜王様でしょうか?」

「はいそうです」

「皆様方にお会いしたいという方がいらっしゃいまして……」

 きっと車椅子の人だろう。しかし、姿が見えない。

「なるほど。それで、その方はどちらに?」

「……あちらです」

 スタッフさんは明らかに高級で重そうなドアを示した。その表情はどこか硬い。

「は、はあ」

 兎にも角にも行ってみようということで、玄武を先頭にそのドアを開ける。

「ようこそいらっしゃいました」

 そして、その先の客人用の部屋にいたのは、長いポニーテールの金髪碧眼に水色の美しいドレス。それを身に纏ったあどけなく笑う可愛らしい少女と、長い黒髪の黄色の眼に、無表情な硬い印象を与える表情をした、すらっとした女性だった。

「どうも初めまして」

 玄武もどうやら萎縮しているらしい。それもそうだ。明らかにこの国の重鎮なのは見てわかる。

「さ、座ってください」

 金髪の少女は車椅子に座っていて、それを黒髪の人が押している。

「まずは改めて、来ていただきありがとうございます」

 私たちが座ると、少女はぺこりと礼をした。

「最近、この車椅子の調子が悪くなって来てしまって、困っていたんです」

「なるほど。長く使っていますもんね」

「はい。なので、こちらを修理していただきたいのです」

「了解です。早速明日から作業に取り掛かりますね」

「ありがとうございます!」

 少女は嬉しそうに笑った。なんとも少女らしい、可愛らしい笑みだ。

「ちなみに、明日からどこに行けばいいんですかね?」

「お嬢様。自己紹介がまだお済みでないです」

「あら、そうだったわ」

 少女は改めて座り直し、笑顔でこちらを向いた。



「私はマリー・アーサー。この地の統治者、アンデラス・アーサーの娘です」



「私はアガサ・マヤシード。お嬢様の車椅子係です」

 黒髪の女性が自己紹介をした。しかし、重要なことを私は聞き逃さなかった。

「統治者の娘ってことは……」

「お姫様ってことですか!?」

 どうやらこの旅行、一筋縄ではいかなそうだ。

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