第73話 each/それぞれの

「……どうやら、感史は無事突入できたみたいだね」

 暗い森の中で響く爆発音。その音を聞いて、新田は感史の突入成功を察知する。

「僕も自分の仕事をしないとね」

 新田は腕をまくり、地面に手をつける。

「『強結界』!」

 新田の手から貼られたそれは、いつもの結界とは違い、濃いめの水色をしていた。

「これなら、ある程度は防げる……はず」

 このスキルは普段の結界とは違い、名前の通り強めの結界を張る。そのため、内部の攻撃を外部に通さないようにする効果があるのだ。

「2人とも、相当暴れるだろうしね」

 政宗を殺された恨みというのは、彼らの中で凄まじい原動力となっている。もちろん、新田もそれがないわけではない。しかし、新田にはあるものが決定的に足りていないのだ。

「僕は戦えないから、結界を張ってるんだけどね」

 戦闘スキルも、運動能力もない彼は戦うことができない。だからこそ、ここにいるのだ。

「僕の分まで、頼んだよ」

 そんな彼は仲間に思いを託したのだった。



「『血鎖チグサリ』!」

 ロンドは壁や床を伝わせて、血の鎖を感史に巻き付かせようとする。

「『爆破』!」

 感史はそれをスキルでなきものにしていく。

「まだまだよ!」

 しかし、ロンドによる鎖は止まらない。消しても消してもひたすらに床をつたって向かってくる。

「中々厄介だな……」

 当たり前だが、魔力だって無限ではない。何かしらでこの状況を打開しなければ、勝ち目はないだろう。

(この上で玄武も戦ってるわけだから、全部爆破するわけにもいかねぇ。さて、どうしたもんか……?)

 感史はひたすらに敵の様子を観察する。

「……埒が開かないわね」

 すると、やがてロンドが痺れを切らしたらしい。舌打ちをして、感史を睨む。

「これはまだ使いたくなかったけど、この程度であれば後に支障はないし、使ってあげるわ」

 ロンドは指を弾いた。すると、血の鎖の一部がシュルシュルと集まる。そして、ロンドと同じくらいの蛇の頭部が出来上がる。

「『血鎖蛇チグサリノダイジャ』」

 それは生きているかのように舌を出し、感史を見ている。

「マジかよ……!」

「私のペットよ。どこまで抗えるかしらね」

 鎖と共に、蛇が感史へと向かっていく。

「こいつは中々、骨があるじゃねぇか!」

 感史はそれに真っ向勝負を仕掛けるのだった。



「『血風ケップウ』」

 バルガスは手始めに俺に向かってマントを払い、風と一緒に血の刃を放つ。

「『転移』!」

 俺はそれを転移で飛ばし、バルガスに当てようとする。

「無駄だ」

 しかしそれはバルガスの体を抜け、再び俺の方にやってきた。

「何っ!?」

 仕方なく俺はそれを瞬間的に外部のどこかへと飛ばし、無力化する。

「我の体は血でできている。他のヴァンパイアとは違う特別な体だ。だから、血の攻撃を返すカウンターは、意味がない」

「なるほど……な」

「しかし、血風が効かないか。であれば、こうしようか」

 瞬間、バルガスの姿が消える。

「なっ、どこに」

「ここだ」

 俺のみぞおちに鈍い打撃が入る。

「ぐふぁ……!?」

 鉄でガードしていたとはいえ、それでもかなりの重さだ。俺の口から血が滴る。

「やはりな、お前は確かに防御は硬いらしい。しかし、間に合わなければ意味がない」

 バルガスは腕に血を纏わせ、打撃を強化して、俺の装甲を貫いたらしい。血を纏わせた右腕を前にして、俺の少し手前で佇んでいる。

(こいつ……一瞬で俺に弱点を……)

 確かにバルガスの言う通り、俺の防御は俺の反応が間に合わなければ、機能しない。しかし、それをこの男は一瞬で見抜いたのだ。

「お前……つええじゃねぇか……!」

 俺は何とか立ち上がる。

(血の体だから打撃というか、物理はほぼ効かないと思っていい。だったらどうする。どう攻略する、俺!)

 俺は頭をフル回転させ、勝利の糸口を探す。

「……あ」

 そして俺はある作戦を思いつく。

「やってみる価値は、大アリだな……!」

 ここで俺は転移門を開いた。



「くっ、どこだ……!?」

 その頃。ファングは森の中を駆けずり回っていた。

「何なんだこの結界とあの轟音は!」

 ちょうどその時、ファングは森の中をパトロールしていた。しかし、突如として剛音が響き、結界が展開された。ファングは混乱しながらも、まずは結界を展開した者を探していたのだ。

「この結界、明らかにヴァンパイアの動きを阻害していやがる。まずはこいつを何とかしねぇと……」

 ファングは自分の中の魔力が乱されているのを感知していた。もちろん、館の中にいるバルガスやロンドにもそれはわかっていた。が、強者の2人にとってはそんな些細なことはどうでもよい。

 この頃のファングのような、少し弱いヴァンパイアは乱されることが命取りだ。だからこそこんなにも熱心に探していたのだ。

「……ム」

 そんな時、ファングは微細な魔力を検知した。

「……そこか!」

 ファングはそれに向かって即座に血の球を飛ばす。それは何かを貫いたらしく、血が弾けるのが見えた。

「一体何者……」

 ファングはそれが何か気がついた時、目を見開いた。

「ぬ、ぬいぐるみ!?」

 それはクマのぬいぐるみだった。胸には先ほどの血による赤い穴ができており、微細な魔力が篭るように、小さな鉄の塊が入っていた。

「しかも、スピーカー?」

『お、無事に引っかかってくれたみたいだね』

 その時、そのスピーカーから声がした。

「誰だ!?」

『おお、そう声を荒げないでって。僕の名前は新田。君たちのお屋敷を襲撃しているやつの仲間だよ』

「まさか……この結界はお前のものか?」

『ああそうだよ。便利でしょ?』

「小癪な……!」

『それはデコイ人形。僕の仲間が作ってくれたんだ。ちなみにそいつにはもう一つ、面白い能力があるんだ』

「……何だ?」

『爆発、だよ』

 森の中に巨大な爆破音が響く。それは空を揺らし、鳥たちを羽ばたかさせる。

「ゲホッ、ゲホッ……」

 ファングは何とか爆発から生還し、えぐれた地面に足をつけた。

『この森にはおんなじのがまだまだある。それじゃあ、頑張ってね〜』

 そして、ボロボロになったスピーカーの音が無くなった。

「こ、小僧が……! 八つ裂きにしてやる……!」

 こうして、ファングは森を駆け抜けるのだった。



「はっはっは!」

 新田は森の真ん中で笑い声を上げていた。

「まさかここまで引っかかるとは……」

 先程から爆発音があちらこちらで発されている。ファングのものだ。

「しかも、目の前を通っても何故か気づかないし……」

 先程から何度も新田の前をファングは通った。しかし、毎回気がつくことはない。

「これなら結界を張り続けられそうだね」

 新田はそうニヤリと笑って言った。

「僕ってば、本当ラッキーだね」

 この時に新田は、これが自分のスキル「幸運ラックマン」の効果だとは気がついていなかった。



「うおおお!」

 その頃、感史と血の蛇は激闘を繰り広げていた。

「『爆拳』!」

 殴るたびに爆発する拳。それをもろともせずに、血を口から高速で吐き、感史に何個も傷跡を作る蛇。そして、感史の邪魔をするように度々横からやってくる血の鎖。どれもこれもが入り乱れ、まさにカオスの形相だった。

(くっそ、あんまり建物にダメージを与えないように、あっちにやって、でもそうするとうまく入らないからやっぱこっち……。いやでもそうすると鎖が……)

「……洒落くせぇ!」

 突然、感史が大声を上げた。

「ごちゃごちゃ考えたが、こんなのはしゃくにあわねぇ。俺はやっぱりよぉ……」

 感史は拳を握り、叫ぶ。

「全部ドカーンとぶっ飛ばすのが、性に合ってるんだよなぁ!」

 その様子を見ていたロンドは大笑いをする。

「ハッハッハ! 頭がおかしくなったの? そんなバカなこと、まかり通るわけがないでしょ!」

 しかし、感史はニヤリと笑いながら、魔力を込める。

「まかり通る通らないじゃなくて、まかりんだよ……!」

「じゃあ、やってみなさい!」

 再び、鎖と蛇が感史に向かって突進してくる。感史はそれを見ても、動こうとしない。

「1発で……決める」

 拳が赤いオーラを纏い、髪の毛も少し逆立ち始める。

「動かないなんて、諦めたの!?」

「ちげぇよ。嵐の前の静けさってやつだ!」

 瞬間、蛇と鎖が同時に後ろに弾かれる。

「なっ!?」

 正確には弾いたのではない。足の裏から大きな爆発を起こし、高速で移動している感史が殴って、前に飛ばしているのだ。

「この速度じゃ、避けられないだろ?」

 そのままの勢いでロンドも巻き込み、壁にぶち当たる。

「さぁ、フィナーレだ! いくぜ!」

「ちょっとま」

「『爆華繚乱バンカリョウラン』!!!!!」

 巨大な爆破。色とりどりでまるで花火のよう。それをほぼ直接食らった蛇と鎖は、その原型を保てずに崩れ、ロンドは屋敷の外へと吹っ飛ばされた。

「アガハッ……」

「ふぅ……決まったな」

 そして、感史は天を仰ぎ、月を見た。

「見てたか、政宗。1発打ち上げてやったぜ!」

 こうして、感史の戦いは色とりどりの花火を終結として、幕を下ろした。



「ドォオオオン……」

「今の音……」

 苦戦していた俺は下の爆発を耳にした。

「そうか、やったんだな。感史」

 その音を聞き、即座に感史のものだと判断した。

「俺も、そろそろ決めないとな」

 俺はポケットに忍ばせていたそれをチラリと見た。

「こいつがどれだけ効くかだな」

 それは小さな玉で、2つポケットに入っている。

「チャンスは2回……行くか!」

 俺は即座に走り出した。迷っている暇はない。

「何を思いついたか知らんが、この状況は打開できん!」

 続いてバルガスは血の鎌を作り出した。

「『血刃ケツジン』!」

 それを持って繰り出される斬撃はとても大きく、威力も凄まじい。少し当たった地面は大きな傷ができていた。

「やばいな!」

 しかし俺には関係ない。ただこの隠し球を成功させるだけだ。

「まずは、こいつだ!」

 俺は圧縮弾をバルガスに向かって放つ。

「何だ、それは効かな……」

 バルガスの体に当たったそれは、ただ当たるだけでない。

「今じゃあい! 起動!」

 すると、弾丸を起点として巨大な電撃が発生する。それはバルガスの体を駆け巡った。

「何っ!?」

 バルガスの体は流動体で、物理は効かない。しかし、血であるなら電気は通す。ならば、弾丸を放電させればいいのだ。

「これぞ、『属性弾』だ!」

 秘密裏に開発をしていたこれは、まだ試作品の段階だった。しかし、試して正解だったようだ。

「そして、こいつでトドメだ!」

 俺はもう1発を即座に装填し、引き金を引く。それは動けないバルガスにクリーンヒットする。

「起動!」

「冷たい……まさか……!」

「その、まさかだよ!」

 徐々にバルガスの体が凍り始めた。そう、2発目の弾丸は氷結弾。早い話、流動体なのだから当たらないのであって、固体にしてしまえば当たるのだ。

「……やられたな」

 徐々に動けなくなるバルガス。足が凍っているため、動くことはもうできない。

「血の体をもってしても、打ち破れないか」

「ま、こっちは負けられないんでな」

 俺はあいつの顔を思い浮かべる。

「何であいつを呼び出したんだ?」

 氷ゆくバルガスに問いかける。

「あいつ……政宗のことか。それは単純。この技術を継いでもらうためだよ」

「継いでもらう……」

「今のヴァンパイアたちはこの戦い方をするものはほとんどいない。このままでは刃物の術がなくなってしまうと踏んだ私は、異世界にいる剣豪に目をつけた。そして、そやつにこの技術を継承してもらいたかったんだ」

「……なるほどな」

「ただ、転生時の失敗により、私たちは彼を逃し、さらには殺してしまった。その上、君たちを怒らせた。完全に失敗したよ」

 そう言って彼は笑った。

「最後に、言っておくことはあるか?」

 頭以外凍りついたバルガスは俺に聞いた。

「そうだな。あっちで政宗に詫びてこい。俺たちはもう鬱憤を晴らしたから、あいつが許したら俺たちも許す。許さなかったら俺たちも許さない。いいな?」

「……ああ、わかったよ」

 そして、彼は完全に凍りついたのだった。



「とまあ、こんな具合だな。こうして俺たちの弔い合戦は終わった」

「あの刀にそんな話があったとは……」

 私はコーヒーを飲みながら、あの刀を思い出す。

「それから俺はあの刀を保管することになって、今はアッコにある。この後にもまだ色々あるんだが、今日はここまでだな」

 そして玄武は立ち上がり、事務所の扉を開けた。

「さて、俺は行かないといけないところがあるから、行ってくるわ」

「うん、行ってらっしゃい」



「遅かったじゃねぇか。お前毎回遅刻するよな」

「うっせ。団員に昔話してたんだよ」

「ほら、もういくよ。僕たちは準備済んでるんだ」

 俺と新田、そして感史はあるところに向かう。

「……よっと」

 そこは墓地。そのままの足でまっすぐとある墓石の前に立った。

「久々に来たぞ、政宗」

 そこには大きな文字でこう書かれていた。



「英雄此処ニ眠ル」



「俺たち、お前の分まで頑張るからよ、見ててくれな」

 どこかでカチャンと刀の音がした気がした。
























第11章 The blue and fleeting youth is 〜完〜

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