第72話 maverick/異端者

「……政宗が……死んだ?」

「……」

 朝、家石の口から伝えられた訃報は、その場にいた感史と新田を絶句させる。その場に重苦しい空気が流れる。

「……すまない。私がいながら」

 決して家石のせいではない。むしろ、家石はヴァンパイア1人を相手取り、損害をほぼなしで撃退したのだから、相当な功績のはずだった。

「守れなかった」

 しかし、彼にとって重要なのはそこではない。

「教師、失格だ」

 教師として、人の命を預かるものとして、その責務を果たせなかった。そんな思いが彼の胸を締め付ける。

「……ちげぇだろ。先生」

 そんな時、感史が机を叩き、立ち上がる。

「アンタは十分役割を果たした。何よりも悪いのは、勝手に呼び出しといて政宗を殺した、あいつらに決まってんだろ!」

 彼の熱い思いはストレートで、確信をついていた。

「だから、いねぇんだろ。アイツは」

 彼はその場にいるはずの彼を思い出す。

「アイツはそれをわかってる。だけど、目の前で自分のダチが殺されて、自責の念にかられねぇやつはいねぇ。誰だって目の前で自分のダチ死んだら、自分のせいだって思う。絶対にだ」

 いつも笑って周りを巻き込んで、簡単に人の命を救ってきた。彼はそんな男だ。自分の強さに疑いはなかったのだろう。

 だからこそ、この一件が彼にとっては重くのしかかった。感史にはそれがわかる。

「教えてくれよ先生。わかってんだろ。ヴァンパイアどもの居場所は」

「……教えられない」

「先生!」

「感史、落ち着け」

 そんな感史を新田が制止する。

「教師という立場として、これ以上犠牲を出さないために、教え子に死んでほしくないために、言わないことくらいお前にもわかるだろう?」

「そりゃそうだが……」

「……正直、アイツらの所在は僕もわかってる」

「マジかよ!?」

「だが、危険だ。それでも……」

「行くに決まってんだろ。玄武も、そこにいるんだろ?」

「アイツなら、単騎で特攻するだろうな」

「……先生、アンタの気持ちもよくわかる。大切なやつに死んでほしくないのは、誰だっておんなじだ。だけどな、先生」

 感史は教室の扉を開けて後、振り返り先生を見た。

「俺たちにだって、譲れねぇもんがあるんだよ」



「……こんだけ準備すればいいだろ」

 同刻。早朝の自宅で玄武は転移で即座にものを出せるように、準備をしていた。

「単騎で突っ込むなんて、バカなもんだよな」

 玄武は笑って、ある写真立てを見た。

「……政宗、俺行ってくるよ」

 畳の上から立ち上がり、襖を開ける。

「マスター、行くんですか」

「ああレイ。行ってくる」

 玄関に向かうと、そこではレイが待っていた。

「マスター、私も……」

「……いや、いい。こいつは俺の戦いだからな」

「……わかりました」

 レイは玄武の目に宿る闘志に勘づき、そう言った。

「多分、晩飯までには帰る。準備をしておいてくれ」

「了解です」

 玄武は靴を履き、家の扉を開いた。そこに朝日が差し込んでくる。

「……マスター」

「何だ?」

「ご武運を」

 レイは彼が死ぬことも視野に入れていると気づいていた。だから、帰ってきて欲しいという思いを押し殺し、ただ自分の主人を信じた。

「……おう」

 そして、玄武もその意図に勘付いた。だから、多くは語らなかった。

「んじゃ、行ってくるわ」

 玄武は自分の目に前に転移門を作り出す。その先には暗黒に包まれた森林とその先にある立派な城が目に入る。

「はい、行ってらっしゃいませ」

 メイドはただ、主人の背に向かって深々と礼を続けたのだった。



「……そうか」

 暗い書斎でワインを嗜み、部下の報告を聞く男。彼の表情は月明かりに照らされていた。

「ヴァンが死んだか」

「はい」

 彼の右腕として長年活躍していた男、ヴァン。その男の訃報を聞いても、男は顔色を一切変えない。

「……わかった。下がっていいぞ」

「了解しました」

 報告役の男が消え、部屋には男1人だけになる。

「……我らの野望のために、犠牲はつきものだ」

 彼はワインの映る月を見る。ゆらゆらと揺れ動くそれは、丸い満月だった。

「すまんな、ヴァン。またいつか、どこかの未来で会おう。ヴァンパイアは長寿だからな。いつの日かのパンデモニウムで会えるやもしれん」

 静寂に包まれる書斎。この館が存在しているのは、ロンドンの山奥。そこで音を立てるものは、基本的に誰もいない。

「さて、次は……」

「ドォォォン!」

「……む?」

 しかし、今日はイレギュラーな日であった。



「何だ!?」

「何者だ!?」

 森林の一角。屋敷のちょうど入り口のところで大きな爆発が起きた。

「一体何が起きたんだ!」

「何者かが爆発物を入り口に打ち込んだ模様です!」

 外部からの侵入を防ぐ近衛たちは慌てながら入り口へと急行する。

「やっぱ、突入は派手にロケランだよな」

 入り口で巻き起こっている砂埃の中から、巨大な大砲を肩に据えた男が現れる。男の足元には2人の門番がぐったりと倒れている。

「何者だ!」

 多くのヴァンパイアの近衛たちが男に向かって槍を構えた。

「あぁ? 見てわかんねぇか? なら、教えてやるよ」

 男は親指をビッと立て、叫ぶ。

「俺の名前は竜王 玄武! 仲間1人守れねぇ雑魚だが、今日は弔い合戦に来た! 大人しく全員、死ね!」

 男はもう一度、ロケットランチャーを放った。



「敵襲! 敵襲!」

 巨大な城の中の兵士たちが全員俺のところにやってきているのがわかった。

「オラオラオラァ!」

 しかし、そんなことは関係ない。俺の仕事はこの団体をできる限り追い込むことだ。

「そんなもんかぁ!?」

 俺はスキルで弾丸を生成し続け、半永久的に銃を撃つ続ける。さらには転移門も全力で稼働し、四方八方からの銃弾が飛んでくる状況を作り出した。

 もちろん弾丸に打たれたヴァンパイアたちはすぐに再生する。が、そんなことは関係ない。物量で押し切るのみだ。

「何だこいつは!?」

 ヴァンパイアの再生にも流石に限界はある。有名な話だと水に流してしまえば再生ができないというやつだ。あれはヴァンパイアの塵が微細に分離されてしまうために起こる事象だ。

「てこたぁ、銃弾でサラッサラの粉にして、銃弾で起こる風で、全部バラッバラにしちまえば、おんなじように再生は出来ねぇよなぁ!」

 読み通り、完全に再生不可とまではいかないが、再生にはかなりの時間がかかっている。

(強くなればなるほど、塵自体のくっつきも強固になる。だから、この戦法が使えている時点で、こいつらは雑魚。あんまり魔力を消費する必要もない)

 ある程度まで落ち着いてきたところで、俺は床に手を触れる。

「『転移門』!」

 ブワンと音がして、大きな穴が床に発生する。

「う、うわぁああああ!」

 そして、多数の再生途中のヴァンパイアたちが落下する。落下先から香ってくる潮の匂い。そう、この先に存在しているのは海だ。これでヴァンパイアは完全に無力化できるのだ。

「おっしゃ、つぎぃ!」

 俺は血走った目のまま、館の一階を走り回るのだった。



「……一階、制圧!」

 転移門と銃弾を駆使して、俺は一階にいたヴァンパイアを殲滅することに成功する。

「さて、んじゃ2階に……」

 俺は部屋から出ようと、扉に手をかけた。

「止まりなさい」

 すると、俺の体に血の鎖のようなものが巻き付いた。

「んあ?」

 それはかなり強固で、俺は身動きが取れなくなった。

「この短時間であの人数を……。やってくれたわね」

 目の前に現れたのは、黒い長髪の女。マントを羽織り、胸元が空いた服装をしている。鋭い赤い目でこちらを睨み、腰のレイピアを引き抜いた。

「私の名前はロンド。純血ヴァンパイアよ。ここまでのことをしておいて、あなた覚悟はできてる?」

 レイピアをこちらに向け、完全に戦闘体制といった感じだ。

「やっと、強そうなやつが出てきたじゃねぇか……!」

 俺は鉄を皮膚の上から生成することで肉体を膨張させて、血でできている鎖を無理やり引きちぎり、無力化した。

「一筋縄じゃ、いかないみたいね」

「当たりめぇだろ。そんじょそこらの雑魚と一緒にすんな」

「あなた、自分で雑魚って言ってたじゃない」

「いや、俺の方が強い。お前らは俺の雑魚よりも弱い雑魚ってことだ」

「……ッチ」

 ロンドは目を血走らせ、レイピアを振り抜いた。

「その口、今すぐ黙らせてやるわ!」

「上等だ!」

 瞬間、俺たちがいる部屋の壁が轟音と共に砕け散る。

「その勝負、待ったぁ!」

 飛び込んできた男は俺の前に立ち、女と俺の間に入った。

「か、感史!?」

 それは紛れもなく、あの感史だったのだ。

「単騎特攻はさせねぇよ」

 感史は鼻をさすり、仁王立ちをした。



「……新田、お前一体どこが本拠地かわかってんのか?」

 数時間前。感史は新田と共に学校の廊下を走っていた。

「いや……その……」

「何だよ、早く教えろ」

 本拠地の場所を聞いた感史。だが、なぜか新田がその場所を話そうとしない。

「わかってんだと。場所」

「わかってるんだけど……」

「だけどって、なんだよ」

「……怒らない?」

「怒るって何だよ。怒るわけねぇだろ」

「……ロンドン」

「ああ、ロンドンね……」

 瞬間、感史の足が止まる。

「ロンドン!?!?」

 そして、お手本のようなノリツッコミを繰り出す。

「何だそれ!」

「怒らないでって言ったでしょ!」

「怒ってねぇよ! てか、どうやってそこに行くんだよ!」

「考えてないよ! わかったのさっきだし!」

 教室を出てからすぐ。スマフォなどで情報を探した結果、何と出てきた場所はロンドン。ここから飛行機で行っても確実に12時間以上はかかる。

「啖呵切って出てきたのに、これじゃ台無しじゃねぇか!」

 感史は先程先生にあれほど格好をつけたことを若干後悔する。

「どうすんだよ!」

「僕にだってわかんないよ!」

「……全く、バカな、生徒たちだ」

 廊下でギャーギャーやっていると、そこに家石がやってきた。

「せ、先生!?」

「後先考えずに、出ていく癖は、直したほうがいい」

「グッ……」

 あまりに図星すぎて、感史は辛酸を舐めたような表情をする。

「……だがまあ、俺も、お前たちに、学ぶところはあった」

「……え?」

 家石の言葉を聞き、感史は驚く。

「教師の仕事は、生徒を守るだけでは、ない。生徒を、成長させる場を、作ることだと。そう、学んだ」

 家石がパチンと指を弾くと、隣に2mほどの穴ができる。その先には森と、少し火の手が上がる館が見える。

「これは、玄武と同じ、転移門。裏技を使って、俺も使っている」

「ま、マジですか!?」

「これが果たして、成長につながるかは、わからない。だが、俺はお前たちに、賭けることにした」

 そして、ニヤッと笑って、こう言った。

「後は、言わなくても、わかるな?」

 すると、感史もニヤリと笑う。

「……へへっ、先生。なかなか粋なことをしてくれるじゃねぇか」

 感史と新田は門の中に走って入る。

「死にそうになったら、俺を呼べ。すぐに行く」

「「了解!」」

 感史たちに返事は学校に響いた。



「何でお前が……」

「話は後だ。外で新田がある程度のリカバリーをしてくれてる。だからよ、玄武……」

 感史は玄武を見て、笑う。

「今日は好きなだけ、暴れるぞ!」

「……おうよ!」

 2人の目には、闘志が宿っていた。



「そう。だけど、人が1人増えたところで意味ない……」

「『結界』!」

 感史は右足を踏み出した。すると、感史とロンドだけを中に入れたバリアのようなものができた。

「お前これ……」

 それはまさに、以前の政宗が使ったものと同じだった。

「大丈夫だ。自爆はしねぇ。ただ、ここの戦いは俺に任せろ」

 感史は拳を握り、両手を構える。

「玄武、お前は相手のボスのところに行ってこい!」

 それは、感史なりの、目の前で仲間を殺された玄武への、敵討の最大のチャンスを作った行動だった。

「……ありがとよ!」

 感史に感謝を送り、玄武は扉を開けて外に出た。

「……さあ、ヴァンパイア。準備はいいか?」

「待ちくたびれたわ。そっちこそ、茶番は終わり?」

「あぁ? まだ終わってねぇよ」

 感史は手に魔力を集中させて言った。

「お前を倒すまでが、俺の出番で、茶番だよ!」

 こうして、感史の戦いが幕を開けた。



「オラァ!」

 俺は力任せに扉を蹴破った。

「ボスはどこじゃあ!」

「ボスか。代表なら俺だ」

 俺の入った部屋は書斎で、多くの本が並べてあった。

「お前がボスか!」

 俺の目の前にいたのは、黒いマントを羽織り、ワックスで固められた髪と、冷徹な赤い瞳。そして、無表情な口を併せ持った男だった。

「俺の名前はバルガス。ムーンライトレコードの代表取締役にして、純血ヴァンパイアの頂点。お前が玄武か?」

 男ことバルガスは無表情にそう言った。

「話が早くて助かる。そうだ、俺が玄武さ!」

「そうか。では、お前は何のようだ。人の館をここまでにしておいて、何をしたいのだ?」

「そんなもん、決まってんだろうが」

 玄武は拳銃を構え、目を見開いた。



「お前ら全員、ぶっ殺すために決まってんだろうが!」



「……面白い。やってみせろ」

「言われなくても、やってやるよ!」

 こうして、玄武の弔い合戦は最高点に到達する。

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