第71話 idiot/馬鹿野郎

「……のこのこ帰ってきたと言うわけか」

「は、はい……」

 とある屋敷。窓から月明かりが差し、部屋の中をうっすらと照らす。外には満月が見え、星々が浮かぶ。

「……そうか」

 腕を切られた吸血鬼を前にして、男は興味がなさそうに答えた。

「もう下がれ」

「わ、わかりました」

 吸血鬼はすごすごとその部屋を出て行った。

「……無能が」

 男は窓から外を見て、憤りを口にする。

「アルラもどこかへ消えてしまった……。こうなれば、手段は一つしかないやもしれんな」

 男はスッと立ち上がり、指を弾く。すると、部屋の壁に設置された蝋燭に火がつき、部屋を煌々と照らす。

「おい、バトラ。いるか」

「はい、こちらに」

 男が声をかけると、即座にやってきたのは白い髭の男。彼は男の前に膝をつく。

「皆を呼べ。動くぞ」

「了解しました」

 そう言い残し、バトラという男は血のベールに包まれて消える。

「さて、動こうか。ムーンライトレコードが直々にな」

 男のいる部屋の天井には、大きなユウガオの彫刻が施してあった。



「いよっし、これで全部だな」

「玄武、こんなに買ってなにをするんだ?」

「まだ内緒だよ」

 休日。俺と政宗は2人で秋葉原に来ていた。その日は暑く、ギラギラと太陽が照っていた。

「まあ、発明だよ発明」

 今回は任務ではなく、俺が新しく制作する品物のための買い物だった。

「にしても、もう夏かぁ……」

 俺は政宗が来た時のことを思い出す。

「もう4ヶ月も経つのか。早いなぁ……」

「そうだな。時が経つのは凄まじく早いものだ」

「どうだ、政宗。この世界は楽しいか?」

「ああ、おかげさまでな」

 政宗はそう言って笑った。

「玄武のおかげで感史とも、新田とも出会えたし、毎日が楽しい。お前には本当に感謝しかない」

 そう言ってもらえて、俺も嬉しかった。

「さて、あっちいし早く帰ろうぜ!」

「そうだな、急ぐか!」

 瞬間、辺りが一瞬にして暗くなる。

「何だ?」

「……この感じ!」

 ピンと来ていなかった俺と違い、政宗は何かに気づいたような表情で刀を握る。

「玄武、気をつけろ。この感じは」

「君がここに来た時と、同じなんだろう?」

 目の前に黒い影が現れる。それは静かに、しかし、しっかりと語る。

「誰だ!」

 俺は懐から銃を抜いた。

「本来、政宗くんはうちの仲間になるはずだったのだ。手違いでどこかに行ってしまった挙句、まさかここまで私たちの仲間を壊滅させるとは。驚きだよ」

 どこからともなく現れる、宙に浮く蝋燭たち。彼らは夜になった道を煌々と照らす。

「私たちは結局とある結論を出したんだ。自分たちで蒔いた種は、自分で始末しようという、ね」

 明らかになった男は口から八重歯がはみ出しており、目は赤く、鋭い。

「残念だが、君の異世界の生活はここまでだ」

 彼はどこからか真っ赤なレイピアを取り出して、構える。

「申し遅れた。私の名前はヴァン。組長の使いでやってきた、この組織のナンバー2だ。純血ヴァンパイア、真のヴァンパイアさ。死に際だが、覚えていってくれたまえ」



「……暑いな」

 その頃、家石は学校で採点作業を行なっていた。猛暑が彼の体に刺さる。何よりも、日差しが眩しい。

「さて、続きを」

 瞬間、彼に手元の光が消える。

「……何だ?」

 彼はそう言いながら、彼の首元に向かって振られた血の刃を魔力でコーティングした右手で受け止めた。

「バレたか」

 そんな声が背後からボソッとする。

「誰だ、君は」

 家石は部屋の電気をつけながら、男に向かって名を聞いた。

「我の名はファング。吸血鬼だ」

 顎髭を生やし、黒いマントを纏った彼はそう言った。

「……時間稼ぎか」

 家石はスキルである思考盗聴によりファングの思考を一瞬にして読み取る。

「正解だ。よくわかったな」

 ファングはそれにも動じず、家石をじっと見つめる。

(まずい。一刻も早くあちらに、向かわなくてはいけないのに、こんな時に……)

 家石は額に汗をかいた。家石には相手の思惑は全てわかっていた。政宗を殺そうということも、そのための強敵が彼に接敵しているということも。

 しかし、助けに行けるかと言ったら話は別だ。まずはこのファングを何とかしなければならない。

「……仕方ない」

 家石はスッと立ち姿を変え、構える。

「フルパワーで行かせてもらう」

 彼の体から魔力が溢れ出し、髪の先の方が少し浮き上がる。

「さて、我をどかすのが先か、ボスが勝つのが先か。面白くなってきたな」

 ファングは恍惚とした笑みを浮かべ、血の剣を構える。

「さあ、勝負だ!」



「あれ、ムーンライトレコードって混血ヴァンパイアの組織じゃないの?」

「それはだな、昔は純血ヴァンパイアの組織だったんだが、色々あって混血ヴァンパイアの今の組織になったんだと」

「へ〜」

「ここから始まる話が俺にとって一番重要だからな。心して聞けよ?」



「『独眼竜:断頭斬』」

 政宗は即座に片目を瞑り、スキルを発動する。放たれた斬撃はヴァンの目の前までくるが、ヴァンが腕を振ると、打ち消されてしまう。

「くっ!」

「『圧縮弾』!」

 俺もそれに続いて圧縮弾を放つ。青い軌跡を描いたそれだが、即座に赤い剣によって弾かれる。

「では、こちらから行こうか」

 ヴァンは踏み込み、刀を握る。

「『斬血』」

 下から上にかけて刀を振えば、一瞬にして巨大な血の斬撃が飛んでくる。

「まずい……! 『転移』!」

 斬撃自体を飛ばすことはほぼ不可能。そう判断した俺は俺たちを上空に転移させる。

「マジかよ……!」

 俺たちがいた道には大きな地割れのような斬撃の痕が残されていた。その大きさが威力を物語る。ヴァンはこちらをまっすぐと見ていて、やがて背中から羽を生やした。

「逃すか……!」

 即座にこちらに飛んできたヴァンは右腕に何かをチャージしていた。

「『血弾』!」

 圧縮された血は考えられないほどの勢いで放たれた。それは真っ直ぐにこちらに向かってくる。

「斬!」

 落下している政宗はそれを刀で真正面から受け止める。血のビームは刀の部分で二本に分かれ、片方が地面に大きな穴を作っている。

「うぐおおおお……!」

 刀がガタガタと揺れているのがわかる。

「何という重さだ……!」

 政宗はグッと歯を食いしばる。

「政宗、地面に飛ぶぞ!」

 俺はその掛け声と同時に、地面に衝突しかけていた政宗と俺を地面に転移させ、衝突を防いだ。

「まずいぞ玄武……」

 砂埃の中、立ち上がった俺と政宗。政宗は砂埃の中に見える黒い影を睨んでいる。

「このままだと、2人とも死ぬぞ……!」

「……わかってる」

 やつから溢れ出す赤黒いオーラ。そこからやつにまだ余力があることが手に取るようにわかる。

「そうは言っても、この状況でやつから逃げられるとも思えん……」

 政宗の言う通り、ヴァンの動きを見ている限り簡単に逃げられるような相手ではない。

「……潮時か」

 政宗はなぜかフッと笑みを浮かべ、俺に言う。

「今から俺は秘技を出す」

「秘技……?」

 政宗からそんな技を俺は聞いたことはなかった。

「しかし、これは周りをかなり巻き込む技だ。だから、玄武。お前はこの周りに被害が出ないように空間転移でうまくやってほしい。頼めるか?」

 政宗は俺を真っ直ぐに見た。俺は何をする気かはわからなかったが、やることは一つしかないし、返答も一つしかない。

「おう、命にかけても任せとけ! 親友!」



「政宗よ、聞こえるか?」

 政宗はある日の夢の中である声を聞いた。

「……はい」

 わけもわからず、返事のみをする。

「対話が遅くなって申し訳ないな。転生して混乱しただろう」

 その声は女性で、儚いという感覚ではないが、どこか神々しい。

「お主はその世界の何者かによって呼び出されたようだな。そのせいで因果が狂い、死んでしまった」

 何を言っているのか、全くわからない。

「だが、大丈夫だ。私から一つお前の望む力をやろう。さあ、何がほしい?」

 政宗は少し考えた。その後、こう答えた。

「俺は……皆を守れる力が欲しい。一度でいいから、自分の身はどうなってもいいから、絶対に守れる力が欲しい」

 そう、力強く答える。それを聞いた謎の声は、微笑し、答える。

「わかった。いざという時使うが良い。この力はほぼ最強と言っても差し支えない力だ。だだし、代償は……」



「……命、か」

 政宗の指示通り、俺は政宗から離れ、空間転移をいつでもできる状態にしておいた。

「改めてだが、命をかけても任せとけってなんか変だったな」

 俺はそんなどうでも良いことをなぜか考えてしまう。

「それにしても、あいつは何をする気なんだ……?」



「良かったのか。あいつを離して」

 その場に残された政宗とヴァン。政宗は満身創痍だったが、その目は全く諦めていない。

「逆だよ、あいつ離したんだよ」

「何を……」

「『【じん】』」

 刹那、ヴァンの毛穴という毛穴から大量の冷や汗が溢れ出す。

(何だ……これは……!?)

 目の前にいた彼の肉体から溢れ出すのは凄まじい量の魔力。さらに、彼の刀身には竜のような痕が刻み込まれている。

「こいつは俺の奥義さ。一度きり、のな」

 そう言って、政宗はヴァンの視界から消える。

「一体どこに」

 ヴァンは気づいた。自分の腹部から溢れる多量の血液に。

「あがっ!?」

 斬られたという感覚は全くなかった。しかし、現に腹から血が出ている。

「何だこれは……!?」

 次々腕、肩、足からどんどんと血液が出てくる。しかし一向に政宗の姿は見えず、痛みを捉えることもできない。先に血液が出て、それで気がつくのだ。

「早く、回復を……」

 ヴァンは自分に回復魔法をかけようとした。

「……効かない、だと……!?」

 が、傷が治ることはない。ダバダバとただ血が流れるのみだ。

「何が起きている。脳の伝達が阻害されているのか!?」

「正解だ」

 どこからか政宗の声がする。

「この技は周囲5mのうちの生物の脳の伝達を阻害し、回復、行動、認識などありとあらゆるものを阻害する。いわば、俺の絶対領域を作り出す」

 言われみれば、ヴァンは全く動けていない。

「くっ……そぉ……!」

 ヴァンは悔しさのあまり、唇に血を滲ませる。

「残念だったな。玄武は、殺させねぇよ」

 そう言った後、ヴァンの首から血が溢れて、彼は膝から崩れ落ちるのだった。



「玄武のおかげで基本的にはみんな大丈夫だったはず」

 以前の玄武のバリアを展開しておいてもらったおかげで、幸い全くと言っていいほど外部への影響はなしで済んだ。

「……グフッ……終わり、か」

 灰になるヴァンを見届けた彼もまた、膝から崩れ落ちるのだった。



「政宗!」

 俺は走った。

「バカだ、バカだよお前は!」

 倒れた政宗に駆け寄り、涙を流す。

「おう、玄武。やったぞ」

「やったぞじゃねぇ! なんであれをお前が……」

「……お前を、守りたかったんだよ」

 ヴァンを倒したことで、段々と雲が晴れ、日光が差してくる。

「お前のおかげで俺は、楽しかったし、嬉しかったし、戦う以外での楽しみを見出せた。本当に、お前のおかげでしかないんだよ」

「だからって、お前!」

「そんな恩人が先に死ぬなんて、俺は許せなかった。バカなわがままだったんだよ。許してくれ」

「いやだよ、行くなよ! またみんなでバカやろうぜ!? な!?」

「……無理だ。あれを使った時点で俺は命を落とす。俺はお前を守れて満足だよ」

「政、宗……」

 気づけば俺は、涙を流していた。血を流し、横たわる政宗の体に涙がこぼれ落ちる。

「最後に、一ついいか?」

 薄れゆく声。それは俺の耳に残った。



「今までありがとう。親友」



 政宗の手から力がスッと抜けた。政宗の目がゆっくりと閉じる。

「政宗!」

 俺の嗚咽と叫びは昼の街で響いた。

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