第70話 trifle/つまらないもの

「うーむ……」

「何悩んでんだ? 新田」

 俺が珍しく早くいつもの教室に行くと、新田が地図やらパソコンやらを広げて唸っていた。

「ああ、玄武。来たのかい」

「まーな。んで、お前は何やってんだよ」

「これは分析を行っているんだよ」

「分析?」

「以前に説明した通り、僕のスキルはその場にあることからある程度先の未来を予測できるというものだ。しかし、目の前のものが何か分からなければ、そもそも何が起こるかもわからない、そうだろう?」

「まあ……確かに」

「というわけで、普段からこんなふうに知識をつけるべく、過去の化ケ物のデータとかを分析しているってわけさ」

「はえ〜、なるほど」

 新田の作戦の裏にはこんな影の努力があったとは。知らなかった。

「……そんじゃ、なんで悩んでたんだ?」

 よく考えれば、分析するだけなのに何を悩むことがあるのだろうか。

「ああ、その件だったね。玄武、最近討伐で妙に思ってることはないかい?」

「ん? 頻度が増えたとかか?」

「いや、それもあるんだが、種類とか……」

「……そういや最近コウモリが多い気がするな」

「ご名答。それだよ」

 あのコウモリ討伐以来、なぜか異様にコウモリの討伐が多い。

「過去のデータを遡ってみても、こんなにコウモリが多発したことはない。だから、何かある気がしてね」

「確かに不自然だな」

 季節によって多少偏りが出るのはわかるが、それでは説明できないほど偏りが大きすぎる。

「何がこの裏にあるのか……」

「なんかの前兆だったりしてな」

「嫌なことじゃないといいんだけどね……」

 その時、ドンという音が響き、窓が揺れた。

「うおっ、なんだ!?」

「玄武、あれ!」

 窓の外から見える都心に大きな爆発が起こった。爆発の砂煙が見える。

「なんだありゃ……」

「とにかく、行ってみよう!」

「おう!」

 こうして俺と新田はその爆発地点へと走るのだった。



「なんだなんだぁ?」

 俺たちがそこに行くと、そこでは人だかりができていた。

「すみませーん」

 それをかき分けて進むと、そこには見覚えのある人物がいた。

「感史!?」

 そこにいたのは、まさかの感史だったのだ。傍には政宗もいる。

「玄武、気をつけろ!」

 瞬間、俺の頭上に影がかかる。

「『血風ケップウ』!」

「『空間転移』!」

 血液を凝固させ、刃のように鋭くしたそれが十何本か飛んでくる。俺はそれを空間転移で別の場所に飛ばし、なんとか回避した。

「キャー!」

 この状況を見ていた野次馬たちは蜘蛛の子を散らすようにどこかへ逃げていってしまった。

「……防いでくるか」

 何者かは俺の頭上を超えて、俺の背後に着地する。俺は振り返り、そいつを睨んだ。

「誰だ、テメェ」

 懐から愛銃を引き抜き、構える。

「やあ、こんにちは。人間……でいいのかな」

 何者かは女で、白髪の長い髪に童顔な顔についた真っ赤な唇から覗く牙。服は黒いローブに刀を腰に据え、赤色のピアスが耳についている。紛れもない、これはおそらく……。

「ヴァンパイアか」

「ご名答。博識だね」

 彼女は腰の刀を引き抜く。そして、引き抜いた刀に血液を纏わせた。

「あれなんでしょ。人間って初めてあったら自己紹介するんだよね。私もそっちに合わせるよ」

 彼女は髪を巻き上げて、真っ赤な瞳を俺に向ける。

「私の名前は血崎ちさき アルラ。君たちを倒したら、私自由になれるんだって。だからさ……」

 彼女は俺に真っ赤な刀を向けて、笑顔で言った。

「死んで!」

「……おもしれぇこと言うじゃねぇか……」

 俺はニヤリと笑い、こう答えた。

「死んでも嫌だね!」



「そっかぁ……」

 アルラはそう言って、即座に目の前から消えた。

「残念」

 瞬間、俺の懐に現れ、その刀を振るう。

「『鉄壁』!」

 それに合わせて間に鉄の壁を出現させる。しかし、その壁に意味はなく、いとも簡単に切り飛ばされた。

「……っぶねぇ……」

 鉄を切った瞬間、刀が遅くなった隙をついて俺は転移で避ける。

「こざかしいね〜」

 アルラは笑顔で刀を構え直す。

「だったら、あっちからやろうかな?」

 アルラはは踵を返して、感史たちの方向へと走る。どうやら先に三人をやるらしい。

「くっ……!」

 感史たちは疲労でなのかはわからないが、動けないようだ。

「さ、まずは1人……」

 アルラが刀を振り下ろそうとしたその時、彼女の位置が感史たちから遠くなる。

「……は?」

 呆然と立ち尽くすアルラ。それを見て、俺は一安心する。

「『転移防壁テンイボウヘキ』……。俺のスキルの一つだ」

 このスキルは触れたものを反対側に転移させる、半径5mの結界を張る。外部から触っても何もないが、内部から触れば、中心を通って反対側へと転移する。まあ、これは言わなかったのだが。

「早い話、お前は俺を倒してからじゃないとあいつらを攻撃できないし、ここからは出られない。残念だったな」

「……面白いじゃん」

 アルラは意外にもニコリと笑った。

「こんなにもワクワクしたの、久しぶりだよ!」

 かくして、俺とアルラの一騎打ちが始まる。



「何者なのだ、あやつは……」

 政宗は玄武とアルラが戦う様子を見て、つぶやいた。

「2人とも、一体何が起きたんだい?」

 そんな時、新田が2人に話しかけた。

「俺にもよくわからん。突然あいつが襲いかかってきてな……」

「俺もだ。それで俺は爆破で応戦したんだが、あいつはそれを突き破って、効果はなかった」

「なるほど……」

 新田はあることに気がついた。

「……最近コウモリが多かったのはこういうことだったのかもな」

 コウモリは古来よりヴァンパイアの眷属。もしかしたらこの都心に来て偵察をしていたのかもしれない。

「しかし、一番不可解なのは……」

 新田はアルラと戦う玄武を見た。

「あれほどの反応速度……見たことがない」

 あれほど突発的で新田でも全く予測できなかった攻撃を平然と受け流し、新田たちへの不意の攻撃も対策してみせた。

「玄武、君は一体何者なんだい……?」



「『血刃ケツジン』!」

 アルラは刀を振り翳し、そこから血液の刃を飛ばした。鋭利なそれは地面に当たり、傷を作る。

「『転移』」

 しかし、俺はそれを転移門で守り、アルラ自身へ返還する。

「よっと」

 アルラはそれを簡単に打ち消し、俺に相対する。

「君、やるね」

「ははっ、どうも」

「私、ヴァンパイアのお嬢様で昔から剣術に関してはかなり扱かれてきたんだけど、ここまで通用しないのは初めてだよ」

 アルラは自分の髪を右手でいじりながら、そう言った。

「やっと自由になれるかもって思ったのに、こんなに強いのと戦わないといけないなんて……。やっぱり生きるのはそんなに簡単じゃないね」

「さっきから自由自由って、どういうことだ?」

「……そこ突っ込む? 乙女に大してデリカシーないなぁ……」

 アルラは呆れたように首を振った。しかし、笑顔を消し、ポツリポツリと答え始めた。

「……私、結構いい家の出身でさ。昔から自由じゃなかったの。ず〜っとつまんなくってさ……。そんな時に、ある漫画に出会ったの」

 彼女は懐からある本を取り出した。

「なんでかわからないけど、一巻だけ私のお家の図書館にあったの。『血炎ケツエン』っていうんだ」

 パラパラとめくりながら、何かを思い返す。

「これで私、人間に興味を持ったの。ずーっとつまんなかった私の人生……いや、ヴァンパイア生にやっと光が訪れたみたいでさ、嬉しかったよ」

 アルラはパタリとその本を閉じて、俺を見た。

「そんな時に、こいつら始末したら自由にしてあげよ〜って変な団体から連絡が来てさ。わけわかんなかったけど、受けたんだ。もし本当だったら、いいなって」

 刀を再び構え、戦闘体制に入る。

「だから、負けられない。私、自由になりたいの!」

 彼女の実直な思いを聞き、俺は自分の境遇を思い返す。

「……俺と一緒だな」

「……え?」

「俺も、割といいとこのででな。昔っからアレやれコレやれだの矯正されてきたんだよ。なっつかしいなぁ……」

 俺は本来、一家相伝の武術を教わる予定だった。銃など握らず、拳で戦う予定だったのだ。

「だけど、俺はあの人にあった。いつも自由で、アウトローで、明るくて、少しバカなあの人に」

 青くたなびいたあの髪と、いつも輝いていた瞳と銃口。俺はその姿に憧れた。

「結果、俺は家を逃げてやった。そして、ここにいる。だから、俺からお前に一つ教えてやるよ」

 銃口をアルラに向けて、俺はあの人の言葉を言い放つ。

「自由は、自分の手で掴んで初めて自由になるんだよ」

「自分の手で……」

「よくわからん方法試すより、自分で直談判でもして逃げ出してみな。意外となんとかなる」

 俺はそうだった。だからこそ、コイツにもそれを教えてやりたい。

「……そっか」

 アルラは刀をしまって、両手を上げた。

「はい、こうさーん」

「……あん?」

 突然のことで俺は変な声をあげてしまった。

「だから、降参。もう戦わないよ」

「いや、なんで急に……」

「変なおっさんたち頼るよりも、アンタの言ったこと、信じる方が良さそうだなって」

 アルラはニコリと笑い、そう返した。

「そうか。なら、頑張れよ」

「うん」

 彼女はそう言い残して、血のベールに包まれてどこかへと消えていった。



「うい、終わったぞ」

 俺は転移防壁を解除し、感史たちの元へとやってきた。

「大丈夫か?」

「ああ、あいつなりに答えを見つけて戦う理由を無くしたらしい。どっかに帰ったよ」

「そんなのありかよ……」

 感史は笑ってそう言った。

「だが、あの腕前なかなかのものだった。玄武、よくお前あれと拳銃で対等に戦えたな。近接は苦手だったろうに」

 政宗は俺に不思議そうに聞いた。確かに普通のガンマンであれば、近接は苦手だろう。

「アレは俺のお師匠に教わってな。銃は近接こそかっこいいって」

「お師匠ってあのお前が住んでるとこの人か?」

 新田入っているのはおそらく鉄塊師匠のことだろう。

「違う違う。もっと自由な人だよ」

 俺はいつも笑っていたあの人を、もう1人の師匠と呼んでいる。

「……どういうこと?」

「ま、いつか話してやるよ」

 こうして、俺たちは帰路へつくのだった。



「……ふぅ」

 夜9時頃。家石 超介は帰路についていた。

「長い、労働だった」

 彼自身働くことはあまり好きでない。だから基本的に彼はため息をつきながら帰る。

「……おや」

 今日もその調子だったのだが、今日はいつもと違い、家石の前に誰かが立ち塞がる。その姿は黒いローブに包まれており、よく見えない。

「どうもこんばんは。お元気ですか?」

「こんばんは。あまり元気では、ありませんね」

 まるで定型文のような会話。しかしそれは互いに相手を挑発しないようにするためのもの。

「それで、何のご用で?」

 家石はついに本題に入る。

「あなたの生徒さんについてのご相談です」

「ほう」

「私共が活動していく中で、あなたの生徒さんである玄武くんたちが大変邪魔なのです。なので、こちらに彼らを引き渡してはいただけないかと」

「……なるほど」

「もちろん見返りは期待してもいいですよ」

「……くだらない」

 家石はその言葉で一蹴する。

「私の仕事は、生徒を、守ることでもある」

 家石の目は暗いが、その奥には確かに情熱がこもっている。

「では力づくで」

 男は右腕をあげて、何かスキルを発動させようとした。

「『砕粉サイコ』」

 家石は迷いなく、スキルを発動する。瞬間、男の右腕が粉微塵に弾け飛んだ。

「……は?」

 一瞬脳が追いついていなかった男だが、その痛みに次の瞬間には苦痛に歪んだ表情へと変貌していた。

「まだ、やるか?」

「もっ、もうしません! すみません!」

 男は血のベールに包まれてどこかに消えていった。

「……ふう」

 家石は息をつき、途中で買った缶コーヒーを口にした。



「私の生徒は、私が守る」



 家石は再び自宅へと足を進めるのだった。

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