第65話 emancipate/解放する

「うっわまじか……」

 情はパソコンに映る映像を見ながら驚嘆の声を上げる。

「どうした?」

「病が倒されました」

 頂はその返答を聞き、一瞬動きが止まる。しかし、再び動き出す。

「……そうか。では、彼女を行かせよう」

 頂は即座に判断して、とある部屋へと向かう。その部屋のドアの前に立つと、彼はその扉をノックした。

「今、いいか?」

「いいよ」

 中から女性の声がする。

「病がやられた。その回収に行ってほしい」

 淡々と頂は部屋の中の何者かに言伝をする。

「了解」

 それに反応する声もまた、淡々としている。

「じゃあ、行ってきます」

 その後、部屋の中からトプンという音が聞こえた。



「いや〜まさかあんな作戦を思いつくだなんてね〜」

 氷漬けになった病を横目に、私と凛は話し合っていた。

「えっへっへへへ!」

「しかも薬までゲットしちゃうなんて!」

「べヘヘッへっへっへ」

(なんか段々気色悪くなってきたな……)

 凛は出会った頃とは大きく変わった。いい意味でも悪い意味でも。強くなったし、変態になった。明るくなったし、性癖を隠さなくなった。

「それじゃあ、その薬を下に持っていこうか」

 私は凛の手の中にある薬に目をやった。

「それと、病も連れて……」

 瞬間、恐ろしい殺気を凛の背後から感じる。私は無意識に抜刀し、に刀を振るった。ガキンと火花が立ち、凛が驚く。

「うわぁっ!?」

「凛、下がってて」

 なんの変哲もない床の黒いシミのようなもの。そこから出てきていたのは、黒く長い髪を持った女だった。

「仕留め損なったか」

 彼女は緑色の瞳を持っていて、その瞳でじっとこっちを見ている。

「不意打ち、ですか」

 私は彼女の手に握られた黒い刀に目をやる。

「そうだよ。目的は違うけどね」

「……何?」

 私はハッと気がついた。

「病がいない!?」

 すぐそこにいたはずの病の入った氷が跡形もなく消え去っていたのだ。

「私の仕事はこれで終わり。不意打ちはただの時間稼ぎだよ」

「やられた……!」

 まさかこんな方法で病を取り返しにかかるとは。想定外だった。

「じゃ、私は行くから」

「ま、待てっ!」

「今日はあいにく急ぎなんだ。ここでおさらばさせてもらう」

 彼女は再び刀を振り、私を退ける。私は凛の安全も考え、深追いはしないことにした。

「覚えておいて。私の名前は『えい』。きっと、あなたとはまたどこかで会うことになる」

 そう言い残し、彼女は床のシミの中に消えていったのだった。



「一体何だったんだ……」

 彼女こと影がいた場所を睨みながら、私はそう呟いた。

「導華、大丈夫?」

 凛は私の方を心配そうに見た。

「うん、大丈夫。だけど……」

 幸い私に怪我はない。しかし、情報源となる病が連れて行かれてしまった。

「……しょうがない。今は街の人たちの安全が第一。先にこの薬を持っていこうか」

 悩んでいても仕方がない。私は気を取り直し、薬を持っていくことにした。

「わかった」

 凛もそれに同意する。

「じゃあ、玄武を探さないといけないわけか」

 忘れていたが、今いるのは遥か高くの上空。玄武の能力なしでは到底帰ることなどできない。

「お〜い、玄武〜?」

 私たちはぐったりとしたゾンビ達を尻目に、飛行機内を声を出して歩き回る。

「お〜、ここだ〜」

 すると、奥の方の部屋から返答が返ってきた。

「すまんが、ちょっと起こしてくれ」

 玄武はその部屋の真ん中で大の字になって寝ていた。

「いいんだけど……」

 私は玄武に手を貸して起こす。

「何この血の量」

 それよりも目を見張るのはとてつもない血の量だった。部屋中血だらけだ。

「あー、まあ色々あったんだ。それよりも、薬はゲットできたか?」

 その質問に凛がポケットから薬を取り出した。

「うーん、パーフェクト」

「はいはい、確認も取れたし、情報まとめは地上でやりますか」

「了解。それじゃあ、戻るか!」

 こうして、私たちは転移を使い、再びフェイトグループのビルへと戻ったのだった。



「……てなのがこっちで起きたこと。どう? わかった?」

 ビルに戻り、地下室にて。私と凛、玄武に加えて、感史さんや南川さんもその場で私たちの話を聞いていた。

「なるほど……。つまり、俺たちの目の敵のムーンライトレコード、導華を狙うUnder groundの二つが手を組んでるってわけか」

 感史さんはそう言って、顎に手を当てた。

「やばいじゃないですか!」

 南川さんは落ち着いている感史さんとは対照的にとても焦っている。

「まあまあ。ひとまずは退けれたし、一件落着」

 南川さんを落ち着けたところ、ちょうど新田さんがやってきた。

「お疲れ様。薬の解析が終わったよ」

「それで、どうですか? 大量散布とかって……」

「できるできる、もう準備してるところ。後10分もしたら準備が終わるよ」

「速っ!?」

「まあ、僕らの技術力の真骨頂ってところだよ」

 新田さんは照れ臭そうに言った。

「それじゃあ僕は散布をしてくるから、君たちは作戦会議でもしておいてくれ」

 そして、新田さんは地下から出て行ったのだった。



 残された私たちは、そのままそこで話し合うことにした。

「しかし、今日のことはマスコミはなんて報道するんだろうな」

 そんな時、感史さんが口を口を開いた。

「だな。結構大ごとになっちまったしなぁ……」

 玄武はそれを聞き、頭をかいた。

「こんな大ごと、マスコミが逃すわけないですし、何らかの取材が来るかもですね」

 南川さんはそんなことを話しながら、パソコンをいじる。

「ほら、SNSにもこんな投稿が」

 そう言って南川さんが見せた画面には私たちが乗っていたロボットや、飛行機などが映されている。

「さって、これをどう収集付けるのやら……」

 その瞬間、地下室に赤いランプがくるくると回り出した。

「今度は何!?」

『〜社長のプライベートジェットが離陸します〜 〜社長のプライベートジェットが離陸します〜』

「美山さん!?」

 何かと思えば、美山さんの声でアナウンスが流れた。そして、上の方ですさまじい音がする。

「と、とにかく行ってみようぜ!」

 困惑気味な私たちは玄武の先導に続いて、会社の外へと出た。

「な、何じゃこれぇ!?」

 そこには驚くべき光景が広がっていた。



「ふむ、この空間は落ち着くねぇ……」

 その頃、スージーとクレアラはカフェでコーヒーを飲んでいた。

「バババババ……」

「んや?」

 すると、外から何やらヘリの音がする。

「何だこの音は……」

 そう言いながらスージーが店から出ると……。

「うわっぷ!?」

「博士!?」

 何やらピンク色の液体を頭から被ってしまった。

「博士、大丈夫ですか!? 感度3000倍になってませんか!?」

「こらクレアラ。私は大丈夫だから、よそでそういうこと言うのやめなさい」

「すみません……」

「タオル、使います?」

「ああ、もらうよ」

 そんなことを言いながら上空を見れば、飛行機が数台、かかった液体と同じ色をした液体を散布しながら飛んでいる。

「あれか」

 スージーはマスターからもらったタオルで、クレアラに頭を拭かれながら言う。そして、彼女は目線を路上に移した。

「おや、みんなのゾンビ化が解けているじゃないか!」

 驚くべきことに、ピンクの液体を被ったゾンビ達が次々と人間に戻っていくではないか。

「誰かが特効薬でも作ったんですかね?」

「……また、彼女達が関わっているのかな」

 彼女は灰色髪の難儀な侍と、水色髪の変態魔法使いを思い出す。

「そうかもですね」

 クレアラも同じことを考えた。

「って、こうしてはいられない。地下にいるゾンビを地上に持ってこなければ!」

「それに縫合も解かないといけませんね……」

「……これは忙しくなりそうだ」

 彼女はコーヒー2杯分と、チョコレートケーキ1個分のお金を払い、店を後にした。

「……さて、私もこのピンクの液体を綺麗にしますか」

 マスターは彼女達を見送った後、真っピンクになった店を見た。そして、倉庫から高圧洗浄機を取り出すため、店の奥へと向かうのだった。



 外には大量の飛行機からピンク色の液体が散布されていた。おそらく、特効薬だろう。

『え〜みなさん、聞こえてますか?』

 すると、一つの飛行機から新田さんの声がした。

「あ? 幸助何やってんだ?」

 その様子を感史さんは不思議そうに見ていた。

『え〜まず言わせてください。みなさんが戻れたのは、僕たち、フェイトグループの手柄です!』

「「「「「はぁ!?」」」」」

 何を言うかと思ったら、開口一番とんでもないことを言った。

「おい! 手柄取る気かー!」

「見損なったぞクソメガネ!」

 感史と玄武は容赦なく飛行機に向かって叫ぶ。

「まあまあ、落ち着いて」

 すると、後ろから新田さんが出てきた。

「あれ、新田さん飛行機にいるんじゃ……」

「あれは録音だよ」

「ああ、録音か」

 しかし、そんなことを聞いていない2人は新田さんに寄る。

「おいテメェ、手柄持ってく気か?」

「これもう金だろ!」

「ヤクザかて」

「はっはっは! 違う違う」

 新田さんはそれを笑って否定し、ワケを話す。

「これだけの大事、その上当事者を倒したとなれば、かなりの量の調査や取材が来るのは明白。少なくとも大きなことが起きなければ、半年はそれが続く。そうとなれば、その間は自由には行動できないだろうね」

「まあ……」

「確かに……」

「そこで、だ。戦闘のできる君たちではなく、比較的頭脳向きで前線に出る必要がなく、ある程度知名度がある僕の出番だ」

 そう言いながら、彼は胸を叩いた。

「僕であれば、拘束されてもそこまでの損失はない。それに、名前は割と通っているから、話に背びれおびれがついたとしても、修正が効きやすい」

「確かにな」

「割と理にかなってるな」

「加えて僕としても会社の功績が上がってハッピー! って感じ」

「「それが本音だろ!」」

 仲良いなこの3人。

「というわけで、この事件の収集は僕がつける。異論はないね?」

「……しゃーないか」

「毎回お前美味しいところ持ってくよな」

「まあ、ラッキーマンですし?」

「お前、守護者学校時代からそんなだったよな」

 こうして、私たちは段々と戻っていく市民を眺めながら、今後の話を続けるのだった。



『……結論、今回の事件は正体不明の飛行機型の化ケ物によるものだった、ということだったんですね?』

『はい、その死体等は討伐した守護者達によって燃やされたとかたられていて、その前に取った血液などから特効薬を作り出したとのこと……』

 私はテレビの電源を切った。

「うまくまとめたなー」

 あれから1週間。街は元通りに復興した。事件の全容はフェイトグループの手によって若干の改ざんを施され、Under groundやムーンライトレコードの名前を聞くことはなかった。

「導華、そろそろ寝よう?」

「うん、そうだね」

 気づけば夜も0時を超えている。眠気もやってきたし、寝る頃だろう。

「……ねぇ、導華」

「どうしたの」

「ちょっと気になることがあって」

 私が寝ようと自室に入る時に、しれっと一緒に入ってきた凛が私に声をかける。

「あの3人ってさ、きっと学生時代の仲間なんだよね?」

「そうだろうね。確かそう言ってたし」

「それで、前に玄武が『守護者学校の頃から』って言ってたじゃない?」

「そうだね」

「導華ってそこのこと知ってる?」

「ん〜知らないかな」

「んじゃさ、これを見てくれない?」

 そう言いながら、凛はどこからか持ってきたパソコンの画面を見せた。

「え〜と、『守護者学校規則第1。隊は4人で行動すべし。なおかつ、その隊で討伐を行うべし』……。4人?」

「それでさ、これ見てくれない?」

 彼女が見せたのはとある昔の記事だった。

「『高校生4人、お手柄。凶悪吸血鬼を討伐か』……」

 その下には、全員若いが、玄武、感史さん、新田さん、そしてもう1人、黒髪の誰かが写っていた。

「……私の言いたいこと、わかる?」

「……うん」

 しばらくの沈黙が流れた。

「玄武は、私たちに何か言ってない、重大な隠し事をしてる……ってことだよね」



「……というわけなんだけど」

 次の日、私と凛は玄武の前に座っていた。

「……バレたか」

 玄武は苦笑し、頭をかいた。

「まあ、そろそろ話どきだと思ってたしな」

 すると、玄武はレイさんにお茶とお煎餅を頼んだ。

「……導華が初めてここに来た時、俺は怖くなったさ。俺は侍を引き寄せちまう体質なのかって」

 ズズズと彼はお茶を飲んだ。

「あいつには何度も助けられたし、あいつのことを何度も助けた。だけど、この話はかなり暗い話だ。それでもいいのか?」

「それでいい。私たちは、団員として、玄武の過去が知りたい」

 それを聞き、彼はフッと笑った。

「そうか、それじゃあ話してやろうか」

 彼はコトリとお茶を机に置いた。



「ありゃもう10年以上前。この事務所を持つなんて微塵も思っていなかった、まだ若い、未熟な、弱い俺の、最も後悔した高校時代だ」



 彼の過去はこの語りから始まった。




















 第10章  The Fate Continues ~完~

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