第64話 vaccine/ワクチン
「……っく!」
その頃。飛行機の前部分では私と凛が病の相手をしていた。
「どうしたんですか、本気はそんなものじゃないでしょう?」
彼の近くには、黒いモヤのようなものが漂っている。
「導華、大丈夫?」
「うん、こっちは大丈夫」
黒いモヤに攻撃を弾かれて、元の位置に戻った私は改めて今の状況を振り返る。
(まず、あの黒いモヤ。単なるモヤかと思ったら、異様に固い。刀を弾くなんて……)
先程向かって行った時にはガキンとまるで鉄のような音を立てていた。
(次に服。安全のためとはいえ、この服流石に動きづらい……!)
今までこのような服を着たことがなかったのも相待って、今現在の防護服がとてつもなく動きにくく感じる。
(そして最後。結局まだ特効薬の見つけ方は思いついてない……)
何度も考えてはいるのだが、一向にその方法というものが思いつかない。
「……さて、この状況どうしたものか……」
そうして、私は作戦を練りながら、防戦一方の戦いを強いられることになるのだった。
「『
病は右手の指を弾いた。すると、彼の足元からおびただしい量の黒いモヤが溢れ出した。ウゴウゴと蠢くそれは見ているだけで寒気がする。
「うっわ!」
私は迷わず刀に力を入れて、炎を出した。
「『炎刃』!」
そして、ぐるりと私と凛の周りを燃やす。すると、蠢いていたモヤ達はメラメラと燃えてゆく。
「ふむ、さすが判断が早いですねぇ〜」
そんな私を見て、病はニヤニヤと笑いながら拍手をする。いつの間にか特徴的な語尾が元に戻っている。怒りがおさまったのだろうか。
「うるさい」
「お〜、こわいこわい。ですが、いいので〜すか? そのままだと出られないで〜すよ?」
悔しいが確かに言う通りだ。普段ならガツガツと進んでいけるところだが、今は防護服。いくら強いと言っても、どれ程の耐火性があるかわからない。
(薬を探すためにも、あんまり広範囲を燃やすこともできない。それに、近くには凛もいる。できるだけ炎は控えておいた方がいいかも……)
「おっと、そんなあなたに有益な情報を一つ上げましょ〜」
私が考えていると、そこに病が口を突っ込んできた。
「私のスキルは『
「……いいの、言っちゃっても」
「ええ、こちらだけあなた方の情報を知っているのもアンフェアですか〜ら」
完全に舐められている。何がアンフェアだ。
(だが、ここで開示するのはうまい。私に心理戦を仕掛けたってこと。どんな動きでくるかある程度予想がつくからこそ、あっち側の今開示されていない情報の価値が跳ね上がる。さて、どうしたものか……)
パチパチと燃えている炎を挟み、私はひたすら作戦を考え続けるのだった。
「導華、少しお願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
私が考えていると、凛が話しかけてきた。
「一個、作戦思いついた」
凛はじっと病を見ながら私に言う。
「だけど、まだ成功するかわからない。だから、導華にお願いがある」
「何すればいい?」
「今から5分間。私はこのままここで氷の壁を作って病魔を凌ぐ。導華はひたすら病に攻撃を続けてほしい」
「了解」
凛の眼には一切の曇りはない。なら私は凛を信じるだけだ。
「じゃあ、解除するよ」
「うん、準備はいいよ」
私は刀に流し続けていた魔力を止める。その瞬間に走り出し、その場から抜ける。すぐさま凛は氷の壁を作り、病魔がやってくるのを防いだ。
「お〜お、お見事で〜すね。ですが、たった1人でいいので〜すか?」
そんな様子を見ていた病はオーバーリアクション気味に驚く。そして、私に大袈裟な動きと共に問いかけた。
「別に大丈夫。だって、あの子が考えた作戦なんだから」
詳しい意図はまだわからない。だけれど、私は凛のことを信じるだけだ。
「『炎刃』!」
まず私は病に病魔を出される前に炎刃を繰り出した。相手に合わせて攻撃していると、一生攻撃が入らないからだ。
「その程度、簡単に受け切れま〜すよ?」
しかし、病の周りに漂っていた病魔でそれを防がれてしまった。
「ここまでは、想定通り……!」
防ぎ、刀が病魔に当たる瞬間、刀へ送る魔力の量を一気に上昇させ、炎の大きさを大きくする。
「『
「ムッ」
ブワッと上がった炎は『炎刃全開』ほどではないにしても、大きな炎を作り出した。すると、炎は病魔の一部を灰に変えた。
「この短時間で病魔の倒し方を思いつくとは……。流石で〜すね」
感心しているのだろうか。病は髭をいじりながらそう言った。
「しかし、まだまだ私の病魔の壁は破れませ〜んよ?」
どれだけ燃やしても、次々と病魔がやってくる。
「そろそろ、攻撃に回ろうか〜な?」
ギョロリと目玉をこちらに向け、その手を広げる。
「『流行病』!」
彼の背中から多量の病魔が溢れ出す。
「くっ! 『炎刃』!」
私は苦し紛れだが、炎刃を繰り出し、その病魔を食い止める。
「まだまだ、行きま〜すよ!」
病が出力を上げようとする。流石にこれ以上来られると、私としても厳しい。
「『アイシクル』」
刹那、病に向かって素早く氷柱が発射された。
「!」
それを見た病は即座にそれを病魔で受け止める。すると、私への攻撃も止まった。
「やっぱ、そううまくはいかないか……」
破られた氷の壁、白い冷気の中から出てくる人影。彼女は肩をグルグルと回している。
「さ、バトンタッチだよ」
凛はそう言って、私にウインクをした。
「お〜、バッチバチですね〜」
その頃、Under groundの拠点にて情はパソコンの画面で導華と病の戦闘を見ていた。
「……あら?」
すると、その戦いに横槍が入る。
「あー、確かこいつ……。時雨 凛だったっけ? 暴言吐いたやつ」
彼はパソコンの前で記憶を思い返す。
「……そういえば、氷を使うことは知ってるけど、こいつどれくらい強いんだ?」
情は凛の戦いをあまり見たことがない。そのため、彼女の強さもよくわかっていない。唯一、氷を操ることだけは知っている。
「……まあ、見てみるか」
情は暇つぶし程度に思いながら、その戦いを閲覧するのだった。
「凛!」
「ありがと、導華」
私の隣にやってきた凛は、私に耳打ちをする。
「ところでなんだけど、一つお願いしたいことがあるんだ」
「別にいいけど……」
「なら……」
そう言って、彼女は私にとあるものを持ってきてほしいと頼んできた。
「……何に使うのそれ」
「まあ、締めだよ。締め」
意味がわからない。しかし、私は彼女を信じることにした。
「わかった、持ってくるよ。凛、くれぐれも無理はしないでね」
「心得てる」
そして、私は凛にこの戦いを任せるのだった。
「全く……。舐められたもので〜すね」
「まあ、あなたの能力の弱点、わかったしね」
「……ほう?」
病は凛の返答を聞き、眉を上げる。
「上空。なおかつ周りには特効薬かもしれない薬の数々。防護服が破れ、触られたら終わりのスキル。この状態でもあなたはお一人で勝てるとで〜も?」
その病の質問を凛は鼻で笑った。
「そんなの、勝てるに決まってんじゃん」
「ほう?」
病は少しキレ気味にスキルを発動する。
「『流行病』!」
無数の菌が凛に向かってくる。しかし、凛は動じない。
「『アイス・ドーム』!」
凛の作った氷のドームに病魔は阻まれる。
「まず1点目。あなたの攻撃は大量の木端をぶつけるもの。つまり、威力自体はそんなにない。だから、触られればアウト。裏を返せば、触られなければ意味がない」
「ふぅむ……」
この情報は割と早期に気がついていた。しかし、これだけではまだ攻略はできない。
「さ、そろそろ私も攻撃していいかな?」
凛は笑顔でその頭上に氷柱を作り出す。
「『アイシクル・スパイラル』!」
大量の小さな氷柱が大きめの氷柱に続いて放たれた。前方の大きな氷柱は渦巻いており、後ろに続く小さな氷柱達を回転させている。
「この程度で私が攻略できるとでも……」
「思ってないよ。まだ、ね」
凛は素早く場所を変える。そして再び氷柱を作る。
「『アイシクル・スパイラル』!」
ここでも同じように氷柱を作り、放つ。しかし、病魔に再び阻まれる。
「……やっぱりね」
その様子を見ていた凛は不敵な笑みを浮かべた。気づいたのだ、病の絶対的な弱点に。
「アンタのそれ、無限じゃないんでしょ?」
瞬間、病の動きがぴたりと止まる。
「さっきから攻撃の時と防御の時、どちらか片方しかやってない。つまり、同時にはできないってこと。なら、なぜか。理由は簡単だよ。ないんでしょ? それを同時にできるほどの病魔が」
導華の攻撃が止んだのも、不意にやってきた氷柱に気を取られ、余分に病魔を動かしたことにより攻撃に使える病魔がなくなったからだった。
「だから、こうすればあなたは対処しきれない」
凛はパチンと指を弾く。すると、氷柱が10本、彼女の背後から飛んできた。
「『アイシクル・フィンガーズ』」
大きさは人差し指程度。しかし、いつもの速さとは比べ物にならない。
「なんという速度……」
病は気を取られるが、パッと意識を戻し、病魔でそれらをガードしようとする。
「無駄だよ」
凛が指をぴくりと動かす。すると、一本の氷柱が美しい弧線を描いた。
「なっ……!」
やがて、十本の氷柱は縦横無尽に動き回り、捉えられなくなった。
「さ、終わりにしよう」
限りある病魔。確実にそれらを防御攻撃に割り振りながら行動しないといけないスキル。それは、魔力が切れるまで半永久的に氷柱を出し、相手に混乱をさせる凛と相性が最悪だった。
「う、うあああああああ!!!!!!」
病は両肩、両足、脇腹に氷柱をくらう。そして、倒れ込むのだった。
「ふ〜、イージーゲームイージーゲーム」
凛は倒れた病に近づいてきた。
「で、ですが私を倒したら薬の場所がわからない……」
「凛、持ってきたよ〜」
その時、戻ってきたのは防護服に身を包んだ導華だった。
「お、ナイスタイミング」
「すご〜い、1人で倒したの?」
「ぐっへへへ。もっと褒めて」
「後でね?」
(……私はこんな頭の悪そうな小娘に負けたのか〜ね)
そんなことを考えている病。そんな彼の頬に何かが触れた。
「ほい」
それは導華が持ってきた、ゾンビの右手だった。
「ほい、これでアンタもゾンビだよ」
一気に病が青ざめる。
「ひっひいいいい!」
彼はペタペタと床を這いつくばる。向かう先は一点しかない。
「は、早く薬を……」
彼のスキルは感染力を大幅に上げると、彼自身にも影響を及ぼすというデメリットがある。凛はそれを知らなかったが、幸か不幸か、彼の頬はゾンビ化が始まっていた。
「も、もう少し……!」
痛みに耐えながら、一本のボトルに手を伸ばす。
「はい残念〜。これが特効薬ですね〜」
しかし、非情にも凛がそのボトルを持っていってしまった。
「あ、あ……」
そんな様子を見て、凛はクスリと笑った。
「傲慢で自己中なアンタなら、真っ先に薬を取りに行くと思ったよ。それじゃあ、バイバイ」
こうして、病は凛に氷漬けにされるのだった。
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