第63話 reasoning/推理
「……ム」
その頃、地上では未だにゾンビの軍団が都心を占拠していた。
「お外が騒がしいですね……」
導華が以前行ったカフェ、「インパチェンス」でもそれは例外ではない。
「……なるほど」
店主がカーテンを開くと、そこにはゾンビが大挙していた。
「こうも大量にいられると、営業ができないですね」
店主は至って冷静で、それどころかこの状況で客入りの心配をしている。
「しょうがないですか」
彼はため息を吐き、店の外に出た。
「一人一人、さばいていきましょう」
「よっと!」
その頃、スージーはクレアラと一緒にゾンビの処理を行っていた。
「結構無力化しましたね〜」
2人の後ろには、ウゴウゴと蠢く、ゾンビの山があった。ここまでで彼女たちはかなりの量を捌き続け、気づけば研究所からわりかし遠くまで来ていた。
「しかし、研究所に入らないようにするためには、いたしかない。遠いし、面倒だが、我慢だ」
「はい。もちろんです♡」
そんな時、スージーはピタリと止まり、鍵覚えのある匂いに反応する。
「どうしたんですか?」
「……血の匂いがする」
「血の匂い?」
「ああ、それも少しじゃない。昔嗅いだような、膨大な量の匂いだ」
少しの寒気を感じながら、スージーはニオイの発生源を探す。
「……こっちか?」
「……博士、これは」
スージー達が歩いて行った先に、異様な光景が広がっていた。
「ゾンビたちの……死体だ」
厳密には、ウイルスの感染者の死体。首がなかったり、腹に穴が空いていたり、多くのゾンビたちが無惨な状態で転がっている。
「一体なのがあったのでしょうか……」
「うーむ、さっぱりだ……」
そんな時、不意にスージーはまた鍵覚えのある匂いを嗅ぐ。
「……コーヒーだ」
「博士?」
「コーヒーの匂いがする」
今の都心は人っ子1人外に出ておらず、外にいるのはゾンビのみ。なら、なぜこの状況でコーヒーの匂いがするのか? 窓を開けておく住宅が、今ここにあるのだろうか?
「博士、もしかしてあれじゃないですか?」
クレアラはある近くのカフェを指差した。
「……もしかしたらそうかもしれない。この惨状も知っているかもしれないし、あの店に入ってみよう」
スージー達はドキドキしながらカフェに向かう。
「インパチェンス……」
インパチェンスと書かれた木の大きな看板がある。
「……入ろうか」
スージーがゆっくりと扉を開けると、そこには1人の老人がいた。彼がどうやらコーヒーを作っていたらしい。
「あの、あなたは……」
「ああ、もしかしてお外のゾンビから逃げてきたのですか? ならここでゆっくりして行ってください」
「は、はぁ……」
促され、2人はカウンターに座る。
「マスターさんは、ずっとコーヒーを作ってなさったんですか〜」
クレアラがいつものゆったりとした口調で聞く。
「はい。ゾンビに怯えながら、ですがね」
「そうなんですか〜」
「では、外で何が起きたとかも……」
「何かあったのですか?」
「……いいえ、何も」
すると、スージー達の前にコーヒーが出された。
「どうぞ、飲んでいってください。うちの自慢のコーヒーです」
「ああ、これはどうも……」
スージーとクレアラはコーヒーを一口飲んだ。
「美味しいですね、博士!」
「…とああ、うん。そうだね」
スージーはコーヒーを純粋に楽しむことにした。店内にほんのり香る、血生臭さに気づかないフリをして。
飛行機内。玄武とファングは相対し、睨み合っていた。
「ッチ。今はお前に構ってる場合じゃないんだけどなっ!」
先手必勝。玄武は目の前にいるファングに向かって弾丸を2発放つ。
「我も同意見だ!」
1発はファングの血のベールを通る。すると、弾丸はその速度を失って落下する。そして、もう1発はガキンとファングの背後の壁にあたり、メリ込んだ。
(やはりあの血のベールがある限り、弾丸は効かない……か)
「では、こちらから行こう!」
玄武が思考を巡らせている間も無く、ファングはニヤリと笑い、頭上に血の杭を出現させる。
「『ブラッド・ダン』!」
彼がスキルを発動すると同時に、高速で杭が玄武に向かってくる。
「うおっと!」
額に汗を浮かべつつ、ギリギリのところで全ての杭を走って回避していく。玄武はファングへと目を向ける。
(ヴァンパイアは基本的に不死身。凛のように拘束をするか、特定の方法で殺す、弱体化する以外じゃ効果がない。しっかし、銀は今は持ってない……。となると……)
玄武はズザザッと停止して、ファングへと相対する。
(日光を浴びせるか、十字架を見せるしかない……!)
玄武の顎から、ぽたりと一滴の汗が流れ落ちた。
「『弾丸の流星』!」
玄武は拳銃を取り出し、銃弾を5発放った。その弾丸は青い軌跡を描きながら、宙を舞う。
「無駄だと言っているだろう」
その弾丸を見たファングは表情をぴくりとも変えずに、血のベールを目前に作り出す。
「はっ。ただまっすぐ飛ぶだけじゃねぇぜ?」
すると、弾丸は空中に浮かんだ穴に入っていく。そして、ファングの背後から、2発、左右から1発、上から1発飛んでくる。
「ほう」
当たりそうで当たらない。その距離を維持しながら、弾丸は四方八方に転移を続ける。
(「弾丸の流星」はあくまで弾丸を転移させているだけ。多少の軌道操作はできるが、弾丸が速くなるわけじゃない。だから、速度を殺す血のベールに突っ込めるのは一回だけ……)
玄武はファングの血のベールの動きを見ながら、弾丸の流星の動きをコントロールする。
(あの技の性質を看破できないと、そもそもとして攻撃が届かねぇ。まずは、あのベールの攻略法を見つける……!)
血のベールの前方側が開いた一瞬の隙を見て、玄武は目をクワっと開く。
(……今だ!)
それぞれの弾丸はクイっと軌道を変えて、ファングの背後、上、左、右、前にそれぞれ向かっていく。
「こいつでどうだ!」
バシュッと血のベールに弾丸が当たる。
(前方は防がれたか……。他はどうだ?)
玄武が目を即座に動かす。すると、床には前方のものも含めて、5発弾丸が落ちていた。
(発射速度をほぼ保っての弾丸で打ち破れないとなると、相当硬い。しかし見たところ、固体という訳でもない。それに球体型で全方向ガードか……。まだ動き出すのは無理そうだな……)
立ち止まって見ていた玄武を見るように、シュルシュルと血のベールが剥がれ、中からファングが姿を現す。
「玄武よ。今の我が昔の我と同じだと思わないことだな!」
「ッチ」
玄武は小さく舌打ちをする。
(確かにそうだ。昔だったら、血を飛ばす単純な攻撃のみだったはず……。この数年で一体何があった?)
そんなことを考えているうちに、ファングは次の技を準備し始めた。
「さあ、次は我の番だぞ?」
ファングは口角を上げ、鋭い牙を見せるように笑った。
「お〜、バッチバチですね〜」
その頃、情と頂は飛行機での戦いの様子を監視カメラで見ていた。
「お前は田切 導華たちの方に集中していろ」
そんな時、頂が情に話しかけた。
「なんでですか? あまり見たことのない竜王 玄武の戦い方やスキルも見ておいた方がいいのでは?」
情は眉を上げて、疑問符を浮かべる。
「いや、彼については、私が見ておく。それに……」
「それに?」
「……何でもない。とにかく、お前は田切 導華の方に、集中しろ」
「ちぇ。わかりました」
情は若干納得がいっていなかったが、結局導華たちの戦いのデータを取ることにした。いくら長く頂といる情であっても、逆らうことは許されない。
「……玄武団、か」
頂は玄武の戦いを見ながら、ポツリと呟いた。
「相変わらず、馬鹿げた名前だ」
頂の見る画面の中の玄武たちの戦いは、激化していくのだった。
「『ブラッド・スピア』」
身構える玄武の前で、ファングはスキルを使用する。ファングの右手から血がゴポゴポと出てきて、球体となる。
「さあ玄武。接近戦はどうなんだ?」
ファングがその球体をギュッと握ると、一瞬にしてズバッと長い棒に変形する。しかも、先は鋭利で、明らかに威力が高そうだ。
「接近戦……ね。得意かどうかはわからねぇが、少なくともお前に負けるほど、弱くはねぇよ!」
「……ふっ、それはどうかな?」
次の瞬間、ファングの姿が玄武の視界から消える。
「なっ、消え」
「ここだ」
玄武は目を下に向ける。そこには体制を低くし、すぐそこにまで近寄っているファングがいた。
「言っただろう。昔の我とは違うと」
グワっと突き上げられる槍。すんでのところで直撃は避けるが、脇腹に槍が掠める。
「グッ!」
「まだまだいくぞ!」
ファングはそこから凄まじい速度で槍を玄武へと突き出す。玄武はそれを避けるが、少しずつ掠り、体に傷が着実に増えていく。
(まっじいな……!)
このままいけば、時期に体力が切れて串刺しになるのが見えている。玄武は思考を巡らせ、この場の突破方法を思いつく。
「くおら!」
奇妙な声と共に出現したのは、手のひらサイズの鉄球。それは空間操作により空中に浮いており、微動だにしていない。
「……なんだこれは」
ファングは動揺する。しかし、玄武は至って真面目に槍を躱し続ける。
(やっぱり、意図はまだ気づかれていないみてぇだな……)
玄武はその後も次々に空中に鉄球を配置していく。すると、段々とファングはその厄介さに気がつく。
(……邪魔だ)
何もなかった部屋。そのためにうまく動けていたが、空中に、しかも様々な高さに鉄球があることにより、移動が難しくなっているのだ。
(玄武が動けているのは、動きに支障がないように鉄球を操作しているのか)
玄武が躱わす際に邪魔にならぬよう、鉄球の形を少し変え、動きやすくしている。
「やっと気付いたみたいだな」
一個では確かになんの効果も持たない。しかし、それが集まることで大きな効果を発揮する。
「まだ、タネは残ってんだよ!」
玄武が目を見開き、ニカっと笑う。
「『鉄鋼操作』!」
その瞬間、ファングの付近にあった鉄球が形を変え、ファングに牙を向く。鉄球の一部から針が飛び出し、ファングに突き刺さる。
「ウグっ!?」
ファングはその鉄球を蹴り飛ばし、針を除去する。その後、ファングの傷が煙を立てて治る。
「はっ、やっぱり不死身だな。ヴァンパイアは!」
槍の魔の手が止み、玄武は呼吸を整えた。
「なるほど。動きを縛るところまでがブラフだったというわけか」
「ご名答」
邪魔になるだけと思われた鉄球。しかし、元は全て玄武のスキルの鉄。比較的大きな操作のため、「鉄鋼操作」を使う必要があった。そこで動きを縛り、隙を作った。これにより玄武はスキルを発動する瞬間を作り出し、窮地を脱したのだ。
(こいつ……あの一瞬でここまでの思考を……)
ファングは過去の因縁により、玄武のことを知っていた。が、ファングは侮っていたのだ。竜王 玄武という男の戦闘センスと、その成長性を。
「……残りのお前の仲間達との戦闘に向けて、魔力を温存しておきたかったが、そんなことをしている余裕はなさそうだな」
「ああ、俺もお前におんなじこと思ってたよ」
互いが互いに実力を知覚し始める。
「さて……そろそろ」
「閉幕へと向かおうか」
因縁の対決はついに終幕へと進むのだった。
「ここで、秘密兵器を使わせていただこう」
そう言いながら、ファングは懐から注射器を取り出した。
「フン!」
彼は迷わずそれを腕に刺す。段々と内部の液体が入っていき、ついには全てを摂取した。
「フゥゥゥ……」
ファングは大きく息を吸い込み、再び玄武を睨む。
「さあ、やり合おうか」
「なんだかわからねぇが、やってやろうじゃねぇか!」
玄武は銃が効かないことを察知し、拳を構えた。
「『鉄鋼操作』!」
両拳に鉄を纏わせ、打撃の威力を向上させる。
「さあ、こい!」
刹那、玄武の腹に重い一撃が入る。玄武の肋がボキボキと音を立てる。
「グファ……!」
そして壁に叩きつけられ、呻き声をあげる。
「いってぇ……!」
今までとは比にならないほどの威力。腹にモロにくらった一撃に流石の玄武も悶絶する。
「流石、あやつらの作った薬だな」
その様子を見たファングは床に落ちた薬の小瓶を見る。
「肉体の血液の量を増加させ、なおかつ速度を上げることにより、運動能力を飛躍させる。なかなか珍妙な薬だ」
怪しげな薬だったが、現に目の前にいる玄武をここまで戦闘不能にできているのだから、十分効果があるだろう。
「……念には念を入れるか」
ファングは床に手をつけると、スキルを発動する。
「『ブラッド・コート』」
すると、一気に床や壁を伝いながら血が部屋を覆った。
「これで床や天井はこちら側からは壊せない」
ファングはそう言って、玄武を見る。
(こいつ……俺の作戦をことごとく理解してやがる……!)
「今の私には、十字架の弱体化も効果が薄いだろう。そして、日光も通さない鉄壁の血の壁。単純な弾丸で壊すこともできない。さあ、竜王 玄武。詰みだ」
死に際。玄武はひたすらに思考を続ける。
(何かないか。この状況を打破する方法。十字架は無理。だったら壁を破壊するしかないが、弾丸では確実に不可能。何か、何か、何か……!)
瞬間、玄武はたった一つ、この場で忘れ去られたあるものを思い出す。
(……これなら、いけるかもしれねぇ……!)
玄武はファングに悟られぬように、ゆっくりと部屋を見る。
(……あった!)
たった一つ、玄武はこの可能性にかけるしかない。
(失敗したら終わり。できるのは、一回きりだ……!)
ボロボロの体を起こし、顔を上げる。
「まだ、終わっちゃいないぜ?」
玄武は、ニヤリと笑った。
「ボロボロのその体で何ができる」
ファングは静かに玄武に問う。
「確かに魔力切れ寸前、傷だらけで、肋が数本いってる。だけどな、お前が見落としてるただ一つ、そこに全てをかけてんだよ……!」
「……無駄な足掻きを」
ファングは鼻で笑って、玄武に向かって血の球体を用意する。
「一瞬で楽にしてやる。『ブラッド・バースト』!」
圧縮された血液は玄武に向かって飛んでくる。
「そいつを、待ってたんだよ!」
玄武は転移門を即座に作り、血液をファングの背後に飛ばす。
「壁に当てて、どうするというのだ」
しかし、血液は全て壁に当たる。
「これで、十分なんだよ!」
ファングの疑問を全て跳ね除け、玄武は転移門に向かって拳を振るった。
「『鉄鋼操作』!」
拳と壁が当たるその瞬間、その壁から爆発音が響く。
「なっ……!?」
凄まじい爆風が背後から放出され、ファングは目を瞑る。
(この後に及んで目眩しとは……)
しかし、ファングは一瞬にしてあることに気がつく。
「へっへっへ……。お前、最初の弾丸、1発は勢いを殺して、床に落っことしたよな。だけどよ、もう1発はどうなったか、覚えてるか?」
先程の爆風の地点から、玄武の声がする。
「まさか……!」
「ああ、そのまさか、だ。壁に埋め込まれた弾丸を鉄鋼操作で爆破させ、お前の血液で削り、俺の拳で完全に吹き飛ばす。そうしたら、何が起こるか、お前ならわかるよな」
「ブラッド・コート」はあくまでコーティング。完全なる壁とはなり得ない。なおかつ、壁に沿って発動するために、元から壁にあるものはそのままになる。ファングは、この性質を理解していなかった。
「見ろ、これが希望の光ってやつだ」
玄武の背後からは、煌々と日光が差し込んでいた。
「うがあああああああ!!!」
日光を浴びたファングは苦しみ、もがく。
「この我が、こんなところで負けるだとぉ……!?」
視界が揺れ、血反吐を吐き、足から順に灰になっていく。
「お前の敗因は、銃弾を甘組みすぎたこと。そして何より、スキルの知見が浅かったことだ」
「くっそ……! くそおおおおおおおお!!!」
こうして、苦悶の表情を浮かべたファングは灰となり、玄武の前から姿を消したのだった。
「……っ、終わった……」
玄武はばたりと倒れ込み、考えを巡らせる。
「あいつら、大丈夫か……?」
玄武は導華と凛のことを心配する。おそらく、あちら側に研究者がいるのだと。
「……あいつらなら大丈夫か」
玄武はそう言って、日光の差し込む穴を塞いだ。
「これで墜落はしないだろう。俺の仕事はこれで終わりか?」
玄武はしばらくここで休憩することにしたのだった。
そうして、飛行機前の戦いは、玄武の勝利で幕を閉じたのだった。
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