第62話 egoist/利己主義者
「……おや、やってきたみたいで〜すね?」
船内のとある場所。大きな音を察知し、彼はぴくりとその眉を動かした。
「せっかくゾンビ薬の実験をしていたのに、仕方のない方々ですね〜」
太った体をゆっくりと動かして、座っていた椅子から降りる。
「まだまだ試したい薬品がいっぱいあるので、こっちから行きましょ〜かね」
三日月のような口でニヤリと笑った彼は、とある場所へと足を運ぶのだった。
「『風刃』!」
辺りそこらにいるゾンビたち。一応彼らは元は人間なのだから、傷つけないように風で彼らを吹き飛ばす。
「玄武! こっからどうするの!?」
背後にいる玄武に声をかける。
「ああ、俺はこのまま飛行機の後ろ側に行く。お前らは2人で前側に行ってくれ。二手に分かれて探すぞ」
「了解」
そして、進行方向に視線を戻すと、目の前にゾンビが来ていた。
「うわぁ!?」
「『アイシクル』!」
すると、横からツララ数本が飛んできて、ゾンビの服を綺麗に串刺しにし、壁に固定した。
「導華、大丈夫!?」
「うん、大丈夫!」
凛に助けられて、難を逃れた。
「まだまだ大量にいるな……」
前方には見えるだけでざっと100体はゾンビがいる。
「被害が拡大する前に、急ぐよ! 凛!」
「わかった!」
そうして、私たちはゾンビたちを押し除けながら、先端へと向かうのだった。
「博士〜、まずいです〜」
一方その頃、地下の研究所ではクレアラとスージーがドアにバリケードを作り、ゾンビたちの侵攻を防いでいた。
「ふむ、まさか地下にまでやってくるとはね」
モニターで地上を確認していたスージーは、地下にはやってこないだろうとゾンビたちを甘くみていた。しかし、対岸の火事とはいかず、なんと彼らはマンホールをこじ開けてここまで入ってきたのだ。
「クレアラ、君の毒でどうにか出来ないのかい?」
「無理です〜、もう使い切っちゃいました〜」
クレアラの神経毒でゾンビ数体は食い止められたのだが、いかんせん数が多すぎる。やがて、魔力が切れて毒が出せなくなってしまった。
「だから籠城してるんじゃないですか〜」
「……仕方がないか」
スージーはクレアラの泣き言を聞きながら、覚悟を決めたようにゴム手袋を両手にした。
「少し荒っぽくなるが……私が行こう。クレアラ、サポートは頼んだよ」
「流石博士♡ 了解しました!」
「さあ、オペを開始しようか」
「ゔぁ〜」
ドアの外ではガンガンとゾンビたちが侵入を試みる。やがてドアが開き、ゾンビたちが部屋の中へと雪崩れ込んできた。
「『インシジョン』」
その瞬間、彼らの体から青いもやのような球体が飛び出す。
「あ゛?」
「それは君たちの魂さ。一時的だが、取り出させてもらったよ」
そう言いながら、彼女は手指から何十本もの半透明な水色の糸を繰り出す。
「『ジョイニング』!」
そして、スージーの手から伸びた無数の糸がその魂たちを繋ぐ。
「ゔぁ!?」
すると、彼らの体は吸い寄せられたかのようにぴたりとくっついてしまった。
「ゔぁ、ゔぁ」
動こうともがくが、ちっとも動かない。
「抵抗しても無駄だよ。今君たちの魂は、一体となっているのだからね」
そんな様子を見ていたスージーはゾンビたちに解説を始める。
「私のスキルは『
スージーは手から伸びた糸を引っ張り、ゾンビたちを部屋の奥へと放り投げる。
「さあて、解毒薬ができるまではそこで大人しくしておいてくれ。後でちゃんと切り離してあげるから。クレアラ、君の魔力が回復したら神経毒を彼らにかけておくれ」
「了解です!」
スージーはクレアラの返事を聞くと、再びやってくるゾンビの集団に目を向けた。
「さて……、急患は終わらないみたいだねぇ!」
かつて接合の天才といわれた彼女は、再びその力を存分に使うのだった。
「……美味だ」
飛行機の中の一室。そこでは男がワイングラスを揺らしながら、中の赤い液体を飲んでいた。
「ゾンビたちも中々使えるな。あの腐り切った存在がここまでの影響力を発揮するとは」
彼には野望があったのだが、それをとある男たちに阻まれ、共に野望を叶えんとしていた同志たちも離れていってしまった。そのせいで随分こじんまりと計画を進めていた。
「まさか、私たちに協力者が現れるとは……」
しかし、彼らに協力者が現れたことで状況は一変する。
「おかげで我々の野望もグッと実現に近づいた」
そんな現状にほくそ笑み、彼はまたワイングラスに口をつけた。
「どりゃっしゃい!」
そんな時、その部屋の扉が開かれた。いや、正確には蹴破られた。
「ゾンビ薬の開発者はどこじゃい!」
やかましく開発者を探す声の主は、玄武だった。彼は手当たり次第にゾンビを殴り飛ばし、扉を蹴破り、薬の開発者を探していた。
「……あ?」
そんな彼は部屋の中にいる男を見て眉を顰めた。玄武にはその男に見覚えがあった。
「オイオイ、なんでここにお前がいるんだよ」
そう言いながら、部屋の中にズカズカと入っていく。
「そのやかましい声、落ち着きのなさ、変わっていないな」
そんな玄武を見て男は笑う。
「ファング、もう一回俺にぶっ倒されたいか?」
顎髭を生やし、黒いマントを羽織り、綺麗に整えられた髪。そして、赤く、鮮血のような色の目。彼の名はファング。混血ヴァンパイアだ。
「ふむ。今の我は昔の我とは違うぞ?」
「違うわけあるかよ。そのむかつく顎髭も、だせーマントも、何にも変わってねぇ」
玄武はそう笑い、防護服を脱ぐ。そして、拳銃を向け、ファングと相対する。
「もう一回、ボッコボコにしてやるよ!」
「いいだろう。ムーンライトレコードの一員として、お前の相手をしてやろう!」
こうして、飛行機後方の戦いは幕を開けるのだった。
「結構前まで来たけど……」
私たちもゾンビ薬の開発者を探し、前方へと走っていた。しかし、一向にそれらしき人は見つからず、ゾンビだけがやってくる状況だった。
「……導華、あの突き当たりの扉」
凛が指差した先には、明らかに厳重な扉がある。
「多分、あそこに何かがいる」
確かにどこか禍々しい雰囲気が扉から感じ取れる。
「……このまま突入するよ!」
「うん、わかった!」
中がどうなっているかはわからないが、行ってみるしかない。ドアをぶち破るために刀に炎を灯す。
「『炎刃』!」
ブワッと上がった大きな炎と共に扉が真っ二つに切れる。
「お〜お。流石、田切 導華さんで〜すねぇ」
「……誰?」
中にはゴーグルを目にかけ、頭のてっぺんだけない白い髪。そんな白衣を着た太った男がいた。彼は椅子の上で薄気味悪い笑みを浮かべ、こちらを見ている。
「田切 導華。彼女の持つ刀は魔力を吸収し、それを己のエネルギーとして扱うことができる。魂の色は赤で、炎が得意。今までもたった1人で多くの難敵を討伐してきた要注意人物……。まさか、ここで出会ってしまうと〜は」
「こいつ、私のことを知ってる……!?」
名前だけでなく、刀の性質から魂の色まで全てがバレている。一体、この男は何者なのだろうか。
「あなたは……時雨 凛さんですか。主に氷魔法を使用し、莫大な魔力から放たれる攻撃は無尽蔵。後、口が悪い」
「オイ、表出ろデブカス」
「凛、そういうとこだよ」
とにかく、どうやらこちらの情報は相手方にバレているらしい。気味が悪いが、今はなぜバレたとかを気にしている場合ではない。
「それで、結局あなたがゾンビ薬を開発したの?」
すると、ぴくりと男の眉が動く。
「おや、そういうことでしたか」
彼は椅子から立ち上がり、腕を広げた。
「いかにも。私が開発者ですよ」
「一体なんのために……」
「何のため……といえば、社会のため……ですかね」
「……は?」
「今の社会には、無駄が多い。私のような天才は数少なく、無能ばかりが地を這い、無能が多いせいで遠回りな方法で社会全体がやっとこさ進化の階段を一段上がる……。実に虚しいと思いませんか?」
彼は歩きながら、自論を淡々と語る。
「私のような天才たちの言うことにただ従い、奴隷のように働けば、階段を上がる速度は格段に上がる。しかし、そうしない。なぜか。そう、無能だから、私たちのしていることが理解できない。だから、自分たちに利益がない、面倒くさいというただ薄っぺらな理由からそれを拒む。なんと見苦しいことか……」
彼は頭に手を置き、ため息を吐く。
「だから、天才の私が彼らを進化させてあげたのです。進歩するための歯車にね!」
段々と声が大きくなり、彼の顔も明るくなる。
「すると、どうですか。天才の実験動物と化した彼らは、天才の思惑通りに動く。ああ、非常に美しい!」
恍惚とした笑みは狂気そのものだった。
「これぞ本当の意味での社会貢献! 錆びた不必要な歯車を必要な形に変えてあげたのです! ああ、私はなんて素晴らしい人間なのでしょうか……」
なんだこの狂人は。少なくともまともな人間が思いつく発想ではない。鳥肌が立っているのを感じる。
「では、逆に聞きますが、あなたたちはなぜ必要を不必要へと変えようとするのですか?」
ゴーグルから透けて見える目はニヤリと笑い、不気味という言葉を体現したような姿をしていた。
「……きっしょ」
「……はい?」
私は自然とそう言っていた。
「何が必要かどうかは、誰にもわからない。それに少なくとも私はあなたの方が無能に見えるよ。インフラ止めて、社会機能を停止して……。そんなこともわからないなんて、まさに無能の一言に尽きるよ」
「うぉ……。導華中々棘がある……」
私はこういう傲慢な奴が一番嫌いだ。自分が特別で天才的だと思い込み、上手くいっているはずの状況を身勝手にぶち壊す。これぞまさに無能、だ。何度こういうやつを見てきたことか。
「おい、答えたぞ。さっさと感想を言ってみろ、傲慢ハゲデブパツパツ白衣」
今まで口にしたくともできなかった罵詈雑言。今、この状況なら言える。やっと、こういう無能にやり返しができる。
「なんだと……。ふざけるな!」
その返答を聞き、男は憤慨する。
「私たちは解毒薬探しに来てんの。あるの? 解毒薬」
「ああ、あるさ」
彼はそう言ってピンク色の瓶を見せた。
(やはり持っていたか……)
万が一自分がゾンビに接触した時のためにやはり持っていたようだ。
「と言っても、これはそれではないんだけどね」
「何?」
すると、男は後ろにあったスイッチを押した。その瞬間、壁の外壁が上がり、中から棚が出てきた。そこには大量のピンクの小瓶が入っている。
「約750本。うち、特攻薬は一本だけ。僕には場所がわかるが、君たちには偽物と本物の見分けがつかないだろう?」
「なるほど……」
確かにこれなら、本物を割るかもしれないというリスクを背負っての戦闘をすることになり、行動の幅が限られてくる。
「さらに、だ。偽物だってただのピンクの水じゃない」
そう言いながら、男はそこらにいるゾンビを掴んだ。
「こうやってかけると……」
グッタリしていたゾンビだったが、その薬をかけた少し後、急に目をカット開いた。
「ゔぁ……ゔぁ〜!」
暴れ出し、口からはダラダラと涎を垂らしている。
「これはね、ゾンビ凶暴薬だよ。かけるとその名の通りゾンビたちが凶暴化する」
「これは……」
本物を見つけるためにかけていっても、それにより凶暴化を招く。しかし、本物を見つけようにも見分けがつかない。
「……ここまでの策士、あなた何者?」
ただの狂人と思っていたが、どうやらかなり頭が切れるらしい。
「そうだ、自己紹介をしていなかったね。僕の名前は『
瞬間、私の目がカッと開く。
「……あ?」
「今回の一件が、単にムーンライトレコードだけの仕業だと思っていたのかい?」
よく考えれば確かにそうだ。今では単なる弱小団体。それがこんなことをできるはずはない。それに、援助を受けたと言っていたが、まさかUnder groundだったとは。
「……どっちにしても関係ない。私たちのやることは一つだけだよ」
一度落ち着き、作戦を考え始める。
「私たちは、あなたを止める。今はただそれだけだよ」
こうして、飛行機前方の戦いの火蓋が切って落とされた。
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