第60話 embroil/巻き込む

「ふ〜、すっきりした」

 しばらくして、トイレから戻ってきた新田さんが、社長室に入ってきた。

「あれ、案外簡単に帰ってこられましたね?」

「ああ、よく考えたら、あの迷路の壁を全て下げる仕組みをつけておいたんだよ。すっかり忘れていたよ。はっはっは」

 本当にこんなのが社長で大丈夫なのか、この会社は……?

「とにかくまあ、みんな揃ったみたいだね」

 新田さんは私と凛、それとボコボコになった玄武を見て言った。

「全員無事でよかったよ」

「なーにが全員無事だコラ。お前のせいでボッコボコじゃい」

「ははは、やっぱり玄武は学生時代から何にも変わってないね。安心したよ」

「その絶妙なワードセンス、お前も変わってないみたいで安心したよ」

 2人ともいやーな笑みを浮かべている。まさに類友だ。

「さて、せっかく来てもらったが、僕は今から玄武と久しぶりにサシで話がしたいんだ。この会社内ならどこに行ってもいいから、席を外してくれるかい?」

 新田さんは続いて私たちにそうお願いした。まあ、無理を言ってついてこさせてもらったんだから、大人しく言うことを聞くことにした。

「わかりました。それじゃあ、少し社内を見て周ってもいいですか?」

「ああ、もちろん大丈夫だよ。せっかくだし、案内役に私の秘書の美山を連れていくといい。彼女は私よりこの会社を知っている」

 すると、新田さんの隣にいた美山さんがぺこりと礼をする。一応、社交辞令というのもあるので、私からも礼をしておいた。

「では、行ってらっしゃい」

 こうして、私たちの社内探検が始まったのだった。


「……さて、行ったみたいだね」

「だな」

 玄武たちは部屋から出た導華たちの足音が聞こえなくなるのを静かに待っていた。

「んで、突然お前が呼び出しだなんて、珍しいじゃねぇかよ」

「……君もニュースは見ただろう?」

「……あの件か」

 新田は机の上の新聞に目を向ける。そこには今朝報道で報じられていた、コインロッカー死体事件が一面で載せられていた。

「まさか、だったよ。きっと犯人は彼なんだろう?」

「きっとじゃねぇ。絶対だ」

 玄武のその目は、今までにないほど燃えたぎっていた。

「絶対に、ヴァリアスが犯人だ」



 そんな玄武の様子を見ていた新田は、玄武に驚きの表情を向けた。

「流石にやる気みたいだね……。どうする? 感史は呼ぶ?」

「……正直、迷ってる。俺1人でも行けないことはないが……」

「そういう問題じゃない、そうだろう?」

「そういうことだ」

 玄武の返答を聞き、新田は椅子を少し動かす。

「悩んでるなら、僕は呼んだほうがいいと思うよ。きっと彼も悩んでいるだろうしね」

「そうか。じゃあ、後で呼び出す」

 そして、新田は再び椅子を前に向けて、玄武に話しかけた。

「僕は、君の団員にも今回の案件について協力してもらったほうが良いと思うよ」

「絶対にダメだ」

「……それはどうして?」

「今回の件が奴がらみだと俺が考えたのは、証拠とかがあるからじゃねぇ。完全なる主観だ。だから、不確定なままあいつらを絡ませるわけにはいかねぇ」

「……なるほど、ね」

 すると、新田は何やら自分のノートパソコンをカタカタといじり始め、その画面を玄武に見せた。

「これは……」

「ちょっとしたツテ。これでもまだ証拠がないと言えるかい?」

 そこには、首から血を吸い、吸ったその死体をコインロッカーへと詰める、何者かの姿があった。

「……流石、お前だな」

「まあね」

 こうして、玄武は感史に電話をかけ始めるのだった。



「……ッチ、あー! 気になるぅ!」

 その頃、感史は準備中のクラブダイナマイトで、頭をかいて、何やら苛立っていた。

「どうしたんですか、団長」

 ちょうどそんな時、東山が感史に話しかけた。

「ああ、すまんすまん。どうしても気になる案件があってな……」

「それって、これのことですか?」

 そんな2人の元に、南川がパソコンを手に持ちやってきた。

「このコインロッカー事件ってやつ」

「何でわかるんだよ」

「情報網」

「きっしょいなぁ……」

「おい健太。お前のヤバい情報くらい簡単に流せるんだからな?」

「はぁ? 例えばなんだよ」

「今アンタのベッドの下にあるエロ本のタイトル、昨日のオカズ、好きなキャバ嬢top10、後は……」

「すみません、俺が悪かったですから、もうやめてください」

「わかればよろしい」

 南川は東山に立場の差を見せつけると、感史に話しかけた。

「それで、本当にこれであってるんですか?」

「……なんでそう思ったんだ?」

「だって、昔団長、似たような事件解決して新聞に出てたじゃないですか。『高校生4人組、お手柄……」

 その時、感史の携帯がけたたましくなった。

「はいもしもし。あぁ、玄武? ……そうか。俺も行く」

 感史はスマフォを机に置くと、バタフライに大声で呼びかけた。

「バタフライ! 俺は少し急用ができたから、少し出る! 店のことは頼んだ!」

「ガッテン承知!」

 その勢いのまま、感史はあっという間に店を出て行ったのだった。

「はえ〜、早いなぁ……」

「エミちゃん、ちょっといいかしら?」

 感史が出ていくと、南川にバタフライが話しかけた。

「何ですか?」

「あの新聞の話、あんまり団長にしないでおいてくれるかしら。後玄武くん」

「え、何かあったんですか?」

 そんな南川の疑問にバタフライはこう答えた。

「色々あるのよ。男にも」



「すごぉ……」

 会社見学に来た私だったが、最初に来たのはカフェテリアだった。理由は単純明快。ここが一番近かったからだ。

「そんなにすごいですかね?」

「いやすごいです。私が昔いた会社はこんなに食堂が和気あいあいとしてませんでしたし」

 私の元いた会社は、常に出世戦争が勃発しており、社内もギスギスしていない日がないほどだった。

 強いて言えば、社長によるクリスマスパーティーは上部ではみんな和気あいあいしていた。していないと、後々面倒だからだ。

「何か食べて行きますか?」

「ああ、大丈夫です。お腹減ってないので」

 こうして、私たちは秘書である美山さんの案内の元、会社を回って行った。

「ここがデスクワークゾーンです」

「うっわ、トラウマが」

 そこは完全に私の元いたところと同じで、みんなが皆、かちゃかちゃとパソコンをいじっていた。

「こちらが会議室。今日はガラガラですね」

「広い……。うちの体育館くらいある」

 凛がそんなことを言っているが、あながちそれも間違いではない。それほどまでに大きいのだ。

「うちもこんなに広かったら、夏場暑くないのに」

 うちの会社は夏場に節電を行うとんでもない企業で、そのせいで狭い会議室はいつもサウナ状態だった。

「うちの会社よりも、何かとすごいなぁ……」

 社内の廊下を歩きながら、そんなことを思う。うちの会社もなかなか大きいものだと思っていたが、異世界には敵わないというやつなんだろうか。



「……あれ?」

「どうしたの、導華?」

 私たちはエントランスホールを横切り、次の休憩室へと向かおうとしていた。そんな時、見覚えのある人を見つけた。

「あれ、爆戸さんじゃない?」

 私は凛に耳打ちをする。私の目線の先には、爆戸さんらしき姿があった。

「本当だ。今日はみんなで集まってるのかな?」

「いえ、今日のお客様は皆様だけのはずですが……」

 私たちの様子を見ていた美山さんがそう教えてくれる。

「じゃあ、なんだろ?」

「でもまあ急に呼んだって可能性もあるし、スルーした方がいいんじゃない?」

「そうだね」

 そんなことを話していると、私のスマフォに着信が入った。

「誰だろ?」

 ポケットに手を突っ込み、中にあるスマフォを取り出す。すると、それは玄武からの着信だった。

「あれ、玄武だ」

 2人で話すと言っていたはずだが。そんな疑問を抱きながら、電話を取る。

「はいもしもし?」

『導華か。申し訳ないが、社長室に戻ってきてくれ。どうしても、手伝って欲しい案件があるんだ』

「ああ、いいけど……」

『凛も忘れるなよ! 大至急な!』

 そして忙しいまま電話が切れてしまった。

「どうしたの?」

 電話が終わった私に凛が話しかける。そこで私は玄武から急いできて欲しいとの連絡をもらったことを伝える。

「よくわからんけど、とりあえず行こうか」

「そうだね」

 こうして、私たちは急いで社長室へと戻るのだった。



「来たよ〜」

「お、来たか」

 私たちが社長室に入ると、玄武と一緒に爆戸さんがいた。やはり見間違いではなかった。

「あれ、爆戸さんじゃないですか」

「ああ、来てもらった」

 最後に美山さんが扉を閉めると、社長席に座った新田さんが話し始めた。

「突然集まってもらって申し訳ない。どうしても協力してもらいたい案件があってね」

 そう言って、新田さんが机の上に取り出したのは、数日前の新聞だった。

「この一面にある事件。知ってるかい?」

 新田さんは新聞紙に指を置く。そこには、今朝ニュースで見たコインロッカー事件がの話題が書いてあった。

「ああ、知ってます。確か、ガリガリになった死体がコインロッカーの中に入ってたんでしたっけ?」

「概ねその認識であってる」

「それで、ここからが本題だ」

 玄武はそう言って、彼が持っているノートパソコンを見せた。

「俺たちはな、この犯人を知ってる」

「……え!?」

「どういうこと?」

「まあ、その反応も無理はない。まずはこれを見て欲しい」

 玄武はそう言いながら、ある映像を見せた。

「……血を、吸ってる?」

「ああそうだ。こいつは……というか、こいつらは血を吸うんだ」

「それでこいつらは一体何者なの?」

 すると、それに対して爆戸さんが答えた。

「ミックスクロスヴァンパイアーズ……。通称、混血ヴァンパイアだ」

「混血ヴァンパイア……」

 こうして、私たちはまた新たな大事件に首を突っ込むことになるのだった。



「導華たちには、まずこの世界のヴァンパイアについて解説しないとな」

 そうして、玄武の解説が始まる。

「この世界には主に2種類のヴァンパイアがいる。混血ヴァンパイアと純血ヴァンパイアってやつだ。混血ヴァンパイアは祖先の中に人間とかのヴァンパイア以外の種族がいるヴァンパイアで、純血はそれがいないヴァンパイアだ」

「なるほど」

「それで持って、次はこれだ」

 そう言って、玄武はある花のマークが写った写真を見せた。真っ白な花びらを持つ美しい花だ。

「これ、何の花かわかるか?」

「ユウガオ……だっけ?」

「そう、正解だ」

「でも、それがどうかしたの?」

 すると、玄武はその写真をポケットにしまった。

「こいつはな、『ムーンライトレコード』っていう昔あった組織の印だ。こいつらは混血ヴァンパイアの集まりで、純血ヴァンパイアを全滅させて、自分たちが『純血』になろうとしたとんでもない組織だ」

「え、やばすぎるでしょ」

 一つの種の絶滅など、到底できることではない。一体どんな組織なのだろうか……?

「まあ、僕たちがぶっ壊しちゃったんだけどね」

 さらっと重要なことを言ったな今。

「んでだ。今回の事件の防犯カメラの映像をもう一度見て欲しい」

 そう言いながら、玄武はまたあの映像を私たちに見せた。

「……ここだ」

 そして映像を止めると、犯人の腕の部分をアップにした。

「少し見づらいかもしれないが、見えるかい?」

「……このマーク、さっきの……」

 確かに腕には先ほどのユウガオのマークがある。

「そういうことだ。つまり、俺たちが解体した悪徳団体が何らかの理由があって復権した、ってな感じだ」

 一通り説明を聞き、頭の中を整理する。

「というか、一体何があったの? 玄武たちの学生時代に」

「……それを話すのはもう少し落ち着いてからがいい。長くなるからな」

 玄武はいつもより声のトーンを落として、そう言った。

「とにかく、お前らに頼みたいことがある」

「……まあ何となく言いたいことはわかるけど、一応聞くよ。何?」

「ムーンライトレコード復権の理由、そして理由によっては再び解体。なおかつ、この件をあんまり公に出さないことだ」

「公に出さない?」

「ちっとこっちにも理由があるんだ」

 玄武はそう言いながら、頭をかいた。

「んで、駆け足になって申し訳ないんだが、協力してくれるか?」

 私は少し考えようとしたが、考えたところで考えが変わらないことが目に見えていた。



「いいよ。結局、玄武団としてなんらかの関わらないといけないだろうしね」

「私も、導華がいいならいいよ」



「流石、お前らは物分かりがいいな」

 こうして、私たちは秘密裏にムーンライトレコードという組織の調査に繰り出すのだった。



「さて、俺も色々電話をかけないとな」

 一通り話し終えた玄武は背を伸ばし、スマフォを手に取る。

「……こっちを使うのはいつぶりだっけな」

 そのスマフォはいつも使っている黒い機種ではなく、青い古びた機種だった。



 とあるアンティークに溢れた部屋。そこに一人美しい女性がいた。

「リリリリン」

 ワンコールで電話を取る。その速度は目にも止まらぬ速さというやつだった。

「はい、玄武様、お久しぶりですね」

『ワンコールとは……。流石だな』

「お褒めに預かり光栄です!」

『おう。すまんが今は急いでてな。ゆっくり話してる時間がないんだ』

「ええ、了解しました。それで、ご用件は?」

『再びムーンライトレコードが動き出した』

 その言葉を聞き、彼女は耳をぴくっとさせる。

「へぇ……それは面白いですね」

 吊るしてある金のモビールが、キラリと光を放った。

「その件、詳しく伺えますか?」

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