第10章 The Fate Continues

第59話 Regulate/取り締まり

 8月7日 午後23時。とある事件が起こった。

 場所は東京駅東口コインロッカー。第一発見者は見回りに来ていた警備員。

「はぁ……。さっさと仕事を終わらせて帰りてぇなぁ……」

 彼がコインロッカーの前に来た時にある異変に気が付いたという。

「何か匂うな……」

 周辺から嗅いだことのない、不快感を覚える臭いがしたと証言している。

「……ここか?」

 右から3番目の一番下。その扉から臭いがしていることに気がつき、恐る恐る開いたという。

「うっ、うわあああああ!」

 彼は驚き、震えた手で警察へと連絡をしたそうだ。

『警察です。どうしましたか?』

「ひっ、ひひひ!」

『落ち着いてください。何があったんですか?』

「ひっ、人が死んでる!」

 そこには、ガリガリに痩せ細り、血をも抜かれた男の遺体が体育座りをさらに曲げた形で、押し込まれていた。



「あ〜あづい〜」

 8月に入り、猛暑は私に牙をむく。一日中気温は高く、日中は凄まじく強い日光が差し込んでくる。

「異世界でもこんなに暑いの〜?」

「そういうもんだ。どこの世界に行っても、結局、暑いもんは暑い」

「くそ〜」

 私は今、事務所の車庫でバイクを洗っていた。少し前の任務の時に、随分と汚れていることに気がついたのだ。

「まあ、もう少しで終わるから、頑張るんだな」

 私の横では玄武も車を洗っている。別に汚いわけではなかったが、私が洗うと言ったら、俺も洗うと言ってついてきた。

「にしても、なんで玄武も車を洗ってるわけ? そんなに汚いようには見えないけど」

「ああ、明日俺の高校時代のダチの会社に行くんだよ。それで、その会社が結構な大企業だから、少しでも綺麗な車で行かないと、恥ずかしいと思ってな」

 ガシガシと車を洗いながら、玄武が答えた。

「高校時代ってことは、爆戸さんともお友達?」

「そうだ。よくみんなでバカやってたな」

 そう言って、玄武はハハハと笑った。

「……ねえ、それ私もついていったらダメ?」

 玄武と話しているうちに、その高校時代の友人とやらに興味が湧いてきた。もしかしたら、その人なら玄武のことをよく知っているかもしれない。最近、玄武の謎が深まってきたので、ぜひ聞きたい。

「ん〜、あいつに聞いてみるが、あいつのことだし、まあ良いって言うだろうな。よし、一緒に行くか」

「了解。凛も連れてって良い?」

「なんでだ?」

「凛、お風呂以外でもう部屋から3日出てないから……」

「よし、健康のためにも引きずり出しても連れて行こう」

 こうして、私たち3人の会社訪問が決定したのだった。



「7日深夜、東京駅東口のコインロッカーにて、男性の遺体が発見され……」

「物騒だなぁ……」

 次の日の朝。私が玄武についていく準備をしていると、東京駅でのニュースが流れてきた。

「しかも、コインロッカーに入ってただなんて、余計に不気味」

 いつものスーツに着替え終わり、今日はちゃんとしたハンドバッグを持ち、凛の部屋に向かう。

「凛〜、そろそろ行くよ〜?」

「今行く〜」

 少しして、凛が部屋から出てきた。

「お待たせ」

 凛はいつも討伐に着ていく、ホットパンツにカーディガン、中には白いTシャツという組み合わせだ。

「それじゃあ、行こうか」

「うん」

 凛は灰色の小さめリュックを背負って、私と一緒に車庫に行く。

「お、2人とも揃ったみたいだな」

 そこでは玄武がジーンズに黒いTシャツ、そして何より珍しく黒い帽子をかぶって待っていた。

「うし、ちゃんとシートベルトは締めたか?」

「うん、大丈夫」

 車に乗り込み、車庫の扉が開く。

「そんじゃあ、出発だ!」

 こうして、私たちは玄武の友人がいる会社へと車を走らせるのだった。



「うわでっけ〜……」

 会社の前で見上げる私。それもそのはず、玄武の友人がいる会社はざっと地上20階はある。

「すげぇよな。あいつこの会社1人でここまで成長させたんだからよ」

 車を会社の駐車場に止めた玄武が帰ってきた。

「えっ、友達って……」

「社長だが?」

「聞いてない」

 なんと驚き、玄武の友達にそんな大物がいたとは。と思ったが、よく考えたら、玄武には国民的アイドルが友達にいるんだった。

「そんじゃ、入るぞ〜」

 ドキドキしながら三人でウィーンと開いた自動ドアをくぐる。

「うわ〜広ぉ……」

 目の前に広がる想像以上に広いエントランスホール。朝ごろだからか、まだまだ人も多くいる。私が勤めていた会社よりも少し広いくらいだろうか。

「あ〜、社長の友人なんですが……」

 エントランスの広さに呆気に取られながらも、私たちはひとまず受付に向かった。

「はい、竜王 玄武様とお連れ様2人でお間違えないでしょうか?」

 玄武の言った内容をパソコンで少し確認した受付のお姉さんは玄武にそう確認する。

「はい、合ってます」

「では、こちらを」

 すると、私たちの前に私の腰ほどの高さのロボットがやってきた。

「コチラヲ、ドーゾ」

「あ、ども……」

 渡されたそれは、黒色のカードで、見た目はクレジットカードによく似ている。

「何ですか、これ?」

「そちらは、『SSカード』と言って、いわば社長に会うための承認用カードとなっております」

「へ〜」

 私はそのカードをポケットに突っ込んだ。

「社長室に入る際は、扉付近にある機械にそちらをかざしてお入りください」

「わかりました」

 そのまま私たちは先ほどのロボットたちの誘導されて、エレベーターに乗り込む。そして、乗ってからすぐにエレベーターが動き出すと、背後のガラスから、外の景色を見ることができる。

「うお〜流石こうちゃん。初めて見たが、でっけえ会社だなぁ〜」

 玄武は外の景色を見ながらそう言った。

「あれ? 玄武、ここに来たことないの?」

「ああ。何てったって、今から会うこうちゃんは俺も大体7年ぶりくらいだからな。高校卒業してから、23歳の時に一回会ったっきりだ」

「へ〜」

 そのうち、チンと音がして、エレベーターが停止する。

「お、着いたみたいだな」

「ソレデハ、行ッテラッシャイマセ」

 着いた先は、24階。壁には金色の電気が設置されていて、床には赤いカーペットまで敷いてある。何とも高級感の溢れる空間だ。

「高そ〜」

「うん、飛行船を思い出す」

「ああ……。私が落っこちたやつ」

「うっ、導華との不和が蘇る……」

 そんな会話を交わしながら、ついに長い廊下の突き当たりにある社長室に到着した。

「ここにかざしゃいいんだな?」

 玄武が付近の壁にあった黒い箱のような機械に先ほどもらったカードをかざすと、ピッと音がする。

「これで良いのかな?」

 続け様に私と凛もカードをかざし、ついに社長室に入る準備が整った。

「それじゃあ、行くぞ……!」

 玄武が社長室の大扉に両手をかけて、ゆっくりと開け放つ。

「……あれ?」

 その先に広がっていたのは、見たこともないくらいに曲がりくねった道と3mほどある壁だった。

「……どゆこと?」

 私たち3人は首を傾げた。ここが社長室のはずなのだが……。

『や、玄武。よく来たね』

 突然頭上にスピーカーが出てきて、若い男の声がする。

「その声は……こうちゃんか!」

 その声を聞いた玄武は嬉しそうに顔を明るくさせた。

『お、流石だね。勘はいつまで経っても鈍ってないみたいだ』

「へへ、まあな」

 玄武は嬉しそうに鼻をさすった。

『それじゃあ、早速挨拶がわりのゲームをしよう』

「ゲーム?」

『今君たちの前には、曲がりくねった道と壁があると思う。そこは今、迷路になっているんだ』

「なるほど」

『今から君たちにそこを抜けて行ってもらいたい。抜けた先には、今僕がいる26階に続くエレベーターがある』

「へぇ……面白いじゃねぇか!」

 自分の会社に迷路を作るとは。中々遊び心のある面白い社長だ。

『後、壁は壊しちゃダメだからね。特に玄武』

「何で指名するんだよ」

『君は学生時代にその手で何枚の窓ガラスを割ったのかな?』

「あれは故意じゃない。実験中のやむおえない事故だ」

 この男、一体学生時代に何をやらかしたのだろうか。

『……後、もう一つお願いがあるんだ』

「今度は何だ?」

『その……。この迷路を作るときに、社長室からの出入りがこの迷路を経由しないとできなくなってしまってだね。それで、僕はこの迷路の設計図を23階に置いてきてしまったんだ』

「……つまり?」

『自分で出られないし、今僕トイレに行きたいから早めにこっちに来て欲しい』

「バカだろお前!」

 こうして、奇想天外な迷路攻略が始まったのだった。



「まず初っ端から3本の分かれ道か……」

 真正面に存在する三つの分かれ道。話し合った結果、右に私、正面に玄武、左に凛という形になった。

「よし、行くぞ!」

 玄武に掛け声と同時に、私はひとまず迷路に入ってみた。

「さて、どう攻略するか」

 考えた末に、壁に沿って歩く戦法を試してみることにした。

「これで行ったら、突破できるとか聞いたことある」

 私から見て右の壁に手をつきながら、迷路を進んでいく。

「あ、行き止まりだ」

 そのまま歩いて行くと、やがて行き止まりにたどり着いた。確かの場合も手をついたまま歩けば良いとか何とか。

「それじゃあ、このまま……」

「カチッ」

「あ?」

 壁に触れていると、スイッチが押されるような音と、壁の一部が少し凹む感触がする。

「何だろ?」

 すると、ビックリ。触れていた壁がゴゴゴと音をたてながら、下へと下がっていくではないか。

「うわぁ!?」

『お、そんなに早く発見するとは。やはりどこの侍も勘が鋭いものなんだね』

 私が動揺していると、再びスピーカーから声がした。

『それはね、ギミックだよ。ただの迷路じゃつまらないから、付け足してみたんだ。まあ、そのせいで、24階は使い物にならなくなったし、僕も出られなくなっちゃったんだけどね! はっはっは!』

 流石、玄武に友達。奇人だ。

『というわけで、頑張ってね〜』

 そして再び音が途切れた。

「類は友を呼ぶ……か」

 私はその後も慎重に壁をつたって、歩くのだった。



「……めんどうだし、勘で進むか」

 その頃、玄武はこの迷路を何も考えずにズカズカと進んでいた。

「しっかし、こんな迷路を作るほど金持ちになるなんてなぁ……」

 昔を思い出し、玄武はしみじみとその思い出を噛み締めた。

「あんなふうにバカやってた仲間がこうもビッグになると、不思議な気分だな」

 ヘヘッと玄武は笑い、そのまま進んでいく。

「かちゃん」

「……ん?」

 その時、玄武は何かを踏んだ。

「何だこれ、スイッチか?」

 見れば右足の踏んだ部分が凹んでいる。

「……これがギミックってやつか。じゃあ、一体何が……」

 玄武は何が来るのかと辺りを見回した。

「ドスン」

「……あ?」

 その瞬間、目の前少し先に、大きな石の球体が落ちてきた。直径は大体迷路の道幅と同じくらいだ。

「……おい嘘だと言ってくれ」

 そして、その岩はゴロゴロと転がり始めた。

「オイオイ、シャレにならねぇって!」

 そして、玄武は必死に岩から逃げる。

「どうなってんだこの会社はぁ!」

 玄武の叫び声が、会社に響いた。



「うわ、あっちやばそう……」

 同刻、私は玄武の叫び声を聞いて、背筋を凍らせていた。

「私もギミックには注意しなきゃ……」

 そんなとき、私に天啓が降りてきた。

「……もしかしたら、今導華は感覚遮断落とし穴に引っかかっている可能性があるのか?」

 ギミックとは、先ほどの音を聞いた感じ罠に近そうだった。罠と言えば感覚遮断落とし穴。つまり今頃、何も知らない導華があられも無い姿であんなことやそんなことをされているのかもしれないのだ。

「……待ってて導華。すぐに写真に……じゃない。助けに行くから!」

 こうしてはいられない。そんな目に遭っている導華をこの目に焼き付けて、写真に撮って、助けなければ!

「ギミックは、全部無視!」

 床から飛び出た針も、上から出てきた炎も、突如横から出てきたパンチも全て躱して、先へと進む。私が目指しているのはただ一つ。感覚遮断落とし穴にハマり、あられもない姿になった導華だけだ。



「……ん?」

 順調に進んでいた私だったが、途中で足が止まる。

「……」

 無言でこちらを見つめてくる、穴にはまった女性がいた。非常に残念ながら、導華ではない。髪は少し緑がかった金髪で、何やら私を睨んでいるようにも見える。

(これ、どうしたらいいの?)

 恐る恐る近づき、質問してみる。

「あの……大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えますか?」

「あっ、すみません」

 いっときの静寂がその場に流れる。

(きっ、気まず〜。いっそ感覚遮断落とし穴ですかとか聞こうかな?)

 若干目を逸らし、再び声をかける。もちろん、先ほどのくだらない質問ではない。

「あの〜、引っ張り上げましょうか?」

 すると、女性は顔を逸らして恥ずかしそうに言った。

「……お願いします」

 夏休みになり半分引きこもりになった私は、精一杯の力を振り絞り、何とか引き上げる。幸い、感覚遮断落とし穴ではなかった。

「ふぅ……やっと出られました」

 パッパと服を払い、彼女は立ち上がる。

「あの……どなたですか?」

 すると女性はその瞳をキッとこちらに向ける。

「私ですか?」

「は、はい」

「私は美山みやま あかねと申します。社長の秘書をやっています。社長に言われてここの地図を持ってきたのですが、持っていく途中で穴にはまり、出られなくなってしまいまして……」

「ああ、そういうことだったんですか」

「ですがご安心を。ここに地図がありますので、こちらを見ながら進みましょう」

 ぺらりと開いたその地図を見て、私はあることに気がついた。

「これ……最初に右の道を選ばないと、ゴールできないんじゃないんですか?」

「……みたいですね」

 しばらくの沈黙。気まずい。

「……私、方向音痴なもので……」

「大丈夫です。一緒にスタートまで戻りましょう」

「ちなみに、この迷路って感覚遮断落とし穴あります?」

「……何ですかそれ?」

「あっ、なら良いです」

 こうして、私は感覚遮断落とし穴の夢と決別し、スタートへと戻るのだった。



「……よし、ここがゴールみたいだね!」

 私は壁をつたい、何とかエレベーターの前まで来た。途中、上からタライが降ってきたり、何かがネチャネチャという音を中で立てている落とし穴があったり、よくわからないガスが出ているところがあったが、こっそり風刃を使ってガスを晴らすなどしてそのギミックたちを突破した。

「他のみんなは……いないみたいだね。私だけで行っちゃおうかな」

 周りを見ても、エレベーターの周りには誰もいない。強いていうなら、玄武の声が遠くからする。どこに行ってもあいつはうるさいものだ。

「じゃあ、行きますか」

 私はエレベーターに乗り込み、中でボタンを押す。すると、ウィーンと音がして、26の表示が頭上で点滅する。

(玄武の高校時代の友人……どんな人なんだろう……)

 やがて、チンと音がして、エレベーターが停止する。26の表示の点滅もやみ、今は点灯している。

「さあ、どんとこい……!」

 段々と扉が開き、目に飛び込んできたのは、いつの日にか見た社長室にどことなく似た、高級感の溢れる社長室。しかし、大きく違うのは、そこにはある1人の男が座っていることだった。

「あなたが……」

 茶髪にメガネという案外普通の格好をした男。彼は手を組んで、肘をつき、そこに座っている。

「ああそうだ。よく来たね」

 後ろでエレベーターの扉が閉まる音がする。男は少し笑って自己紹介をした。



「僕の名前は新井あらい 幸助こうすけ。玄武の高校時代の友人にして、ここフェイトグループの社長でもある男だ」



「あなたが……」

「出会って早々で悪いんだけど、玄武ここに呼べる? もう限界が近くて……」

「ああ、はい」

 こうして、電話で社長室に玄武を呼び出したことで、迷路騒動と社長トイレ騒動は幕を下ろしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る