第58話 ye/汝ら

「いや〜やっぱ、俺は妖怪相手でも強いモンだな! ガハハ!」

 地面に落ちた巻物を拾い、玄武は笑う。そんな時、彼はふと何者かの視線に気がつく。

「……誰だ?」

 視線を感じた背後を見ても、人影は一つとしてない。玄武は頭をかき、自分の勘違いだったのかと思案する。

「気のせいか……」

 玄武は巻物を懐にしまい、村長の待つ邸宅へと歩を進めるのだった。

「へぇ……なかなか面白い奴がいるね〜」

 そんな玄武の後ろ姿を木陰から見守る、小さな少女の影があった。

「ただの人じゃないけど、単なる霊力持ちでもない……。かな?」

 ニヤリと笑って、小さなメモ帳にサラサラと何かを書き込んだ。

「……今度はあっちに行ってみようかな」

 そうして、イタズラな笑みを浮かべた少女はがしゃどくろの見える方へと向かって行った。



「くっ、何なんですかこいつ!」

 がしゃどくろの下に到着した私は、その大きさに衝撃を受ける。ゆうに20mはあるだろうか。そんな巨体が木々を張り倒しながらずんずんと進んでくる。

「一応説明します! こやつはがしゃどくろ!昔から恐れられてきた妖怪の1匹で、特殊な能力はありませんが、単純なフィジカルが驚異的です! 気をつけてください!」

「気をつけろって言ったって、どうしろと!?」

 がしゃどくろはあたり構わずそこら中を攻撃して進んでいる。これほどの広範囲、回避をしようにもできるわけがない。

「迂闊には近づけないな……」

 しかし、がしゃどくろは着々とこちらの村側に近づいて行っている。村に到着するまで、あまり時間はなさそうだ。

「……仕方ない」

 私は意を決して刀を抜いた。

「みんな、行くよ!」

「「了解!」」「ポ!」

 こうして、私たちの巨大妖怪討伐戦線が始まった。



(まずはあの広範囲攻撃への対策を考えないと……)

 倒れていく木々を見た感じ、確実に人間が食らって生き残れる威力ではない。

(そもそも、目もないのに何で認識してるんだ……?)

 がしゃどくろは完全にただの骸骨。目などあるはずがない。

(さてどうするか……)

「導姉、行ってくる!」

「ちょ、影人くん!?」

 私が考え事をしていると、突然影人くんがハチと一緒に走って行ってしまう。

「田切さん!」

「わかってます! 追いかけましょう!」

 何の対策もせずにあれに近づくなど、自殺行為もいいところだ。私と哲郎さんは走って行った2人を追いかけて、山中を駆け出した。

「ちょっと! 影人くん! 危ないって!」

 ザッザッザと山道を進む。しかし、想像以上に早い影人くんたちに追いつけず、結局そのままがしゃどくろの下まで来てしまった。

「うああ……デッカ〜」

 あまりの大きさに呆気に取られる。が、こんなことをしている場合ではない。

「そうだった、影人くん!」

 慌てて辺りを見まわし、影人くんを探す。すると、前方約20m先に彼がいた。

「いくよ! ハチ!」

「ポ!」

 腕には包帯を巻き、完全に戦闘体制だ。彼は飛び上がると、がしゃどくろの顔の前まできた。

「『霊魂拳レイコンケン!』」

 ブワッと霊気が影人くんの拳からがしゃどくろへと放たれた。かなりの威力だろう。

「グオオオオオオ!!!!」

 しかし、がしゃどくろには全く効いていない。何という耐久力だ。

「グオオオオオオ!!!!」

 そして、その攻撃をくらい気がついたのか、がしゃどくろは影人くんの方へと標準を合わせた。

「危ない!」

「うわっ!?」

 空中にいた影人くんに向かって放たれた右拳は、ギリギリで影人くんに当たらなかった。そして、背後にいたハチもその攻撃をフワリと回避する。

「よっ……と」

 影人くんはそのまま地面に降りてきた。私はその影人くんを回収して、一旦木陰に隠れるのだった。



「ふぅ……何とかなった……」

 木陰に入り、一息つく。

「全く……勝手に行かないでよ?」

「ご、ごめんなさい……」

 影人くんに軽く注意を入れて、私はひとまず考え込んだ。

(あれだけの耐久性……。私の全力を叩き込んでも怪しいぞ……?)

 影人くんたちの一撃を喰らっても無傷。攻撃だけでなく、守備も脅威的だとは思わなかった。

「……ねぇ、導姉。ちょっといい?」

「どうしたの?」

「僕、一回殴られかけたんだ。だけど、その拳が僕の方にきてなかったというか……?」

「……というと?」

「どっちかと言えばだけど、ハチの方に向いてた気がするんだ」

「なるほど……」

 確かに見た感じ、影人くんを狙ったようには見えなかった。

「であれば、なんらか感知に条件があるのかな……?」

 段々とアイツに攻撃を当てる方法がわかってきた気がする。しかし、当てても攻撃が通らなければ意味がない。さてどうしたものか。

「あの、一つよろしいですか?」

 そんな折、哲郎さんが話しかけてきた。

「どうしたんですか?」

「もしかしたらですけど、この状況私になら打開できるかもしれません」

「……その方法、ちょっと教えてもらっていいですか?」

 そこから、少しの間作戦会議を行うのだった。



「お〜、やってるやってる」

 少女は暴れ回るがしゃどくろを見上げる。がしゃどくろはいまだに暴れ、木々を粉砕している。

「さて、こっちの方は……」

 彼女はキョロキョロと見回した後、導華たちを見つけた。

「お、作戦会議中かな?」

 彼女はそのまま木陰で4人を見守る。少しして、導華が立ち上がるのを見た。

「お、作戦決まったみたいだね。お手並み拝見……だね」

 彼女はイタズラな笑みを浮かべて、導華たちをまじまじと見つめるのだった。



「じゃあ、さっき言った通りに、行きますよ!」

 私は刀を握り、一気に霊力を流し込む。するとがしゃどくろはそれに気づき、こちらに向いた。

「いくよ! 『霊刃レイジン』!」

 特に何か変わったこともせず、たっぷり霊力を溜めたそれを、思いっきり振りかぶって投げる。刀は綺麗な放物線を描き、宙を舞った。

「グオオオオオオ!!!!」

 すると読み通り、がしゃどくろはその方向を向いた。

「よっし!」

 がしゃどくろが何に反応しているのか。私はそれに対して、こう予想を立てた。霊力の強弱ではないか、と。

 影人くんに拳が当たらず、後ろのハチを狙ったのは、影人くんよりもハチの方が圧倒的に霊力量が多かったから。おそらく、村を目指しているのも、村にいる祓人たちの霊力に反応しているからだろう。

「哲郎さん、今です!」

 がしゃどくろが背を向けた隙に、私の背後にいる哲郎さんに声をかける。

「はい、わかりました!」

 彼はいつもと違い、烏帽子を被り、手にはお祓い棒を握っている。そして、足をザッと開くと、彼は目を瞑った。

「神よ。美袋安感みなぎあんかんよ。願わくば、目の前の妖にその技を与えたまえ!」

 そう言った後、カッと目を見開き、ばさっと棒を振った。

「『妖祓アヤカシバライ』!」

 すると、神々しい光が棒から溢れ出した。その光は何本かの線となり、がしゃどくろを包む。その光はやがて消え、その場には全く変化のないがしゃどくろが残った。

「……これ、大丈夫なんですか!?」

「大丈夫です!」

 私は一抹の不安を心に抱きながら、哲郎さんを信じることにした。

「……わかりました。ですが時間がありません! 一気に決めます! 協力してください!」

「了解です!」

 まずは刀を取り戻さなければ。刀と私との距離は約20m。自分でもよくあそこまで投げたものだと感心する。

「『炎刃顕現』!」

 とにかく、武器を手にしなければ。そこで私は炎の刀を創り出す。

「おお、そんなことまで……」

 哲郎さんが感心しているが、今はそれに反応している暇はない。がしゃどくろはいまだに刀に関心が向いている。行くなら今がチャンスだ。

「うおおお!」

 意を決して走り出す。幸い、がしゃどくろ自身が木々を薙ぎ倒してくれたおかげで、走りやすい。

「もう少しっ!」

 後5m。刀が目の前まできている。

「ガアアアアアア!!!!」

 しかし、ここでがしゃどくろが私に気がついた。そして、体の向きを変えて、こちらに腕を構えた。

「しまっ…」

 私は何とか受け止めようと足を止めて、刀を構える。

「導姉、任せて!」

 腕が当たる寸前。私と腕の間に影人くんとハチが入った。

「影人くん!」

「早く! 刀!」

「わ、わかった!」

 影人くんの助けもあり、私は刀を取り戻すことに成功する。

「よしっ!」

 それと同時に影人くんたちも離脱して、私の隣に並んだ。

「影人くん、まだ行ける?」

「もちろん!」

「了解。それじゃあ、行くよ!」

 そうして、戦いはフィナーレへと進む。



「導姉、どうする?」

 影人くんはがしゃどくろをまっすぐ見たまま私に聞く。

「狙うのは首。私が前方から叩くから、影人くんには後方から叩いてほしい」

「でも、前なんて危ないんじゃ……」

「大丈夫。秘策があるから」

「……わかった。やってみる!」

 そう言って、2人は後ろへと回り込む。私も刀を構え、最大火力の準備を行う。

「チャンスは一回……。哲郎さん、信じますからね!」

 影人くんたちが回り込んだのを確認して、私は走り始めた。

「グオオオオオオ!!!!」

 そんな私を阻もうと、腕を振り下ろすがしゃどくろ。凄まじい砂煙が舞う。

「その腕は、むしろ好都合!」

 私はニヤリと笑い、振り下ろしたがしゃどくろの右腕を駆け上がる。カツカツと骨の音を立たせながら、鎖骨へと到着した。

「よっ、と!」

 自分でもわかる。今私は清々しい表情を浮かべている。それほどまでに今は気分がいい。理由はわからないが。

「このまま行くよ!」

 影人くんたちもこのタイミングで飛び上がる。私は高さ調節のためにがしゃどくろの肋骨に降り、そこから飛び上がる。

「哲郎さん!」

「了解です!」

 空中にいる私をはたき落とそうとするがしゃどくろ。そんな時に私は哲郎さんに声をかけた。

「『フウ』!」

 哲郎さんが再びお祓い棒を振ると、光の鎖ががしゃどくろを縛った。

「グア!?」

 動こうとするが、ガチャガチャと音がするだけで、動く気配はない。

「いける……!」

 刀を構えて、影人くんに合わせて、一撃を放つ。

「ここで、打ち込む!」

 右の刀から炎、左の刀から雷が溢れ出す。

「『雷炎無双』!」

 影人くんたちの拳から、霊気が漏れているのが見える。

「『霊魂不滅』!」

 両者の一撃が首の骨を挟むような形で打ち込まれた。骨がミシミシと音を立てる。

「「いっけえええ!!!!!」」

 バキリと大きな音を立てて、がしゃどくろの首が折れる。それと同時に首が落ち、雄叫びを上げながら、がしゃどくろは消滅していった。



「お〜! こっちも割とやるじゃん!」

 その光景を見ていた少女はパチパチと拍手をする。

「流石、『日ノ子』ってところかな。馬力が違うよ」

 少女は再びメモを取り出すと、サラサラと何かを書き込んだ。

「……っと。そろそろ会いに行ってあげたほうが良さそうだね」

 降りてきた導華たちを見て、少女はクフフとイタズラな笑みを浮かべるのだった。



「いよっしゃあ! 討ち取ったり!」

 地上に降りて来て、思わずガッツポーズをする。あれほどの大きさがあったがしゃどくろは跡形もなくなり、倒れた木々が残された。

「いや〜、助かったよみんな。何とか勝てたよ!」

 ザッザッと哲郎さんたちに近寄る。そこには影人くんたちもいた。

「お疲れ様です。まさかここまで強くなっているとは……」

「いえいえ。というか、哲郎さんってこんなことできたんですね」

 私は先程の光の鎖を思い浮かべた。

「まあ、私だって祓人ですから」

 哲郎さんは頭をかいて、笑う。

「さて、それではこれを持っていきましょうか」

 哲郎さんは何やら懐から巻物を取り出した。

「これは……」

「がしゃどくろがいなくなって残されていたものです。何なのか村長に聞いてみないと……」

「おじさん。それは封印の書だよ」

 突然、私の後ろから少女の声がする。

「誰!?」

「大丈夫。敵なんかじゃないよ」

 見れば、黒寄りの赤い髪、黄色い目、そして少し不思議な服装をした女の子がいる。その服装が、袴とも言いがたく、どこか日本風であるが言葉では形容し難い。言うなれば、短くなった十二単に似ているだろうか。

「僕の名前は王魔ヶ裁おうまがさき えま。君たちのことを見守ってる可愛い女の子だよ!」

「……はぁ」

 なんだこの子は。まるで意味がわからない。

「まあ、僕も君たちと同じそっち側。むしろ、もっと先にいる存在だよ」

「い、意味がわからないんですけど……」

「んー、今はきっとそれで大丈夫。僕が可愛いことと、その巻物の中にがしゃどくろがいることだけ覚えておいて」

「わ、わかりました……」



「ドオオオン!!!!」

 そんな時、遠くから凄まじい音がする。

「な、何?」

「ありゃ〜、面倒なことになってるみたいだね〜」

 轟音を聞いても、少女はケロッとした表情で笑っている。

「どうやら、誰かが残りの三つの封印を解いちゃったみたいだね」

「えぇ! まずいじゃないですか!」

 確かに遠くに何か大きな影が見える。

「田切さん、こんな子ほっといて行きましょう!」

「はい!」

「ちょいちょい」

 私が行こうとすると、なぜかえまが私たちを止めた。

「なんですか?」

「舐められっぱなしじゃ面白くない。ここは面白いものを見させてもらったお礼に、私からも面白いものを見せてあげよう」

「一体何を……」

 するとえまはフワリと空を飛んだ。そして、どこからかしゃくを取り出した。

「ここが壊れちゃうから、フルパワーではないけど、行くよ!」

 彼女が笑い、しゃくを握る。すると、赤い鬼の顔を模った門が空中に現れる。

「さあいくよ! 『羅生門ラショウモン:第一門ダイイチノモン』!」

 ガコンと扉が開く。その瞬間、真っ赤なレーザーが門から放たれた。

「うわぁ!?」

 そのレーザーは山を焼き払い、遠くに見えた影を一瞬でなきものにした。

「ふう。いっちょ上がり」

 少女は降りてきて、額の汗を拭いた。

「あ、あなたは……」

「はは。正体はまだ教えない。いつかまた会おうね」

 えまが空間に手をかざすと、ブワンと空間に穴が空いた。

「あ、後そうだ。言わないといけないことがあるんだった」

 彼女は私の方を見て、最後にこう言い放った。



「あなたの物語は、ここから全てが動き出す。苦しくも、幸せな物語が……ね。ぜひ、幸せを掴めるように、頑張ってね〜」



「ちょ!」

 そうして、ブワンと空間の穴が閉まり、えまは消えていなくなった。



「一体何だったんでしょうか……」

「さあ……」

 私たちは首を傾げながら、山道を下る。

(だけど、それよりも気になることが一個ある)

 私は先程の言葉がひどく頭につっかえていた。

「私の物語……」

 その言葉が意味するものを、その時の私はまだ知らなかった。















  第9章  Gears start to move 〜完〜

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