第57話 shadow/影
「あっつ〜」
夏の日差しが燦々と照りつけるその日。私は山の中にいた。近くではセミが鳴いている。
「なんで私がこんなところに……」
「まあまあ。すぐ終わる用事ですし」
前には哲郎さん、そして後ろには影人くんがいた。
「こんなとこに、本当にハチの秘密があるんですか〜?」
私たちは、ハチの謎を確かめるべく、この土地に来ていた。
時は遡ること1週間前。私と玄武は以前にも来た尺八堂に来ていた。ちょうどハチに会った時以来だ。
「呼び出しだなんて、珍しいよね」
尺八堂の中を歩きながら、村長の家へ向かう。今日はなぜか村長に呼び出されたのだ。
「俺にもわからん。なんで突然呼ばれたんだか」
玄武も不思議そうな表情を浮かべ、2人で並んで歩く。夏の暑い日差しが照り付けて、肌がジリジリと痛い。
「日焼け止めでも塗ってくれば良かった……」
「流石に日焼け止め魔法はないからな……」
そして、日差しの中を歩き続けて、ようやく村長の家に辿り着く。すると、驚くべきことに影人くんと哲郎さんがいるのだ。
「え、なんでいるんですか!?」
「すまないね。急に影人くんも連れてきた方が良いと思ってね。哲郎に車で連れてきてもらったんだ」
「じゃあ、私たちもそれで良かったじゃないですか……」
都心から電車を乗り継ぎ、山を頑張って登った私たちはもうヘトヘトになっていた。
「すまない。影人を呼ぶのをすっかり私が忘れていたんだ」
村長はぺこぺこと頭を下げながら言った。
「まあ、その点についてはもういいです。それで、今日呼び出したのって一体何の用なんです?」
「ああ、その話をしないとね」
すると、村長は奥からある巻物を取り出した。紙は茶色くなっており、かなりの年季が入っている。
「なんですかこれ?」
私が村長に聞くと、村長はこう答えた。
「ここにはな、この村の歴史。そして、そこの八尺様の歴史が記されているんだ」
「ハチの……歴史?」
応接間に通され、私と玄武の前にお茶が差し出される。お茶を一口飲んだ私は、早速本題に入ることにした。
「それで、ハチの歴史というのは……」
「うむ。まずは事情から話さないとな」
村長はそう言ってお茶を飲んだ後、巻物を見つけた経緯を話し始めた。
「これはな、少し前に私が家の蔵を整理していた時に出てきた代物だ。昔の文字で書かれていたせいで、解読に少し時間はかかったが、最近なんとか解読できてね。内容がわかったんだよ」
「それで、その内容が村の歴史と八尺様の歴史だったと」
「そういうことだ」
そして、村長はまた一口お茶を飲んだ。
「でも、なんで私が呼ばれたんです?」
私は今の話を聞いて率直に思ったことを口にする。
「まあ、そう焦らないで。次にこれを読んでわかった、この村と八尺様の関係を聞いて欲しい」
すると、村長は巻物を机に広げて、私たちに見せた。確かに書いてある文字がほぼ全てよくわからない文字で読むことができない。
「文字は読めないんですけど……」
「いや、見てほしいのはこっちだ」
巻物の中で村長が指を指したのは、何か六芒星のような形をした図形だった。中心には家のマークがある。
「なんですかこれ?」
「これはな、ここの図形なんだ」
「ここの図形?」
「この中心にあるのが今私たちがいる村。そして、六芒星の先には一個ずつ石碑がある。これはこの巻物に書いてあった。このうちの君たちから見て一番上のこの部分。ここに八尺様が眠っていた祠があった」
「それで、結局この図形は何を表しているんです?」
「それはな、この村の結界だよ」
「結界……ですか」
「どうやら、この村にいた私の先祖がここを守るための結界を作ったらしい。その時、強力な結界を張るのに、八尺様たちの力を使ったんだ」
「そうだったんですか」
なるほど、だから八尺様は討伐されずにあの祠にいたのか。強力な霊ならさっさと祓えば良いものをと思っていたが、そんな事情があったとは。
「それを踏まえて、君たちに頼みたいことがあるんだ」
村長はお茶を遠ざけて、腕を組む。
「今現在私たちは六芒星それぞれのポイントについての調査を行なっている。しかし、八尺様以外のポイントに行った部下が誰一人として帰ってきていないんだ。今回はそれらのポイントに向かって何がいるのかを確かめてきてほしい」
誰一人として帰ってきていないとは、随分と不穏な事態だ。何かあったのだろうと推理するのが普通だが、一体何があったのか……。
「本来は化ケ物退治で幽霊退治を専門としていない君たちにこんなことを任せること自体、無理なお願いだとはわかっている。しかし、頼める人材が君たちくらいなんだ」
すると、村長は頭を下げた。
「……頭を上げてください」
その様子を見た玄武は村長さんの肩を叩いた。その表情は普段は見せないほど優しげな表情をしている。
「わかりました。俺たちにもどれくらいできるかはわかりませんが、できるだけ頑張ってみます」
「ありがとう。助かる」
こうして、私たちの新たな任務が幕を開けた。
「それで、どうやって周る?」
「そうだなぁ……」
村長との対話が終わり、応接室に残された私たちは、ここからの動きを相談しあっていた。
「んじゃ、俺で六芒星の右上を、お前、影人、哲郎さんの3人で左上を頼んだ」
「え? 玄武一人で大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。任せとけって!」
「心配だなぁ……」
そうして、私は3人と妖怪1人と一緒に山に入ることになったのだった。
「それで、こっちを目指せばいいんですよね?」
周りは鬱蒼と茂る木々のみ。適宜哲郎さんに道を聞きながら、奥へ奥へと山を歩いていく。
「ええ、そのはずですが……」
哲郎さんも地図を見てくれているが、なんせ周りが変わらない。目印もないせいで、本当に合っているのか怪しい。
「とにかく歩かないといけないってのがなぁ……」
着いてみるまではあっているのかわからない。そんな微細な恐怖心を胸に歩き続ける。
「……ところでなんですけど、この先って何がいるんです?」
「ええと、巻物によると……」
そう言いながら、哲郎さんは巻物をコピーした紙束を捲る。
「がしゃどくろという妖怪がいるそうです」
「がしゃどくろ……?」
「いわば大きな人体模型の上半身みたいなものです。そうそうあんな感じの……」
哲郎さんが指差した先には今言った通りの怪物がいる。
「へぇ……あんなに大きいんですね」
「ええ、ざっと20mはありそう……」
「「じゃない!?」」
一瞬空気が止まり、私と哲郎さんの間に衝撃が走る。
「ちょちょちょ、なんでいるんですか!」
私はそう言いながら、哲郎さんの肩をガシガシと揺さぶる。
「私にもわかりませんよ!」
すると、哲郎さんはブンブンと首を振った。
「わ〜、大きい〜」
「ポ〜」
「呑気だね!」
見上げてそんなことをぼやいている影人くんたちに多少のツッコミを入れる。
「と、とにかく向かいましょう!」
「そうですね!」
私たちはその大きな髑髏の元へと走るのだった。
「お、あっちはなんかあったみたいだな」
その頃、玄武は1人でザクザクと草を踏みしめながら山の中を歩いていた。
「俺もそろそろだと思うんだけどな……」
その時、玄武の眉が上がる。
「……みっけた」
彼の先には、石でできた祠があった。少し苔が生えていて、古びた印象を受ける。彼はその前に屈んで、中を覗く。
「聞いた話によると、この中に封印してある巻物があるはず……」
その扉に手をかけて、キィ……という音を立てて、扉を開く。
「……あ?」
しかし、予想に反してそこには何もない。空っぽでただただ薄暗い小さな空間が広がっている。
「一体どうなって……」
その瞬間、彼は頭を右に傾ける。刹那、彼の左に包丁が飛んでくる。大きさはそこまで大きくはない。
「誰だ?」
ズドンと玄武の背後に赤い女の影が落ちてくる。どうやら木の上にいたらしい。大きなハサミを持っている。
「ワタシ……キレイ……?」
彼女はマスクをした顔でそう玄武に尋ねる。赤いコートにマスクをした大きなその女性は不気味に笑う。
「ああ? 一番キレイなのは俺の妹だ。寝言は寝て言え、赤ピーマン」
瞬間、また玄武に向かって包丁が飛んでくる。しかし、玄武はそれを弾丸で撃ち落とした。
「流石に2度目はくらわねーよ」
女はそれを聞いているのか聞いていないのか。マスクをゆっくりと剥がしていく。
「ケケケケケ!!!!」
そして、不気味な笑い声を上げて、玄武の前に立った。
「口裂け女か……。おもしれぇ、臨むところだ!」
こうして、玄武の妖怪退治が始まった。
「あの、ずっと気になっていたことを聞いてもよろしいですか?」
「なんです!?」
哲郎さんは走りながら私に話しかけてきた。
「玄武さんって、霊力あるんですか!?」
そういえば、玄武は1人で行ったが、大丈夫なのだろうか。もしあちらでもこんなことが起きておきていたら、不味いのではないか。
「……いや、あいつがあんだけ自信満々に行ったんだから、何かあるんでしょう。だから、大丈夫です」
私だって、あいつが何者なのか正直今でもわかっていない。しかし、これだけは言える。あいつは意味もなく胸を張ったりはしない、と。
「ケケケケ!!!!」
口裂け女は悪路をまるで気にしていないかのような速度で玄武へと迫っていく。その表情は恍惚とした狂気の笑みを浮かべている。
「うお、そんなにデカいもんを振り回すなよ!」
玄武はそんな彼女の動きを腕に鉄を帯びさせることで受け切る。
(どうやら、ハサミ自体に特殊な能力があるわけではないみたいだな……)
おちゃらけたような口調をしながらも、玄武はしっかりと彼女の動き、その性能、スキルを分析する。
(まだ、アレは出さなくて良さそうだな)
彼女の動きを観察して、汗一粒も流さずに、彼なりの対策を考える。
(厄介なのは、武器投擲。今のところは避けきれているが、ここからどう変化するか……)
ガキンガキンと普段の静かな森に似合わない金属音が響く。そして音がするたびに火花が散る。
「ケケケ!!!!」
そのうち、彼女の動きに変化が出てくる。
「『イナイイナイバア』!!!!」
コートの右側を開くと、そこから無数の刃物が飛び出した。
「多すぎだろ!」
彼はその刃物に当たらないように必死に逃げる。そしてその後を追うように何本もの刃物が地面に、木々に突き刺さる。玄武の額にも段々と汗が滲んでくる。
(このまま逃げててもこっちが消耗するだけだしな……)
玄武はチラリと彼女の方を見た。
(見た感じ、あっち側の武器は無制限。であればやっぱりこっちから何か仕掛けるしか……)
その時だった。
「ケ!!!!」
口裂け女は持っていた大きなハサミを思い切り玄武に向かって投げた。それは真っ直ぐ空中を進む。
「うお!?」
ダアンという大きな音がした。そのハサミは玄武のすぐ背後の木に、血を滲ませて刺さっていた。
「ケケケケ……」
口裂け女は木に刺さったそれを引き抜きに行こうと、木に近づいて行った。
「いって〜」
どこからともなく、あの男の声がする。見れば、刺さったはずの彼の体はどこにもない。
「頭に掠ったじゃねぇか〜」
ボリボリと頭をかき、ぼやきごとをぶつぶつと話して、彼は再び木の上からやってきた。彼の頭からは血が流れ出ている。
「だが、ちょうどいい。こいつを使いたかったんだよな」
ウニョンという音と共に空間に紫色の穴が開く。そして、玄武はそこに手を突っ込むと、何かを取り出した。それは真っ黒な刀であった。
「導華にできれば見せたかったが……まあいい。どうせあいつは見てもふーんで終わりだろうしな」
玄武は以前にこの刀を導華に見られた時を思い出した。
「さて……。そろそろ出番だぜ、
真っ黒な鞘を腰につけて、刀を引き抜く。すると、実に見事な刀が出現する。
「じゃあ、始めようか。テスト運行」
ここから始まるのは、戦闘ではない。彼の、一種の実験だ。
「『
そう玄武が呟くと、彼の影から2本の細い腕が生えてきた。それはウニョウニョと動き続けている。
「まあ、サポートだ。あんまり気にすんな」
そう言って、彼は一気に口裂け女との距離を詰めた。一瞬にして、懐に入り込む。口裂け女が明らかに動揺しているのがわかる。
「ケケッ!?」
しかし、彼女も負けていない。再び無数の武器を取り出し、大砲のようにバンバンと打つ。
「もう、その手はきかねぇんだよなぁ」
しかし、今の玄武には無意味。彼は渾身の一撃を口裂け女に叩きこんだ。
「『
ずっぱりと大きな傷が彼女の肩から腹にかけてできる。その後、口裂け女の圧が消えて、その場に巻物が残った。
「フッ、団長を舐めるんじゃない!」
そう言って、彼はグッとポーズをとった。
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