第56話 unavoidable/避け難い

「なあ、導華。お主、二刀流は興味ないのか?」

 それは少し前。星奏さんと釣りに行った時の話だ。私たちがひたすらに魚を待っていると、星奏さんが話しかけて来た。

「二刀流……ですか」

 今の刀で十分すぎて、考えたこともなかった。だが、確かに戦略の幅は広がりそうだ。

「もし、やりたんじゃったら、ワシが刀を作ってやるぞ?」

 そう言って、星奏さんは自慢げに笑った。

「うーん……。ちょっと考えてみます」

 結局、そこではこれといった決定はできずに終わった。



(あの時、刀を貰っとけば良かったかも)

 凛として冷たい甘兎の瞳を見つめながら、そんなことを考える。

「……そんなことを考えてる場合じゃないよね」

 とにかく、今はやらなければならない。私が思うこのやり方を。

(だけど、まずは時間稼ぎをしないと……)

 このやり方には大きな問題があった。それは、出力がどれだけかが未知数なのだ。

「待つんだ。あの人を信じて」



 甘兎は再び杭に熱を溜め始めていた。

「そろそろいい?」

「ええ。どうぞ」

 極力月花を傷つけないように立ち回らなければ。

「こういう時にあいつがいれば……」

「呼んだか!?」

 そんな時、後ろから叫び声がする。

「大丈夫かー!」

「玄武!」

 いつもはうるさいあの男も今は救世主だ。まずは、何とかして月花を外に出すことにする。

「だったら、『炎壁エンヘキ』!」

「ムッ」

 私は、最近使えるようになったこのスキルを使う。地面に刀を刺すと、そこからブワッと炎が上がる。これで炎の壁の完成だ。炎の壁に少し甘兎が怯む。

「玄武! ちょうど良かった! 月花をこのバリアの外に出して!」

 私は玄武に必死に呼びかける。すると、その声が届いたようで、月花の下にワープホールができて、そこに月花は吸い込まれていった。

「でも、この傷じゃ……」

 玄武は月花の腹を見る。そこには赤黒い穴が空いている。これでも死なないのだから、凄まじい生命力だ。

「大丈夫。助っ人を呼んでるから、その辺で待ってて!」

 その時、目の前の炎が消え去る。

「この程度で私を止められるとでも?」

 そして、甘兎が高温の杭と共に現れる。

「いや、思ってない、よ!」

 杭と刀がバキンという凄まじい音でぶつかり合う。熱気を肌で強く感じる。

(……今の私じゃ火力不足……)

 私は甘兎に言われたことを反芻する。確かに、彼女の言う通りだろう。現に今私の刀は杭を一切傷つけることができていない。

(だからこそ、今私はこの技を、完成させなきゃならないんだ……!)

 そしてここから、私は技の完成のために動き出す。



「『蒸気煙幕』」

 甘兎は再び煙幕を放つ。辺りが真っ白になり、何も見えない。

「やっぱり、この技は厄介すぎる……」

 こうなってしまうと、何も動くことができない。しかも、相手には私が見えている始末。本当に厄介だ。

「だけど、これを解決できないわけでもない!」

 私は刀を強く握り、魔力を流し込む。

「『風刃』!」

 ブワッと風の刃が巻き起こる。そして、辺り一面にあった蒸気を一瞬にして吹き飛ばした。

「へー……やるね」

 甘兎はニヤリと笑った。その笑顔はひどく不気味だった。

「だてに守護者やってないんでね!」

 再び魔力を流し込み、刃に炎を纏わせる。

「『炎刃』!」

 甘兎までの距離を一気に詰めて、刀を振るう。しかし、動きは完全に見切られて、杭によって阻まれる。

「やっぱり、届かないか……!」

「私だって、だてに殺し屋やってないから」

 そして、バキンと弾かれて、再び元の位置に戻る。

(さて……どうする?」

 どうにかして隙を作りたいのだが、甘兎の動きに無駄がなさすぎて、隙を作るための隙すらない。

「何か、方法は……」

 その時、私の足元に何か球体が見えた。キラリと輝いたそれを手に取る。

「……これだ」

 ここで私は逆転の一手を考えつくのだった。



「そろそろ、終わりにしようか」

 甘兎はそう言って、杭のダイヤルを捻る。すると、杭に一瞬ピンクの稲妻が走る。

「リミット解除『熱伝導ネツデンドウ』」

 彼女がそのスキルを使うと、みるみるうちに杭が赤くなっていき、最後にはなんと青くなった。

「これはね、この杭の100%の力を引き出す魔法のおまじない。あなたしぶといから、これくらいは出さないと」

 杭を地面につけると、その部分がジュウゥゥという音を立てて溶ける。あれは触ってはいけなそうだ。

「じゃあ、行こうか。『熱願冷徹ネツガンレイテツ』」

 再び熱の杭が空中で形成される。それは巨大ではなく、長さは1mほど。先ほどよりは大きい。しかし、問題は数だ。ざっと数百はある。これをどう突破するか……。

「……なら、先に仕掛ける」

 杭が宙に浮き、今にも発射されそうなその瞬間、私は甘兎に懐に入り込み、彼女に逆転の一手をくらわせる。

「……まっず!」

「やっぱり、効いたみたいだね」

「何これぇ……」

「それはね、兵糧丸って言うんだよ」

 私はあるものを甘兎の口にぶち込んだ。そう、兵糧丸だ。口に入れられたことで、甘兎は苦々しい表情を浮かべる。それに反して、私はニヤリと笑顔を浮かべる。

「今なら、いける!」

 今、絶好のチャンスだ。



 私は刀を左手に移動させる。

(イメージは、自分の中を引き出すイメージ。己の魔力を、構築するイメージ)

 段々と手のひらに熱を感じてくる。

(刀と炎。この2つを強く意識する。そして、今までの経験を、重ね合わせる)

 4ヶ月。それほどの年月を重ねて、刀の性質、戦術、弱点、それが段々とわかってきた。その経験を、己の能力に合わせる。

「……今だ!」

 自分の中の魔力が綺麗にまとまった感じがしたその一瞬。一気に私の、私だけのスキルを発現させる。

「こい! 『炎刃顕現エンジンケンゲン』」

 まとめたその魔力を右手でグッと握りしめる。すると、手の中に確かな感触を感じた。

「……まさか、成功するとはね」

 左手には相棒、右手には刀の形をした炎の塊。刀の出来は少し不格好かもしれないが、これでいい。

「これが私の、二刀流だ!」

 ここに、二刀流の剣士が誕生した。



「くっそ、一体どうしろってんだよ!」

 玄武は律儀にも導華に言われたその助っ人を待っていた。しかし、命がかかっているこの状況、玄武も冷静ではいられない。目の前には腹に穴が空いた月花がいるのだ。

「早く来い……」

 玄武は立ったまま爪を少し噛む。それほどまでに焦っているのだ。

「あら、遅くなってすみません!」

 その時、ビルの上から聞き覚えのある女性の声がする。逆光でよく見えないが、屋上に確かに人影がある。

「今行きます!」

 彼女はなんと、10階はあろうかというそのビルから飛び降りた。そして、玄武の前に何事もなかったかのように着地した。

「グレーテ!」

 そこに飛び降りたのは、グレーテだった。導華が先ほど電話し、呼び出したのだ。

「事情はみーちゃんから聞いたわ。後は任せて!」

 グレーテは横たわっている月花を見ると、即座にスキルを発動させる。

「『ガイア・コクーン』!」

 その後、グレーテが月花に触れると、月花の体をツタのような植物が包んだ。そして、中が完全に見えなくなる。

「おお……」

「後は待つだけ。おそらく、2時間後には回復していると思うわ」

「ありがとう、助かった!」

 玄武はその様子を見て、ひとまず胸を撫で下ろす。

「……そうだ、導華は」

「大丈夫。みーちゃんは」

 玄武が導華のところに行こうとすると、それをグレーテさんが静止する。

「……何で止めるんだ?」

 玄武はグレーテにそう問う。すると、グレーテさんはクスリと笑って、指を指した。

「だって、あそこにある火柱が目に入らない?」

「……なるほどな」

 グレーテの指差したその先には、大きな火柱が立っていた。



「二刀流になったからって、なんてことない」

 甘兎は二刀流になった私を見ても、何も動じていない。そりゃそうだ。刀が2本に増えたところで、何があるというのか。

「そうでもないところ、見せてあげよう」

「そう。じゃあ、見せてみてよ」

 そう言って、甘兎は再び杭を起動する。その杭たちは完全に私に狙いを定めている。

「発射」

 その言葉で何百もの杭が一斉にこちらに向かってくる。眼前に広がるそれを回避するのはほぼ不可能だろう。

「だったら、弾き飛ばすまで!」

 風の力、炎の力。それぞれの能力を組み合わせて、さらなるスキルを完成させていく。

「『大風炎ダイフウエン』!」

 竜巻のような風に、炎を組み合わせて、私を中心とした炎の竜巻を発生させる。それにより、熱の杭は全て無となる。

「……へぇ」

 竜巻を解くと、甘兎が先ほどのように笑っている。

「やるじゃん」

 さあ、逆転劇の始まりだ。



「じゃあ、私も期待に応えなきゃね!」

 甘兎は一気に体を捻ると、自分よりも大きな杭を持ったまま飛び上がり、こちらに向かってくる。

「『怒熱天ドアツテン』!」

 再び高温になった杭を、私にぶつける。しかし、その杭は私の右腕の炎の刀に食い止められる。

「負けて、たまるかあぁ!」

 甘兎は魔力出力を一気に上げる。すると、杭から蒸気が溢れ出す。

「貫く!」

 そして、炎の刀を貫き、私と甘兎の目が合う。

「まだ、爪が甘いよ!」

 私は左手の相棒に魔力を流し、電気を帯びさせる。その電気を帯びた相棒を、甘兎に向かって振りかざす。

「『雷刃』!」

 刀に杭が当たると、杭に電気が流れる。

「グッ!」

 それに耐えきれず、甘兎は素早くそこから抜け出す。思った通り、鉄でできたあれも電気を流すようだ。

「ハァ……ハァ……」

 私は着地した甘兎の息が上がっているのに気づく。やはり体力の限界が近いのだろう。現に私も二刀流にしたはいいが、魔力がごっそり削られて、かなりきつい。

「……そろそろ終わりにしようか」

 私がそういうと、甘兎はニヤリと笑った。

「言われなくても……!」

 戦いは最終局面へと突入する。



(あいつのの厄介なポイントは二つ……)

 甘兎は導華を見て、思考を繰り返していた。

(まず、刀の属性、特に風。あれがあるせいで私の蒸気はほぼ使い物にならない。そして、何よりも2本目の顕現。片方で防いで、もう片方で攻撃するのが厄介。いくら火力不足でも、蓄積されれば私も削られる……)

 彼女の中の魔力は残りわずか。その中でやれることを考える。そして、彼女はたった一つの結論に辿りつく。

(いや……。むしろ、考えない方がいい。猪突猛進、考えなしに最高火力をぶつければいい……)

 そして、杭を構えて再び体勢を立て直す。

「じゃあ、行こうか!」



 甘兎の杭が再び蒸気を吹き出した。やがて、青くなりだし、高温の杭に変貌する。

(あれを食らうのは、まずい……!)

 私はここまでの攻撃が全て空中からの攻撃であったことを考えて、空中を守る体制に入る。

「小細工は、しないでしょ!」

 しかし、甘兎は予想に反して真正面から突っ込んでくる。

「なっ!」

「くらえ! この一撃を!」

 血眼で杭を振りかざした甘兎の必殺の一撃が決まる。

「『熱烈峻厳ネツレツシュンゲン』!!」

 とてつもなく重い一撃が私の刀に入る。なんとか右手の刀で受けはしたが、受けるので精一杯だ。

「このまま、押し切る!」

 やがて、凄まじい蒸気がその場を包んだ。

「おらぁ!」

 そして、甘兎の杭が地面に当たる。すると、彼女は杭を手放した。

「やっと……」

 蒸気が晴れたそこに、私はいない。私の死体があると思っていたのだろう、甘兎は驚嘆の表情を浮かべた。

「なっ、どこに……」

 そのすぐ後、彼女はハッとして上空を見上げた。

「上か!」

 バリアの天井ギリギリ、そこに私は風刃で飛び上がっていた。

「ギリギリだった……」

 刀が2本なかったら、危なかったであろう。なんとかその場を抜け出し、一気にチャンスに持ち込んだ。

(無駄な魔力消費はもうできない。ここは一番慣れてるでいこう……!)

 私は、風刃で下まで一気に加速し、右手の炎の刀を、左手には雷刃を用意する。

「これなら、杭で防御はできないよね?」

 私を見た甘兎は、ニヤリと笑い、こう言った。

「まだ私は、諦めてないからな!」

 杭を構え、私の一撃を防御しようと立ち上がる。しかし、もう遅い。抑えきれない。

「これで、終わりだ!」

 私の全てを乗せて、この一撃を放つ



「『雷炎無双ライエンムソウ』!!!!!!」



「カハッ……!」

 無数の雷と炎が甘兎を包む。それを受けた甘兎はばたりと膝から倒れる。

「……私はまだ、死ねないんだ」

 やがて、静かにバリアが解けて、キラキラと空気中に散っていった。



「みーちゃん!」

「うわぁ!?」

 バリアが解けて少しすると、グレーテさんが私に飛びついてきた。

「やっぱりみーちゃんは強いわね〜!」

「ちょ、苦しいですって!」

 グイグイとやっても、グレーテさんは全く離してくれない。まあ、ここに呼び出したのは私なのだが。

「月花の方も大丈夫だ、グレーテが治してくれた」

「玄武。そっか、良かった」

 生きてて良かったと、胸を撫で下ろす。

「あ、あのグレーテさん」

「ど〜したの?」

「この子も治療してもらっていいですか?」

 私は甘兎を指差した。ボロボロだが、生きてはいるだろう。

「いいの? また襲いかかるかもしれないわよ?」

「大丈夫です。そん時はそん時なので」

 また暴れたら、私が止める。ただそれだけだ。

「ふふ。みーちゃんは優しいわね」

 グレーテさんは甘兎を抱き抱えると、どこかへ連れていった。

「さて、俺たちも帰ろうか」

「そうだね。あとは特殊部隊の人たちに任せようか」

 そうして、死人ゼロ、怪我人3人を出した今回の事件は、1匹のドラゴンの死体を残して幕を下ろした。



「う、うーん……」

 甘兎が目を覚ますと、そこはとあるマンションの一室だった。前を見れば、綺麗な植物が飾ってある。

「ここは……」

「ああ、気がついた?」

「この声は、田切……」

 彼女が左を向くと、そこには田切 導華がいた。しかし、いたにはいたのだが、なぜか奇妙な服装をしている。

「それは……」

「大人には色々あるんだ」

 フリフリの黒いドレスをきた導華は遠い目をしていた。



「というか、私はなんでこんなところに……」

「ここはね、グレーテさんっていう女の人の部屋。あなたを治療してくれたんだよ?」

「そうだったんだ……」

「今はあれから2日経って、私もピンピンしてるし、君がブッ刺した月花も元気だよ」

「そうなんだ……」

 甘兎はなぜか浮かない顔をしている。どうかしたのだろうか。

「……どうかぢやの? 表情が暗いけど……」

「私、もう文無しだから、こっからどうすればいいのかわからなくって……」

 彼女は隣にあった彼女のウサギの鞄をギュッと抱きしめた。そういえば、所持金が16円だとか言ってた気がする。

「うーん。じゃあ、私たちの事務所に……」

「その心配はご無用です!」

 すると、ドロンという音がして上から月花が落ちてきた。

「わっ!?」

「どうも、甘兎さん。私のことを覚えていらっしゃいますか!?」

「確か……忍者の……」

「そうです! コードネーム:月花です!」

 月花は胸を張ると、すぐさま不思議そうな顔をしている甘兎にある提案をする。

「ところであなた、私の事務所に来ませんか?」

「あなたの事務所に?」

「決して多くはないですがお給料も、衣食住も保証します! 私はあなたのような強い殺し屋を仲間にしたいのです!」

「…よでもいいの? 私はあなたを殺そうとしたんだよ?」

 それを聞いた月花はニカっと笑った。



「何を言うんですか! 昨日の敵は今日の友、ですよ!」



「友……」

「さあ、どうしますか?」

そう言いながら、月花は手を差し伸べた。そんな彼女を見て、甘兎はフッと笑った。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 彼女は月花のその手をギュッと握るのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る