第54話 lurid/ゾッとする

「頂さん、あの忍者口破りましたよ」

「……そうか」

「やっぱり、安上がりなやつじゃ無理でしたね」

 暗い部屋。そこでは彼ら、Under groundが活動していた。

「では、あの方法を」

「わっかりました〜」

 頂は情にとある指示を出すと、情はカタカタとノートパソコンを叩き始めた。

「……いよっと。終わりました」

「そうか」

「後は待つだけですね」

 彼が書き込んだサイトは、ダークウェブの有名なサイトであった。



「というか、何で導華が殺されるわけ?」

「知らないです。殺し屋はそんなことを気にしません」

 月花はこの期に及んで殺し屋のプライドを守りたいのか、そんなことを言っている。

「グウゥゥゥ……」

 そんな時、彼女の腹がなった。

「あ……」

 すると、月花はみるみるうちの顔を赤くして、恥ずかしそうにした。

「お腹減ってるの?」

「いや、そんなことは……」

「グゥ」

「体は正直だね」

「クッ!」

「凛、変な言い方しないで」

 どうやら、話を聞く前にしないといけないことがあるようだ。

「はぁ。凛、その子の足持って」

「アイアイサー」

 凛は即座に月花の足を持ち、私は月花の頭を持った。

「え、何を……」

「「いっせーのーで」」

 私たちは月花を持ち上げた。

「うわー! 離せー!」

「こら暴れないの! あんまり暴れると、窓から落とすよ!」

「ヒッ」

「導華、怖いよ」

 月花は青い顔をして、ガタガタと震え上がったまま、大人しくなった。

「……私食べられますか?」

「中身が入ってない肉食べて、美味しいと思う?」

「ヒッ!」

「導華、怖いって」

 月花をぶつけないように慎重に階段を下り、事務所のソファに下ろす。事務所の中からは、都会のネオンがよく見える。

「レイさん、ちょっといいですか?」

 お皿洗いをしていたレイさんに声をかける。レイさんは顔を上げると、パタパタとこちらにやってきた。

「はい、どうかしましたか?」

「アババ……私お腹に肉を詰められて食べられるんだ……」

「? この方は?」

 そこで私はかくかくしかじかレイさんに事情を話す。

「……というわけなんですよ」

「なるほど……」

 すると、レイさんは冷蔵庫を開けると、中から今日の余り物を取り出した。

「食べてください」

「ヒッ! 生きてるうちに腹に食材を詰められるんだ……」

「食べなさい」

「ヒイィィィ……」

 食べられるように縄を解くと、月花は泣きながらご飯を食べ始めた。

「ハグ……ハグ……」

「(私もこれ導華に……)」

「凛?」

「何でもない」

「物騒なこと言ってなかった?」

「言ってない」

 しばらくすると、月花は泣きながらもちゃんと全てをペロリと食べ切った。

「食べましたか」

 コクコクと頷く月花。

「美味しかったですか?」

「ハイ!」

「じゃあ……」

「嫌です〜! まだ死にたくありません〜!」

 ズビズビと顔を歪ませて、レイさんに泣きつく月花。なぜあんな顔をするのやら。

「……導華、私なんか開いたらいけない扉開きそう」

「閉じなさい」

「ねぇ、導華」

「私はやらないよ」

「ねぇ」

「やらないからね?」

 凛が月花を指差しながら、真っ直ぐな目で言う。

「いえ、殺しはしません」

「んじゃあ何する気なんですか〜!」

 埒が開かない。私が話すことにする。

「何にもないよ。ご飯を食べてもらうだけ。お腹減ってたんでしょ?」

「……本当ですか?」

「ほんと」

「安心したところに、ナイフで首を刺して、お腹を掻っ捌いた後に、特殊性癖のおじさんに私の死体の写真と本体を売り捌いたりとか……」

「おぞましいって」

 殺し屋という世界はそんなことが日常茶飯事なのだろうか。恐ろしい世界だ。

「そんなことしないよ。お腹がいっぱいになったんだったら、それで十分」

 すると、泣き止んでいた月花は再び瞳に涙を溜め始めた。

「うわーん! ありがとうございますぅ!」

「ちょ! 飛び付かないで! 汚れるから!」

「ずっと、任務がなくって、お腹空いてて、都会に知り合いはいなくって、心細くって〜!」

「わかった、わかったから!」

 何とか引っぺがし、ソファに座らせると、月花は落ち着いたようだ。

「うっ……うっ……」

「ほら、私を殺さないならもう許してあげるから、帰りな?」

「はい……」



「ピロン」

 そんな時、月花の懐から通知音がした。

「あ、ちょっとすみません」

 すると、月花は携帯を取り出す。その形はなんと、ガラケーにそっくりだった。

「へ〜、ガラタイなんて今時珍しい」

 どうやら、ここではガラパゴス携帯をガラタイと略すらしい。異世界なのに、元の世界との変化が微妙すぎる。

「ふぇ!?」

 しばらく弄っていると、月花が驚き、ガラタイを落としそうになる。

「どうしたの?」

「こ、これ!」

 月花は焦り顔でガラタイを見せると、そこには私の写真とともに驚くべきことが書かれていた。

「何これ?」

「私たちの掲示板です!」

「田切 導華……1億円!?」

「え、これ私1億円貰えるの?」

「違いますよ! 田切さん、指名手配されたんですよ!」

「え!?」

 確かに、ガラタイの掲示板には「Wanted!」と書かれている。

「どうして!?」

「わかんないですよ! とにかく、田切さん命狙われてますよ!」

 その瞬間、レイさんは事務所の窓を開けた。そして、腕を変形させて、空中に向かって打った。

「どうしたんですか!?」

「……外に出てください」

「え、はい……」

 そう言われて、私たちは外に出た。すると、事務所の前の道に何かが落ちているのを見つけた。

「これって……」

 それを持ち上げると、それは何かの墜落した飛行物体だった。

「ドローンです。飛んでおりました。

「もしかして、これで監視してた!?」

『大正解〜』

 その時、ドローンから知らない男の声がした。

「誰?」

『僕の名前は、Under groundの情。君が田切 導華だね? 君が邪魔になりそうだから先に手を打とうと思ったんだけど、そこの貧乏忍者くんが任務に失敗したようでね』

「誰が貧乏忍者ですか!」

『あ〜はいはい。それでだ、もうわかっていると思うが、君に懸賞金をかけさせてもらった。無駄に金だけはあるからね。君には死んでもらわないといけないんだよ』

「嘘でしょ……」

『嘘じゃないよ。これから、何人もの殺し屋が君を狙ってやってくるだろう』

 なんということだ。私はただ異世界で平穏に暮らしたかっただけなのに……。

「どうして……」

 私は膝から崩れ落ちた。



「……導華、ちょっとそのドローン貸して」

「凛?」

 凛は私の手の上のドローンを掴んだ。

「アンタ、これもしかしてヘッドフォンかなんかで聞いてる?」

『はぁ? 何を言うかと思ったら……。そうさ、ヘッドセットで……』

「導華を舐めるなドブカスが!!!!!」

『あがっ!?』

「り、凛!?」

 突然、凛が聞いたこともないような怒声でドローンに叫ぶ。

「導華はアンタらごときで死ぬような生き方してないんだよ! アンタらが馬鹿みたいに導華の命を狙っても、導華は死なない! 私たちが護るんだよ! わかったら返事しろチンカスボケナス陰キャ非リア敗北者クソゴミ外道が!」

『僕は陰キャじゃ……』

「わかんだよ! 喋り方で! こっちは何人の陰キャ見てきたと思ってる! もはや文字でわかるわ! わかったか! 返事しろ! 年齢=彼女いない歴陰キャ猫背コミュ障メガネ!」

 すると、月花さんもその横に行った。

「わ、私だって貧乏忍者って言われたこと許しませんからね!」

 その後、ドローンはしばらく沈黙した。

『……くっ。今日のところはひとまず許してやる。だが覚悟しとけよ! いつかきっと今言ったことを後悔するからな!』

「ああ上等だ! その言葉そのままそっくり返してやるよ!」

 そして、ブチっという音と共に、通信が切れたのだった。



「ふん! 生意気なカスめ!」

 凛はドローンを地面に叩きつけると、私に手を差し伸べた。

「ほら、導華」

 私はその手を取って、立ち上がる。

「私は今まで導華に助けてもらってたんだ。だから、今度は私が助ける番」

「凛……」

「大丈夫。たとえ誰がどれだけ敵になっても、私は導華の味方だよ」

 しばらく見つめ合う私たち。まるで時が止まったかのように、凛の頼れる瞳に釘付けになる。

「ん、んーん!」

 すると、少し顔を赤らめた月花が咳払いをした。

「あの、いいところだと思うのですが、一旦事務所の方にお戻りになられてはいかがでしょうか?」

「あっ、はい」

 そういえば、ここは真夜中の路上なのだった。

「一応、このドローンは持ってって玄武にでも渡そうか」

 私は地面のズタボロドローンを手に取ると、それを手に事務所に戻る。

「おーい、玄武ー」

「何の用だ」

「あの、ちょっとお時間よろしいですかね?」

「……なんだ改まって」

 玄武を呼び出しソファに座らせて、ことの顛末を話す。すると、玄武は怪訝な表情を浮かべ、うーんと考え込んだ。

「……というわけなんだけど」

「お前また厄介なことを……」

「あはは……。私も何が何やらさっぱり」

 はぁとため息をつく玄武。しかし、彼の表情は先ほどよりも明るい。

「……しゃーない。予定を早めるか」

「なんの話?」

「こっちの話だ。それよりも、その指名手配?の話は大丈夫だ」

「何で?」

 玄武はフッと笑って、こう言った。

「何でって、お前自分が所属してる団を忘れたのか? 何てったって、天下の玄武団様だ! そんな殺し屋に何人狙われようが、俺たちにゃ意味ねぇよ!」

 そして、ガツンと机に足を置いた。

「全く、頼りになるやらならないやら」

 やはり、私はこの団に入ってよかった。心底そう思った。

「マスター。汚れるので足をどかしてください」

「あっ、すいませんした」

 やっぱそうでもなかったかもしれない。



「あの、ちょっとよろしいですか?」

 そんなことをしていると、月花が話しかけてきた。

「どうしたんです?」

「こうなった責任の一端は私にあるので、私も何かお手伝いがしたいのですが……」

 月花は申し訳なさそうにモジモジしていた。

「うーん……。それでは、導華の護衛というのはどうでしょう?」

「護衛?」

「導華に護衛なんていらない」

 その会話を聞いていた凛は玄武に反論をする。

「いや凛、甘いな。この世にいる殺し屋はいっつもこの人みたいにホイホイ出てきてくれるわけじゃない。おっかないスナイパーってやつがいるんだよ。凛は数百m先のビルから撃ち抜こうとしてくる弾丸を、防ぎ切れるのか」

「うっ」

 確かに、玄武の言う通りだ。スナイパーだけではなく、不意をついてくる殺し屋というものは多いだろう。よくは知らないが。

「護衛ならお任せください!」

「よし。それなら契約を結ぼう。月10万でどうだ?」

「やっす」

 そんな金額、元の世界だと安い方だ。命をかける任務だというのに、そんなので良いのだろうか?

(あいや、待てよ? この世界では10万も高い方なのか?)

 そう思いチラッと凛の方を見る。

「やっす」

 そうでもないようだ。

「……10万ですか?」

「あーほら、月花怒って肩振るわせてるよ?」

 私は月花が怒っているのかと思い、玄武に金額を指摘する。

「ありがとうございます!」

「アレェ?」

 しかし、反応は全然違う。普通に嬉しそうだ。

「ひもじくてひもじくて……。まともなご飯は3日食べてませんでした!」

「そんなんで大丈夫なの!?」

「一応生きてはいけます。スキルがあるので」

「何のスキル?」

 すると、彼女はおもむろに懐から何かの草を取り出した。一見普通の雑草に見える。

「何の草?」

「雑草です!」

 訂正。本当に雑草だった。

「何で雑草なんか……」

「まあまあ。見ててください!」

 彼女はその草を手に乗せて、もう片方の手でそれを挟んだ。

「いきますよ〜? 『兵糧丸ヒョウロウガン』!」

 その言葉を口にすると、彼女の手からポフンと音がする。

「できました!」

「何にも変わってないように見えるけど……」

「ほら、見てください!」

 月花が蓋をしていた手を外すと、何とそこには緑色の玉があった。大きさは直径1cmあるかどうかで、綺麗な球の形をしている。

「これは兵糧丸と言って、忍者たちはこれを食べて飢えを凌ぐのです。私もしばらくはこれを食べていました」

「へ〜」

「ほら、試しにどうぞ!」

 私が手を開くと、その手のひらにコロンとその兵糧丸を乗せる。指先で摘んでみても、完全に球に見える。

「は〜、すごい……」

「ささ、お召し上がれ!」

「では……」

 月花に急かされて、パクリとその兵糧丸を口にする。その味は……。

「まっっっっっっっっず!」

 ありえないほどにまずくて苦い。青汁の下の沈殿を凝縮したような味がする。

「それ栄養は取れるんですけど、まずいのが玉に瑕でして」

「それならそうと言ってくれる?」

「言ったら、食べないじゃないですか」

「そりゃそうでしょ!」

「導華に、まずいものを、タベサセタ!」

「ぎゃー! 首が折れるー!」

「凛!」

「フーッ! フーッ!」

「……何だこれ」

 収拾がつかない事を悟った玄武は、静かに自室に帰って行ったのだった。



「凛、突然人の首を絞めたらダメ。わかった?」

「突然じゃなかったらいいの?」

「サイコパス診断の答えみたいなの言わないで」

 何とか場をおさめて、凛は私の横、月花は私と向かい合うようにと言った感じで、二人をソファに座らせた。

「それじゃあ、ひとまず月花には帰ってもらって、明日から護衛をお願いしたいんだけど……。それでいい?」

「大丈夫です! この殺し屋忍者月花にお任せあれ!」

「……心配だなぁ」

「何でですか!?」

 しかし、無いよりはマシだ。私は少しの不安を押し込んで、月花に護衛を任せる。

「では、私はここで帰らせていただきます! では!」

 そう言って、月花は巻物を口に咥えると、ドロンという音と煙と共に消えてしまった。

「おお……。ザ・ニンジャ」

 私が驚いていると、凛が私の袖を引っ張ってきた。

「導華、もう寝よう」

 見れば、時計は深夜2時を指している。

「ああ、そうだね。寝ようか」

 私は面倒くささからシャワーを諦めて、以前山守神社に行った時、京香さんから教えてもらった消臭魔法を使った。

「おお……。匂いしなくなった」

 パジャマに着替えて、布団に入る。

「導華、おやすみ」

「おやすみ……」

 そこでハッとして、目が覚める。

「何でナチュラルにいるの?」

「護衛。至近距離で見守る」

「結構です」

「あー。殺生なぁー」

 凛をベッドから引き摺り出し、部屋から追い出す。

「これで安眠だ……」

 そうして、私は眠りに落ちるのだった。



 雨の降る、とある町のとある路地裏。その町では多くの殺し屋たちが拠点とし、家を持っていた。

「やっぱり、クリームパン」

 そんな路地裏を一人の少女が歩く。小さな黄色の傘をさして、クリームパンを食べている。

「へっへっへ……。嬢ちゃん、ここがどこだかわかってるのか?」

 そんな少女に一人の男が話しかける。すると、少女はその男を一瞥する。

「知ってる。あなたこそ、私が誰か知ってる?」

「は? 何言って」

 その瞬間だった。

「『オイデ』」

 空間に穴が空き、そこから凄まじく大きな杭のような何かが出てくる。

「んな」

 男はそれに驚く暇もなく、高温になったそれに、体を焼き貫かれる。

「……クリームパン食べよ」

 焼けた男の体を道端に置き去りにして、彼女は背負った可愛らしいウサギのリュックからクリームパンを取り出す。

「ピロン」

 そんな時、彼女の携帯に通知音が鳴る。

「ん?」

 その通知を確認すると、殺し屋御用達の掲示板だった。

「田切 導華……」

 1億円。その額を目にすると、少女は携帯をしまった。

「ちょうどよかった。お金がなくなるところだった」

 彼女はクリームパンのゴミをそこらのゴミ箱に捨てると、また歩き始めた。



「次の標的は、田切 導華にしよう」



 その少女は、都心へ向かうべくバスへと乗り込むのだった。

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