第53話 assassin/暗殺者

「ふんふふんふふ〜ん」

 ここは都内某所。そこでは守護者ではない、ある職種を持った女が事務所を持っていた。

「ララララ〜」

 事務所の棚をパタパタと掃除をしながら、鼻歌を歌う。

「リリリリン! リリリリン!」

 そんな時、事務所の黒電話がなった。彼女はそれを目にも止まらぬ速さで取る。

「はいもしもし!」

 元気よく応対し、電話相手の依頼を紙に書き込む。

「はい……はい……。田切 導華ですね?」

 電話先の男は一言、そうだと呟く。

「了解です! この度は、殺し屋忍者月花ゲッカにご依頼ありがとうございます!」

 彼女のコードネームは月花。その職業を殺し屋としていた。



「は〜、暑い暑い」

 まだまだ猛暑の中の七月。私は部屋でエアコンをつけていたのだが、それでも暑い。そこで、麦茶をレイさんにもらいに行こうと事務所に向かっていた。

「……ん?」

 すると、廊下の異変に気付いた。

「物置のドアが開いてる……」

 数ヶ月前、私が事務所に入ってきた時に、玄武の部屋だと勘違いした物置のドアが開いていたのだ。

「そういえば、何があるんだろう?」

 よく考えてみると、私はここに入ったことがない。

「ちょっと覗いちゃお」

 麦茶のことをすっかり忘れて、その物置に入ってみた。

「お邪魔しまーす……」

 中に入ると少し薄暗い。中は私の部屋の半分ほどの大きさだが、埃はあまりない。しかし、床はガラクタで溢れており、入るのに苦労する。

「玄武の発明品かな?」

 見れば大砲やら、何かの取っ手、チェーンソーみたいなものもあり、おそらく玄武のものだろうと思えた。

「何これ?」

 そんな中、部屋の中に変わったものがある。

「ドレス?」

 それは黒色のドレスで、綺麗にビニールにかけられて、クローゼットのように突っ張り棒に掛かっていた。

「でも何でこんなものが……?」

 首を傾げていると、また不思議なものがある。

「これは、女性用のスポーツウェアかな?」

 並んで掛かっているのは、白色をベースに黄色のラインがはいっているスポーツウェア。大きさは小さく、小中学生のもののようだった。

「玄武って、もしかしてとんでもない趣味してたりする?」

 幼女趣味。そんな言葉が頭をよぎる。

「……もう少し探してみるか」

 ガサガサと探していると、何か古びた木箱がある。大きさは1m程度で、まあまあ重い。

「これは何だろ?」

 ガラクタを除けて、木箱を取り出す。

「少し見るくらいならいいよね?」

 こっそりと木箱を恐る恐る開けてみた。

「えっ……」

「な〜にやってんだ?」

 その時、私の背後から玄武の声がした。

「うあ!?」

 思わず変な声が出てしまった。

「こんなところ見たって、何にも面白くないだろうに……」

 玄武は頭をガシガシとかくと、部屋の電気をつけて入ってきた。

「あの……これって……」

 私は玄武に手に持っていた木箱を見せる。

「あー……、そいつは……」

 玄武は少し考えると、フッと笑った。

「……やっぱやめた。これを話すのはもう少し後だな」

「は?」

「忘れろ忘れろ。いつか話してやる。中は見たのか?」

「み、見たけど……」

「んじゃ、呪われちまうかもな」

「はぁ!?」

「嘘だ嘘。アイツはそんな奴じゃない」

「アイツって?」

「まぁ、俺の昔の相棒……だな。話してやるから、楽しみに待ってろ」

 そうして、玄武は笑いながら外へ出た。

「あと、そこの服は俺のもんじゃないからな」

 そう言い残して、玄武は事務所に戻って行った。

「何だったんだ……?」

 私は静かに事務所に麦茶を取りに行く。

「あの木箱は一体……」

 自室に帰り、ベットに倒れ込みぼんやりと考える。

「昔の相棒……」

 木箱の中身。それは真っ黒な刀だった。



「おい、導華。今日お前暇か?」

「何、急に」

 次の日の朝。私が朝食を食べていると、玄武が話しかけてきた。

「今日星奏が海釣りに行くらしいんだ。俺も行きたいんだが、あいにく今日は予定が入っててな。代わりに行ってきてくれ」

「別にいいけど……」

「ほれ、釣具だ」

 すると、玄武は私の座っている椅子の横にホイホイと釣具を置き始めた。

「多いなぁ」

「あったりまえだ。これでも昔はよく釣りに行ってたからな。もうすぐ、星奏が迎えに来るから待ってな」

 私は朝ごはんを食べ、自室で支度を整えた。

「一応、麦わら帽子も……」

「お〜い! 来たぞ!」

「はーい!」

 玄武に呼ばれ、パタパタと階段を降りて、事務所のビルから出た。すると、ライフジャケットにキャップをかぶった星奏さんが待っていた。後ろには軽トラがある。

「お、来たみたいじゃのぉ!」

 私を見た星奏さんは嬉しそうに手を振った。

「道具は荷台に積んで置いたのじゃ。それでは行くのじゃ!」

「行きましょうか」

 私と星奏さんは玄武に見送られ、軽トラで海へと向かうのだった。



「着いたのじゃ!」

 カモメが鳴き、キラキラと海の輝く海岸。私は星奏さんと一緒に釣りの準備を始めた。

「というか、今日はいつものスーツじゃないんじゃな」

 星奏さんは私の服を見ながら言った。確かに、今の私はジーンズに白いTシャツ、そして麦わら帽子をかぶっていた

「まあ、海ですし。動きやすい服装をしようと思って」

 私はそう言いながら、竿を準備した。

「それじゃあ、ぼちぼち始めようか」

 小さな折り畳み椅子に座り、私たちは並んで竿を構えた。

「……そういえば、今って何が釣れるんですか?」

 そう星奏さんに聞くと、彼女は少し考えた。

「そうじゃのぉ……。今じゃったら、アジかスズキかとかじゃな」

 竿を少し揺らしながら、星奏さんはそう答えた。

「何が釣れても大抵は食えるから、大丈夫じゃ」

 そこから、しばらくは何も起こらなかった。

「……釣れませんね」

「まあ、そういうもんじゃ」

 そんな風に、のんびりと時間が経っていった。



「……なあ、導華よ」

「何ですか?」

「お主は今、幸せか?」

 星奏さんはじっと海を見ながら声をかけた。

「まあ、元の世界よりは」

 私は元の世界のことを思い出した。あの大企業でひたすらに働き、金だけを貯めていた日々を。

「あの世界での暮らしは酷かったですしね」

 私は苦笑いをした。

「最初、お主が来た時は一体どうなるのかと思っていたのじゃ。警察の目を逃れて、守護者として暮らしたいだなんて、聞いたことがなかったからのぉ」

 チャップチャップとウキを揺らす。

「じゃが、蓋を開けてみればお主はたくましかった。自分で何もかもをこなして、幸せを手にした。嬉しいようで、どこか寂しかった」

 星奏さんはどこか遠い目をしている。

「もっと、頼ってくれるのかと思ってた。しかし、お主は大人じゃ。一人で化ケ物を討伐してしまう。ワシの役目は何もなかったみたいじゃな」

 星奏さんは静かにハハハと笑った。

「そんなことありませんよ。私だって星奏さんに命を救われてますし」

 私は以前のディザウィッシュでの出来事を思い出した。

「だから、役目って自分にはわからないだけで色々あるんですよ。きっと」

「はっはっは。そうなのかもな」

 私たちのウキは、静かに並んで浮かんでいる。



 星奏さんが数匹釣った頃、私のウキがスポッと水に沈んだ。

「お?」

 それを見て、思い切り竿を上に引くと、凄まじい力で下に引っ張られた。

「うおおお!?」

 昔釣りに行ったことはあるが、その時とは比べ物にならない強さだ。

「星奏さーん!」

「大丈夫か!?」

 星奏さんに腰を持ってもらい、何とか引きずられるのを耐える。

「異世界の魚って、こんなもんなんですか!?」

「いや、ここの魚にしてもここまで強くはない!」

 私と星奏さんはそのまま踏ん張っていると、段々と水面から黒い影が見え始めた。

「見えた! もうすぐじゃ!」

「うおおおおお!」

 精一杯リールを引いた。そしてついに、魚が上がった。

「いや……デカくない!?」

 その魚は凄まじく大きい。大きさは2〜3mほどあるだろうか?

「導華、ちょっち離れるのじゃ」

「星奏さん?」

 その魚を見た星奏さんは私の前に来て、何かを手に持った。

「『武器技能ブキスキル:固定コテイ』!」

 バチンと魚を鉄の棒のようなもので叩く。すると、ビチビチと動いていた魚の動きが止まった。

「……あら?」

「これがワシのスキルじゃ。作ったものにスキルをつけることができる。今回の固定は、動いているものを1分間だけ停止させることができる」

「へぇ〜。すごい……」

「まあ、クールタイムは1日あるし、使い勝手は良くないのじゃがな。さっさと紐で縛って持って帰ろう。今日は事務所でパーティじゃ!」

 そうして、紐でグルグル巻きになった魚を荷台に積んで、私と星奏さんはウキウキで事務所に帰るのだった。



「お〜、うまそ〜!」

 その日の夜。事務所の食卓では巨大魚の刺身や、味噌汁。焼き魚が並んだ。食卓には私と凛、玄武と星奏さん、影人くんにハチがいる。

「それじゃあ、食うか」

 一通り料理を並べると、玄武は手を合わせた。

「「「「「いただきます」」」」」

 全員が一斉に箸で料理を取り、口へと運ぶ。

「やっぱりレイは調理が上手いのぉ」

 刺身を食べた星奏さんは嬉しそうに笑う。

「美味しい!」

「ポ!」

 影人くんもハチと一緒にご満悦だ。

「うん、美味しい。流石、導華が釣った魚」

「そういうわけではないかもしれないけど……」

 凛は刺身をひたすら抜き食べていた。そんなに美味しいのだろうか。

「そうだ。後で導華ちょっと裏のグレーテさんにお裾分けしてきてくれ」

「ん? いいよ」

「導華、早く食べないとなくなる」

「ああ、うん。食べる食べる」

 まるで家族のように、私たちはご馳走を食べた。

「たまにはこんな風に豪華な料理も悪くないな」

 玄武は笑って、味噌汁を飲んだ。



「ピンポーン」

 少しして、私はグレーテさんの家に来ていた。グレーテさんの家はマンションの13階。夜風が涼しい。

「は〜い」

 ガチャリと扉が開き、中からグレーテさんが出てきた。

「あの、お裾分け……」

「あら! 来てくれたの!? 嬉しい!」

 タッパーの刺身をガン無視して、私を抱きしめるグレーテさん。いい匂いがする。

「ちょ、苦し……」

「ご、ごめんなさい!」

 パッと離し、心配そうな顔をするグレーテさん。私はタッパーが開いていないのを確認した。

「これ、作りすぎたそうなので」

 私はさっさとタッパーを渡しておくことにした。また何かの愛情表現で遅延されるのはごめんだったからだ。

「あら、ありがとう! ちょっと冷蔵庫に入れてくるわね!」

 グレーテさんは嬉しそうにそれを受け取り、冷蔵庫に入れに行った。

「それでは私は……」

「もういっちゃうの? 少しでいいから、上がっていって!」

「いや、その……」

「ほらほら!」

「あ〜……」

 行こうとしたが、左の袖を掴まれて、ズリズリとグレーテさんの部屋の中に引きずり込まれた。

「いらっしゃい!」

 部屋の中は、ベージュを基調にしたおしゃれな部屋で、ソファにいる灰色のテディベアがクリクリとした目で見ている。可愛い。

「座って! ほら、抱っこして!」

 言われるがままソファに座らされて、先程のテディベアを抱っこする。

「や〜! かわいー!」

 そんな私をバシバシ写真に撮る。すごく恥ずかしい。

「あの……そろそろ……」

 10数分ほど写真を撮られ続けて、耐えられなくなった私は、グレーテさんに白旗をあげる。

「あら、そうだったわ。お洋服も変えないいけなかったわ」

「え、あの、そういうことじゃ……」

「大丈夫よ! 私、お洋服はいっぱい持ってるから! ね!」

「……ハァ」

 そうして、そこから2時間ほど私は写真を撮られるのだった。



「やっと……帰ってきた……」

 ヘロヘロになった私は、やっとの思いで事務所に戻ってきた。

「おかえりなさいませ。導華さん」

「ただいまです……」

 クタクタの状態でソファに倒れ込んで、レイさんと話す。

「そういえば、星奏さんが『今日はありがとう』と」

 どうやら、星奏さんは律儀に伝言を頼んでいたようだ。流石は星奏さんだ。どこぞの発明バカとは違う。

「お疲れのようでしたら、お早めにお風呂に行かれてはどうですか?」

「そうします……」

 私はさっさと風呂に入るために、自室に戻ろうとする。しかし、なぜか二階がうるさい。

「どうしたんだろ?」

 気になって階段を登ると、音の発生元は私の部屋にようだ。

「何やってんの〜……」

 中に入ると、異様な光景が広がっていた。

「てめ、この! 導華になにする気だったか言え!」

「あなたこそ、何であんなところにいるんですか!」

 凛が忍者の格好をした奇妙な女に馬に乗りになり、体をガスガスゆすっていた。

「あ! 導華!」

「あなたが田切 導華ですね!? お命頂戴……」

「させるかぁ!」

「ぐえ! 襟を引っ張らないでください!」

「何これ……」

 絶句した私だったが、ひとまず凛を静止させて、何とかその場を鎮めるのだった。



 遡ること数時間前。私がグレーテさんに料理を持っていった頃の出来事である。

「……ついに見つけた」

 凛はあるところにいた。

「ちょっと埃っぽいけど、ガスマスクをすれば何とかなる」

 そこはうちの屋根裏。そこからは全ての部屋を見ることができ、凛はそれにいち早く気がついた。

「まさか、こんな場所があるだなんて」

 しかし、入り方がわからなかった。だが、ついに自分の部屋から入れることを発見し、そこに氷の梯子を掛けて上がった。

「暗い……」

 上がったはいいものの、中がすごく暗い。これでは目的のものが見られない。

「……光魔法使うか」

 これぐらいなら大丈夫だろうと思った凛は、こっそりと光魔法を使う。

「『ライト』」

 屋根裏が明るくなる。

「……ん?」

 すると、私の部屋を覗く影を見つけたそうだ。

「ここなら……」

「変態発見!」

「んな!?」

 そうして、そいつをとっ捕まえて、屋根裏から引き摺り下ろし、先程に至るのだそうだ。



「……変態が変態を捕ってきたわけか」

「「誰が変態だ!」」

 頭が痛い。何でこんなことになるのか。

「え〜、判決を発表します。ひとまず、凛は屋根裏出禁」

「んな!? 殺生な!」

「そんな変態じみた……というか、ガチの変態の覗きをするんじゃないよ。覗くならもっと」

「堂々としろってこと!?」

「……そもそも覗かないでください」

 まず、凛の問題は片付いた。問題はこっちだ。

「んで、君は誰?」

 私はもう一人の変態を見た。彼女は長髪金髪に忍者服。見た目は大体中学生くらいに見える。

「親御さんに連絡しようか?」

「ちゃんと成人してます!」

 彼女は食い気味に反論してきた。

「それじゃあ、誰なの君?」

「……バレては仕方ありません」

 彼女はスクッと立ち上がった。

「私はコードネーム月花! 月を愛し、月夜に殺しを行う、殺し屋忍者です!」

 決まったとでも言いたげな決めポーズ。それに加え、キメ顔まで。何でこうも私の周りには変な人が集まるのだろうか。

「えーと、殺し屋さんが何の御用ですか?」

「殺し屋は秘密主義なのです! あなたの命を奪えと依頼が入ったなんて口が裂けても言いません!」

「……私に殺しの依頼?」

「なぜバレた!?」

 バカだ。彼女はきっと天性のバカなのだ。

「依頼主は?」

「言いません」

「依頼主は!?」

「言いません!」

「……しょうがない。凛、その子の手足押さえて」

「了解」

「な、何するんですか!?」

 私は凛に月花を氷で大の字に固定させた。

「さて……」

「なっ、解剖でもするんですか!? 殺し屋たるもの、任務中に死ねるなら本望……。やっぱり嫌です〜!」

 すると、月花は泣き出してしまった。

「大丈夫。殺さないから。くすぐるだけ」

「……へ?」

 私は間髪入れずに、月花の体の隅々をこしょぐり始めた。

「アハハハハ! やめてください!」

「依頼主を言うまではやめないよ」

「それは嫌です! アハハハハ!」

「なら、速度を上げるまで」

「ちょ、やめ! アハハハハ! 言います! 言いますから!」

 彼女のギブアップ宣言を聞いて、私は手を止めた。

「それで、誰なの?」

 彼女はしばらくゼーゼーした後に、こう言った。



「ひ、秘密結社Under groundです……」



「……なるほどね」

 私は、その秘密結社には借りがあるのだ。

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