第48話 ease/楽にする

「『毒槍ドクヤリ』!」

 クレアラは、注射針を持つと、先端から大量の毒を出した。すると、それらは形を変えて、まるで槍のようになった。

「『アイス:ウォール』!」

 雨のように降り注いでくるそれを、大きな氷の円盤で防ぐ。

「シュー……」

 しかし、氷に落ちると、その部分の氷が溶けて、薄くなる。周りを見れば、床に落ちた部分にも穴がある。

「溶けた!?」

「ふふふ……私の毒は強力ですよ〜?」

 クレアラの言う通り、その毒は次々に穴を作っていく。

 しかし、氷はギリギリのところで槍を全て受け止めた。

「よっし……」

 攻撃の手がやんだ時を狙い、こちらも攻撃に移る。

「『アイス:アイシクル』!」

 数十本の氷柱が、クレアラに向かって放たれる。

「『毒繭ドクマユ』!」

 クレアラは体を覆うように、丸い毒のバリアを生み出した。それは飛んできた氷を全て溶かして守り切る。

「まだまだ……ですね〜」

 毒のバリアを解除して、クレアラはニヤリと笑う。

「あんまり毒を使うと、ここが溶けちゃいますよ?」

「いいんです〜。そのためのお部屋なので」

「そのための部屋?」

「ええ。ここは壊すためにあるお部屋なんですよ〜」

 彼女の笑みにはどこか闇が見えた。



「そうだ。戦う前に一つお願いがあるんだ」

「お願い?」

「ああ。ここの機材はあまり壊したくないんだ。だから、別室に行ってほしいんだ」

 そして、スージーは左側のドアを指差した。

「これから戦い相手の言うことを、信じると思います?」

「いや、そうは思っていない。だが、信じてほしい。私ができることなら、先を歩くことだってするから」

 ほいと信じるのはどうかと思うが、私にはこの人が嘘を言っているようには見えないかった。

「……わかりました」

 そのため、これに同意した。

「ありがとう。協力に感謝するよ」

 そして、私はスージーに続いて歩き出した。



 スージーはドアを開けて、中に入った。それに続いて入ると、中は最初の部屋のように何もない部屋だった。

「この研究所にはこんなふうにという部屋が何部屋かあるんだ」

「どうしてですか?」

「それは……戦いが終わったら教えてあげよう」

 そう言って、スージーは私と5mほど離れたところに立った。

「何事も公平に始めよう」

 その言葉で、私たちの戦いは始まった。



「『一点ア・ポイント』!」

 一本のナイフがこちらに飛んでくる。

「そこまでの速さは……ない!」

 避けることもできたが、少し速い程度。体力を消費することを考えて、切る方が良さそうだ。

 そして、私は飛んできたそれを真っ二つに切った。

「ブスッ」

「なっ!」

 しかし、勢いを殺したはずのナイフは片方が地面に落ち、もう片方は私の肩に刺さった。

(傷は浅い……。大丈夫だけど、問題はそこじゃない。なんでこっちは当たったんだ?)

 肩のナイフを抜き、床に投げ捨てる。

(私は今、どう考えてもナイフの勢いを殺したはず……)

 現に片割れの方のナイフはすでに地面に落下している。

(一体どんなスキルなんだ?)

 とにかく、今度は避ける選択肢を取ることにする。

「さあ、まだまだ始まったばかりだよ!」

 そう言いながら、右手左手それぞれからナイフを3本ずつ放つ。

「『雷刃』!」

 速度を上げて、ナイフを避けようと試みる。

「ほお、速いねぇ!」

 しかし、ナイフは私の動きを追うように飛んでくる。

「追尾してる!?」

 ナイフはまるで生きているかのように私を追いかけてきた。その軌跡からは銀色の魔力が漏れ出している。

「さあ、どうする!」

 恍惚とした笑みを浮かべて、スージーは私を見て笑った。

(このまま逃げ続けてても、埒が開かない!)

「……だったら」

 そして、私はある秘策に出た。

「『風刃』!」

 無数に放たれた風の刃。その中でナイフは揺れ動く。

「無駄さ! どれだけ動かそうとも、結局は君の元へ飛んでくる!」

 しかし、私の狙いはそこではない。

「……しめた!」

 その瞬間に風刃を解除する。それにより、ナイフは元の軌道を取り戻し、私に当たった。

「カラン、カラン……」

「……あれ?」

 スージーは不思議そうな顔を浮かべた。それもそのはず。ナイフが全て、私に刺さらずに床に落ちたからだ。

「ど、どうして……」

 すると、スージーは目を見開いた。

「なるほど」

「気づきました?」

「こんな神技、初めて見たよ」

 床に転がったナイフ。それを見ると、刃がないのだ。そして、その刃はそこらに散らばっている。

「先ほどの風の刃……。あれは軌道を変えるのではなく、ナイフの刃を全て切り落とすため! ククク……面白いじゃないか!」

 白衣を振り乱し、愉快そうにスージーは天を見て笑った。

「お褒めに預かり光栄です」

 再び刀を構え直し、体勢を整えた。

「では、次の実験に移ろうじゃないか!」

 研究者の探究心は、止まるところを知らないようだ。



「『毒牙ドクガ』!」

 続いてクレアラが出してきたのは、毒でできた蛇。それが床を這ってこちらにやってくる。

「くっ、『アイス:ブリザード』!」

 毒も液体。凍らせようと蛇に向かって冷気を浴びせる。

「シャー!」

 しかし、効果は薄めだ。

「だったら……」

 私はノートパソコンを開いて、即座に画面を切り替えた。

「『アイス:バーン』!」

 凍らせた床を反応させ、そこから大量の氷塊を突き上がらせる。

「ギ!」

 すると、流石に蛇も動きを止めて、凍った。

「……今のは、効いたみたいだね」

 しかし、このまま守りっぱなしでは勝てるはずがない。

「毒牙を止めても、あなたに有効打がないのは変わりませんよ〜?」

 それはクレアラの言う通りだった。

「……そろそろ、出番かな」

 私は、ポケットから水色の宝玉を取り出した。



「どうも、こんにちはなの!」

「こ、こんにちは……」

 それは遡りこと1週間ほど前。私は一人でらんまという研究家の下に呼び出されていた。

「なんで呼び出したんですか?」

 私とらんまは接点が薄い。しかし、なぜか突然導華経由で呼び出されたのだ。

「今日は、凛にプレゼントがあるの!」

「プレゼント?」

 そう言って、彼女は綺麗な水色の水晶によく似た何かを手渡した。大きさは手のひらほどだ。

「……なんですかこれ?」

「それは、宝玉なの!」

「宝玉?」

「正確には、魔法石というの!」

 らんまが言うことには、以前戦ったあのロボットたちに埋め込まれていたものらしく、これが魔法の源になっているらしい。

「それで、なんでそんなものを?」

「これは、元は石の心臓の0番に入れる予定だったものなの。でも、全然見つからなくて、それで導華に聞いたら、凛にあげたらいいんじゃないかって」

「そんな軽いノリで……」

 一応、その魔法石とやらを手に取ってみる。

「少し冷たい?」

 ひんやりとしたその球は、不思議な光を放っていた。

「削る前だから、力も強いし、漏れ出してるみたいなの。それには、冷気の力が入っているの!」

 なるほど。だから、導華は私にこれを渡せと言ったのか。

「まあとにかく、有効活用してなの!」

 そうして、半ば強制的に押し付けられたのだった。



「ずっと持っててわかったけど、多分この球があれば、もっと色々できる」

 いわば私の隠し球。もう使うことになるとは思ってもいなかった。

「だけど、今が使いどころでしょ!」

 この球はおそらく、研究していけばもっと他に使い道があるだろう。だが、今はこの使い方でいい。そう思うのだ。

「『アイス:スタッフ』!」

「あら〜?」

 魔法石を起点に、大量の冷気が発生する。そして、それらは長く氷柱のような形になっていき、魔法石を包み込んだ。

「おお……」

 最終的には魔法石を先端につけた、大きな氷の魔法杖が出来上がった。大きさは約2m。少し重たい。

「これぞロマン……」

 最近はこのような杖ではなく、軽量化された小さな杖が主流になっている。というか、最近はなんなら杖を使わないなんてこともザラにある。

「ふっふっふ……」

「あら〜、パワーアップしちゃいましたか〜?」

「今からあなたを、氷漬けにしてみせましょう!」

 これで気分は大魔法使い!……というものだ。



「だったら、早めに片付けましょうね〜」

 クレアラは注射針を高くあげて、先端をこちらに向けた。

「『以毒制毒イドクセイドク』!」

 それはまさに、毒の真骨頂。打ち上げられて、跳ね返り、当たったもの全てを溶かしていく。

「この狭い空間なら、もうおしまいですね〜」

 数十もの毒の玉が私に向かってやってくる。

「……終わりじゃないんだなぁ〜。これが」

 その瞬間、ピキンと音を立てて、その空間にあった毒が全て凍りついた。

「あら〜?」

 クレアラは辺りを見回した。今まで飛び跳ねていた毒は全て凍りつき、その場は氷に包まれた。幻想的で、白く冷たい。

「『アイス・イン・ワンダーランド』……。おしゃれでしょ?」

 その正体は、私の魔法「アイス・イン・ワンダーランド」だった。

「この魔法は、指定の空間内の液体を凍らせる、私の奥義。今まで反動が大きくて、使えなかったけど、杖がある今ならできる!」

 こうなってしまっては、液体と氷のどちらが強いのか、バカでもわかる。

「あらら〜、私の負けみたいですね〜」

 クレアラは両手を挙げて、自分の敗北を悟った。



「さて……ここからどうしたものか」

 ひとまず氷で拘束をして、魔法を解き、部屋を元に戻した。

「導華の方に行ってみようかな」

「いや、その必要はないと思いますよ〜」

「……なんで?」

 その時、導華が行ったドアから担がれて出てきた人影と、それをおぶる導華が出てきた。

「導華!……と誰?」

「私と戦ってたスージーって博士。いざ再戦って時に、腰がグキって……」

「あはは……。運動不足が祟ったようだ」

 スージーは苦笑いをしながら、導華の背中の上に乗っていた。



「導華、こっからどうする?」

「どうしようかね〜」

 ひとまず氷で二人とも拘束をして、二人で考える。

「……そういえば、玄武はどうなったんだろ?」

「確かに」

 よく考えてみると、玄武が一向に来ない。

「食べられたかな?」

 きっとあの大きさの猛獣を相手にしたんだのだ。そう私は思った。

「……あれ、連絡きてる」

 そんな時、凛がスマフォを見て言った。

「なんて?」

「『先帰る お前らもはよ帰れ』……だって」

「なんかあったのかな?」

 すると、スージーたちは顔を見合わせた。

「あー、多分あの部屋を見たんじゃないかな?」

「あの部屋?」

「案内したいんだけど……」

 そう言われて、少し二人で考えた後拘束を一部解くことにした。

「腕輪はつけときますよ」

「これで十分さ」

 そして、私たちは二人の後に続いて歩き出した。



「……そもそも、二人はここがどんな施設か知っているのかい?」

 歩いていると、スージーが私たちに聞いた。

「いえ、全く……」

「ふむ。では先にその説明が必要だね」

 コツコツと廊下に歩く音が響く。

「君たちはおそらく守護者だろう? だったら、一度くらい化ケ物を倒したことがあるんじゃないかい?」

「もちろんありますけど……」

「それじゃあ、君たちにとっては苦しい場所かもしれないね」

「?」

「君たちは、あの化ケ物たちがどこに運ばれるのか知っているかい?」

「確か……研究センターでしたっけ?」

「正解だ。そこは、いわば化ケ物の生態を調査するための場所さ」

「それは知ってます」

「では聞こう。君たちはなぜあの施設が、ほとんど全ての化ケ物を回収するんだと思う?」

「え、それは生態を……」

「知っているものを研究しても意味がないだろう?」

「……確かに」

「正解はだね、違う研究に使うのさ」

「違う研究?」

 すると、スージーはあるドアの前で立ち止まった。

「この赤黒いドアの先には、地獄が広がっている。しかし、これが真実で、世界の裏側だ。どうか目を背けずに見てほしい。研究とは、恐ろしいものなんだ」

 彼女の顔は見えない。しかし、その背中から、この先の恐ろしさが伝わる。

「……覚悟は、決まったかい?」

「……はい」

 ギギギと重いドアが開き、私たちは中に入った。



「ギエエエエエエ!!!」

「ゲヤアアアア!!!」

「ジャオオオオオ!!!」

 そこは阿鼻叫喚。言葉にするのも恐ろしい光景が広がっていた。

「電気をつけよう」

 そして、電気がつくと、部屋の全貌が明らかになる。

「うぉえ……」

 凛は吐いてしまったようだ。無理もない。今目の前には、ありえない様に体に頭がついた怪物、奇声を上げる異形、その類のものが、一色単にまとめられていたのだ。

「これは……」

「君は平気なのかい?」

「ええ、まあ……」

「ここはね、いわば失敗作の集まりなのさ」

「失敗作……」

 そう言いながら、私たちは奥へと進んでいく。

「今政府は、この国を守るための化ケ物というものを開発している。その一環として作られたのが、この『ツギハギ』たちさ。死んだはずの生物の魂を、少しずつ集めて、体もくっつけて、トライアンドエラーと称して、いとも簡単にえげつない行為が行われていく」

 見てみれば、ツギハギたちは暴れているが、全員瞳に光がない。まさにゾンビ。

「そして、私たちはここの管理を任されている……というか、趣味でやっている」

「趣味で?」

「……ここからは関係ない話だ。まあ、とにかく私たちはツギハギの世話をしている」

 そして、私たちはこの施設の最奥にやってきた。

「ごらん。ベッドが見えるだろう?」

 そこには、紫色で花柄の可愛らしいベッドが一個置かれていた。

「かつて、ここはオークニー研究所と言って、ある研究をしていた。それが、死者蘇生実験だ」

「そんなことができるんです?」

「まあ、見ての通り計画は頓挫。今ではここは廃墟さ」

 ベッドを優しく触り、座った。

「私はね、とある研究をしているんだ」

 すると、博士はポケットを指差し、何か紙を私に見せた。

「魔法解除薬。この世の魔法・スキルを全て無力化する薬品さ。この薬品の試作品があのスライムたちなんだ」

「でも、なんでそんなものを?」

「それがあればね、あのツギハギたちを解放してあげられるんだ」

 そう言って、彼女は天を見上げた。

「全てを楽にしてあげたい。人間のエゴで生まれたこの子たちを、最後くらいは優しく見送ってあげたい。ただそれだけの、エゴさ」



 そして、彼女は立ち上がった。

「さて、スライムも十分データが取れただろうし、街に放つのはもうやめよう。効果は出たみたいだしね」

 確かに以前水道管を壊した時も、水道管に強力な結界が張ってあると言っていた。それを破壊できたのなら、十分効果は発揮できている。

「……そうだ。一つお願いをしてもいいかい?」

「……今度はなんですか?」

「私たちは、ここをまだ守っていかないといけない。だから、見逃して欲しいんだ」

「こっち側にメリットが見えませんけど?」

「あるさ、私に資金援助をした、魔法無効化を悪用しようとしている組織の名前を教えてあげよう」

 そう言って、スージーはニカってとした。

「……もう悪さはしませんか?」

「しないしない! 神に誓うよ」

「……はあ、いいですよ」

「さっすが〜、話がわかるねぇ!」

 彼女は笑った。

「そうだ。交換条件を果たさないとね」

 そして、彼女はこう言った。



「秘密結社Under ground。これが奴らの名前さ」



 これまた、厄介なことが始まりそうだ。

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