第47話 coalesce/合体

「やっぱり暗い……」

 手に持った懐中電灯で辺りを見る。すぐ近くでは下水が流れており、床もべちゃべちゃと湿っている。

「でも、匂いはほぼしないね」

 幸いなことに、魔法の効果で匂いはほぼない。

「これならまだ歩けるね」

 少しのベタつきを足で感じ取りながら、奥へと進んでいく。

「一応、慶次さんが言うにはこの奥に犯人がいるらしい。気をつけて歩けよ。何かトラップがあるかもしれない」

「了解」

 ごくりと唾を飲み、恐る恐る歩いてゆく。

「……ん?」

 そんな時、ある影を目にする。

「あれって……」

 私が見つけたのは、あの時の紫色のスライムだった。そしてそれが、大量に壁の穴から出てきていた。

「ここから出てきてたのか……」

 もしかしたら、以前水道管を溶かしたのも、こうして出てきたスライムの仕業かもしれない。

「しかし、これでここが何らかの関係がある場所だって確定したな」

 玄武の言う通り、ここに何かがあるのは間違いなさそうだ。

「とりあえず、あのスライムどうする?」

 しかし、ここで問題となったのが、スライムだった。奴らはちょうど道を塞ぐように出てきていた。

「困ったな……」

「また刀で吸う?」

「……いけるか?」

 前は大きいのが一匹で済んだが、今回は小さいのが大量にいる。そのため、キリがない。一匹を倒している間に他のやつに倒される……ってなことが起こる可能性が高い。

「それに今は頭に凛がいるし……」

 凛がいるものだから、下手に動けない。

「いっそ、バレないようにこっそりいくか」

「いける?」

「やってみるか」

 そして、私と玄武は足音をできるだけ出さないようにこっそりと歩いた。

「……行けそう?」

 スライムたちは気づいていない。このまま順調に行けば、突破できそうだ。

「……ぺちゃ」

「あ」

 しかし、そんな甘い幻想はすぐに砕けた。玄武が足音を立てたのだ。

「むきゅ?」

 すると、即座に大量のスライムが反応する。

「ヤッベ」

「うん、逃げよう」

 そうして、私たちは大量のスライムに追いかけられることになった。



 ここはある研究室。そこである薬品の研究をしていた博士の元に、ナース服の助手が飛び込んできた。

「博士〜」

「どうした?」

「どうやら、侵入者がやってきたみたいです〜」

「今度はネズミではないのかい?」

「ちゃんと人です〜」

 そう言いながら、助手はタブレットに映る導華達を見せた。

「ふむ……困ったね」

「どうしますか、博士」

 今回の研究は大口からの研究で、止めるわけにはいかない。博士はそう考えて、ある決断を下す。

「しょうがない……を使ってくれ」

「承知しました♡」

 助手は上機嫌で、壁にかけてある鍵を持っていった。


「あ! 扉!」

 走っていると、少し先に扉が見えてきた。

「よっし、あれに入るぞ!」

 スライムがぺちゃぺちゃと走ってくる音を背に、私たちはドアの中に飛び込み、決死の思いで閉めた。

「あっぶねぇ……」

 危なく追いつかれるところだったと冷や汗をかきながら、一旦息をつく。

「ここは……」

 懐中電灯を動かしながら、辺りを見回す。

 メスやノコギリ、手術台といった品々が置いてある。しかし、その全てが古びている。

「おそらく……どこかの研究所の跡地だな」

「みたいだね」

 そして、そのままそこを探索していくと、あるものに目が入った。

「……ここの床、タイルの種類が違う……」

 タイル張りの床のたった一つのタイル。汚れていて見づらいが、それだけが他のタイルと違う。

「でかした。こういうのは大抵……」

 玄武がかがみ、タイルの間に指を入れると……。

「パカっ」

「ほら開いた」

「お〜」

 そのタイルが取れて、比較的新しい人が一人通れそうな穴が出現した。



「それじゃあ、行こうか」

 まず玄武が入り、続いて私が入る。頭にいる凛が壁にぶつからないように細心の注意をはらう。

「着いた……」

 そこはまた似たようなタイル張りの暗い部屋だった。しかし、先ほどと違い、中に物はない。

「何もない……」

 その時だった。

「ズン!」

「何!?」

 何かが壁の方から歩いてきた。そして、それと同時にその施設の電気がついた。

「グオオオオオオ!!!!!」

「なっ、化ケ物!?」

 そこには化ケ物がいた。しかし、何か違和感がある。

「頭はライオン、体は熊、背中に翼、オマケに尻尾は……アナコンダ?」

「何だありゃ……」

 玄武も見たことがないような異形がそこにいた。一言で表すならそう、キメラだ。体のあちこちに糸で縫った痕跡がある。

「ど、どうする!?」

「いや、見ろ」

 そう言うと、玄武はキメラのいる奥を指差した。

「あそこに扉がある。しかも、あそこからはやばそうな気配は察知できない。つまり、あの奥にあれみたいな化ケ物はいない」

 そう言って、玄武は懐から銃を取り出した。

「だから、お前らはあっちに行け。ここは俺が足止めをする」

「大丈夫なの?」

「大丈夫だ。俺は何たって、玄武団の団長だからな」

 そして、玄武はキメラに向かって、1発弾丸を撃ち込んだ。

「さあ、化ケ物! 俺が相手じゃい!」

 キメラは玄武をターゲットに決めたらしい。

「玄武……頼んだよ!」

「おうよ!」

 私は扉へと入った。



 扉の中は、先ほどとは違い、緑色の液体が入ったポットが置いてある場所になっていた。

「でも、さっきよりも綺麗……」

 その場所は今までの場所とは違い、綺麗に掃除されており、黒と白を基調とした部屋になっていた。

「あら、もう来ちゃいましたか〜?」

 そんな時、私の目の前に人影を見つけた。

「というか……もしかして、田切さんですか?」

 その人影が少し前に出てくると、その影がナース服を着ているのがわかった。

「……どなたですか?」

 私はその人に覚えがない。しかも、なぜ私の名前を知っているのだろうか?

「覚えてないですか〜? ほら、田切さんがゴリラの化ケ物と戦った時に、入院した病院の……」

「あ〜……あー! あの時の看護師さん!?」

「そうです〜! 思い出してくれました〜?」

 なんと、そこにいたのはいつの日か入院した時によく話しかけてくれた看護師さんだった。



「色々違いますから、わかんないですよね〜」

「ええ、わかんなかったです。すみません」

 今目の前にいる看護師さんは、髪が黒っぽい紫で、私があった時は茶髪。何があったのだろうか。

「私、あそこで働いてるんですけど、普段は目立たないようにウィッグを被ってるんです〜」

「なるほど、そういうことだったんですか……」

 まさか、こんなところで看護師さんと会うとは思っていなかった。

「……というか、何で看護師さんがここにいるんですか?」

「あら? それはこちらのセリフですよ。何で博士の研究室にいるんですか〜?」

「博士?」

 そう首を傾げると、看護師さんは笑った。

「知らなかったのですか〜? ここはオークニー研究所。昔はさまざまな研究者が集い、秘密裏に研究を進めていた場所です〜」

「そうなんですか」

「はい〜。それで、田切さんの要件はおそらく、スライムの出所調査ですよね〜? であればここであってます〜。スライムは、博士が研究の一環で作ったものに間違いありません〜」

「では、その博士に会いたいんですが……」

「それは無理ですね〜。博士は今、面会謝絶です〜」

 そう言って、看護師さんは背後の扉を指差した。

「そうですか」

「でも、どうしてもというなら……」

 そう言って、看護師さんはどこからか1mほどある大きな注射を取り出した。

「私こと、博士の助手であるクレアラ・コードを、倒して行ってください〜」

 そして、看護師さん改めて、クレアラはふふっと笑った。



「……その勝負、私が請け負った」

 その時、私の頭の上から声がした。

「あ、凛」

 すっかり忘れていた凛が、顔を上げていた。

「よいしょっと」

 凛は地面に降りて、クレアラの方に行った。

「あら〜、人間だったんですね〜」

 クレアラさんも驚いている。

「ふふふ……私こそ導華の隠し球」

 いつからそうなった。

「そうなんですね〜」

 信じられてしまった。恥ずかしい。

「導華は先に行って。私が足止めをする」

 そして、凛はいつもの赤いマフラーにパソコンを持った。

「……わかった。ありがとう」

「……それとさ」

「どうしたの?」

 走っていた私はくるりと振り返り、凛の方を見た。

「帰ったら、ご・ほ・う・び……期待してるね♡」

 私は無言で走った。



「あら〜♡ 田切さんもうそんなお相手がいただなんて〜♡」

 クレアラは導華が去った後に、私の方をニヤニヤと見た。

「私は昨日、夜通し導華に色々教えてもらって♡」

 今でも、昨夜を思い出すと、火照りが止まらない。

「あら〜♡ 田切さん、大胆ですね〜♡」

 ここだけ切り抜いたら、とてもこれから戦いが始まるとは思えない。

「私もこれが終わったら、ご褒美をもらえるんです〜♡」

「なら、お互い負けられませんね!」

「はい〜!」

 互いに愛するものを持つ同士。負けられない戦いがここにはあった。



「……あれどうしようかな」

 若干の冷や汗をかきながら、私は部屋の中に入った。

「中は……」

 こちらは先ほどと大きく違い、モニターやフラスコが多くある場所だった。しかも、部屋の中心にはカプセル型のベッドがあった。

「なんだここ……」

「ここは、私の研究室さ」

 その時、先ほどと同じように、私の前から声が聞こえた。

「やあ、初めましてだね。いらっしゃい」

 そしてやってきたのは、短めの茶髪に、長袖の白衣を着た緑の目の女性だった。

「私の名前はスージー・ヴィクトール。ここで研究院をしている。と言っても、私以外はもうクレアラしかいないがね」

 そう言いながら、彼女は笑った。

「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「あなたとクレアラさんはどういう関係なんですか?」

 先ほど聞こえた会話からは、明らかに普通の関係ではないことがわかった。

「ああ……。主従関係兼助手と博士関係兼友人関係兼肉体関係だよ」

「え、ちょ、多くないですか?」

「そうだね。まあ、私たちはこんがらがった関係なのさ」

 そう言って、スージーはクククと笑った。

「あの……。最後に肉体関係って聞こえたんですけど……」

「ああ、そうだよ? 私とクレアラは肉体関係にある」

「アッ、ソウナンデスネ」

「最低でも週に一回、多い時は5回。大体深夜0時ごろから朝4時ごろまでお盛んさ」

「そんなに詳細に言わなくていいです」

「ん? そうかい」

 そう言って、スージーは白衣を着直した。

「さて……本題に入ろうか。まず君はスライムの件で来たのだろう?」

「はい、そうです」

「だがね、申し訳ないんだがあれを止めるのは無理なんだ。今はあれでデータを取っているからさ」

 すると、スージーはディスプレイの方を向いた。

「私は独自でこの研究を細々と続けていた。しかし、最近ある団体から声がかかってね。研究成果を渡す代わりに、大量の資金をもらう契約を交わしたんだ」

 彼女はただディスプレイを見続けていた。

「私はこの研究で偉業や、金が欲しいわけじゃない。これはただの、贖罪なのさ」

 部屋を静寂が包んだ。

「……しんみりとしてしまったね。つまり、私の言いたいことは、君が何と言おうと、私は研究を止める気はないってことさ」

 そして、彼女は振り返り、机の上のカップに口をつけた。

「……なら、申し訳ありませんが、無理矢理にでも止めさせてもらいます」

「ふむ。どうやらわかってもらえなかったみたいだね。残念だ」

 スージーはメスのような刃物を懐から取り出した。

「私は熱意を持って研究に臨んでいる。それを今、君に示そう!」」

「望むところです!」

 私は刀を抜き、構えた。



「グオオオオオオ!!!!!」

「あらよっと!」

 玄武はキメラを飛び越えて、銃弾を次々にぶつけていく。

「やっぱり、そんなに強くはないな」

 突進ばかりで動きが単調。翼はあるが、飛行高度はそんなに高くはない。

「一体こいつは何者なんだ?」

 そもそも、玄武は疑問を抱いていた。なぜこんなところにこんなに大きな動物がいるのか。

「ツギハギだし……。まだまだわからないことだらけだな」

 この動物はまだ何かに使えると感じた玄武は、使う弾と銃を変更した。

「さて……そろそろ終わりにしようか」

 玄武はキメラから距離をとり、新しく取り出したライフルを構えた。

「おやすみ、だ」

 バキュンという音すらも小さなその銃は、綺麗な銃弾の軌跡を残し、怪物へと当たった。

「ウグウウウウ……」

 苦しんでいたキメラだったが、やがてふらつきだしついに眠った。

「よし。ミッションコンプリート」

 グウグウと眠るキメラに近づき、その体をまじまじと見た。

「首元、尻尾、羽の付け根……。それぞれに何か魔法が使われている……」

 それらの部分には糸のようなもので縫い付けられた跡があり、明らかに自然なものではなかった。

「やっぱりこいつは、タダの化ケ物じゃねぇな」

 ふと、そんな時に玄武にある疑問が浮かんだ。

「……そもそもこいつは本当に生き物なのか?」

 すると、玄武はその化ケ物の体を触った。

「冷たい……」

 その体は冷たく、明らかに生き物のそれではない。

「機械でもない……。柔らかすぎる」

 静かに佇み、思考を巡らせる。

「生きてもいない……。機械でもない……」

 その瞬間、玄武は一つ恐ろしい結論に辿り着いた。



「こいつは……俺たちが倒した奴らなんじゃないのか」



 自分たちは化ケ物を倒し、その死体を全て研究所に送っていた。しかし、その後を知らない。

「じゃあなんで動いてんだ?」

 次々と疑問が湧く。しかし、その疑問の多くは、自分たちが殺した化ケ物たちだとすると、辻褄が合う。

 例えば、なぜこんなところにいるのか。

「……それは、世には出せないから」

 なぜ死体を集めていたのか。

「研究と称して、これを作るため」

 なぜ、冷たいのか。

「死んでいるから……」

 玄武は初めて、狂気というものを感じた。

「まだ確信はない。だけれど、これが真実だと、俺の中でそう言ってる」

 玄武は、導華たちが行ったドアの他に、もう一つ、錆びた赤黒いドアを見つけた。

「……」

 静かに、ただ脱出はできるようにスキルの準備をしておく。

「……行こう」

 彼はそのドアを開けた。

「……!」

 そこには大量に先程のような生物がいて、同じように叫んでいた。それを包んでいる檻は、床は赤黒く、汚い。

「こりゃひでぇ……」

 そして、玄武は檻にある看板があるのを見つけた。そこには、読みづらい赤い文字でたった一言、こう書いてあった。



failed creative workしっぱいさく



 彼は吐いた。そして気づいた。ここは、人々が身勝手に作った生物を、身勝手に閉じ込めておく地獄だと。

 

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