第46話 naked/裸の

 最近、私は積極的になった。

 導華とのお風呂事件以来、私は導華へのアクションを頻繁に行うようになった。今だって、最近手に入れた導華の写真コレクションVol.26を整理しているところである。

 問題は私はなぜ積極的になったのかということ。

 それは数日前に遡る。



「なぁ、凛は好きな人とかいないのか?」

「ブッ!」

 思わず飲んでいたお茶を吹き出すところだった。

「な、何? 急に」

 学校の昼休み。私とアンとルリ、そして緒方さんはよく4人で弁当を食べている。その時もちょうど弁当を食べていた。

「いや、単純に気になっただけ」

「ふ、ふ〜ん」

 私が好きな人は、3人にも教えていない。

「私はいないかな〜……」

「……本当か?」

「ほ、本当だし!」

 そうやって、何とか誤魔化した。

「そ、そういうアンは好きな人いないの!?」

「いない! ギター一筋だ」

 そう言って、アンはギターケースをパンパンと軽く叩いた。

「緒方さんは?」

「いません」

「ルリは?」

「内緒です」

 そして、ルリは笑った。

「みんなそんなもんなんだな〜」

 アンはサンドイッチを食べながら言った。

「そういえば……」

 ルリが話を切り出した。

「みなさんは、もし好きな人がいたら、どうしますか?」

「どうするって?」

「たとえば……自分から告白するとか、何となく匂わせてみるとか……」

「あ〜、なるほどなぁ……」

 そういえば、そんなこと考えもしなかった。よく考えたら、導華は私のことを意識しているとは考えられない。

「私はアタックしますかね」

 緒方さんは涼しそうな顔でそう言った。

「まずは相手に自分のことを意識してもらわなければいけません。そのため、多少強引でも印象に残るような行動をします」

「ほぉ〜ん、理にかなってるな」

「ですが、そういう行動がどういうものなのか具体的にはわからないので、いざ実行するとなったら、何か漫画でも参考にしますかね」

 その後、彼女は緑茶を飲んだ。

「なるほどなぁ……」

 導華に猛アタックするなど、考えたこともなかった。

 だが、導華にはそれが必要な気がする。なぜなら、導華はこちら側の好意に気づきにくい気がするのだ。

「……やってみようかな」

 そして、私はその帰りに「日に触れる氷」を買ったのだった。



「うまくいかないなぁ……」

 その結果が今である。しかし、中々導華はガードが硬い。手を出してくれないのだ。

「というか、私がヘタレというか……」

 実のところ、先ほど導華を追い出したのは、途中で恥ずかしくなったからである。

「もうちょっと、私自身も強化しないと」

 そんなことを考えている間に、導華の写真コレクションVol.28が完成した。



「とりあえず、犯人探しは明後日から始める。だから、今日はそれまで準備でもしておいてくれ」

 玄武は機械いじりをしながら、そう答えた。

「俺もそれまでにやりたいことがあるしな」

「わかった」

 そして、私は準備をするために自室に戻った。

「さて……」

 正直なところ、今の私は任務をする心情ではなかった。

「凛、どうしちゃったんだろう……」

 以前の凛と違い、どこか私に執着しているような感じを醸し出している。

「このままでいいのやら……?」

 そう私は思い始めていた。このままいくと、お互いに良くない関係に発展する可能性が高い。

「……しょうがない」

 私だけではどうしようもない。そう思い、私はあるところに電話をかけた。



「それでワシが呼び出されたと……」

 午後8時ごろ。以前に打ち上げで来た居酒屋にて、私は星奏さんと二人きりで話し合っていた。

「はい……」

 カウンターに二人で座り、ガヤガヤとした店の雰囲気を背中で感じている。

「今日は私の奢りでいいので、アドバイスをお願いします」

「よしわかった。店長、生一杯鶏皮三つ」

「あいよ!」

 奢りという言葉を聞いた瞬間に、即座に注文をした。何という現金さだろうか。

「そうはいっても、ワシはろくな恋愛経験もないし、アドバイスはあまり期待するでないぞ?」

「それでいいです」

「は〜い、生と鶏皮三つ」

「どうもなのじゃ」

 私は現状をモチャモチャと鶏皮を食べる星奏さんに話してみた。

「なるほど……。んぐんぐ……。ぷはーーっ!

厄介そうじゃのぉ」

 酒まで飲んで、この人で大丈夫だっただろうか。

「でもまあ、そういう輩の対策なら記憶にあるのじゃ」

「本当ですか!?」

「簡単じゃよ」

 星奏さんは食べた鶏皮の串をこちらに向けた。

「こちらが優位に立てば良いのじゃ」

「優位に立つ?」

「成功するかはわからんが、凛はおそらくお主に対する感情が強い。じゃから、一度ときめかせてしまえば、混乱してあっち側が受け。そうなればあとは煮るなり焼くなり……ってところじゃな」

 そして、星奏さんは2本目の鶏皮を食べ始めた。



「でも……具体的に何をすればいいんですか?」

 そう言われても、どうやればときめくのかが全くわからない。私には知識がない。

「そうじゃのぉ……。たとえば、明るくなってみるとか……押し倒してみるとか……」

「無理です」

 それができたら苦労はしていない。私は思いっきりヘタレで受け体質だ。

「……そうじゃ!」

 そう言うと、星奏さんは店員に生を注文した。

「え? まだ生はありますけど……」

「違う違う。お主のじゃよ」

「……私お酒飲めませんよ?」

「いや、嘘じゃな。正確には飲むと面倒なことになるんじゃろ? 玄武から聞いた」

「あのヤロウ……」

 帰ったら容赦はしない。

「それより、お主のその性質は、ちょうど良い」

 ちょうど、そのタイミングで生が来た。

「どうもなのじゃ」

 すると、星奏さんは私の首を掴んで、もう片手で生を持った。

「え……何を……」

「ほら、飲むのじゃ。心配するな帰りは送ってやるのじゃ」

 口に入る大量の酒。そこで私の意識は無くなった。



「ふんふふんふふ〜ん」

 その夜、私は配信が終わった後、部屋でビサイ・ラスト先生の漫画を読んでいた。

「明日はこうしてみようかな……」

 そう思っていた矢先だった。

「いでぇ!」

 パチンという鋭い音と共に玄武の叫び声がした。

「な、何?」

 読んでいた漫画を閉じて、下へと向かう。

「玄武、どうしたの……」

 そんな私の目には、ほおが赤く腫れ、倒れた玄武と、その隣に佇む導華がいた。

「え、ちょ、は?」

 一瞬何が起きたのかわからなかった。しかし、数秒後私は全てを察した。

「酒クサッ!」

 部屋というか、導華から嗅いだことのないほどの酒の匂いがした。

「まさか……」

「へっへっへ……りぃん……」

 ニヤニヤしながら近寄ってくる導華。どうやら大量の酒を飲んだようだ。

「まっ、ちょ、ま!」

 そうして、私は一瞬にして導華には担がれた。



「ボフン!」

 担がれて、私は導華の部屋に運ばれた。そしてそのままベッドの上に落とされた。

「うへっへっへへ」

 一体何杯飲んだらこうなるのか。導華は目をぐるぐるさせて、私を押し倒した。

「み、導華! 近いよ……」

「近いって……。凛だってぇやってたじゃない〜。ほらほら、写真ざなくてリアルばよ〜?」

 そう言いながら、導華は顔を近づけた。

「ほら、白状しなさい! なんであんあことしてたの!」

「えっと……その……」

 あんあこと、もといあんなこととは、おそらく写真のことだろう。

「早く〜!」

「……その、導華に私のことを意識してもらいたいなって……」

「それで!?」

「だっ、だから、印象に残るようなことをしたら、意識してもらえないかな〜……って」

「甘い!」

「ふぇ!?」

 そう言って、導華は私の腰に手を回し、上半身だけを起き上がらせ、同時に起き上がった導華と至近距離で目を合わせた。

「私はほんなことしなくても、意識してゆ! 凛は可愛い! だから、さしんは貼らないでいい!」

 そう言いながら、導華は倒れそうに体を揺らしていた。

「可愛い……」

 それ以上に、私は導華がそんなことを思っているだなんて知らなかった。

「わかったら、返事!」

「え、あ、ふぁい!」

「よろひい!」

 すると、導華はそのまま私の方に倒れ込んだ。その衝撃に耐えられず、つられて私も倒れた。

「うわっ!」

「へっへっへへ……。わかったら、今日はおとにゃをおこらしぇたらどうなるかを教えてあげよう……」

 もう導華はほぼ舌が回っていない。その上、理性も働いていない。

「まっ、まって! 心の準備が……」

 止めようとしたがもう遅い。

「えりゃ〜!」

「あ、ああ、うあ!」

 私はその晩、一生忘れられない体験をした。



「……いてて」

 深夜2時ごろ。玄武は、事務所の床の上で目を覚ました。

「何で俺こんなところで寝てたんだ……?」

 困惑気味な玄武。しかし、即座に昨夜を思い出した。

「そうだ。俺確か導華に突然ビンタされて……」

 思い返してみると、発明をしていた自分の背後から、突然「制裁!」という声と共に、平手打ちが飛んできたのを思い出した。

「あいつどこ行きやがった!」

 そう考えた玄武は大急ぎで導華を探した。

「おい導華……」

 そう言って、導華の部屋の扉を開けた。そんな玄武に飛び込んできたのは、汗だく半裸で寝る凛と導華だった。

「……」

 それを見た玄武はスッと怒りが鎮まり、今度は違う感情が湧いてきた。

「おいおいおい……。職場恋愛かよ……」

 職場恋愛。しかも11歳差、加えてガールズラブ。もう玄武は頭を抱えるしかない。

「俺はどうしたらいいんだ……」

 迷いに迷った玄武は、結局、沙也加に電話をした。

『もしも〜し』

「ああ、沙也加か? 落ち着いてくれ」

『それはアンタでしょ。それでどうしたの?』

「ガールズ11歳差職場恋愛が発生した」

『????????』

「しかも、それが二人とも半裸でベッドで寝てる」

『……ちょっとそれはガチ会議だね』

 結果、二人は2時間という長電話をしたのであった。



「チュン……チュン……」

「いてててて……」

 今までに体感したことのないほどの頭の痛みを抱え、私は目を覚ました。

「一体何が……」

 その瞬間、私の頭の中に昨夜の光景がフラッシュバックした。

「あ、ああ、ああああ……!」

 ついに私はやってしまったのだ。

「や、やばい……!」

 今の私は下着姿。そして、私の隣で寝ている凛も下着姿。終わった。何もかも。

「……ん」

 タイミングがいいのか悪いのか。凛が目を覚ました。

「……やあ、おはよう。凛?」

 ぎこちない笑顔で挨拶をしてみた。

「えへへ、おはよう」

 すると、少し顔を赤らめ、凛は笑みを浮かべた。

(まずいまずいまずい……!)

 正直うろ覚えだが、確実にまずいことをした自覚はある。

(星奏さんのバカーーーー!)

 どれもこれも酒を飲ませた星奏さんが原因だ。

(ま、まずは現状確認だ……!)

 回らない頭で、弾き出した結論は、現状確認。とにかく、私の体をまずは見た。

「特に何もな」

 その瞬間、ふと見た鏡に映ったのは、くっきりとした首の噛み跡。少し血が出ているようだ。

(うわああああーーーーー!)

 これは隠せない。しかし、私だけならまだ途中で魔物に噛まれたとでも言えば何とかなる!!!!! はず!!!!!

「つ、次は凛……」

 これまたその瞬間、私は戦慄した。

「……何で身体中に噛み跡が?」

 誰がしたのか。絶対私だ。

(私って……私?)

 もう理解が追いつかない。私はこんなに噛む人だったのだろうか。

「えへへ……。私はもう導華の物だよ……」

 あああああ!!!!! 何やったんだよ私いいいいい!!!!!

「と、とにかく玄武にバレる前に何とか……」

 そして、服を着て部屋を出た瞬間だった。

「「パーン!!!!!」」

「うわっ!?」

 二つのクラッカーがなった。

「おめでとう。導華、凛」

「おめでとうだよ。二人とも」

 そこには達観した目をした沙也加ちゃんと玄武がいた。

「え、ま、ちょ、え?」

「知らなかったぜ。二人がそんな関係だっただなんて」

「イマドキらしいね。トップアイドルが、二人を祝福するよ」

「ありがとうございます♡」

 いつの間にか、凛が部屋から出てきて下着姿のまま、私の右腕に抱きついている。

「も、もうめちゃくちゃだ〜!!!!!」

 ああ、これが夢であればよかったのに。



「……アンタたち、何があったのよ……」

 収拾がつかなくなり、私はあえなくバタフライさんを呼んだ。何となく恋愛関係の話はこの人に任せればいい気がする。

「助けてください……」

 達観した沙也加ちゃんと玄武。流石に服を着たが、まだ抱きついて離れない凛。そして、電話で呼んだ酔っ払った星奏さん。その全員が事務所にいた。

「まず、この子が導華ちゃんにお酒を飲ませたと」

「ワシは成人してるのじゃぁ!」

「見たらわかるわ。じゃないと未成年飲酒だもの」

「うぇあ! 酒がうまい!」

 人が変わった星奏さんは、どこからか持ってきた酒瓶でラッパ飲みをしている。

「それで、凄まじく酔った導華ちゃんが、凛ちゃんを襲ったと……」

「その前に私は多分玄武をビンタしました」

「暴れたわね……。戻るけど、おそらくちょっと言えないようなことを一夜のうちにやって、それで凛ちゃんが堕ちたと……」

「えへへ……。導華ぁ……」

 先程から、とろんとした目で私を見上げてくる。もう怖くて動けない。

「んで、その後を見た玄武ちゃんは、気が動転してそのさーたんに電話をしたと」

「そうだ。それで二人で話し合って、ちゃんと祝ってあげようってなったんだ」

「私は赤飯引っ提げて、新幹線で来ました」

「全く暴挙に出たわね……」

 一通り話を聞いたバタフライさんは、頭を抱えた。

「こんな話、初めて聞いたわ」

「すみません……」

「まあ、やってしまったものは仕方ないわ。とにかくこの二人を戻して、凛ちゃんは……待つしかないわね」

「え、待つってなんですか!?」

「大体恋人同士は3ヶ月でラブラブイチャイチャ期間が終わるの。そこからは落ち着いてくる。だから、それまでは我慢ね」

「うっそぉ……」

 そう告げた後、バタフライさんは玄武たちの方に近寄った。

「ほら、アンタたちもそろそろ戻りなさい!」

「いや、俺たちは正気だぞ」

「そんなわけないじゃない! 目が完全に遠く見てるわよ!」

 確かに、二人の目はどこか遠くを見ていた。

「ほら!」

 ガシガシと二人を揺すると、やっと目が元に戻った。

「はっ! 花畑はどこに行った!?」

「んなもんないわよ!」

 続いて、バタフライさんは星奏さんに近寄った。

「ほら酒乱さん! そろそろご帰宅の時間ですよ!」

「わかったのじゃ!」

 そして、星奏さんは意外にもすんなりと帰って行った。千鳥足で。

「それで、最後は導華ちゃん」

「は、はい」

「お酒禁止!」

「はい……」

 酒は飲んでも飲まれるな。本当にその通りだと思った。



「……何があったかは突っ込まないでおく」

 その日の夕方ごろ。私、玄武、凛は、慶次さんに呼び出されて、任務のポイント付近に来ていた。ちなみに、凛は私の後頭部のところに抱きついている。

「……それ離れるのか?」

「本人曰く、後10分らしいです」

「そうか……」

 そして、慶次さんは作戦を説明しだした。

「今回は、この下に向かっていってもらう」

 今私たちは、市街地にいる。しかし、そこにはマンホールがあった。

「おそらくこの下にいるようなんだ」

「この下……ですか」

「ああ、一応消臭魔法はかけておく。これで多少は外部の匂いもしないはずだ」

 そう言うと、翔子さんは私たちに魔法をかけた。

「こ、これで準備完了です!」

「ありがとうございます」

 私は、マンホールを開けた。

「暗い……」

 マンホールの中には、闇が広がっている。



「それじゃあ……行ってきます!」



 こうして、私たちの次なる任務が幕を開けた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る