第45話 obsessive/妄想を持った人
「すまないな。こんな朝早くに集まってもらって」
次の日の朝。私たちは駄菓子屋の中である、部隊長の慶次さんの家に集められた。
「いえいえ」
「それでは早速、本題に入ろうか」
すると、翔子さんがノートパソコンの画面を見せた。そこには、黄色い球体が2個、目のように浮かんでいる紫色の球体のゲルのようなものが写っていた。
「これが……」
「そうだ。これが今回の標的であるスライムだ。聞くところによると、服でも何でも溶かしてしまうらしい」
「何でも……?」
「こら凛。反応しない」
最近凛がおかしい気がする。
「それで、俺たちにこいつを捕まえろってことですか?」
「そうだ。できれば傷は少ない方がいい。研究したいらしいからな」
「了解です」
その次に、翔子さんは地図を見せた。その地図には、多くの赤点が打たれている。
「これは、この周辺で対象が見かけられたところをまとめた地図です。見たところ、街の東側に集中しているみたいですね」
確かに地図にある赤点は、多くが東側に打たれていた。
「申し訳ないが、情報はこれしかありません」
「どうも最近発生したみたいでな。情報が少ないんだ」
しかし、危険であることがわかっているなら、なんとしても捕らえなければいけない。
「わかりました。俺たちにできるところまで頑張ってみます」
そうして、私たちの捕獲任務が始まった。
事務所に戻った私たちは、準備を進めていた。
「それで、どうやって捕まえるのさ?」
「そうだな……」
自信満々に受けたのは良いのだが、どうやら方法は考えていなかったようだ。
「網とかで捕まえるのも無理そうだしな……」
「溶けそうだよね」
「……だったら、凍らせちゃえばいいんじゃない?」
そんな時、自室で準備をしていた凛が降りてきた。
「確かに。効くかどうかがわからないけど、それができれば、捕まえることはできるな……。それでいこうか」
「わかった」
そう言うと、凛はどこからか大きめの包丁を持ってきた。
「私は準備できたよ」
「ちょちょちょ、何その包丁」
「導華、気にしないで」
「いやいらない……」
「気にしないで」
「まあ、何が起きるかわからないし、持ってってもいいだろ。凛、それどこにあった?」
「実費で100均行ってきた」
「ならよし」
「何基準でいいの!?」
「俺たちの金じゃない」
そうして、私は押し切られてしまい、結局凛は包丁を持って行った。
「それで、いざ来たわけだけど……」
「どうやって探せばいいんだ?」
「知らないよ」
玄武、凛、私は廃ビル群にいた。
「地図って言ったって広すぎるし……」
この範囲を全て歩き尽くすというのも無理があるだろう。
「何かわかりやすい特徴とかないの?」
「調べる」
そして、凛はノートパソコンでカタカタと調べ始めた。
「……通った後に紫色の粘液が残り、水場を好むらしい」
「はえ〜、もう記事があるんだ」
「インターネットを舐めちゃいけない」
というわけで、私たちは水辺を中心に探してみることにした。水辺といっても、排水溝の付近だが。
「(……昨日のやつだったんだな)」
玄武が何かをボソッと言った気がしたが、よく聞こえなかったため、スルーした。
「……これかな?」
歩いていると、紫がかった液体が、筋を作っているのを見つけた。しかも、それは側溝へと向かっている。
「これだね」
「これだな」
しかし、私たちはある問題に直面した。
「どうやって下水道から引っ張ってくるよ」
「誰か入るか?」
「やだよ汚い」
「……試しにバルシンでも入れてみるか」
バルシンとはいわゆる殺虫剤である。この世界ではこれが有名らしい。
「ちょ、そんなもん入れたら……!」
「ギャー! めっちゃ虫出てきた!」
「これどうすんの!」
ゴキブリやら何やらの虫がバンバン出てきたその時、虫には見えない、何か変わった影が一緒に出てきた。
「にゅ!」
「うわぁ!?」
それは紫のスライム。完全に見たものと一致している。
「ほら出てきた!」
「偶然でしょ!?」
何はともあれ、なんとか対象を発見することができた。
「それじゃああとは……」
「討伐するだけ!」
こうして、私たちは3人でスライムと相対した。
「大きさは約1m、そこまで大きくはないが……」
「何でも溶かすってのが怖いよね」
何でも何て言われたら、迂闊に攻撃はできない。
「私、試しに凍らせてみる」
そう言って、凛はノートパソコンを開いた。
「『アイス:ブリザード』!」
パソコンの画面から、大量の氷が放出される。
「にゅ〜!」
すると、段々とスライムがビキビキと固まり始めた。
「作戦成功!」
そう思った矢先、どこからかまた影が飛び出してきた。
「にゅ!」
「うわもう一体出てきたんだけど!?」
何と驚き、出てきたのは目の前の個体とほぼ同じ紫色のスライム。どうやら何体もいたようだ。
「聞いてないんだけど!?」
「それでも、2体ぐらいなら凍らせられる!」
しかし、そんな想像は容易く砕かれた。
「にゅ!」
「にゅにゅ!」
次から次へと、みるみるうちにスライムがやってきた。
「どんだけいるのさ!?」
ここまでくると、凍らせるのも厳しい。
「どうしたもんか……」
その時、凍りかけていたスライムが、動き出した。そして、段々とスライムたちが積み重なっていく。
「にゅ〜!」
「うっそ。そんなのあり!?」
結果、私たちの目の前には20m越えの巨大なスライムが出来上がった。
「混ざって大きくなったみたいだな」
「みたいだなじゃないでしょ!?」
そんな会話をしていると、スライムはジリジリと私たちに近寄ってきた。
「こっち来たよ!?」
「とにかく、逃げよう!」
このままだと下敷きになるのが目に見えてわかる。というわけで、私たちはひとまず周辺の廃ビルの中に隠れた。
「どうする?」
「あのサイズじゃ、凍らせるのも無理だし……」
「試しに1発撃ってみるか」
そう言うと、玄武は唐突に窓から銃弾を1発放った。しかし、その弾丸はスライムの中に溶けた。
「こりゃダメだ」
「マジでどうしようか」
そんな時、玄武が私に聞いた。
「なあ、お前の刀であれって吸収できないのか?」
「え?」
「いやな? スライムってのは液体で、基本的に見えない核を中心に、独自の性質を持った魔力を纏ってるんだ。だから、魔力を吸収できるなら、それもいけるんじゃないかってな」
スライムを吸収……だなんて考えたことがなかった。でも確かにやってみてもいいかもしれない。
「……やってみるか」
私はチラリと外を見た。
「そんなに離れてもいない……。イケるかも」
「だったら、俺が気を引く。その隙に頼んだ!」
そして、魔力が少なくなった凛をその場に置いて、私と玄武は外に出た。
「さあ、いざ勝負開始だ!」
スライムがこちらを向いた。開戦の合図だ。
「にゅ〜!」
スライムはその可愛らしい声に似合わない巨大な姿でこちらに向かってきた。
「おら! 転移!」
玄武は大きめの転移門を作り出し、そこにスライムを突っ込ませた。
「きゅ!?」
それに合わせて、私も転移した。
「勝負は一瞬! さあ、決めてみろ!」
私たちが転移したのは、空中だった。
「空中なら、自由に動けないよね?」
落ちながら、私は刀を構えた。
「決めさせてもらうよ!」
刀に風を纏わせて、その風を使い空中を移動する。この技は、私が編み出した移動方法だ。これのおかげで空中を素早く移動できる。
「『風刃』!」
風の刃をスライムに当て、吸収を試みる。
「きゅ〜!」
すると、みるみるうちにスライムが小さくなっていった。
「いよっし! 成功!」
そのまま私たちは落下していく。
「玄武!」
「よっしゃ任せな!」
地面に近づいてきた時、玄武に声をかけた。
「これでどうだ!」
玄武が取り出したのは、玄武の発明品である一瞬で巨大化するマットだった。
「よっと」
その上に私はうまく着地できた。
「にゅ!?」
スライムはその場にべちゃりと落ちた。
「凛!」
「任せて」
そして最終的に小さくなったスライムは、凛によって氷漬けにされたのであった。
「後は、回収してもらうだけだな」
玄武はいつも通り研究所に電話をし始めた。すると、私の耳にギコギコという音が入ってきた。
「何の音……」
その方向に私が顔を向けると、凛が凍ったスライムの一部を包丁で切り取っていた。
「ちょちょちょ! 何やってんの!?」
「何って、お持ち帰りしようとしてるだけだよ?」
「お持ち帰りって何!?」
そうして、凛は紫色の20cm程の氷を手にした。
「……何に使うの?」
「内緒」
最近、凛がおかしい気がする。そう、強く思った。
「博士。回収されちゃいましたよ?」
「まあいい。データは取れた。これで次のステップに移れる」
「はい、一緒に頑張りましょうね♡」
そして、博士は右の方にある様々なフラスコで実験を開始した。
「続報を待って感じだな」
次の日。玄武は慶次さんからの電話を受け取り、そう言った。
「まだ研究も進んでいない。そもそも紫のスライムなんて今までにいない。全くまだ何もわかんない状態だな」
「んじゃ、待っておこうかな」
そして、私が自室に戻ろうとしたその時、凛の電気のついていない部屋の扉が、少し開いていることに気がついた。
「……ちょっと覗いてみようかな」
私はただ単に何か凛がおかしくなったヒントでもないかと思って、部屋をのぞいた。
「……何これ」
覗いて、後悔した。そこには、凛の机のある壁一面に私の写真が貼ってあったのだ。
「凛の部屋ってこんなじゃなかったよね……?」
いつのまに……。というか、なぜ私の写真なのだろうか。
「導華」
その時、私の後ろから聞き覚えのある声がした。
「何で私の部屋にいるの?」
「り、凛」
光のない目をした凛が、そこに立っていた。
「何してるの?」
「その……ちょっと気になって……」
「ふーん」
凛は私を追い越して、例の壁の前にきた。
「すごいでしょ。頑張って集めたんだ」
「……そうなんだ」
正直どう反応したらいいのかわからない。
「何で私の写真なんか……」
「そうだね……。好きなものの写真を集めるのに、理由なんている?」
そう言って、凛は私をベッドに押し倒した。ここまで凛の力は強かっただろうか。
「導華は、どんな人が好き? 可愛い人? かっこいい人?」
なんと答えれば良いかわからない。よって、正直に答えることにした。
「……特に気にはしてない」
「背丈は?」
「そこも」
「声は?」
「それも」
「……こだわりとかないの?」
「ないの」
すると、凛ががっかりしたように私の手首を離した。
「……ダメか」
そして、凛は本棚からある漫画を取り出した。
「この漫画だとこれでいけたんだけどな……」
「……何の話?」
「え? これ」
そう言って見せたのは、ある漫画本。タイトルは「日に触れる氷」。
「最近読んだ恋愛漫画。ヒロインは主人公にこうやってやったら全部白状してた」
「全部って?」
「好きなタイプとか、放課後何してるとか」
よく見れば、主人公は銀髪の長髪だった。
「この主人公、導華にそっくりでさ。試しに私もヒロインとおんなじようにしてみようと思って。そうすれば私もこの漫画みたいになれるのかな〜って」
なるほど。最近凛の動きが変だったのにはこんな裏があったのか。
「最近私と導華、段々親密度上がってきたから、詰め寄るなら今かなって」
「詰め寄る……」
「そろそろ潮時……かなって」
そう言って笑った凛の笑顔は、どこか影がかかっていた。
「それじゃあ、そろそろ導華も部屋に戻りな。私はこの写真片付けるから」
そして、私は半ば無理やり凛に外に出された。
「じゃあ、ね」
ばたりと閉められた扉。その扉はどこか冷たかった。
「あ〜、危なかった」
私はベッドに寝転んだ。
「危うくいくところまでいくかと思っちゃった」
そう言いながら、私はパラパラと漫画をめくる。
「私も、こうなりたいなぁ……」
この漫画の作者は、ビサイ・ラスト先生で、先生の作品にはある特徴があった。
「ふふふ……」
その特徴とは、どの漫画も最終的にはヒロインが主人公に何らかの重い感情を抱いて、それをぶつけて終わるということだった。
「待っててね。導華」
凛は机の棚を開いた。そこには、瓶に入ったスライムが入っていた。
「結果が出た?」
ある日、私は玄武に呼び出されて、駄菓子屋へと向かっていた。
「ああ。それでそこに加えて任務を出したいらしい」
「へぇ、また任務ね」
そして、以前のように駄菓子屋について、中に入った。
「お、おはよう」
「おはようございます」
出迎えてくれた慶次さんは、間も無く見せを開くところで、シャッターに手をかけていた。
「それで、結果って……」
「そうだな。早速見せないとな」
慶次さんは私たちを応接間に招くと、そこでは翔子さんが待っていた。
「あ、おはようございます」
「おはようございます」
翔子さんはぺこりと頭を下げた。
「それでは翔子。結果を見せてあげてくれ」
「了解です」
翔子さんはパソコンをいじると、画面を私に見せた。
「今回の解析の結果、あのスライムは人工のものだということがわかりました」
「人工?」
「そうです。しかも誰かが操作しているようなんです」
次に見せたのは、ある一点にピンが張ってる地図の写真だ。
「ここにどうやらその犯人がいるらしいです」
「ここ……ですか?」
そこは明らかに街の一部の地面。コンクリートだ。
「ああ、間違いない。何回解析をしても、ここだという結果が出た」
「つまり、次の依頼っていうのは……」
「お前たちに、その犯人を捕まえてきてほしい」
「そうなりますよね」
こうして、私たちはまた不可解な事件に巻き込まれていった。
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