第8章 The Story of the Future
第44話 Commune/親しく交わる
「あ〜、雨ばっかだね〜」
季節は梅雨。6月に入り、最近は雨が続いている。
「たまには晴れてもいいと思うんだけどな〜」
「しゃあねぇ。そういう季節だ」
私はせんべいを食べながら、昼のワイドショーを見ていた。
「もう手とかは大丈夫なのか?」
「うん、もう傷はないよ」
珍しく事務机で事務作業をやっている玄武に、左手をひらひらとして見せる。
「やっぱり、傷の治りが早いな」
「よくわかんないけどね」
異世界に来てから、かなり無茶をしてきた。しかし、その全ての傷が2週間以内には全て治りきっている。これも異世界転生の特典というやつなのだろうか。
「ま、元気なのはいいこった」
そう言って、玄武はチョコスティックを食べた。
「……ずっと気になってたんだけどさ」
そんな玄武を見て、私はある疑問が浮かぶ。
「玄武ってよくチョコスティック食べてるけど、チョコ好きなの?」
玄武の事務机には、絶対に小さな皿に、チョコスティックが山盛りに積んである。そしてそれを作業中は大抵食べている。そんなに甘党なのだろうか?
「いや、そうでもない」
「じゃあ、なんで食べてるのさ?」
すると、玄武は手を止めて、椅子の背もたれに体重をかけて、左右にゆらゆらと椅子を揺らし始めた。
「んま〜、妹との約束だな」
「へぇ〜、妹さんがいるんだ」
「言ってなかったか?」
「言ってない」
「そうか。なら見せてやろう」
そう言って、玄武は立ち上がり、事務所の棚の前に来た。
「ほら、これこれ」
そして、玄武は赤い写真立てを手に取った。
「この金髪の子?」
「そうそう。かわいいだろ?」
「ん〜、玄武の妹さんとは思えないほどかわいい」
「一言余計だ」
玄武の見せた写真立てには、金髪で青く、宝石のような目をした笑顔の少女が写っていた。
「今おいくつ?」
「15歳」
「じゃあ中3?」
「そうだ」
玄武にこんなにかわいい妹さんがいたとは驚きだ。
「……それで、肝心の約束ってなんなの?」
「ああ、その話だったな」
そして、私と玄武はまた元の位置に戻った。
「まずだな、俺の妹はものすご〜く真面目なんだ」
「へぇ〜! 何から何まで正反対じゃん」
「……それでだ、俺が実家を出ていく時に、妹に言われたんだ。体に悪いからタバコは吸うな〜、って」
「優しい妹さんだね」
「でも、俺はど〜しても吸いたかったんだ。憧れの人がいて、その人が吸っててな。だから、せめてそんな気分だけでも味わおうと、口に咥えられる筒状の細い物ってことで、チョコスティックが採用されたんだよ」
そして、玄武はまたチョコスティックを食べた。
「は〜、律儀に約束守ってるんだ。意外に偉いね」
「意外とはなんだ。まあ、大事なたった一人のかわいい妹からのお願いだ。守ってやるのが筋ってもんだ」
そう言って、玄武はフッと笑った。
「ジリリリ! ジリリリ!」
そんな会話をしていると、事務所の電話が鳴った。
「はい、玄武団事務所です」
それを玄武が即座に取る。
「はい……はい……。了解しました。すぐ行きます」
そうして、玄武は電話を切った。
「任務だ。今回は一人でいいらしいから、俺だけで行ってくる。留守番頼んだ」
「うん、わかった」
そそくさと準備をした玄武は、素早く外へ出ていった。
「さて、私は何をしようかねぇ〜」
雨で外に出る気も起きない、任務が来るかもしれないからそもそも外に出れない。凛も学校で今はいない。
こんな時、暇つぶしできるものが何かあれば良いのだが。
「……そもそも私ってここに来て何か買ったっけ?」
そういえば、私はこの世界に来て、日用品以外物を買っていない。それに基本的にティッシュなどはレイさんが買ってきてくれるため、私が買うものは服とか、下着とかそういったものしかない。
「お金……」
玄武に言われて作った口座には、今や100万を優に超える貯金がある。
「よし、ネットショッピングをしよう」
そんなわけで、私は異世界ネットショッピングを始めることにした。
「と言っても、何を買えば良いのやら……」
ソファに寝転び、スマホで商品を見ていく。
「あー、資格かー……」
見ていると、資格の本が目に入った。どうやら、この世界でも英検やら、数検やら、ペン字検定やらは存在しているらしい。
「でも、ペン字検定持っててもねぇ?」
確かに資格を持つのは、良いかもしれない。
しかし、ドラゴンとかと戦う上で、ペン字検定を持っていたら、どうなるかと言われたら、どうにもならない。ドラゴンが字が綺麗だったら、帰ってくれるわけでもない。
「じゃあ、漢検……」
「導華さん。申し上げにくいのですが、漢検はやめた方が良いと思います」
「あ、レイさん」
私がスマホと睨めっこをしていると、レイさんが話しかけてきた。
「こっちの世界は導華さんがいた世界よりも、教育水準とかIQが高めなので、小学一年生が普通に『鬱』という漢字を書けます」
「あ、じゃあ無理だ」
流石にそのレベルなら、いくら私の成績が良かったといえど、漢検4級がいいところな気がする。
「んじゃ、どうしようかな〜」
そうして、ネットサーフィンを続けていくうち、今度は包丁が目に入った。
「あ〜、料理か……」
今はレイさんが料理をしてくれているが、たまにキッチンを借りて趣味程度にやるのはいいかもしれない。
「それもいいかも……」
そんな時、ふとある写真が気になった。
「ギター……」
それはギターの写真だった。
「そういえば、昔はよくやってたっけ」
社会人になる前、具体的にいえば、高校2年生ごろまで、よく父の部屋にあったアコースティックギターをいじっていた。
全く趣味がなかった私だが、唯一これだけは趣味と言えたかもしれない。
「バレないように頑張ってやったなぁ……」
母に音が聞こえぬよう、細心の注意を払い、全く帰っては来なかったが、万が一を考えて、父にバレないように位置を気をつけていた。
「それもいいなぁ……」
今は自由の身。何をしても誰にも文句を言われないし、気にしなくてよい。夢が膨らむというものだ。
「ギターを買うのは、検討してみようかな」
いつか、アンちゃんにいい楽器屋を紹介してもらおう。
「いや〜、今回の任務は簡単だったな」
任務からの帰り道、玄武はバイクに乗って快調に飛ばしていた。
「ただの鳥の討伐だとはな」
ただの鳥といえど、魔獣であるが、ここではそんなの日常的にいる。ハトやスズメと同じくらいいる。
「これで報酬をもらえるなんて得だぜ!」
そうして、バイクを走らせていると、道端に何かドロドロとした物を発見する。
「……なんだあれ?」
スピードを落として、その物体を確認しようとした。
「ニュ」
しかし、バイクを止めた瞬間にその何かは側溝に入っていってしまった。
「あちゃー、間に合わなかったか」
そんな玄武だったが、その物体が通った跡が地面についていることに気がついた。
「触ってみるか」
常人であれば、これを見て触ろうなんて気は起こさないだろう。しかしながら、彼は玄武、常人ではない。
「うわ! べちゃべちゃだし、なんかピリピリする!」
これは子供が触ったら危ない。そう判断した玄武は、簡易的な水魔法でジョウロ程度の水を生成し、その部分を洗い流した。
「これでよし!」
そして、綺麗になったことを確認した玄武はまたバイクを走らせた。
ここは、ある暗い部屋。そこに白衣を着た何者かと、ナース服を着た女がいた。
「ふむ、クレアラ。実験の調子はどうだい?」
白衣を着た影が、ナース服の影に聞く。
「はぁ〜い、博士。順調です♡」
そう言って、クレアラと呼ばれた女は、白衣を着た影の腕に抱きつく。
「……段々、進んできたな。計画が」
「そうですね。博士♡」
二人の前には、禍々しい色をしたフラスコが置いてあった。
「いや〜、帰ってきたぞ〜」
昼過ぎごろ。玄武が事務所に帰ってきた。
「お。おかえり」
「楽勝楽勝!」
玄武は椅子にどかっと座り、ふんぞりかえった。
「なんだかの鳥を退治するとかいう楽ちんなやつだったわ」
そして、再び私がスマホを見ようとしたその時、レイさんが困った顔をして事務所に入ってきた。
「……困りました」
「どうしたんですか。レイさん」
「それが……水が出ないのです」
「水?」
聞けば、なぜだかありとあらゆる水道から水が出ないらしい。
「どうしたんだろ?」
「あ〜、多分これだな」
すると、玄武はテレビを指差した。
「『配水管が溶ける!? 原因は不明』だってさ」
なんとこのあたりの配水管が溶けて、穴が空いてしまったようだった。
「そんなことあるんだ」
「いや、普通なら配水管とかの水道管系は、強めの防護魔法で守ってるはずだ。だから、普通はこんなことはない」
「じゃあ、なんで……」
「そいつは知らん」
というか、そうも言っていられない。
「てことは、今日は風呂無し?」
お湯どころか、水も出ないとなると、風呂なんて作れるわけがない。
「いや、風呂には入れる。魔法で湯を出せばいい」
そういえば、そういう世界でしたね。ここ。魔法便利!
そんなことを思っていると、玄武はニヤリと笑って指を一本上げた。
「しかし、せっかくならこの機会に特別なことをしたくないか?」
「特別なこと?」
「銭湯……興味あるか?」
「……ある」
そうして、私たちは銭湯に行くことになった。
「というか、銭湯っていっても……お湯あるの?」
「ど〜せ銭湯なら、商売だし魔法で湯の用意ぐらいしてあるだろ」
「銭湯……銭湯……」
「わ〜い! 銭湯、銭湯!」
そんなことを話して、私、凛、玄武、影人くんは銭湯に向かう。ちなみにレイさんとハチはお留守番だ。
「近場に銭湯ってあったんだね」
「ああ、古々尾さんが教えてくれた。あの人温泉マイスターだからよ」
そういえば、以前ホテルに泊まった時も古々尾さんがいた。そんなに温泉が好きだったのか。
「だから、あの人もここの湯に入りに来てるんじゃねぇかな?」
そう言って玄武が指差したのは、「王冠の湯」と書かれた看板を吊り下げ、暖簾のかかった老舗の風呂屋だった。
「お〜、いい感じの雰囲気」
まさに昭和のお風呂といったような、レトロな雰囲気を醸し出しており、入るのが楽しみになる。
「いらっしゃい」
中に入ると、番台のお婆さんがゆっくりぺこりと挨拶した。
「大人3人、子供1人で」
そして、私はお金を渡す。
「はいよ」
それを受け取った後、私と凛、玄武と影人くんに分かれて、風呂へと向かうのだった。
銭湯……もとい風呂。それは言わば裸の付き合い。大人数で大浴場に入り、その日の疲れを洗い流す。
「……裸」
そう。裸なのだ。
「凛、早く行こ?」
私の目の前には今、裸の導華がいた。
「……ハイ」
まさか、もう一度導華と風呂に入ることになるとは。目の前にいる導華は、鎖骨、胸、腰、臀部……といった全てが見えるあられもない姿をしている。
今の私はそんな導華に手を引かれて、大浴場に入ったところだった。
「広いね」
中は私達以外誰もいない。
「ウン」
その返答も、もうコクコクと頷くしかない。だって、喋るとツルッと何か言ってしまいそうだから。
「体、洗ってあげるよ」
私は言われるがまま、体を洗われた。その際に胸が背中に当たる。
「ahh」
思わず私はネイティブになった。導華の胸が背中に当たっていれば、私は英語圏に行ってもやっていけるかもしれない。
「どう? 気持ちいい?」
「ウン」(そりゃもう。柔らかいし、あったかいですよ)
「かゆいところとかある?」
「ウウン」(いやいや。そこからは銭湯じゃやれませんわ)
「それじゃあ、おふろ入ろっか」
「ウン」(あ〜、きっと導華のおっぱいは浮くんだろうな〜。あ、ほら浮いた。ウキみたい)
「あったかいね」
「ウン」(いや〜、でも導華のおっぱいの方があったかかったよ?)
「いい匂い……。ヒノキかな?」
「ソウダネ」(ヒノキより、導華の匂いの方がいい匂いだよ。だってほら、もうすごい)
「凛、なんで髪に顔を埋めてるの?」
「ウン」(そりゃいい匂いに惹かれて……)
その瞬間、私は自我を取り戻した。
「あっ! うあ、ごめん!」
なんと驚き、無意識に髪の匂いを嗅いでいた。導華は笑っている。
「なんか変なものでも付いてたかな?」
そう言いながら、導華はマジマジと長く美しい髪を眺めた。
「いや、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
小声で言ったはずだったのに、導華に聞こえてしまったようだ。
「そうじゃなくて……」
目を逸らし、チラリと導華に目を向ける。導華の目はなぜかキラキラ輝いており、美しい。
あ〜、もう顔がいい。もういいや、満足したし、白状しよう。
「……いい匂いだったから」
「いい……匂い?」
一瞬、私は何を言われたのか理解できなかった。
「……使ってるシャンプーなら」
「シャンプーとかじゃない」
凛は、ほんのりと赤い顔をしている。
「導華の、匂い。優しくて、ちょっと色っぽくて、甘い匂い。それが好き」
顔を下げても、凛の顔が段々と赤くなっていくのがよくわかる。
「好き……」
そんなこと、初めて言われた。私のことなんて、何にも気にしていないと思っていた。
「ねぇ、導華」
「……どうしたの?」
「導華は、私の匂い……好き?」
少し引いた私の上に乗るように、私を見上げるように、凛はいつもと違うトーンで聞いてきた。
「えっと……その……」
凛の匂いだなんて考えたことがなかった。
「ねぇ、教えてよ?」
ジリジリと凛が私の顔に近づいていく。
「……いい匂い……だと、思うよ?」
逃げ場がなくなり、顔を逸らし、そう答えた。
「……じゃあ」
その答えを聞き、凛がどんな顔をしたかわからない。だって目も見れないから。
「ちゃんと、嗅いでみて? それで、教えて?」
グッと顔を近づけ、私を押し倒すように、首を少し幅を持たせて挟む形で腕をつく。
「ほら」
段々近づいてくる凛。私はあわあわすることしかできない。
(お、終わりだ〜!)
このままいけば、未成年どうので私がアウトになる。なんとかしたいが、何をすればいい!?
「あ゛〜! 仕事終わった! 移住者多すぎじゃボケェ!」
その時、ナイスタイミングで聞き覚えのある声が入ってきた。……ややぶっきらぼうだが。
「古々尾さん!」
凛の腕をなんとか抜け、古々尾さんを見た。
「……導華さん?」
その瞬間、古々尾さんの動きが止まった。
「聞きました? 今の」
「……はい」
「皆さんには、内緒にしておいてください」
古々尾さんには申し訳なかったが、なんとか抜け出せた。
(あっぶなかった〜)
凛がここまで積極的だとは。今後は気をつけなければ……。
「あ〜、いい風呂だった!」
帰り道。前には玄武と、疲れて玄武の背中で寝息をたてる影人くんがいた。
「いや〜、風呂長すぎだろお前ら」
「あはは……。会話は盛り上がっちゃって……」
予想外に疲れた古々尾さんの愚痴を聞きながら、横にいた凛の視線に耐えていたら、凄まじく疲れた。
「……ねぇ、なんで嗅がなかったの?」
「いや〜、ちょっと……ね?」
「ちょっと、何?」
あ〜、凛なんで今日ここまで積極的なんだよ〜。
「また絶対ちゃんと感想言うから」
「本当?」
「本当」
「言質とったからね」
わ〜、逃げ場無くなっちゃった〜。
「ピリリリ……ピリリリ……」
そんな時、玄武のスマフォがなった。
「はいもしもし」
その電話を取り、少し話した後、切った。
「どうしたの?」
「明日、ど〜してもやってもらいたい案件があるって、慶次さんが」
「へ〜、慶次さんからだなんて、珍しいね」
慶次さんといえば、ここの部隊のトップだ。そんなトップが何の用だろうか?
「詳しいことは明日言うんだが……」
「うん」
「なんか、服を溶かすスライムの研究をしている奴を探し出して欲しいんだと」
「……欲しい」
「凛?」
「何でもない」
これはまた、不思議な案件が起こりそうだ。
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