第43話 start/始まり

「ゼニスが……先生……?」

「どういうことだ。田切」

 壁の方にある檻の中で、四人が驚愕の声を上げる。

「まず、おかしかったことが一つ。私が見た映像と、あなたの動きが大きく違った。そこがまずは不思議だった」

 確かに動きとしてはスピード重視でマントで体を防護するような動きだ。しかし、その節々の反応や、ステップの踏み方が全く違う。

「次に、ゼニスは右利きで、常に右手にレイピアを持っていた。だけど、あなた今左手にレイピアを持ってますよね?」

「……」

 ゼニスは私を無言で見続けた。

「田切、だったら今ここにいる先生は何モンなんだよ!」

 東山さんが叫ぶ。確かに檻の中にはメガネをかけて、顔にクマの傷跡を残した先生がいる。

「東山さん。ここって何の会社かわかりますか?」

「何って、そんなのロボット会社に決まって……」

 その瞬間、北原さんを除いた檻の中の全員がハッとする。

「試しに、背中のスーツを一部、裂いてみてください」

 南川さんが、ビリッとスーツを破いた。

「こっ、これは……!」

 そこには機械が詰まっており、先生と思っていたものが、ロボットであったことを物語っている。

「そういうことですよ」

 悲しいが、これが現実なのだ。



「そして、最後。これは私の考察ですが、あなたはどこかでゼニスと入れ替わった。だけど、相手は社長で、しかもボディガードがいる。そんな人と入れ替わることなど普通の人では難しい。だから、あなたは考えた」

 先生には、あの村から引っ越してきた。その時に、教師以外の職を手に入れるとなったら、この職業しかないだろう。

「あなた自身が、ボディガードになったんですよね?」

 これで、全てが繋がってくる。



「……」

「戦闘力の高かったあなたなら、ボディガードぐらい簡単になれたでしょうね」

 ボディガードであれば、常に会社にいる必要がある。だから、生徒である北原さんたちは会うことができなかったのだ。

「そして、あの3年前の夜。きっと何かと理由をつけて、ボディガードを連れ添ったゼニスを呼び出した。そして、その全員を倒した。自分が用意したフィールドなら武器を仕込むことくらい容易だったのでしょう」

「……なるほど。後は本物のゼニスに自分の服を着せて海に投げ入れて、ゼニスの服を纏えば、入れ替わりは完了する。声もボイスチェンジャーがあるから問題はない……」

 北原さんが今言ったことが、私の出した予想だ。その過程を経由して、今先生はゼニスとしてここにいる。そうなのではないだろうか。

「どうなんですか。答えてみてください」

 そう私はゼニスに問いかけた。

「……見事だ」

 ゼニスは静かに拍手をして、顔の仮面をゆっくりと外す。

「まさか、たった一人の侵入者にそこまで見破られるとは。君は戦うより、探偵の方が向いている」

 そして、降りた仮面の下には、メガネをかけて、クマの爪の傷跡をつけた男、「先生」の顔があった。



「やっぱり、そうだったんですね」

 写真で見た通りの顔だ。しかし、その表情に笑顔はない。

「本当に……」

 自分の目で真実を見て、4人は愕然とする。無理もない。まさか仇だと思っていた人物が自分たちが助けようとした人物だったのだから。

「騙してすまない」

 先生はかつての生徒たちを見て、言った。

「どうしてこんなこと……」

「……全て君たちを守るためだ」

「俺たちを……守る……?」

 静寂に包まれた社長室に、ただ先生と生徒の会話が響く。

「みんなは、このビルの上にあるものが何か……わかるか?」

「そんなのグリーズに決まってるじゃないですか」

「では、正式名称はわかるかい?」

「正式名称?」

 先生は静かに上を見た。

欲望水晶体よくぼうすいしょうたい グリード・エンズ。略してグリーズ」

「欲望水晶体……」

 私はただ、その会話を静かに眺める。

「あの水晶体は、意志がある。主人だと認めた者が欲したものを、無尽蔵に回収する」

 先生はビルの下に広がる街を見た。

「ゼニスは富を、私は力を欲した」

 その瞳は、濁っており、どこか遠くを見ているようだった。

「あの日、私は悟ったのだ。力がないと、何も守れない。何も手に入れられない。だから、奪ったのだ。地位のあるものの地位と、力を。弱肉強食……仕方のない、いわば自然の摂理だ」

 彼の姿をその場の全員が、何も言えず静観する。

「学人くんがこの会社に入ってきた時、私は悟った。もう正体を隠してはいられない、と。だから、今日という日がくるのをずっと待っていた。今日という、私と君たち4人がこのビルに集うこの日を」

 そう言った後、先生は懐からボタンを出した。

「これは私がこの会社に入って、全てを注いで造った兵器の機動装置だ。グリーズからエネルギーをチャージし、20分後に放つ。これを撃てば、先にある都心も、この街も全て消えて、このビルのみが残る」

 そして、天井から吊るされているビジョンに私たちの街が映る。

「これで邪魔者は全て消える。私たち5人の楽園の完成だ」

 先生は笑って、満足げに語る。

「さあ、祝おう! 楽園誕生の瞬間を!」

 その顔は恍惚とした、薄汚い笑みを浮かべていた。



「……いやです」

 その時、ずっと黙っていた西村さんが呟いた。

「……どうしたんだ、西村? 嬉しくないのか?」

 その言葉を聞き、先生は首を傾げた。

「私は、先生のおかげで創作が大好きになりました。『自分の好きな世界を、好きなように創る。みんなに認められなくたっていい。自分を満足させるのが、創作なんだ』って……よく言ってましたよね」

 ゆっくりと歩き、顔を上げて先生を見た。その目には涙を浮かべている。

「だから、私……絵本作家になったんです。自分の描いた世界が、いろんな人に読まれて、数が少なくても、喜んでもらえて。私、それがすっごく嬉しかったんです。今はそこそこ有名でも、まだまだ読んでくれた人は少ない。でも、それでいいって、先生の言葉があったからそう思えた」

「……」

「でも、私はもっと色んな人に読んでもらいたい! 読んで、喜んでもらいたい! それが今の私の夢なんです!」

「西村……」

「なのに、たった5人だけの楽園だなんて、そんなの私は満足できません! これが身勝手だって、よくわかってます! それでも、私は街の人とも、もっと遠くの人とも、世界に人とも、一緒にいたい!」

 声を荒げ、西村さんとは思えないような表情で叫ぶ。

「だから、もうやめてください! そして、私の絵本を読んで、笑ってください! 昔みたいに!」

「……人間は強欲で、意地汚い。それでもいいのか?」

「それでいいんです! 意地汚くたって、強欲だって! 人間はそれだけじゃないんですから!」

 その叫びを皮切りに、南川さんも言葉を発する。

「私も、昔は人と関わるのが怖かった。だけど、先生のおかげで話せるようになった。その時先生、こう言ったよね。『人間には誰しも悪いところ、良いところがある。それを互いに理解していれば、会話は成立して、友好関係を築けるもんだ』って。先生も、わかってるんでしょ! 人間悪いところばっかりじゃないって!」

「私は先生に勉強を教わりました。先生よく私に『知は力なり。知識があれば何でもできるぞ!』って教えてましたよね。覚えてますか? 単純な筋力だけじゃない……知力だって立派な力になる。だからそれで、多くの人を助ける。それが私の夢になりました。なのに、5人だけになっては、私の夢も叶わない……そう思いませんか?」

「俺は先生に何度も投げられた。何度も投げられて、『武道で心は通じ合える。だから、いっぱい投げて投げられて……そうしたら、もう立派な仲間だ』って、それを教えてくれた。そうやって、俺は強くなったんだ!」

「……何が言いたい?」

「私たちに教えてくれたこと、先生が与えてくれた夢、それを叶えるには、人間という存在が不可欠なんです!」

「結局、自分勝手な理由じゃないか」

「それじゃダメなんですか!? 自分のために自分の夢はあるんじゃないんですか!? 行動に全て他人のためという意義がついていなければいけないんですか!?」

「……」

 必死の生徒の訴え。それを聞いた先生は少し黙り、考えた。そうして、こう言った。

「……大人になったな」

「……え?」

 その先生の笑顔は、歪んでおらず、どこか自分の子を見守る親のように思えた。

「泣き虫だった西村が、人見知りだった南川が、自己中心的だった北原が、暴れん坊だった東山が……こんな風にいう日が来るなんて、先生思わなかったよ」

 どこか泣きそうで、温かい。その言葉は先生の胸の奥から出た、本音だと確かにわかる。

「先生……」

 しかし、先生はその目を鋭くする。

「その言葉は確かに胸に響いた。だけれど、私は私の考えを変えるつもりはない」

「そんな……」

「だが、そんな私を止める術が、あるんじゃないか?」

「止める術……」

 その瞬間、西村さんはハッとした顔をした。

「そうだろう、田切 導華」

 先生の目線の先。そこには立ち上がった私がいた。



「体の調子はどうだ?」

「全身が痛いです」

「そうか……。そんなに痛いのに立ち上がるのか?」

「はい」

「なぜだ。なぜそこまでして立ち上がるんだ?」

 深くは考えない。私の、私が自分で決めた夢を話す。

「……人の心を動かしたいからです」

「……ふむ」

「私はずっと、自分で決めないで、誰かに敷いてもらったレールの上で生きてきました。でも、ここにきて面白い人、信念を持った人、こんな私を信じてくれる人……様々な人に出会いました」

 迷っていた。この夢は本当に正しいものなのか。このままで私はいいのか。

「そんな人たちに私は、心を動かされました」

 だけど、もう迷わない。誰が何と言おうと、私は私であり続ける。

「だから、私も誰かの心を動かしたい。夢を追う助けになりたい。そう思いました」

 これは私の決意であり、やっと見つけた本心だ。

「そのために戦います。誰かが夢を追うことのできるその場所を、作るために」

 私が異世界に来た理由はまだわからない。しかし、今はこれが私の来た理由ということにしておく。

「これで答えになってますか?」

 先生はフッと笑って、答えた。

「見事だ」

 ここからは、夢と夢、欲望と欲望、信念と信念……それぞれがぶつかり合う。そんな戦いだ。



「では私も本気を出そう」

 そう言って、ゼニスは社長室の机に向かって走る。

「させない!」

 それを止めようと、私は刀を握る。

「『雷刃』!」

 一直線に電撃が走る。土煙が湧き立つ。

「良い一撃だ」

 が、土煙が晴れたそこには、私の攻撃を受け止めた、ゼニスが立っていた。その手には古びた槍を手にしている。

「しかし、足りない。私の槍はまだ貫けない」

 槍は私の刀を完全に受け止めている。

「くっ!」

「こんなものでは……ないだろう!?」

 刀を弾き、槍を構え直してくる。

「『出天しゅってん』!」

 槍とは思えないほどの風圧がする。私に当たるすんでのところでそれを受け止めた。

「なんて重さ……」

 一撃一撃の重さが、レイピアの比ではない。

「油断してもらっては困る」

 これは短期決戦を仕掛けるしかない。

「だけど……隙が……!」

 その時、北原さんが懐から何かを取り出した。

「導華さん! 目を閉じて!」

 何かはわからないが、先生から離れて目を閉じた!

「ドン!」

 その瞬間、爆発音と共に、瞼越しに強い光を観測した。

「うっ!」

「閃光弾です! 玄武さんから導華さんが苦しそうだったら使えって!」

 目を開ければ、先生が目を押さえている。

「全く……心配性だなぁ」

 しかし、助かった。これで一撃を叩き込める。

「フーッ……」

 意識を刀に集中させ、痛む体に力を入れる。

「一気に……!」

 グッと踏み込み、即座に距離を詰めた。



「『炎刃全開エンジンゼンカイ』!!!!」



 巨大な炎がビルの天井を突き破る。

「ぬぅ……!」

 先生の呻き声がする。

「これで終わりだ!」

 炎が私たちを包んだ。



「……どうなったんだ?」

 炎の中は東山たちには見えない。

「何か人影が……」

 段々と炎が晴れ、中に人影が見える。

「導華さん……」

 そして、完全に炎が晴れた。

「……危なかった。惜しかったな、田切 導華」

 そこには、血だらけで導華の刀を、槍で受け止めた先生がいた。



「これでも届かないか……!」

「残念だったな。だが、今までで一番の強敵だった」

「そりゃどうも……!」

 満身創痍の私は、立っているのがやっとだった。

「が、もう終わりにしよう」

 その瞬間、なぜか先生の傷口が塞がった。

「なっ……!」

「驚くだろう。私は先程グリーズに認められたと言ったな。そのおかげであいつにエネルギーがある間、私は不死身になったのだ」

「マジかよ……!」

「大マジだ」

 そして、一瞬力が抜けて、私は槍に弾かれた。

「グハッ……!」

「言っただろう? 終わりにすると。この刀ももういらんな」

 力無い私の手から無理矢理刀を抜き取り、窓の外に投げ捨てた。

「刀が……」

 そして、私の脇腹スレスレ。そこに槍が刺された。

「さあ、何か言い残す言葉はあるか?」

 先生は私の顔を覗き込んで、私に聞く。

「ハァ……ハァ……」

 言葉を言うのもやっと。そんな中、私の懐から声がする。

『……導華……導華! 大丈夫!?』

「凛……」

 そういえば私、まだ凛とちゃんと話してないや。

「そうだった……」

 私には何が残っているのか。刀がない私に何ができるのか。

 答えは何もできない、だ。相手は不死身。このままだと何もできない。であればの話だ。

「……凛、頼んだ!」

「……何?」

『わかった!』

 ビルから500m先。そこには巨大な電磁砲を先端に積んだ、飛行船の姿があった。



「凛の魔力を、エネルギーにする?」

「そう。そうすれば、何とか撃てない?」

 遡ること十数時間前。私はらんまにある提案をしていた。それが私の魔力を電力の代わりに使えないか、という話だった。

「私、魔力が人より多いから、何とかなると思うんだ」

「確かに何とかなるかもしれないなの。だけど、どこまでの魔力を使うか、未知数なの!」

 使う魔力が未知数。つまり、もしかしたら死ぬかもしれないという可能性を秘めているの。

「それでもいい」

 しかし、私はそれを気にしてはいなかった。

「導華を……助けられるんだったら、命だって、惜しくない」

 私はもう一度、導華に会いたいんだ。



「凛、準備いいか!?」

「大丈夫!」

「標準、グリーズに設定できたなの!」

 らんまの画面には、バッテン印の中心にグリーズが映し出されている。

「よし、頼んだぞ! 凛!」

「了解!」

 彼女はぎゅっと電磁砲のハンドルを握った。

「導華……」

 先程の導華の声に勇気をもらった。だから次は私の番だ。

「……導華、ごめん。迷惑かけたのに、謝れなくて。私導華のことが大好きなんだ」

 発射台には、私たった一人。目線の横には電源を切ったトランシーバーが置いてある。

「こんな気持ちは、初めてだった。だから、導華に執着して、傷つけた」

 本当は導華に言うはずの言葉。それをただ淡々とエネルギーを貯めながら言う。

「だから、導華……!」

『エネルギー充電100% いつでも発射可能です』

「ごめんって、言わせてよ!」

 鮮やかな水色のレーザーは、赤い球に正面衝突する。



「バカか! あいつはエネルギーを喰うんだぞ!?」

 先生はグリーズにレーザーが当たる様を見て、驚愕した。

「どれだけすごいタンクでも、いつか限界は来る」

 きっと、玄武たちの狙いはこういうことなのだろう。

「……あのバカらしく、脳筋だなぁ」

 玄武が笑う顔が目に浮かぶ。

「……凛、お願い!」

 この冒険のフィナーレには、まだ早い


「ぐっ……」

 想像以上に魔力の消費が激しい。どんどんと体から魔力が抜けていくのがわかる。

「でも、まだ足りない!」

 この砲撃を止めようと、上空に浮かぶロボットたちが寄ってくるのがわかる。

「行かせないよ!」

「ポ!」

 しかし、それを必死に包帯による遠隔攻撃で影人くんたちが止めている。きっと、ハチも見えないが、戦っている。

「導華、見ててよ!」

 出力をさらに上げる。

「私、頑張る!」

 すると、グリーズにヒビが入り出した。

「もう少しじゃ!」

 背後からみんなの声がする。

「いっけえええええええええ!!!!!!」

 赤い球体が、音を立てて砕け散った。



「なん……だと……!」

 砕け散ったその瞬間を見て、先生は膝をついた。

「グリーズが……押し負けた……!?」

 それは、先生にとって、信じがたい事実だった。

「……まだだ」

 しかし、先生は諦めていなかった。

「せめて、私の魔力を使えば、この街を吹き飛ばす程度……」

「させ……ません」

 先生がどこかに行こうとしたその時だ。

「……なぜだ」

 先生の背に、ある立ち上がるものの姿があった。

「なぜ、まだ立ち上がる!」

 窮地で、死にかけ。刀もない。だけど、まだ立ち上がる。

「ハァ……ハァ……」

 誰一人として、死んでほしくはない。

「この街を壊すというならば、私はまだ……立ち上がります」

 この街の人々に、光を与えたい。

「たとえ、誰が相手だって……」

 それが私の今立ち上がる理由だ。

「何回だって、立ち上がります!」

「だが、武器もない。そんな、お前に何ができる!」

「武器がなくても、腕があります!」

 私はその覚悟でここにいる。

「たとえ素手でも、あなたを止めます! 絶対に!」



「その覚悟……見せてみろ!」

 グリーズがなくなり、先生もかなり疲労が見えてきた。

「『一念通天』!!!!」

 そんな中での、全力の技。私めがけてそれが飛んでくる。

「お前の覚悟を、見せてみるがいい!」

 槍が段々と私に迫る。

「……いいよ」

 その槍は、凄まじい風圧で私を貫いた。

「グッ!」

 しかし間一髪、腹と槍の間に左手を入れたおかげで、その槍の直撃を防いだ。

「ならもう一度……」

 槍を抜こうと、先生は力を入れた。

「ぬ……抜けない!?」

 私の貫かれた左手は、抜くことを許さない。

「先生……あなたは二つしないといけないことがあります」

 少しだけ残った力を、グッと右手に込める。

「4人の生徒を見守ること……そして4人の生徒に謝ることです!」

 私の全力の右アッパーが、先生の顎に入った。



「……カハッ」

 私のアッパーをくらって、先生が倒れ、同時に私も倒れた。

「導華さん!」

 そう西村さんが呼ぶがする。

「ヨイショ!」

 段々意識が朦朧としてきた。

「大丈夫デスカ……導華サン……」

 そして、私は意識を失った。



「……ん」

 目が覚めて、私は体を起こした。

「ここは……イテテ」

 辺りを見れば、そこはいつもの病院。どうやら私は入院したらしい。左手やら、頭やら、あちこちに包帯が巻いてある。

「……前にもこんなことあったね」

 私は異世界転生した当初を思い出す。前もこんな風に傷だらけだった。

「とりあえず、ナースコール押すか」

 色々気になることはあるが、ひとまず、慣れた手つきでナースコールを押した。



「んで、なんでナースコール押したらアンタが来るわけ?」

「なんか見舞いに来ようとしたら、カチって聞こえたんだよカチって」

 ナースコールを押した私だったが、なぜかすぐ後に来たのは、看護師ではなく玄武だった。

「まあいいや。結局あの後どうなったの?」

「ああ、順を追って説明しなきゃな」

 そう言いながら、玄武は私のベッドの横の椅子に腰掛けた。

「まず、あの後お前と先生は二人とも気絶。そこにきたデニーが北原たち4人の檻を破壊。すぐさま二人ともこの病院に運び込まれた。それが三日前。つまりお前は3日寝続けてたってわけだ」

「3日もか……」

「そして、あの都市ディザウィッシュは、なくなることになった。それによって、あっこにいた人たちはみんなこっちに越してきた。おかげであちこちの不動産屋がヒィヒィ言ってるらしい。古々尾さんが言ってた。」

「へぇ〜。まあ内部が腐ってたしね」

「次。北原たちの4人の生徒もこっちに越してきた。北原は家買って、俺の知り合いの会社に勤めることになった。西村さんは自分の稼いだ金で家を買った。東山と南川は金がなかったもんで、二人揃って感史のところで預かってもらうことになった」

「なるほど……。とりあえずは安心できそうだね」

 4人のことは、これで一安心だ。

「それで肝心の先生なんだが……。これは見てもらったほうが早いな。ちょっと来い」

「え、怪我人に歩かせるわけ?」

「お前ならどうせ歩けるだろ。三日間も寝てたんだし」

 そして、玄武に連れられ、ある病室の前にやってきた。

「失礼しまーす」

 中に入ると、西村さんたち4人がいた。

「あ、導華さん。大丈夫ですか?」

「ええ、おかげさまで」

 4人はあるベッドを囲んでいた。

「それで先生は……」

 4人の囲んでいたベッドに寝ていたのは、紛れもなく先生だった。

「先生は、グリーズに長い間エネルギーをもらっていたのが影響したのか、理由はわかりませんが、目を覚さないんです」

「生きてはいるんだけどね」

 なるほど……。確かに急激に体を治すほどのエネルギー、なおかつ戦闘時にも使って、それ以外でも何年も使っていたとなれば、なんらかの影響が出るのも自然か……。

「あ、あと先生から導華さんに伝言が」

「伝言?」

「あの後、導華さんが気絶していた時に、先生少しだけ意識があったんです。それで導華さんにこう言ってほしいと。『ありがとう。目が覚めた』と」

「……わかった。ありがとう」

「きっと先生は、こんな姿でも夢の中で私たちを見守っていてくれるよな!」

「そうでしょう。先生のことですし」

 先生の寝顔は、安らかだった。その顔は、あの時の激闘が考えられないような、そんな寝顔だった。



「とりあえずはこんなもんだ」

「とにかく、みんな無事で良かったよ」

 私の病室に戻ってきて、玄武と私は4人からもらったリンゴを食べていた。

「……あ〜、待った。まだあった」

「え?」

 そんな中、玄武が何かを思い出したかのように、顔を上げた。

「お前にど〜しても二人きりで会いたいって人がいたんだった。ちょっと待ってろ」

 そう言って、玄武は病室を出て行った。

「私にどうしても会いたい人……」

 誰だろうか、想像がつかない。

 しばらくして、私の病室に一人、誰かが入ってきた。

「……おはよ。導華」

 それは、私の唯一の心残りであった凛だった。



「凛、だったんだ」

 もうまともに話したのは、一週間も前になる。

「こうやってちゃんと話すのは久しぶり……だね」

 凛は椅子に座った。なんとなく気まずい雰囲気が流れた。

「……体は大丈夫?」

「うん。包帯はいっぱいあるけど、大丈夫」

 そう言って笑って見せた。

「そっ……か。良かった」

 すると、なぜだか凛はポタポタと涙を流し始めた。

「良かった……。本当に無事で良かった……」

「凛……?」

「私、導華が落ちた時、もう終わったって思った。謝らないで、導華が死んじゃうんだって思った」

 落ちた涙が、導華のズボンにシミを作っていく。

「私、ずっと謝りたかった。自分勝手を導華に押し付けて、勝手に怒って、導華を泣かせて……。全部私が悪いのに、謝れなかった」

「そう……だったんだ」

 こんなに凛が泣いているところを見るのは、初めて私が凛に会った時以来だ。

「導華……ごめん。自分勝手なこと言って、ごめん」

 そう言って、凛は泣いていた。そんな凛に私はなんと言って良いのかわからなかった。こんなに自分のことで泣かれるのは、初めてだったからだ。

 だけれど、私は気づいていた。凛はきっと、寂しかったのだ。私にかまってもらえなくって、私を盗られたと思ったんだろう。

「……いいよ。もう気にしてないから」

 私は上半身を起こして、凛を抱きしめた。

 何をしたらいいかわからない。しかし、私が精一杯考えて、今の気持ちを凛に伝えるには、これが一番だと思った。

「だから、一緒に帰って、また話そうね」

「うん……。うん……!」

 ただただ、凛の鼻をすする音が、病室に響いていた。



 凛が帰って、病室はまた静かになった。

「……今回は、考えさせられたなぁ」

 先生と生徒。そんな関係の5人が引き起こした今回の事件。そんな中で私は理由というものを強く考えていた。

「私の戦う理由……」

 真っ白な病院の天井。それを見ながら、少し考える。



「……今は変えないでいいかな」



 まだこのままで、この私の好きな生活の中で、この理由を変える必要性はない。だから、私はこのまま私の生き方を曲げない。そう、誓った。

「導華〜、入るなの〜」

「今日はみかんを持ってきたのじゃ〜」

「入れろ〜」

「は〜い、どうぞ〜」

 また、騒がしくなりそうだ。














 第7章 Keep watching from there 〜完〜

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