第42話 teacher/先生

「おら!」

「うげっ!」

 昔々のある日のこと。そこはとある村の武道場。そこではよくある教師とある生徒が武道の鍛錬を重ねていた。

「ッ〜いってぇ!」

「ははは」

「先生、容赦なさすぎだぞ!」

「健太、武術に容赦は必要ないぞ!」

 その教師は大変武術に長けていて、この村では敵なしの実力だった。しかし、彼が本当に得意なのは武術ではない。

「それじゃあ、先生もうそろそろ槍の練習に行かないと」

「ちぇ〜、今日は終わりか〜」

「また明日な」

 そう言って、彼は大きなカバンを背負って、武道場を出た。

「……さて」

 そうして、彼がやってきたのは、山に少し入ったところにある彼の練習場だった。そこは草木が生い茂り、彼はいつもそこにある木を練習台としていた。

「そろそろ相棒もボロになってきたな」

 背負っていた大きなカバンをおいて、そこから取り出したのは、先端が普通の槍よりも2倍ほど大きい特殊な槍だ。

 これは彼が村の鍛冶屋にオーダーメイドで作ってもらった代物で、かれこれ20年ほどずっと使っている。

「また鍛冶屋さんに持っていかないとな」

 そう言いながら、彼は利き手である左手に槍を持った。

 彼の持ち方もまた特殊で、通常両手で持つはずの槍を片手で持つのだ。これは彼が独学で槍を覚えたため、戦い方が完全に自己流であることが関係している。

「とりあえず、今日は我慢してくれよ!」

 今日も森の中で木が倒れる音が響いた。



「……今日はこれぐらいにしておくか」

 一通りの鍛錬を終えて、一息つき、先生は辺りの片付けをし始めた。

「先生、ちょっとよろしいですかな?」

 そんな折、先生を話しかけた人がいた。

「あ、村長」

 白い髭を生やし、杖をついた老人。彼こそがこの村の村長だった。村長は笑みを浮かべたまま佇んでいた。

「ここに来るなんて、珍しいですね」

「今日はお主にちょっとした話があってな」

「話?」

 すると村長は何の躊躇いもなく、こう言った。

「この村から、皆出てもらうことになった」

「……は?」

 その軽い言葉は、先生に重くのしかかった。



「出て行ってもらうって、どういうことですか!?」

「何、言葉の通りだよ」

 村長は髭をさすりながら言った。

「ここでダムを作るんだそうだ。心配はない、住む場所はきちんと保障されている」

「いや、そういう問題じゃ……!」

「それにな、先生」

 そう言いながら、村長は先生の肩を叩いた。

「わかるか? どれだけの大企業が動いているのか。君の言わんとすることもわかる。離れたくないじゃろう。しかし、大企業なら一個人程度簡単に潰せる。もうわかってくれ」

 その言葉を残して、彼はその場を去ってしまった。

「……腐ってやがる」

 先生は薄々察していた。どうせこの村の重役たちは、賄賂を受け取っている。そうでなければ、あれほどの笑顔を浮かべるはずがない。

「だが、私に何ができる?」

 単なる一個人。たとえこの村で力を合わせても、生き埋めで終わり。大企業にはどうしても太刀打ちできない。

「私は、無力だ……!」

 ただ、何とかしたい。そんな抽象的な欲望と叶うことのない願望が入り混じっていた。



「さて、田切さん。ゼニスのデータ持ってきました」

 今私たちがいるのは、西村さんの家だ。東山くん、南川さん、西村さんと私の4人でいるのだが、流石に狭い。

「それじゃあ見ましょうか」

 4人で南川さんが持ってきたパソコンの映像を凝視する。

「なるほど……」

 私たちが今見ている映像は7年ほど前のもので、ちょうど西村さんたちが移住してきたくらいの頃の映像である。

「レイピアか……」

 映像の中で、ゼニスはレイピアで戦っており、会社の社長とは思えないほどしっかりとした動きを見せている。

「勝てそうか?」

「まあ、勝てないことはない……と思う」

 次の映像を観ようと映像フォルダを漁っていると、奇妙なことに気がつく。

「なんか、3、4年前から急に映像がなくなったね」

 見れば直近3、4年の映像が一つもない。

「そうなんだよね。ここ最近全く外自体に出なくなって、戦うところもないんだ」

「なるほど……」

 そうなれば、今のレベルは未知数。やはりしっかり警戒した方が良さそうだ。

「使う武器は右手のレイピア……、速度は速い……、肉体は中肉……か?」

 服装はマントを着ており、そのマントに身を隠すように動いている。さらに、その表情は仮面に包まれており、わからない。

「表情からも読み取れなさそうだね」

 まだまだ、研究の余地がありそうだ。



「そういえば、ゼニスさんって何か事件で新聞に載りませんでしたか?」

「……そういえば、あったような気がする」

 そして、南川さんがパソコンで調べ始めた。

「事件?」

「確か……あった!」

 そう言って、南川さんが見せたのは、ある水難事故の話題だった。

「今から約3年前。ガンデイの社長が海で講演会をした時だったはず。早朝に社長が海で倒れていたのが発見されたの。近くにはボディガードが3人気絶して倒れているのが発見されて、1人が海に沈んで死亡。でも、社長は生きてて、誰かに殴られたって話してたらしい」

「犯人は?」

「捕まってない。その時の会見の映像があるんだけど、見る?」

「お願いする」

 そうして、映像を見せてもらった。そこには、事件の様子を事細かに話す変わった声のゼニスが映っていた。

「ボイチェン使ってるのかな?」

「多分。この頃からこんなことが起きても大丈夫なように、社長の中身を入れ替えてるみたい。その筋が話してた。そのために誰になってもいいように、ボイチェンを使ってるみたい」

「なるほど……」

 ここからガードが固くなったわけか。私が行ってももしかしたら、本物じゃないかもしれないわけか……。

「何をとっても、厄介そうだな」

 それでもやるしかない。そのために今私はここにいるのだから。



「うが〜! やっと骨組みができたのじゃ!」

 深夜になって、星奏が声を上げた。

「いよ〜し、よくやった!」

「ワシはもう寝るのじゃ!」

 そう言いながら、彼女は貸してもらった導華の部屋へ向かった。

「やっぱり星奏はこういう細い加工が上手いんだよな〜」

 星奏は刀鍛冶である。しかし、その仕事をしていくうちにある程度鉄を加工する技術が上がって行った。そのため、こういった細かいところは星奏に頼むのが一番いいのだ。

「これなら間に合いそうだな。次は俺が頑張らないと」

 そして、玄武はその骨組みに鉄をつけて、形を作っていく。

「やっぱでかいもんを作るには、魔力が厳しいな……」

 そう言いながらも、彼は夜通し頑張って、その形を作り続けるのだった。



「うおえ〜、死ぬ〜」

 早朝。らんまの元に徹夜をした玄武がやってきた。

「お〜、お疲れなの〜」

 ばたりと倒れ込み、らんまの方を向く。

「ラスト、お前の電気部分だぞ」

 最後はらんま。電気系統のありとあらゆる部分を担当し、今回の作戦の肝になる存在だ。

「電気部分はシミュレーションした感じそんなに難しくはなさそうなの。だけど、一個問題があるの」

「問題〜?」

「そうなの。どう考えても電気が足りないの」

 今回発明品は、強力な兵器だ。しかし、いかんせん電力の消費が激しい。このままだと実用どころか、稼働さえ厳しいだろう。

「何か方法は……」

 ただでさえ飛行船という特殊な場。そこで電力を入手すること自体難しい。

「……あの、ちょっといいですか?」

 その時、この会話を偶然聞いていた凛が話しかけてきた。

「あ、凛?」

「どうしたなの?」

 そして、凛はひとつある提案をした。その提案は凛だからこその提案だった。



「……なるほどなの。確かにそれなら何とかなるかもしれないの」

 提案を一通り聞き、らんまは考えた。

「でも、本当に大丈夫なの? そんなこと」

 一応、らんまは凛に聞いた。

「大丈夫です。今の私には、これが一番の役目ですから。体、張らせてください」

 そう言って、凛はない胸を叩く。

「わかったの。きっとそれが今できる唯一の方法なの。でも、無理になったら絶対に言ってなの。命が一番なの」

 そうらんまは警告をして、凛は深く頷いた。

「ええ、わかってます。任せてください」

 この計画で導華を助けられるなら、その手助けができるなら、それでいい。そう凛は考えていた。

「それじゃあ、頑張ってくるの!」

 そうして、また計画が動きだし始めた。



『あ〜、あ〜。テストテスト。聞こえてるか?』

「うん、大丈夫」

「大丈夫デース!」

 深夜0時頃。闘技場の出口付近で、私とデニーさんはそれぞれトランシーバーを持っていた。

『そっちの人員は大丈夫か?』

「うん、全員いる」

 そこには、東山さん、西村さん、南川さんがいた。さらに、加えてもう1人ある男がいた。

「北原さん、道案内お願いします」

「了解です」

 彼の名前は北原。玄武の方からデニーと一緒に送られてきた男だった。



「久しぶりだな。北原」

「久しぶりだね。東山くん」

 遡ること数時間前。玄武によって北原さんが送り込まれた時、なぜか東山さんと睨み合っていた。

「お、お二人は何かあるんですか?」

 どうにも展開が動かないので、恐る恐る北原さんに聞いてみる。

「……中学時代の同級生」

「2年ほど前に、外部の大学を卒業して、ここに戻ってきたのです」

「それであのゴミクソ企業ガンデイに勤めやがったんだよ」

 なるほど。目の敵であるガンデイに務めたから、北原さんを恨んでいるわけか。

「まあでも、そのおかげで私たちも情報を手に入れられてるんだけどね」

 睨み合っている2人を見ながら、南川さんがやってきた。

「……どういうことだ?」

「あれ、知らないの?」

 そう言いながら、南川さんはパソコンを開いた。

「私の情報網からっていうものももちろんあるけど、半分くらいはキタくんからのもの。知らなかったの?」

「そうだったのかよ……」

 その言葉を聞いて、東山さんは膝から崩れ落ちた。

「まあ、あんただったらわかんないだろうとは思ってたよ?」

「なら言ってくれよ」

「どーせ信じないでしょ?」

「……」

 図星だったようだ。

「……僕は、先生を取り戻すために、ガンデイに入社した。先生が教えてくれた勉強を、先生を取り戻すために続けた。そうして、やっとそのチャンスが来た。もうわかるだろ?」

 そして、北原さんは東山さんに手を伸ばした。

「行こう。みんなで」

 東山さんは鼻で笑って、北原さんの手を取った。

「おめーのその言い方、昔からムカつくんだよ」

 その言葉を聞き、北原さんも鼻で笑う。

「お互い様さ」

 そうして、先生を取り戻すべく、同級生4人組、デニーさん、加えて私がついに揃ったのだった。



「まずは、早速ですが二手に別れましょう」

 作戦開始直後、北原さんはそう言った。

「その意図は?」

「まずは絶対的に必要になってくるのが、社内を撹乱する役。こうしないとそもそも警備が外れません。次にそれに合わせて社長室に乗り込む役。この街の状況、なおかつ玄武団の皆さんを助けるにはこれが必要です。そして最後、先生を助け出す役。今回の必須の役です」

「……であれば、救助には皆さんが。私は社長室に。デニーさんが撹乱役というのでどうですか?」

「……大丈夫ですか、社長室に1人で」

 それはそうだ。この大企業の社長、最初は弱いだろうと踏んでいたが、映像を見れば見るほど強く感じてくる。そんなやつを1人で相手するのは、危険だろう。

「大丈夫です。むしろ、一人で行かせてください。どれだけ危険になるかわからないので。それに……」

「それに?」

「私には仲間がついているので」

 たとえ、どれだけのことが起ころうが、私には玄武団がついている。それだけで、私は存分に戦えるのだ。

「わかりました。では、お願いします」

 ここから、私たちの作戦が幕を開けた。



「はぁ……」

 ある会社員がため息をついた。

「もう何日ここにいますかね?」

「かれこれ三日はいつだろうな」

「もう働きっぱなしですよ……」

 彼らの勤める会社の名はガンデイ。日本でもまあまあ有名なロボット会社だ。

「いつになったら帰れるのやら……」

 彼らは日々、過酷な労働生活を送っている。帰ろうにも帰れず、ノルマをひたすらこなして、いつ使えるかわからない金をもらう。それが彼らの日常だ。

「もうなんか、爆発でもしないもんですかねぇ!?」

 彼らはやけになり、そんな言葉を吐いた。

「したらいいんだけどな〜」

 その時だった。

「どぉーーーーーん!!!!!!」

 巨大な爆発音が会社に響いた。

「「本当に爆発した!?」」

 彼らに願いは意図せずに叶えられた。



「ビーッ! ビーッ! ビーッ!」

 当たり前だが、会社の中に非常アラートが鳴り響く。

「こっ、こんなところにいる場合じゃねぇ!」

「ああ、逃げるぞ!」

 そうして、彼らは逃げ去り、他にも多くの社員が逃げ出ていった。

「……もうあらかた人はいないデースかね?」

 申し訳程度の青いレスラーマスクをしているのは、スライム筋肉マッチョのデニーだ。

「絶対これマスクいらないですって」

 隣には私が赤いマスクをして立っていた。

「ロマンだから、いいんデース!」

 絶対これあの玄武バカが教えただろ。

「……もういいです」

 仕方がないので私は諦めた。

「とにかく、ここから別れますよ。私は上へ直行。デニーさんはそこらで暴れる。いいですね?」

「了解デース!!!」

 そうして、私は目の前にあるエレベーターに乗り込んだ。



「いいか、この先の牢に先生がいるはずだ。ゆっくり静かに近づくぞ」

 場所は変わって、ガンデイの地下。そこは地上と違い、苔や雨漏り、湿気にあふれた空間だった。

「こりゃひでぇ……」

「というか、まさかここまで酷いことをしていたなんて……」

「ガンデイ、闇深すぎ」

 そんな会話を交わし、奥へ奥へと進んでいく。

「しっ!」

 すると、戦闘を歩いていた北原が皆を止めた。

「何だ……」

「警備ロボットだ」

 そこには頭に赤いランプを乗せた、高さ1.2mほどの下が少し細まった、ドラム缶に二つタイヤをつけたかのような見た目をしたロボットがいた。

「やっぱいるよな」

「……少ない」

「どうしましたか?」

「いや、聞いてた情報よりも数が少ないなって」

 今北原たちのポジションから視認できるロボットは2体。南川が聞いていた情報だと、10体はザラにいたそうだ。

「デニーさんが暴れたからですかね?」

「……まあそういうことかな」

 そして、2台の4人はロボットの目を掻い潜り、進んでいく。

「……あ!」

 その時、北原が声をひそめて、しかし、しっかりとした声で驚いた。

「どうした?」

「先生だ」

 4人は即座にそちらを見た。すると、確かにそこにはスーツを着て、倒れた先生がいた。顔の大きな傷も健在だ。

「「「「先生!」」」」

 警備ロボットがいないことを確認し、4人は急いで先生の元へと駆けて行った。

「大丈夫!? 先生!」

 ゆさゆさと南川が体を揺らすと、先生がうめき声をあげた。

「う……うぅん」

 どうやら意識はあるらしい。

「よかったです!」

「やっと会えたじゃねぇか!」

「……みんな」

「先生、わかる? 私たちだよ?」

「やっと来てくれたんだね」

「遅くなって申し訳ありません」

「いいんだ。会えただけで嬉しい」

 4人は先生と抱き合った。何年も会っていなかった先生に久しぶりに会えた喜びで、彼らの心はいっぱいだった。



「……おかしいデース」

 会社を縦横無尽に動き回り、デニーはある異常を感じていた。

「ロボットが全くいまセーン!」

 最初にはいたはずのロボットたち。なぜだかそれが今では一台もいない。

「……嫌な予感がしマース」

 空では黒い雲が渦巻いていた。



 ゴウンゴウンとエレベーターが音を立てる。

「もうすぐ着くはず……」

 私は刀を握り、そこにいた。

「最上階です」

 そんな機械音と共に、エレベーターの扉が開いた。そして、目前に木の重厚な扉があった。

「昔の会社もこんな感じだったな」

 しかし、今は立場も状況も違う。今回は会社員ではなく、戦闘員としてここに入る。

「……行くか」

 ガチャリとドアを開き、中に入る。

「どうも」

「よく来たね」

 そこには映像に見たままの姿で、声で、佇むゼニスの姿があった。

「今日はどういった要件かな?」

「ここの街の人々からの搾取、そして今現在運行している飛行船の停止を求めます」

「ふむ……ここまで無理なことを率直に言われてしまうと、私も戸惑ってしまうよ」

「そんなに無理なことですかね?」

「そうだね。私がここにいるうちは」

「そうですか。なら……」

 そして、私は刀を構えた。

「そこ、力ずくでも退いてもらいます」

「そうか、残念だ」

 ゼニスは左手にレイピアを構えた。



「はっ!」

 まず最初に仕掛けてきたのはゼニス。事前情報通りの素早い動きで迫ってくる。

「そう簡単には、いきませんよ!」

 しかし、彼の横降りのレイピアを私は刀で受け止める。ギリギリと二つの武器が擦れる音がする。

「ふむ……これぐらいはしてくれないと困るから、心配していたよ」

「ご心配どうも……!」

 ガキンと大きな音がして、互いに距離をとる。

(やっぱり、ゼニスは想定通りの動きが多い……。これなら、戦える!)

「『炎刃』!」

 続いて、私は炎刃を発動する。

「甘いな」

 しかし、その炎の刃は簡単に抜けられる。

「だけど、これはどう!?」

 私は刀を打ち込むよう縦に持つと、それをゼニスに突き立てた。

「『炎突エントツ』!」

 一筋の炎の柱が、ゼニスに直撃する。

「惜しい」

 が、それはマントに当たり、うまくかわされてしまった。

「『突芯トッシン』」

「なっ!」

 ここにきて、想定していない動きが出てきた。

「くっ!」

 そのせいで刃が頬を掠めた。

「まだ、動きが未熟だ」

 その淡々と喋る声からは、余裕を感じられる。

「やっぱり、強い……!」

 私は頬の血を拭き取った。

「でも、負けるわけにはいかない!」

 たとえ格上でも、私はこの役目を全うするのだ。



「玄武、そろそろいくよ?」

「ああ、準備を始めておけ」

 導華とゼニスが交戦し、飛行船側でも動きがあった。

「そろそろ街が見えてくるはず……」

 暗雲が渦巻く中でも、飛行船は進み続けていた。

「その時まで、踏ん張れよ。導華」

 玄武はトランシーバーを強く握っていた。



「グハッ!」

 戦い始めてから十数分。私は明らかに押されていた。今では地面に膝をついている。

「どうした、そんなものか」

 悔しいが、本当に強い。無尽蔵の体力に素早い動き。想定していた動きよりも大きく外れた動きをしている。

(まず、何であれほどまで予想が外れるんだ……?)

 私の立てた予想がここまで外れるとは思っていなかった。

(一体どうなって……)

 目の前の光景、自分の記憶。その全てを加味して頭をフル回転させる。

(……まさか!)

 全ての可能性が結びついた。しかし、こうすると辻褄が合う。いや、合って

(本当に……これが?)

 考えたくはない。信じたくはない。しかし、これが一番の結論だった。



「……ふむ。そろそろ頃合いか?」

 そんな折、ゼニスがそんなことを言って、小さなリモコンを手にした。

「……何?」

「見ているがいい」

 そして、ゼニスはボタンを押した。



「それじゃあ、そろそろ撤退しよう」

「ああ、そうだな」

 一通り喜びを共有して、牢を出ようとした。その時だ。

「ガチャン」

 突然、牢屋にロックがかかった。

「何!?」

 そして、そのまま牢屋がみるみるうちに上がっていく。

「何が起きてるんだ?」

「私もこんなの聞いたこともない」

「私もここに捕まっていたが、こんなのは知らなかった」

 不安げな表情をした4人を乗せて、エレベーターは上がって行った。



「ガタン」

「やあ、こんばんは」

「導華さん!?」

「み、みんな!?」

 何と社長室の一部に穴が空き、下から牢が上がってきた。

「まあ、こうなるだろうと思ってね。作ってきたのさ」

 ゼニスはそう言って、リモコンをしまった。

「所詮、弱者はこうやって囚われて、使われるしかない。強者しか欲望を言うことも、叶えることも許されない。それが社会であり、抗えない事象なんだ」

 重いその言葉がのしかかる。

「……そんなこともありません」

 やっと体力が回復して、私は立ち上がった。

「弱者でもちょっとしたキッカケで上にのしあがることも、欲望を叶えることもできるようになります」

 人間は自分の欲望を願いと言って、叶えようとする。そうして人間は成長するものなのだ。これもまた、社会の一つの在り方だ。

「そんなこと、できるとは思わない」

 そう言って、彼は鼻で笑った。

「いや、できる……というか、今しているんじゃないんですか、ゼニスさん」

 私はもうここでしか言えないと思って、話し始めた。たとえ、これがどんな結果を招こうとも私はここで言う。4人にも聞いてもらわなければいけない。

「……何が言いたい?」

「だって、そうじゃないですか。昔がどうかは知りませんが、今では立派なビルの上で社員をこき使っているんですから」

 そして私はゼニスにゆっくりと指を差した。



「ですよね?『』?」



「「「「……は?」」」」

「……」

 その仮面が、わずかに揺れ動いた。

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