第40話 enclave/飛地

 ある昔の物語。

 とある街に先生と4人の生徒がいました。

 メガネをかけたその先生は、時に熱く、時に優しく生徒に接しました。

 そして、先生はその生徒たちが卒業するまでに、4人それぞれ違ったことを教えました。

 ある生徒には色とりどりの芸術を、ある生徒にはたくましい武術を、ある生徒には幅広い学術を、ある生徒には便利な処世術を。

 そうして、生徒たちは笑顔でその先生の元を巣立っていきました。

 その数ヶ月後、先生は学校から姿を消しました。



「うあああああ!!」

 今現在、飛行船が離陸してから十数時間が経った今。私は絶賛、空から落下中だった。

「やばいやばいやばい!」

 私は慌てて刀を握り、やけっぱちで刀に魔力を流した。

「『風刃』!」

 地面に落ちる数メートル上、私は風刃で突風を作り出し、落下の衝撃を大幅に抑えた。

「……いったいな〜」

 それでも少し足が痛い。そして私は上空を見た。

「だいぶ落ちたな……」

 飛行船は遥か空高くに飛んでいる。

「さて、どうやって帰ろうか」

 しかし、私はここで大切なことを思い出した。

「というか、そもそもここどこ?」

 私たちは都心から海の方向に向かって飛んでいたはず。十数時間も飛んだなら、海上にいないとおかしい。だが、私は今陸上にいる。

「なにここ荒野?」

 しかも、そこはまるで荒野のようで、地面は茶色で周りにはなにもない。

「……やっぱり、ここは異世界なんだなぁ」

 玄武から基本は一緒だと教えてもらったが、やはり違う部分は出てくるようだ。

「電話は……圏外か」

 こうなると手詰まりだ。いっそのこと飛行船の飛んでいった方向に向かって歩いてみようか?

「それでもどれくらいの距離かもわからないし……」

 そんな折、前から人が歩いてくるのが見えた。

「は〜、こんなところにも人がいるんだ」

 そんな人影も今は救いの手。私はその人影に話しかけることにした。

「あの〜、すいません」

 近づいていくと、段々その姿が明らかになる。その人影は女性で、年齢は20代前半に見え、髪は黒色。加えて丸いメガネをかけている。

「あなたが、先程落ちてきた人ですか?」

 メガネをかちゃりと上げて、彼女が聞いてきた。

「あ、はい」

「無事なようですね。よかったです」

 彼女は優しく微笑むと、私の手を掴んだ。

「ここにいては危ないです。少し場所を変えましょう」

「は、はぁ」

 言われるがまま、立ちっぱなしでいると、女性が本を開いた。

「『ワープ』!」

 そう言うと、私たちの周りに光の輪ができた。

「そのままじっとしていてください」

「あ、了解です」

 この感じ、玄武の転移によく似ている。

「それでは、いきましょう」

 そうして、私と謎の女性はその場から消えた。



「おんどりゃっさい!」

 飛行船の司令室。突然そこのドアが大きな音をたてて蹴破られた。

「何者だ!」

 中にいた操作員たちはそちらを向く。

「俺だ!」

 そして、酒に酔った玄武はまるで返しになっていないような返事をする。

「ハァ!?」

 すると玄武は大きな声で叫ぶ。

「誰だぁ! ロボットをけしかけたアホンダラは!」

 手に銃を持ち、明らかにヤバいやつの雰囲気を醸し出しながら、一人一人の顔を見る。

「おかげで酔いが覚めちまったじゃねぇか!」

 しかし、顔を真っ赤にし、玄武は誰が見てもわかるほど酒に酔っていた。

「どうしますか、司令」

 1人の操作員が、司令官に耳打ちする。

「……この男、ここにくるまでの廊下に配置したロボット全てを倒している」

「……本当ですか?」

 その話を聞き、操作員は信じられないとでも言うように、目を大きく開けた。

「ああ、モニターに書いてある」

 司令官が持つモニターの監視カメラの映像には、ここまでの廊下に大量のロボットが倒れているのが映し出されていた。

「この男には、我々が数でかかっても、勝てる見込みはない。むしろ、この男たちを味方につけた方が良いだろう」

 目を細め、睨むように玄武を見る。

「これは、社長を止める絶好のチャンスだ」



「どうぞ」

「ああ、どうも」

 突然転移させられたつれてこられたのは、一軒家の中。内装は黄ばんだ白い壁に赤色のカーペットと、その上にちゃぶ台といったようにかなり変わっている。

「……なかなか個性的な内装ですね」

 タンスの上にはフランス人形に、タコスのフィギュア。クマのぬいぐるみなど、変わった品々が並んでいる。

 正直変わっていると思うが、そういうことは言わないのがお約束だ。

「ああ、ファンの方が下さったものを並べているだけです」

「ファンの方?」

「私、実は絵本作家をしていまして。その作品のファンの方々が、色々なものを送ってくださるんですよ」

「絵本作家ですか。すごいですね!」

「まだまだ無名ですがね」

 そう言いながら、彼女は笑みを浮かべた。

「そういえば、名前を言っていませんでしたね。私の名前は、西村にしむら 絵花えばなと言います」

「ああどうも、田切 導華と言います」

 ぺこりとお互いに頭を下げあった後、私は本題に入った。

「あの、ところでここはどこなんですかね?」

 ここで私はずっと気になっていたことを聞いてみた。

「ここは……そうですね。ディザウィッシュに向かう通り道といいますか……」

 急に聞き覚えのない名前は出てきた。

「……ディザウィッシュ?」

「あら? ディザウィッシュをご存知なかったですか。失礼ですが、ご留学などをされていたんですか?」

 おっと、このディザウィッシュとやらはここでは常識だったらしい。ここにきて初めてカルチャーショックもどきのような現象に遭遇した。

「ええ、少しの間ですが」

 情報を聞き出したかったので、適当に話を合わせておく。

「ならそこから説明いたしましょうか」

と言って、西村さんは奥から地図を持ってきた。

「これが今の日本地図です」

 広げて見せてくれたのは、私の知っている日本地図とは少し違ったものだった。本州などの形はそのままなのだが、神奈川や、北海道、沖縄などの海に面している都道府県から何か線のようなものが伸びている。

「今私たちがいるのはここです」

 そう言って、彼女は神奈川県から伸びる線を指差した。

「ここに20年で日本はある改革を始めました。それが、埋立地増加計画。様々な産業で土地がなくなった日本は、数個、浮島を作り、そこに街を建てることを宣言しました」

 なるほど。これはあくまで憶測に過ぎないが、この世界には重機の他に魔法がある。それを使えば、埋め立ても容易にできる。だから、これほどまでに多くの埋め立て地ができたのだろう。

「そうして、多くの人々がここに移住しました。私もその1人です。数少ない集落に住んでいたのですが、開発で邪魔だからと半ば強制ここに移住してきたのです」

 この世界の日本は随分と大胆な改革に出たようだ。まさか、海上に島を作り出し、そこに通路を開通させ、尚且つ人を住まわせるとは。やはり、異世界と元の世界は魔法一つでやることも変わってくるものだ。

「そして最近。このディザウィッシュで大気汚染が進んでいまして、私は肺が生まれつき弱いので、街から少し離れたここで暮らしているのです」

 話を聞いて理解した。おそらく私たちの飛行船はそのディザウィッシュとやらにつく予定だったのだろう。だがなぜそんなところに?

「ところで、田切さんはなぜそんなところに?」

「あ〜、それはですね……」

 そこで私はかくかくしかじか、西村さんに説明をした。

「なるほど。とある企業が……」

 すると、西村さんは考え込んで、こう言った。

「その旅行、下手したらみんな死んじゃうかもしれません」

「……はぁ!?」

 私は素っ頓狂な声をあげた。



「え、死ぬってどういうことですか!?」

 慌てて西村さんに聞き直す。

「今現在、あの街ではあるあくどい計画が進行しているんです」

「あくどい計画?」

「私も詳しくは知らないのですが、あの街の住民から魔力や電力を奪い取っているのです」

「奪い取るって……何のためにですか?」

「田切さん、少々外を見ていただけませんか?」

 そういえば、私はここの外がどうなっているかを知らない。

 そう急かされて、私は窓を開けた。

「うおお……」

 そこでは暗い街に最低限の灯りが灯り、中心に巨大なビルが建っているのが見える。

「あれがディザウィッシュ……」

「そして、あのビルの上です。見えますか?」

 西村さんが指を指した先には、巨大なビルの上に大きな赤い球が乗っているのが見えた。

「……なんか、趣味悪いですね」

「あれがあのビルの社長の趣味らしいです。とにかく、どうやらあの球に魔力やら、電力やらのありとあらゆるエネルギーを、溜め込んでいるようなんです」

「その使い道は……?」

「わかりません。ただ、ろくなことに使っていないのは確かです。今もあの街ではあの会社が電力を奪っているせいで、中がとても暗いんです。しかも、住民も魔力をとられているせいで、力もありません」

 反逆をしようにもできない。そのせいでやられっぱなしってわけか……。

「……つまり、西村さんはこのままいけば、あの飛行船が街に入って、死ぬまで魔力を持ってかれるかもしれない……って思ってるってことですか?」

「そういうことです」

 随分無理な考えに思えるが、嫌な予感がする。万一そんなことになったら……。考えたくもない。



「それなら、私、連絡を取りたいです。どこか携帯が繋がるところってありますか?」

 とにかく、この状況を玄武たちに伝えるためにまずは携帯を使えるようにしなければならない。

「うーん、この辺にはないですかね……」

「この辺には?」

「あるにはあるのですが……」

「何か問題が?」

 すると西村さんは神妙な面持ちになった。

「あの街は基本的に携帯も通じていません。唯一使えるのが社長室、ということになっています」

「ということになっている?」

「はい、実はこの街にはもう一つ、裏闘技場というものがあるのです。そこの勝者は使うことにできる携帯を与えられるのです」

 没収を防ぐために地下で戦う。かなり理にかなった発想だ。

「でも田切さん。危ないですよ?」

 立ち上がった私を心配そうに西村さんが見た。

「大丈夫です。すでに死戦は何度か潜り抜けてきてるので」

 だが、私にとっては人間と戦うという時点で危険ではない。

「申し訳ないのですが、場所を教えてもらってもいいですか?」

「それなら、私も行きます」

「え、でも肺が……」

 すると、西村さんは戸棚を開けて、中からガスマスクを取り出し、顔につけ始めた。

「いや、このガスマスクをすればある程度は大丈夫です」

「なら、お願いします!」

 こうして、私たちはディザウィッシュへと向かうのだった。



「どうしようどうしようどうしよう……」

 私はその場でぐるぐると思考していた。

「導華大丈夫かな……」

 見たところ、着地はできたようだが、その後に見失ってしまった。

「凛さん、考えていても仕方ありません。マスターの元に行きましょう」

 そう言いながら、レイさんは私の肩に手を乗せた。

「……そうだね。玄武なら何かできるかもしれないし……」

 その時、飛行船のスピーカーが鳴り響いた。

『あ〜、お前ら! 聞こえるか!?』

 その声の主は紛れもなく玄武だ。

「玄武!?」

『ちいと面倒なことになった! 至急、司令室ってところに来てくれ!』

 突然始まったかと思ったら、あっという間に放送が切れてしまった。

「レイさん、司令室の場所って……」

「はい、表示します」

 そして、レイさんは手のひらを上に向けると、手のひらから地図のホログラムを空間に投影した。

「こんなことまで……」

「司令室はここですね。一緒に行きましょうか」

「はい!」

 私とレイさんは着替えて、共に司令室に向かう。すると、道中に大量のロボットの残骸が落ちていることに気がつく。

「こんなに居たとは……」

「凛さん、間も無く到着です」

 そして、私とレイさんは司令室の壊れたドアをくぐった。

「おう、来たか」

 そこにはすでに、デニーさんや影人くんといった玄武団の面々が揃っていた。

「それで何? こっちはそれどころじゃないんだけど」

 私の頭の中は今、導華のことでいっぱいだった。

「ああ、導華のことだろ? そっちは大丈夫だ。うまいこと着地に成功したし、後で合流するだろうしな」

「何でそんなことがわかるのさ?」

「その話を今からするんだよ。おら、お前話せ」

 そう言いながら、メガネをかけて、体をぐるぐる巻きにされた司令官の背中を叩く。

「……私はこの飛行船の司令官をしております、北原きたはら 学人がくとと申します」

 北原はそう言って、頭を下げた。

「それでなのですが、まずは落ちた侍さんのお話ですね」

 私は目の色を変えた。

「単刀直入にいうと大丈夫です。私の学生時代の友人で、絵本作家をしている女性の家に行ったようなので」

 その言葉を聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。

「しかし、今ピンチなのはどっちかといえばみなさまの方なのです」

「……それってどういう?」

 すると、北原は唾をごくりと飲んだ。そして、額に汗を滲ませ、こう答えた。

「我が社の社長が、もう間も無く都心へと侵攻を始めるのです」

「……はい?」

 それはあまりにも馬鹿げたように聞こえる話だった。



「その話をするために、今我々がどこに向かっているのかを話します」

 すると、北原の後ろのモニターに地図が映し出される。

「今現在、私たちはこの通路の上空を通っています。つまり、この先にあるものはもうわかるのではないですか?」

「……拡張都市 ディザウィッシュ」

 私は昔聞いたその名をつぶやいた。

「そうです。かつて日本政府が土地を広げるために造り、多くの村民を強制移動させたディザウィッシュです。私もその強制移動させられた1人です」

 北原は暗い顔を浮かべると、また話し始めた。

「そのディザウィッシュでは今、急速にエネルギーの吸収を行っています」

 続いてディスプレイに映し出されたのは、巨大な赤い球の写真だった。

「この球の名前は、グリーズ。ありとあらゆるエネルギーを溜め込む、いわばタンクのようなものです。ここにディザウィッシュのエネルギーの大部分が集められているのです」

 その話はニュースでも聞いたことのない話だった。まさか、一つの都市でここまで大きなことが起きているとは。

「この事業を行っているのが、我が社の社長であるゼニスさん。そして、ここからは私も直接聞いたことがありませんが、どうやら社長はその溜めたエネルギーを使って、自分たちを閉じ込めた者どもがいる都心へと進行をするそうなのです」

「オーウ……ベリーデンジャラス!」

 鬱憤ばらし……といったところであろうか。

「具体的にエネルギーをどう使うかとかは知ってるか?」

「すみません、わからないんです」

 そうして、北原の説明は終わった。まさに空想物語。しかし、それが真実だとすると、何としても止めなければ。



「ところで、何で僕たちはそこに向かってるの?」

「ポ!」

 影人くんが北原に聞いた。

「それは、運のエネルギーをいただくためです」

「運のエネルギー?」

「はい、先ほども言った通り、グリーズありとあらゆるエネルギーを吸い込みます。それがたとえ、実体のない運のようなものであっても」

つまりは、福引きでくじ運のいい奴を見つけ出して、その人の運を貰おうってわけだったのか。なかなか理にかなった作戦だ。

「そのため、このままいけばこの飛行船はグリーズに突っ込んで全部を吸収します」

 さらっととんでもないことを言ったぞこの人。

「ですが、これほどまでに強い玄武団の方々なら、むしろ吸収されるのは困ります」

 そう言われた玄武は嬉しそうにしている。

「そこで、私から二つお願いがあるんです。お代はたんまり出します。一つは社長を止めて欲しいこと。私たち社員としても、侵攻など不本意なのです。そしてもう一つ。これは社員としてではなく、一個人としてのお願いです」

 そう言って、北原は器用に顎で首のロケットを開けた。



「私たちの先生を、助けて欲しいのです!」



「先生……?」

 彼の首にロケットの中の写真には、笑顔で映る4人の学生たちと、少しくたびれたスーツを着て、優しい笑顔を浮かべた男が1人、写っていた。

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