第7章 Keep watching from there

第38話 Casually/偶然にも

「最近平和だねぇ……」

 5月も後半に入り、段々と梅雨が近づいているからなのか、雨が増えてきた。

 私はというと、石の心臓の事件以来、あまりこれといった事件も起きておらず、ずいぶん平和な日々を送っていた。

「いよっし、今日も行ってくる!」

 ここは事務所。私はソファに寝転びながら、ワイドショーを見ていた。そんな折、玄武が自室から出てきた。

「ほんと、懲りないねぇ」

 なぜ珍しく玄武が出てきたのかというと、丸八デパートの開店10分前だからである。

「なんでそんなに熱中するの?」

「だって、ワンチャン飛行船貸切旅行だぜ!? テンション上がる〜!」

「これだからバカは……」

 まず、なぜこの男がデパートの開店時間を気にするのかというと、最近の丸八デパートのキャンペーンが原因である。

「福引きごときでなんでそんなに熱中できるかね」

 それが、福引き。丸八デパートで500円以上買い物をすると、500円につき、一回分の抽選券がもらえる。そして、その特賞というのが、飛行船貸切のミステリーツアーなのだそうだ。

「そんじゃ!」

 玄武はそれを求めて、毎朝毎朝開店10分前になると、転移で移動して、抽選券で10回分福引きをしに行くというわけなのだ。

「ハァ……」

 そんなことを毎日毎日やるものだから、ポケットティッシュが溜まる溜まる。そのおかげで私が鍛錬で使っていた地下室は使えなくなった。

「まあ、自分のお金でやってるだけマシか……?」

 今日は何かしら当ててくるといいのだが。



「それよりも……」

 実は今日は、玄武の毎日福引きぼったくり選手権よりも重要なことがあった。

「今日なんだよね、コラボ」

 今日は凛が他のVチューバーさんとコラボする日なのである。ゴールデンウィークからずっと準備を続け、凛の腕前はおそらく向上した。未経験の私にはさっぱりだが。

「様子でも見に行ってみるか」

 緊張しているのか否か気になったので、私は凛の部屋の扉をノックした。あの日以来、ちゃんとノックをするようにしたのである。

「いいよ」

 返事が返ってきたので部屋に入ると、案外平気そうな顔をした凛がいた。

「案外大丈夫そう……」

「いや、ガッチガチ。コラボなんて気安くするんじゃなかった。漏らしそう」

「……ダメだったか」

 よく見ると、目の奥がぐるぐるしている。

「寝れなかった」

「んじゃ今寝なさい」

「やだ……練習する……」

 ここ一週間格ゲーロボットになってしまった凛はまた格ゲーの練習をしようとコントローラーに手を伸ばした。

「だーめ」

 私はそのコントローラーを奪い取った

「う〜、練習〜、練習〜」

 どうしても練習をしたいのか、私の足につかまり、うめき声をあげている。

「……しょうがないなぁ」

 そんな凛を引っぺがし、私は床に座った。

「ほ〜ら」

 顔を上げた凛に太ももを叩いて見せる。

「?」

 しかし、凛はイマイチピンと来ていないようだ。

「ほら。膝枕だよ、膝枕。凛もASMR?ってやつの時にやってたじゃん」

「……ふぇ?」

「早くおいで?」

「……ハイ」

 やっと凛は素直に横になった。



「ほ〜ら、よしよし」

 うろ覚えのASMRをお手本にして、凛の頭を撫でる。

(確か音声でこんなことを言ってたような気が……)

 しかし、凛はまだ寝ない。

「……ガードが硬い」

 ふと机の上を見れば、大量のエナジードリンクの空き缶が。どうやらあれを飲んだらしい。

「……ならば!」

 スッと耳元に顔を近づけ、ささやく。

「(もう寝る時間だよ〜)」

とは言ってもバッチリ朝なのだが。

「……」

 しかし、それでも凛は無言で目を開け続ける。

「むむむ……」

 こうして、凛と私の睡眠攻防戦が始まった。



(やばい……)

 拝啓お母様。あなたの娘、時雨 凛は今窮地に立たされています。

(欲が……欲が……!)

 私は今、導華への「甘えたい欲」が爆発しそうなのである。

(一言でも喋ったら、爆発する!)

 導華は首を傾げながら、私のASMRの真似をしているが、威力は絶大。今すぐにでも胸に顔を埋めて、そのまま押し倒したくなってくる。

(導華がここまで大人……というか母の魅力を持っているとは……)

 先程までエナモンやら、ブルーカウとかのエナジードリンクをがぶ飲みし、目が充血していた私。しかし、今は導華のせいで違う意味で興奮状態にある。

(寝れるわけない……! 早く寝て楽になりたい……!)

 変にカフェインが効いているからなのか、全く眠気を感じない。こちらは早く寝たいというのに。

(ささやき声といい、なでなでといい、導華ありとあらゆる技術が高すぎる!)

 時間が経てば経つほど、私の中の興奮メーターがみるみるうちに上がっていく。

(くっそ、こうなったら……!)

 私は賭けに出た。

(寝たふり!)

 目をグッと瞑って、寝たふりをする作戦に出た。これでどうにか導華を騙したい。

(頼む! 単純であれっ!)

 すると、導華はこう言った。

「……寝た?」

(いよおおおおおおし!)

 まさかの作戦成功。これにはお父さんも天国でにっこりだろう。

(よし、このまま部屋に出て行って……)

「それじゃあ、ベッドに運んであげよう」

(……は!?)

 導華は床で寝ている(寝たふりをしている)私の足と背中に手を回し、お姫様抱っこをした。

(あああああ、死ぬ、死ぬ!)

 爆発寸前。あんなことやこんなことをしたいという願望が、私に中のダムを突き破っていきそうになる。

「……軽いな」

(あっ、ありがとう)

 内心普通に嬉しかった。

「よいしょっと」

 なんとかじっとしたまま、ベッドに運ばれた。

(フーッ、フーッ!)

 もはや私は思考したら危ない段階まで来ていた。

「それじゃあ……」

 そう言って、導華は私のおでこに顔を近づけた。

「おやすみ♩」

 そして、キスをした。キスをしたのだ。

(フグゥ!)

 何となく導華を騙しているのが申し訳なくなってきた。が、今は欲を抑える方が大事だ。

「……私は行くね」

 結果、導華が部屋から出て行ったことで、私の欲望攻防戦は幕を閉じた。

 そして、私の中で今日、一つある教訓ができた。

(これからは、ちゃんと寝よう)

 もうこんな思いはこりごりだ。

(……でもたまには寝ないでおこう)

 結論、私が欲に忠実になる時は近いのかもしれない。



「さて、凛も寝たみたいだし……」

 凛が寝て、事務所に戻ってきた私は、バイクのキーを手に取った。

「……まさか、私がこんなにバイクを使うことになるなんてね」

 昔、会社に徒歩→電車→徒歩で行っていた私が、週に3回はバイクに乗るようになるなんて思わなかった。

「レイさん、行ってきまーす!」

「はい、いってらっしゃいませ」

 そして、私はあるところに向かった。



「ピンポーン……」

「すみませーん」

 洞窟に似合わないインターホン。それを押すと、付近の地面にカパリとマンホールのように、穴が空いた。

「この入り口、面白いよね」

 穴の中にあるハシゴを降りていく。そのうち、あかりが下から出ているのがわかり、地面に足がついた。ついた先は研究所の玄関部分だ。

「ム、導華か」

 そして、降りた先にいたのは、エプロン姿に三角巾を頭にした四根だった。

「あ、どうも」

 なぜ四根がこんな格好をしているのかというと、この研究所を逃げ出し、街をロボットでメチャクチャにしようとしたということで、らんまちゃんに、こっぴどく叱られたのだ。

 そして、罰として家事を一任され、その時の正装として、これを着ているのだ。ちなみに、家事プログラムは、らんまちゃんが30分もかからず搭載した。流石は天才の孫だ。

「今日も来たのか?」

「はい」

 で、なぜ私がここに来たのか。それは鍛錬のためである。

「らんまにも会いたかったですしね」

 事件後、迷惑をかけたということで、らんまちゃんから特別にあの闘技場の使用許可が降りたのだ。

「らんまが早く試したいと言っていた機体も待っているぞ」

 らんまちゃんもロボットの試運転ができる。私も鍛錬ができる。まさにwin-win。そういうわけで、今日はここに来たのである。



「……そういえば、らんまちゃんが居ませんね?」

 いつもなら、即座に来るはずのらんまちゃんなのだが、今日はなぜだか居ない。

「何かあったんですか?」

 心配になって、私が聞くと、四根は悩み出した。

「……これは言っても良いものなのか」

「何かまずいことでも!?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

 そのうち、金属音がしだして、廊下の奥から一閃がやってきた。

「どうした? 四根」

 一閃が四根に聞くと、四根は一閃に耳打ちをした。

「……どう思う?」

「おでは、大丈夫だと思う」

 少しの間、2人で審議した後、四根はこっちを向いた。

「導華よ、少し来てもらってもいいか?」

「別にいいですけど……?」

 一閃、四根に連れられたまま、テクテクと研究所内を歩いていくと、ある部屋に案内された。

「ここは?」

「中を見ればわかる」

 一閃に言われるがまま中を見ると、そこはぬいぐるみやら、キラキラした文房具やらがあるいわゆる女の子の部屋。そして、そこにはらんまちゃんが居た。居たのだが……。

「ヒッヒッヒ……これで勝ち確なの!」

 エナジードリンクにストローを突っ込み、限界寸前の状態でゲームをやっていた。

「なんじゃあれ……」

「どうやららんま殿、実は大事な人ととのゲームの対戦があるらしく、そのための練習のため、昨日から自室にこもっているのです」

「おでたちも、部屋から出そうと頑張った」

「ですが、我々石の心臓を搭載したロボットたちでは、らんま殿の命令に逆らえず、部屋に出されてしまって……」

「なるほど……」

 だから、あんなに廃人のような姿になっているというわけなのか。

「それでその……」

「OK。引っ張り出してくる」

 ドアをバコンと開け放ち、らんまちゃんが振り向く間も無く中に入った。

「うえ!? 導華……」

「健康に悪い!」

 らんまちゃんの脇に素早く手を差し込み、持ち上げ、部屋からポイっと出した。

「お〜」

「流石、導華」

 これにはロボット2人も拍手している。

「さて、らんま?」

 私は床にべたりと落ちているらんまちゃんの顔を覗き込む。

「訳を説明してもらおうか?」

「あわわわわ……」



「それで、ただゲームをやるくらいでなんであんなことを……」

 リビング。四根、一閃、私が並び、その3人と向かい合うような形でらんまちゃんが座る。

「えーと、その〜……」

 四根が質問をしたが、らんまちゃんは目を逸らし、ちゃんと答えない。

「はっきり、答えて」

「何かやましいことでも?」

 そして、観念したのか、らんまはスマフォの画面を無言で見せてきた。それを三人で覗き込む。

「なんだ、これ?」

「……アージ・アンタム?」

(……なんかこんなこと、前にもあった気が……)

 そこには、褐色で、目が青色。そして、金髪をした少女が写っていた。

「これがなんなんですか?」

 四根が不思議そうに聞いた。

「……私なの」

「え」

「え?」

(そうなったか〜!)

 なんと、らんまちゃんもVチューバーなのであった。



「その……研究費が足りなくて……」

 聞けば、研究費がカツカツで、少しでも食いぶちを増やそうと始めたらしい。そして、今日はコラボをするらしく、その練習として格ゲーをずっとやっていたそうなのだ。

「それで沼にずるずると……」

「はい……」

「登録者も70万人も集めて……」

「頑張ったの」

 自慢は今ではないぞ、らんまちゃん。

「それで、なんで話してくれなかったんです?」

「偉大な研究者の孫がカツカツだなんて、恥ずかしくて言えなくて……」

「別にいいのに……」

 四根はハァとため息をついた。

「……一個聞いていい?」

 ここで私はずっと気になっていたことを聞くことにした。

「今日コラボするのってなんて人?」

 念のため。念のためだ。展開は予想できている。

「アイリス・サンシャインさんなの……」

 やっぱりそうなっちゃったか。

(これって、私は凛とらんまちゃんが対戦ゲームをやるのを見ないといけないってわけ?)

 悩んだ結果、私はそのまま研究所に滞在するのだった。



「そろそろなの!」

 21:00。夜も更け始めたこの時間。ついに、凛とらんまちゃんとのコラボの時間だ。

「配信、スタートなの!」

 そして、らんまちゃん側の配信が始まった。そのすぐ後、凛ことアイリスの配信も始まった。ちなみに私は別室でスマフォ観戦をすることにした。

「こんばんは〜みんな! アイリス・サンシャインだよ〜!」

 キャラの違いすぎる挨拶。凛は完全にキャラを作りきっている。

「ハーイ! アージ・アンタムなの!」

 らんまちゃんもいつもの特徴的な語尾ともに挨拶をした。両者準備は万端だ。

「そんなわけで、今回はアイリス・サンシャインさんとコラボで〜す!」

 そうして、2人のコラボ対戦が始まった。



「ふふふ……圧勝!」

 格ゲーコラボ開始から1時間。今のところ、らんまちゃん側の勝利は全くなく、凛が圧勝していた。

「むむむ……」

 それもそのはず。凛は最近ほぼ毎日格ゲーをプレイし続け、その熟練度はその辺の上位帯プレイヤーのそれを超えていた。

「……しょうがない!」

 そのうち、悩んでいたらんまちゃんのキャラクターが画面外に出た。

「導華!」

 そして、なぜだか私のいる部屋に入ってきた。

「どうえ!?」

 思わず変な声をあげてしまった。

「配信は!?」

「大丈夫なの! それよりも……」

 すると、らんまちゃんはなぜか私の袖を掴んだ。

「私の代わりに格ゲーをプレイして欲しいの!」

「……はぁ!?」



 凛の自室。そこで凛はアイリス・サンシャインとして配信をしていた。

「アンタムさん、まだかな〜」

 そんなことを言っていると、アンタムさんが戻ってきた。しかし、なぜかその立ち絵の横にフリー素材の侍のイラストが配置されている。

「お待たせしましたなの!」

「おかえりなさーい!」

「ちょっと秘密兵器を連れてきたの!」

「秘密兵器?」

「そうなの! 私の友人の1人、名もなき侍さんに来てもらったの!」

 そして、アンタムは侍のイラストの周りをマウスでぐるぐると回した。

「諸事情で声は出せないけど、一旦ファイターをバトンタッチするの!」

「う〜ん、歯応えがなかったし、大丈夫だよ!」

「むむむ〜、侍さん! 敵をとってなの!」

 そのやりとりを見て、コメント欄は大いに湧いた。

「それじゃ、ワンラウンド戦……スタートなの!」

 アンタムの掛け声で、試合が始まった。



「流石に勝てるはず……!」

 凛はこの数週間の練習で身につけた自分の力に、自信を持っていた。

「……ん?」

 しかし、画面に映る侍のプレイアブルキャラクターはなんと凛のキャラクターと互角に戦っていた。

(この人……強い!)

 手を抜いていた凛だったが、次第にお決まりの上級者御用達のコンボや、オリジナルのコンボを使用しだす。

「くっ……!」

 が、それも綺麗にさばかれていく。

「あっ!」

 焦っていた凛の隙をつき、侍がトドメを刺した。

「強〜!」

 そんなコメントをして、凛は気づいた。

「……っし」

 わずかながら聞こえた、ある声に。聞き覚えのある声に。

「……導華?」

 彼女は誰にも聞こえない声で、そう呟いた。彼女は心にじわりと、黒いものが広がるのを感じた。



「ありがとうなの〜!」

 少しして、ついにらんまちゃんと凛のコラボ配信が終わった。

「ほんと、突然呼ばないでよ?」

「でも、導華強かったの!」

 私は凛の手元を見ていただけだったが、どうやらそれで動き方を覚えたらしい。そのおかげで対処ができた。

「それじゃあ、私はもう行かなきゃ」

「助かったの〜!」

 そして、私はバイクで研究所を出た。

「凛の方はどんな感じだったのかな〜」

 そんなことを思いながら、しばらくバイクを走らせ、ついに事務所に着いた。

「ただいま……」

 すると、事務所がやけに静かなのに気がつく。電気もついていない。

「あれ?」

 そのうち、テーブルの上の書き置きに気がつく。

「えーと、『飲みにいってきます 玄武より』」

 なるほど。どうやら飲みにいったらしい。だから、こんなに静かだったのか。

「レイさんは……」

 そういえば、今日は夜に外出すると言っていた気がする。

「だったら、静かなのも納得だね」

 そして、私は暗い廊下をカツカツと歩き、階段を登った。

「おかえり、導華」

「あ、凛」

 すると、暗い廊下に凛が立っていた。

「配信、お疲れ様」

「うん」

 そう声をかけると、凛は答えた。しかし、どこか違和感があった。

「……ところでさ、導華」

「どうしたの?」

「……どうして、裏切ったの?」

「……え」

 その声と眼差しは、冷たかった。



「裏切った……」

「導華さ、私のこと応援してるって言ってたよね?」

「そうだよ? もちろん……」

「だったら、何でアンタムさんの方にいたの?」

「え……」

 気づかれていたのか。

「気づかないとでも思った?」

「いや、その……」

 凛は私の肩を掴み、床に押し倒した。

「いたっ」

「導華は私のことを応援してくれてるんだよね? それなら何であっちで私のことを裏切ったの? そもそもどうしてあっちにいたの? 何でこっちで一緒にいてくれなかったの? 導華はさ、八方美人でいることがいいと思ってるの? いつも誰かに優しい言葉をかけて、喜ばせて。それのせいで私は無駄に喜んだんだよ? 何でそこまで考えずに勝手に言葉をかけたの? そのせいで喜んで苦しんで、辛い思いをするの、どれだけのことかわかる?」

「……ご、め……」

 段々と凛の手の力が強くなる。

「大体、どうしてずっと黙ってたの? アンタムさんのことを知ってるだなんて。知ってたらこうはならなかったよね? いつも賢くて、優しいと思ってたのに、ひどいよね? どうして? ねえ? 答えてよ!」

 叫ぶように、凛は言った。その目はうつろで、暗い。

「あ、あ……」

 その目を見て母を思い出す。あの恐ろしくて、怖くて、ずっとずっと嫌いだったあの人を。

「……ごめ、んね」

 そのうち、私の頬を涙がつたうのがわかった。

「……もうしないから、許して」

 喉の奥から出たやっとの声。まるですぐに潰れそうな、醜い声。暗い事務所でこだました。



 凛はわかっていた。この私の思いが自分勝手だと。導華は何も悪くなんてないと。偶然かもしれないこと、聞き間違えかもしれないことを導華に押し付けて、強い言葉で吐いた。

「……もうしないから、許して」

 我に帰り、自分がその手で、その口で、自分の好きな人を追い詰めていることに気がついた。

「……そっか」

 しかし、もう後戻りはできなかった。もう、導華は悪くないなんて言えなかった。

「……もういいよ」

 肩に置いた手を離し、自室に戻る。そして、扉を閉めて、へたり込んだ。

「……なんで、こんなことしたの?」

 それは自分自身への問いだった。

「導華は、何にも悪くないのに」

 そうだ。私はこの自分勝手を無理やり導華に押し付けたんだ。

「どうして?」

 今まで甘い言葉をもらった反動。それは、少しの裏切りの可能性で大きく返ってきた。

「ねえ、なんで?」

 誰かが答えてくれるはずがない。

「教えてよ……」

 少女の涙が、パソコンのディスプレイの光でキラリと光った。



 数日後、私は事務所にいた。

「八方美人……」

 いまだに気まずく、凛とは話せずにいた。

「私が、悪かったんだよね……」

 誰かに優しくすること。その反動と恐ろしさは、私にとって初めてのものだった。

「何が正解だったんだろ……」

 事務所を見渡すうち、ふと写真立てが目についた。

「……笑ってる」

 そこには玄武と、金髪の少女。そして、黒髪の女性が写っていた。

「こっちは……」

 こっちの写真には先程の少女とはまた違う、綺麗な青い瞳と金髪をもった少女が写っている。彼女は満面の笑みを浮かべている。

「……いいな」

 今の私には、なぜだか笑顔ができない。

「……はあ」

 力なく、私はソファに座った。



「どっどどどどど!」

 すると突然、事務所の階段を勢いよく駆け上がり、ドアをぶち開けて、玄武が入ってきた。

「何?」

 玄武に尋ねると、彼は手にある紙を持っていた。そして、それを見せてきた。

「あったりました!」

「何が?」

「だから、飛行船!」

「……は?」

 テンションの高い玄武は、机に足を叩きつけて、こう叫んだ。



「我々玄武団! 今から一週間後に飛行船のミステリーツアーに行きます!」



「……そんなことあるんだ」

 継続は力なり、とはよく言ったものだ。

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