第34話 adoration/敬愛
「五月雨……」
「どうしたなの?」
煌々と照る電球に照らされた一室。そこには少女とロボット、そして私がいた。
「……もしかして、君って五月雨 吉右衛門の……」
「ウチのおじいちゃんがどうかしたなの?」
やはり血縁。しかも、どうやら孫娘のようだ。
私はここで少し迷った。果たして正直にらんまに今の状況を話して良いものなのだろうか。「もしかしたら、おじいちゃんは泥棒かもしれないんだよ」なんて私は言いたくない。
「……ちょっと待っててね」
決めかねた私は、らんまから少し離れ、玄武に電話をかけた。
『なんか進展あったか?』
電話をかけると、ワンコールで玄武が出た。
(何から話そうかな……?)
私は玄武にここまでに起きたことを全て伝えた。
『孫娘……ねぇ?』
電話口からはサクサクと何かを食べる音が聞こえる。呑気なものだ。こちらは先程までバチバチにやりやっていたのに。
「言っても大丈夫かな?」
『ん〜、入ってきた人間にロボットをけしかけてくるやつ、まともに少女の感性してないんじゃないか?』
「いやいや、そんなことはないでしょ」
『まあだとしても俺は言ったほうがいいと思うけどな』
「そう?」
『こっちも手詰まりだし、絶対的に強力な情報源になってくれるだろうしな』
確かに、血縁者なら何か情報を持っている可能性は高い。
『まあそんなわけだ。何かまた有力な情報が入ったら、電話してくれ』
「わかった」
そして、私は電話を切った。
「……というわけなんだけど……何か情報とか知ってたりとか……」
部屋の中に座り、らんまに石の心臓の件を話した。すると、俯いていたらんまはこう呟いた。
「……四根の仕業だと思うの」
「四根?」
そういえば、先ほども四根という名を呟いていた気がする。
「確証はないけど、とりあえず、こっちにきて欲しいの」
らんまは私の袖を掴むと、らんまが出てきたドアを開けた。すると、その先には長く白い廊下が続いている。
「まず、ここはウチの研究所なの」
歩きながら、らんまが説明する。後ろからは先程のロボットもついてきている。
「元はおじいちゃんの秘密基地。だけど、お母さんとお父さんが海外に行くことになって、ここで暮らすことになったの。一族の中で、おじいちゃんに次ぐ天才と言われた私はいつもここで研究をしてるの」
「ついて行かなかったの?」
「うん、私はここを守らないといけないの。おじいちゃんと約束したの」
その時、らんまがある部屋の前で止まった。
「ここが例の部屋なの」
ギイという音と共に、引き戸を開けると、中は薄暗く、何かの光が見える。
「今、電気をつけるの」
らんまがスイッチを押すと、バチリと電気がついた。
「これは……カプセル?」
そこに並んでいたのは、10個のカプセル。中は空っぽだ。その上、その全てが割れている。
「ここには元は、10体のロボットがいたの。
一閃とは、どうやら先程戦ったロボットのようだ。
「ロボットってことは……」
「察しがついたようなの……。そうなの。このロボットたちはみんな、石の心臓で動いていたの」
何の因果か、石の心臓とストーカー事件はここで接点を持ったのだった。
「じゃあ、そのロボットたちは何処に行ったの?」
見たところカプセルには何も残っていない。
「一閃以外みんな、逃げたの……」
「逃げた!?」
「実は、こんなことがあったの……」
そう言って、らんまはある日の話を始めた。
この研究所には、元は8人のお手伝いさんのようなロボットがいた。
彼、彼女らは伝説のプログラマーである五月雨 吉右衛門によって作られた人工知能を搭載していて、かなりの高性能なスペックをしていた。
過去に戦闘用として開発された彼らは、今現在この研究所のお手伝いになった。
「ふう……」
その日、らんまは一通りの研究を終えて寝床に行こうとしていた。いつものようにロボットたちは充電用のカプセルに入っており、研究所は静かだった。
「ビー! 緊急事態発生! 緊急事態発生!」
すると、その静寂を破るかのように、赤いランプが回り、アラートが研究所に響いた。これが示すのは、非常事態だ。
「何なの!?」
その瞬間、研究所の一室で爆発が起きた。
「ドオオオン!!!!」
「……この方向は……!」
らんまは最低限戦えるようにカッターを持ち出し、部屋を飛び出す。目的の部屋からは煙が上がっている。
「まずいの……!」
大急ぎで廊下を走る。カツカツと廊下に靴の音が響き渡る。目的の部屋というのは、何を隠そう、ロボットたちの部屋だ。
「大丈夫……!?」
そう声をかけると同時に、凄まじい地響きがする。
「うわっ!?」
思わず腰が抜けて、らんまは部屋の外に投げ出された。
「いてててて……」
「……らんま殿。申し訳ない」
モクモクとあがる煙に満ちた部屋の中から、男の声がする。
「誰なの!?」
思わずらんまはそれに反応する。しかし、すぐさまその声が聞き慣れたものであると気がつく。
「我が名は
そして、その上の天井に向かって、ビームを放つと天井に穴が空き、そこから月明かりが入ってくる。それと同時に煙が晴れて、七人の姿が目に入る。
「あなたたちは……!」
その姿は、祖父が作り出し、今のいままで自分のことを手伝ってくれていたはずのロボットたち。その姿を見て、らんまは動揺を隠せない。
「では、さらばだ」
結果、四根たちは空いた穴から飛び上がり、どこかへ行ってしまった。
「……何が起きてるの?」
とりあえずと思い、らんまは手で仰ぎながら、部屋の中に入る。
「ひどい有様なの……」
そう言いながら、どうしようか考えていると、一つのカプセルから、ロボットが一体、出てきた。
「……おで、目覚めた」
「今度は何なの!?」
見れば、赤い目が煙の中に浮かんでいる。
「おでの名は、
動き出し、立ち上がったそれは、太った鎧の姿をしていて、刀を腰につけている。
「どうして、一閃だけ……?」
突然の爆発の後の部屋の中、らんまは月明かりの下で立ち尽くすしかなかったのだった。
「だから、ウチも突然でよくわからないの。おじいちゃんのロボットたちが石の心臓で動いてるってことはわかるんだけど……」
聞いた話だと、四根というロボットが関わっているようだ。やはり、何か情報を持っていた。
「うーん……」
ここまでのことを少し考えていた時に、ふとある疑問が浮かぶ。
「……そういえば、それでどうしてストーカーをすることになったの? 接点が見つからないけど……」
聞いたところ、世界を変えることを目標にしているようだが、なぜただの少女を狙うことにつながるのかがわからない。
「ああ、それはこれなの」
そう言って、彼女はある紙をポケットから出す。そこには、緒方さんの写真がある。
「これは……?」
「流石になにもしないのはいけないかと思って、ウチの方で少し調べたの。そしたら、あるはファイルに紙が挟まってて、他の紙にはバツが付いてたんだけど、この子だけにはついていなかったの。調べたら、バツがついていた人たちはみんな、ここ数年で不審死を遂げていて、それなら次はこの子なんじゃないかって……」
「それで、そのファイルってなんて名前なの?」
すると、らんまはあるファイルを私の目の前に突き出した。そこには背表紙にデカデカとこう書かれていた。
『石の心臓第八番 所持候補』
「……ということがありまして。緒方さん、何か言っていないことがあるんじゃないですか」
次の日の昼。事務所に緒方さんを呼び、質問をする。
「……知らないです」
「だったら、何で目を背けるんですか」
俯き、前髪で目が見えない。しかし、その雰囲気は暗く、重い。
「……言いたく、ありません」
流石にそこまで言われてしまうと、私たちも深掘りはできない。
「……そうですか。しかし、私どもも、このままだと手詰まりになってしまいます。早期の解決のためにも、教えてはいただけませんか?」
それでも、石の心臓の件の解決もかかっている以上、こちらも引くわけにはいかない。
「……3年前のことです」
そうして、緒方さんは重い口を開いたのだった。
3年前、緒方 陽香は中学校一年生だ。
「行ってきます」
彼女は学校に行くことが好きで、毎日楽しく登校をしていた。しかし、彼女にはそれよりも楽しみなことがあった。
「や、おはよ」
美しい深緑色の長い髪に、少し香るタバコの匂い。挨拶してきたのは、近所に住む女性。
「あ、うるしお姉さん」
楽しみというのが、登校する時に会う、近所に住んでいるこの女性こと、「うるし」という年上のお姉さんに会うことだった。
「今日も元気だね」
「はい」
うるしはいつも陽香に優しく語りかけ、挨拶をしてくれた。
「学校、頑張っておいで」
「うん」
ささやかなこのひとときが陽香の楽しみだった。
「……心臓病ですね」
そんな時、陽香の心臓に腫瘍が見つかった。そして、それにより、彼女の余命は残り半年だということがわかった。あまりに大きな規模の突然の話で、陽香には実感が湧かず、それからの入院生活はぼーっと窓の外を眺めていた。
「や、元気?」
しかし、そんな彼女にも唯一毎日来てくれる人がいた。
「……うるしお姉さん」
うるしは毎日何かしらの果物を持ってきては、それを半分にし、陽香にわけてくれた。
「私……もう死んじゃうんだよね?」
そんなうるしに対してだけ、陽香は心を開いていた。だから、こんなわかりきった答えの質問でさえも、彼女にぶつけていた。
「……そうかもね」
しかし、その質問はいつも、こうしてはぐらかされていたのだった。
「先生、陽香の病気は何とかならないんですか?」
陽香の母もまた毎日、主治医にこの質問をしていた。しかし、その度に「どうにも……」という返しが返ってきた。現代の技術ではどうにもならないところまで、陽香の病気は進行していた。
「ねえ、陽香ちゃん。夜景って好き?」
余命が残り2ヶ月となった頃、うるしはこんな質問をしてきた。
「……どっちでも」
その頃の陽香は、生きる希望というものが見えず、ただただ無気力に生きていた。
「釣れないなぁ」
ちゃんとうるしとも会話がしたいと思っていたが、もはやその気すら起こらない。
「せっかくだしさ、今度一緒に東京の夜景を見に行こうよ。スカイタワーからさ」
スカイタワーとは高さが800メートルの東京のシンボル。そこからの夜景は絶景だそうだ。
「……いいですよ」
「うん、ありがと」
死ぬならもう何でもいい。半自暴自棄になったような気分で、彼女は約束を取り付けた。
「さて、そろそろだね」
展望台へと登っていくエレベーター。人がなぜかいない。
「……ねえ、お姉さん。何で人がいないんですか」
点滴をし、車椅子に乗った陽香は、それを押すうるしに聞いた。うるしは手に何かケースを持っている。
「それはね、私が貸切にしたんだ。奮発したよ〜」
「……そうなんですか」
それを聞いても、陽香には一切響かない。
「全く、無表情だな〜」
ゴウンゴウンと上がるエレベーター。そして、その扉が開くと、目の前にネオンライトが織りなす、東京の美しい夜景が広がる。
「うわ〜、綺麗〜!」
「……そうですね」
うるしは手すりから体を乗り出すようにして、夜景を見ていた。そんな夜景を前にしても、美しいとは思うが、それ以外に陽香には感情が出てこなかった。
「……ねえ、陽香ちゃん。ひとつ、昔話をしてあげる」
すると、うるしは突然、昔話を始めた。
「あるところに、一台のロボットがいました。そのロボットはたった一つだけ、ある願望がありました。それは人間になることでした」
展望台を見て回るように、うるしは車椅子を押し始めた。
「そして、博士に頼んだのです。『私を人間にしてください』と」
ゆっくりと、車椅子は動いていく。
「すると、博士はロボットのプログラムをいじり、ほぼ人間と同じようにしました。しかし、そのプログラムには、ある一つの要素が足りていませんでした」
東京の夜景が少しずつ流れていく。
「それは、『心』というものでした。天才でも、感情を作ることはできなかったのです」
その時、車椅子がぴたりと止まった。
「だから、ロボットは決めました。人間の真似ごとをして生きていこうと」
そして、うるしは陽香にこう言った。
「そうして、ロボットは自分に仮の名をつけました。『
「お姉さん……が、ロボット?」
状況が飲み込めず、陽香はうるしの目を見る。
「ごめんね。黙ってて」
うるしはイタズラっぽく笑った。
「言ったら、ばれちゃうからさ」
すると、うるしはケースを取り出して、中身を陽香に見せた。
「これはね、私がくすねてきたの。いつか使うだろうって。だから、使って」
そこには、石でできた心臓が入っており、大きく『八』という数字が刻まれていた。
「これなら、きっとあなたも生き残れる」
「これ、は……?」
その瞬間、2人の間を弾丸がすり抜けた。
「うおっと」
「ひっ!?」
その弾丸は、スカイタワーのガラスに穴を開ける。
「……外したか」
「……何すんのさ」
うるしは弾丸の方を睨んだ。すると、その方向には、ロボットがいる。
「全く……苦労したよ。まさか、七番だけでなく、八番まで持って行かれるとは……」
奥から出てきたロボットは、身長が約180cnで、赤く目が光っている。
「うるしよ。お前はここで人と関わりすぎた。だから、その心臓とお前の命を回収に来た」
ロボットはすぐさま、指を向けると、指から弾丸が放たれた。
「危ない!」
うるしは、咄嗟に腕をだし、ガキンという音と共に、銃弾を止めた。
「くそっ!」
うるしは陽香を抱き抱えると、すぐさま走り出した。
「お姉さん、あいつは……」
「あいつは敵! ここまま行くと、陽香ちゃんまで命を取られるくらいやばい!」
走っているうるしに向かって、容赦なく弾丸が放たれ続ける。
「このままだと……」
彼女はひたすらに思考を巡らせる。
「……あ」
そして、一つの解法に辿り着く。
「これなら、いける!」
「ふむ……どこに行った?」
銃を持ったロボットは、廊下を歩く。もちろん、うるしたちを探すためだ。
「ここだよ!」
声のする方を見ると、うるしが立っていた。
「……ほう? 少女はどこに?」
「言うわけないでしょ」
「では、お前は何をしに来た。うるし」
それを聞いて、答えるようにうるしはファイティングポーズをとる。
「もちろん、戦うため!」
「……面白い!」
そして、2人の戦闘が幕を開けた。
「一体どうなっているのですか……?」
展望台のオブジェの背後、うるしとロボットの戦いを陽香は見守っていた。
「時間になったら飛ぶと言うのも、よくわからないですし……」
うるしからはただただ一つ、時間になったら飛べと言われている。
「どうなってしまうんでしょうか……」
彼女は不安でいっぱいだった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「どうした、その程度か?」
身体中に銃弾を受け、ボロボロのうるし。しかし、彼女はニカッと笑って、ロボットの方を見た。
「……タイムリミット……だね」
すると、うるしは隙を見てロボットを羽交しめにした。
「何をするんだ!」
ジタバタと暴れるロボット。しかし、うるしは絶対に離さない。
「陽香ちゃん! 今だよ!」
そして、陽香に叫ぶと、陽香はそそくさと出てきて、ただケースだけを持って窓ガラスを突き破って外へと飛んだ。
「キヤアアアアアア!!!!」
陽香もうるしの言うことを信じて飛んだ。
「逃すか……!」
ロボットが腕を伸ばす。しかし、それは届かず、陽香は下へと落ちていった。
「さて、精算しようか」
「……まさか!」
そして、うるしは窓の外に見える陽香を見てこう言った。
「ごめんね。私の分まで、生きてね」
「キャアアアアアア!!!!」
陽香は落下しながら、うるしのいる展望台の方を見ていた。
「本当にこれで大丈夫なんでしょうか……!?」
そして、言われたことを思い出し、ケースを上にすると、ばさっとパラシュートが開く。
「すごい……」
その瞬間だった。
「ドオオオオオオン!!!」
轟音が空気に響き、粉塵が舞う。展望台が爆発した。
「あ、ああ、あ」
そして、陽香は気がついた。うるしは自分を逃すために、爆発したのだと。
「うるしお姉さん!」
その叫びは、虚しく響くだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます