第32話 omen/前兆
「それじゃあ、詳しいお話の方を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「はい。始まりは一週間くらい前なのですが……」
話を聞くと、最近ストーカー被害に悩まされているそうだ。警察に相談したところ、見回りを強化してもらえたそうなのだが、一向にやむ気配がないらしい。
「それで、ストーカーを捕まえていただきたくって。最悪捕まえられなくても、撃退していただければ」
聞いた話だと、よくあるストーカーの相談だ。
「了解しました。ひとまず、お名前を聞いてもよろしいですかね?」
「はい。
聞いた情報を元に、依頼人状を書いていく。名前、依頼内容を書いて、緒方さんに返す。
「それじゃあ、年齢などの空白の部分を書いてください」
「はい、わかりました」
そして、ペンを渡して、サラサラと内容を書いてもらっていたその時、事務所のドアが大きな音をたてて開いた。
「レイ!」
「わっ!?」
「はい、マスター。どうかされましたか?」
ドアを開けたのは、玄武で、後ろにはデニーさんもいる。私は思わず驚いて声を上げてしまった。
「とりあえずは何ともなさそうか……」
玄武は足音をたてながら歩いていき、レイさんをまじまじと見た。
「ちょ、玄武。依頼人さん来てるんだけど……」
「あっ、すみません」
「はい、驚いていないので大丈夫ですよ」
玄武が入った時もなぜか緒方さんは平然としていた。そのまま一切表情を変えず、依頼人状を書き終わった。
「書き終わりました」
緒方さんは記入した依頼人状を私に渡した。内容を見ても、何ら不自然なところはない。
「一応、身分証だけお願いします」
「はい、どうぞ」
そして、身分証として学生証を出した。学校名を見ると、藍銅高校と書かれており、凛と同じ学校だった。
「それでは、今日の夜から付近の調査に参りますので、本日はもう終了ですね」
「はい、ありがとうございました」
そう言って、緒方さんは事務所を出て行った。
「……それで玄武。そんなに慌ててどうしたわけ?」
事務所に入ってからずっとグルグルと同じ場所を回っていた玄武に聞いた。さっきから落ち着きがない様子だ。
「いや、ちょっとな……」
「なんかあるなら言って」
玄武にグイッと詰め寄る。
「……確かに、お前にも言っておいた方がいいかもな」
すると、玄武は懐から拳より一回り小さな石を取り出した。
「何コレ?」
形は楕円形の石のようなのだが、造形がどこか君が悪い。
「何ていうか……心臓みたいな……」
実物の心臓を見たことがないが、形は過去に学校の人体模型などで見た心臓に近い。
「で、コレが何なの?」
さっきから何も教えてくれない玄武に痺れを切らし、聞く。
「……石の心臓だ」
「石の心臓?」
その時、レイさんの動きが少し止まったような気がした。
「こいつは俺たちとちょっと因縁があるんだよ」
「因縁?」
玄武はソファに座ると、神妙な面持ちで私の顔を見た。
「こいつの話をするんなら、話さないといけない話がひとつある」
「何の話?」
「俺の昔話だ」
そういえば、玄武の昔の話を聞いたことがなかった。
「昔話?」
そして、玄武は机の上のチョコスティックを食べると、こう話し始めた。
「こいつは随分前の話だ」
「師匠、調子はどうっすか?」
「ふむ、なかなかいい感じじゃぞ」
町外れにある小さな工房。約十数年前、俺はそこにいた。ひょんなことから俺はここで居候をさせてもらっている身だ。
「玄武の方も、ボディはどうじゃ?」
「ええ、上出来ですよ」
俺の目の前にいる白髪の老人。服はつなぎで、ゴーグルをかけている。彼の名前は
「コレでやっと、長年の夢が叶いそうですね!」
「ああ、そうじゃのお!」
俺と師匠は日々、鉄を打つ音を響かせながら、あるものを作っている。
「こいつがいれば、もう人間は戦わなくてよくなるんですよね?」
「完成すれば……な」
その頃、俺たちは戦闘用ロボットを作っていた。
「メイド型ロボットなら、作れるんですけどね〜」
「しょうがないじゃろ? そろそろ実用的なロボットを作らないと、資金が尽きそうなんじゃ」
今まで俺たちは様々なロボットを作り、それを会社に売ってきた。そのおかげもあってか、近年は空前のロボットブーム。ありとあらゆるものがロボットの仕事へと変わってきていた。
「ま、資金難もこいつを作れば、おさらばですがね」
そんな俺たちはある問題に直面していた。それが、他社のロボットの性能向上だ。
「全く……。PonyやらSanasonicの奴等、わしらのロボットをパクっておいて大々的に販売するとは不届な野郎じゃ」
俺たちが作った(と思われる)ロボブーム。しかし、俺たち2人で作ったロボットは、大企業の技術力には敵わなかった。
「しかし、戦闘用ロボなら、だ〜れも作っとらんじゃろ」
そんなわけで、俺たちは新規開拓ということで、戦闘用ロボットを作っている。天下の大企業様もまだこの部分には着手していない。
「さ、パパッと組み立てちゃいましょうかね!」
「よっし、ラストスパートじゃ!」
そうして、その日もまた俺たちの試作品ができたのだった。
「よお、元気か? てっちゃん」
組み立てが終了した時、ちょうどある老人がやってきた。
「おお、きっちゃん。こっちは元気じゃよ」
この男の名前は
「しっかし、俺にあんなに重いプログラムを書かせるとは……。何やろうとしてんだ?」
「おう、ちっと作りたいもんがあってな……」
「ほう?」
吉右衛門はズカズカと中に入ると、俺たちのロボットをまじまじと見た。
「こいつは……」
ボディは銀色で輝いており、目の部分は金色に光っている。
「わしの技術力で作った内部機構と、玄武のスキルで作ったボディ。そして、お主の技術を搭載したCPU……。完璧な戦闘用ロボットの完成じゃ!」
師匠が完璧というのも無理はない。動きは吉右衛門の技術を使って俺の動きを取り入れて、内部機構はカラクリの伝道師が作り、そして外のボディは俺の鉄。文句のつけどころがない。
これはいつもの流れで、俺たちのロボット開発はこうして行われていた。
「他のロボットは軒並み大企業が役割をもっていっちまったから、戦闘用に着手した……ってところか」
さすがは吉右衛門。師匠との長年の付き合いで全部わかっている。
「大当たり〜」
「ちょうどできたんで、試運転をしようかな、と思ってまして……」
まあ答えはわかっているが。
「面白そうだ。俺も同行していいか?」
「もちろんいいぞ!」
どうせこうなると思っていた。そうして、俺たちは師匠の所有する山へと向かったのであった。
「本当、でっかいすね〜」
「じゃろ?」
師匠は過去にも多くの発明品を開発していたため、その頃はお金を持っていた。この山はその時買ったものらしい。
「そんじゃあ、試運転、いきましょうか!」
ロボットの後ろにあるボタンを押した。
「……起動」
すると、小さな一言と共にロボットが動き出した。
「ふむ、ここまでは順調だな」
吉右衛門の言う通り、ここまでならいつものロボットと変わらない。
「試しに……玄武、ちょっと囮になってこい」
「人使い荒くないっすか!?」
「まあまあ、お前なら死なないじゃろう」
「……まあいいっすけど」
肝心なのは、戦闘部分。この部分を試すために、俺は自ら戦闘を行う。
「じゃあ、このボタンを押してっと……」
師匠はぶつぶつと何か言いながら、手に持った小さなリモコンのスイッチを押した。
「ピピ……標的確認。直チニ排除シマス」
その瞬間、ロボットの金色の目が赤くなり、こちらへと向かってくる。
「速度は十分……っすね!」
見たところ、速度は何ら問題がない。
「ブォン!」
「攻撃は……まだ少し火力が足りてないっす!」
俺はロボットがかざしたビームサーベルを鉄をコーティングした腕で受けた。すると、その刃は腕にまでは届かなかった。
「攻撃面はもう少し見直してもいいと思うっす!」
「わかった! 今止めるのじゃ」
師匠がスイッチを押すと、ロボットはその動きを止めた。
「ふ〜、結果は上々……じゃな」
試運転が終わり、師匠に近づくと、師匠は満足げな顔をしていた。
「これなら何とかなりそうじゃな」
「ですね!」
すると、吉右衛門が聞いた。
「これほどの動きをするとなると、一体どんなエンジンを使ってんだ?」
「……師匠、教えちゃいます?」
「まあ、吉右衛門なら良いじゃろ」
これは俺と師匠が作った企業秘密の代物なのだが、このロボットの開発の一端を握っている男になら教えても問題ないだろう。それに、この男にはいつもお世話になっている。
「こいつじゃよ」
「……これは?」
師匠がポケットから出したのは、拳より一回り小さい石。一見すると、ただの石だ。
「こいつは石の心臓じゃ!」
「石の心臓?」
この石の心臓、一見すると何もなさそうに見える。しかし、これには俺と師匠の技術が詰まっていた。
「戦闘用ロボットのエンジンとして、最初に上がったのが鉄じゃった。が、それには一個問題があった。加工する時にどうしても魔力が入ってしまうのじゃ」
なぜ魔力が入ってはいけないのか。その理由が結界である。というのも、この世に存在する結界のうち、魔法を阻害する結界というものは、魔力の動きを阻害することで機能している。そのため、頻繁に動くこのエンジン部分は動かなくなるだけで、ロボット自体が機能しなくなる。
「だから、加工する時に削るだけで済む石に白羽の矢がたったと……」
「そういうことじゃ」
そうして石のエンジンを繰り返し作り続けてついにできたのが、この石の心臓というわけなのだった。
「この精巧さは機械じゃとても真似できん。じゃから、これなら大企業にも一矢報いることができると思ってな」
「確かにこれなら何とかなるかもな……」
しかし、あまりの精巧さゆえに、師匠の加工技術を持ってしても、試作品を除いて、11個しか作ることができなかった。
「コレでわしらもガッポガッポじゃ!」
こうして、俺たちの発明家人生をかけた発明は完成したのだった。
「つまり、この石の心臓ってのは、元は玄武たちが作ったってこと?」
「そういうことだ」
「それじゃ、何でこんなところに……」
「導華、話はまだ終わってないんだよ」
そうして、玄武はある事件の話を始めた。
それは梅雨の日頃のこと。その頃、俺と師匠は石の心臓を搭載したロボットを売り出すために、様々に改良を重ねて、ついに準備が整った状態にあった。
その頃には石の心臓自体のスペックを少し落としたりして、比較的簡単に生産できるようになっていた。
「本当、もう少しだもんな〜」
その時俺は師匠に言われて買い出しに出ていた。
「全く……パシらせるだなんて人使いが荒い人だ……」
そんな小言をぶつぶつと言っていた帰り道のこと、帰り道では雨が降っていて、途中で俺も傘をさした。
「まあ、居候の身だから何にも言えないんだが」
その時だった。
「ドゴォォォン!!!!」
聞こえたのは、巨大な爆破音。しかも、その方向には、工房がある。
「……まさか!」
俺は無我夢中で走り出した。買ったものも、傘もおいて走った。
「こいつは……!」
俺の目の前には、工房があった。しかし、工房は火に包まれており、爆破地点がここであったことを物語っている。
「師匠!」
急いで水魔法を使い、火を消す。そして、黒焦げの瓦礫の中から師匠を探す。
「くそっ……!」
その時、俺はあるものを発見する。
「師匠のゴーグル……!」
瓦礫の間には師匠がつけていたゴーグルがあった。そして、俺はその周辺の瓦礫を素手でどかしていった。
「うぅ……」
「師匠!」
ついに、師匠を見つけた。しかし、俺でも見てわかるほど、師匠はボロボロになっていた。
「すぐに助けます!」
俺が行こうとしたその時、師匠が俺の手を掴んだ。
「……よく聞け、玄武」
掴まれた手は、瀕死の老人とは思えないほどの力だった。
「俺は、大丈夫だ」
「でも、師匠……!」
「俺たち竜王一族は、二度死ぬ一族だ……!」
「……はぁ?」
「だから、大丈夫だ……!」
「何を寝ぼけたことを言ってるんですか!? そんな死ぬ寸前でボケだなんて……」
すると、師匠は今までに見たことがないほど真っ直ぐな目で、俺を見た。
「こんなちっさな工房、でかい奴らからしたら、ひとたまりもねぇ……。だけど、ちっさいところだからこそ、できることもあるんだ……」
そして、師匠はにこりと笑った。
「だから、今度はお前が、誰かを救って見せろ」
師匠の手から、力が失われた。
「そんなことが……」
「後から知ったが、あの事件はある大企業の仕業だったそうだ。あいつらがこっちの石の心臓の技術を重く見たらしい」
「それで工房ごと……」
「そういうことだ」
確かにそれなら、ここに石の心臓があることに玄武が驚いたのも納得だ。
そんな時、一つの疑問が浮かぶ。
「それじゃあ、今いる師匠って何者なの?」
師匠は死んだはず。しかし、なぜか今師匠と呼ばれている存在は監視部屋にいる。それではあの師匠とは一体……?
「そんじゃあ、そこも話すか」
そうして、玄武は最後の話を始めた。
「死亡を確認。起動します」
師匠の亡骸を抱えて、呆然としていた俺の耳に、そんな音が入る。
「……誰だ?」
今までのロボットでは聞いたこともない声。俺は始め、敵か何かだと思った。しかし、その瞬間、瓦礫の一部がガラガラと崩れた。
「あなたが、私のマスターですね」
瓦礫の中から出てきたのは、メイド型のロボット。しかし、こんなロボット、作った覚えがない。
「誰だ?」
「はい、私の名前はレイ。その鉄塊様の妹です」
「……妹だと?」
師匠に妹がいるなんて聞いたことがない。ましてここまで若い声をしているとは到底思えない。
「私は一度、60年前に死にました」
「……何言ってんだ?」
「はい、私は60年前に死んだと言ったのです」
平坦なようで、人間味のある声で事を繰り返すこのロボット。一体何者なんだろうか?
「私たち竜王一族は、人間とは違う一族なのです」
「竜王一族……」
「はい、その者たちは、いわば一種の精霊。死んだ時に一つ宝玉を残して死ぬのです」
確かにレイの言う通り、いつの間にか師匠の腹の上に黒っぽい宝珠が置かれている。俺は、それを手に取り観察する。
「コレがその宝玉か?」
「はい、その中にはその者の記憶、感情、自我が入っているのです」
「つまり、今コレが師匠ってことか?」
「はい、そうです」
信じがたい話だ。師匠が二度死ぬと言っていたのは、こういう事だったのかと気づかされる。
「私は、その宝玉と、石の心臓を動力にして活動しています。そして、一度起動した際にこう鉄塊様から承りました。『俺が死んだら、玄武を頼む』と」
「だから、今起きたのか……」
「はい、そういうことです」
やっと自体が飲み込めてきた。つまり、師匠はいざとなった時のためにこのレイを準備しておいたのだ。
「……一個聞かせてくれ」
「はい、どうかしましたか?」
「もし、俺がこの宝玉をうまく使えば、また師匠に会えるってことか?」
「はい、合ってます」
それなら俄然やる気が湧いてきた。師匠は確かに死んだ。だけど、師匠は教えてくれた。技術の素晴らしさを。だから、今度は俺が師匠をこの世に連れ戻す。
「そうなったら、まずはこの状況を何とかしないとな!」
「はい、手伝います」
そして、俺はもう一度師匠に会うために、発明を始めた。
「そんなわけで、師匠はまた俺の前に戻ってきてくれたのさ」
玄武の話は想像以上に凄まじい情報の数だった。テッカイさんはレイさんの兄だとか、実はレイさんやテッカイさんが妖精の一族だとか、頭で整理しきれない。
「……それで、だ」
皿の上のチョコスティックを食べ切った玄武はこちらを見た。
「この事件で一番不可解なことがあるんだ」
「不可解なこと……?」
「師匠と俺で作った純正の出来栄えがいい石の心臓は、それぞれ番号をつけて保存してたんだ。レイ後付けで入れたのを除けば、その石の心臓は全部で10個。そいつらが全部消えてた」
「10個……」
「俺はてっきりそいつらが爆発で吹っ飛んだもんだと思ってた。だけどよ、今考えたら、それは違う気がするんだよ」
玄武はいつにないほど真剣にこう言った。
「俺は、五月雨 吉右衛門がこの事件の全ての鍵を握ってると思っている」
「五月雨 吉右衛門……」
テッカイさんの親友にして、同僚。その男が何かを握っている……。何だか恐ろしい大事件が幕を開けた気がした。
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