第6章 The view that changed me

第31話 Radiate/放射する

「えい! くっ!」

 かちゃかちゃとコントローラの音が部屋に響く。

「しゃー!」

 そして、少女はガッツポーズをすると、カメラの方に向き直る。

「というわけで、どうでしたか? 格ゲー配信。少し格ゲーに興味が出てきたので、またやりまーす!」

 そう言って、一通りコメントを確認した後、少女は生配信を終了する。

「……疲れた」

 少女はまるで先ほどのテンションが嘘かのように、ぐったりと椅子にもたれかかる。

「後は配信終了ツイートをして……」

 彼女に名前は時雨 凛。高校に通う傍ら、「アイリス・サンシャイン」というVチューバーとして活動を行う、玄武団の魔法使いである。



「お疲れ様」

 配信が終わったのを見計らって、導華がお茶を持ってきてくれた。

「導華、ありがとう」

 コトリと机に置かれたお茶を飲む。

「最近、ずっと配信してるね」

「まあ、稼ぎどきだから」

 今はちょうどゴールデンウィーク真っ只中。人気がものをいうVチューバー業界では、今が稼ぎどきなのだ。

「それに、最近あんまりゲーム配信できてなかったし、コラボのお誘いも来てるし」

 学校が忙しく、ゴタゴタしていたことで最近生配信をする機会が減っていた。そのため、その分をゴールデンウィーク中に取り返そうということであった。その上、ある有名なVチューバーさんとのコラボの予定もあった。

「でも、体調には気をつけてよ?」

「それは……そうだね」

 確かに、最近は昼は作業で夜は配信。睡眠時間もあまりない。加えて、ゴールデンウィーク明けにテストがあるものだから、その勉強もしなければならない。

「でも、今頑張っておきたいんだ」

「GW、大事だもんね」

 そして、導華は空のコップを片付けて、空のコップと一緒に部屋を出て行った。

「さて……そろそろ作業しないと」

 現在時刻は午前10時。耐久配信という慣れない企画をやったせいで、だいぶ長引いてしまった。

「作業しないと、間に合わなくなっちゃう」

 お昼に出すための動画を編集するという作業がまだ残っている。

「頑張らないと……」

 早速、机に向かい、キーボードを叩き始めた。キーボードのカタカタという音がなる。

「……あれ」

 作業を始めて十数分後。急に視界がぐらつき出した。

「あっ……めまいが……」

 そして、ガチャンという轟音をたてて、私は椅子から落ちた。



「……ん?」

 目が覚めると、ベッドで寝ていた。

「ここは……」

 以前のように病院にいるわけではなく、自分の部屋だ。

「何で私寝て……ゲッホゲッホ!」

「起きた?」

 声がしてドアの方を見る。すると、そこには導華がいた。

「私……」

「働きすぎ」

 そう言いながら導華はおでこに人差し指を当てた。

「凛。稼ぎどきだからって睡眠はとらなきゃダメ。疲れすぎで椅子から落ちたんだよ」

「そっ……か」

 しばらく無言が続いた。

「……ちょっとおでこ出してみて」

 その時、導華が何かに気づいたように私に言った。

「いいけど……?」

 すると、導華は自分のおでこを私のおでこに当てた。

「わっ!?」

 いきなりすぎて、動揺してしまった。

「……熱い」

「……え?」

 導華はいったん部屋から出て、体温計を持って戻ってきた。

「ほら、熱測ってみて」

 言われた通り、脇に体温計をさす。

 そして、体温計特有のピピピピという音がしたので、取り出した。

「あちゃー、38.5。完全に熱だね。疲労がたたったか」

「そんな……」

 これでは今日の分の作業ができない。でも、頑張れば何とかいけるかもしれない。

「でも、作業しなきゃ……」

「だーめ」

 布団を持ち上げ、机に戻ろうとした私を導華が止めた。

「今日1日は休んで」

「でも……」

「きっと、ファンの人だって、凛が無理して体を壊したらショックだよ?」

「……うん」

「だから、寝ててね」

 仕方なくベットに入り、また布団を被った。

「今、レイさんにお粥作ってもらうから、安静にしてるんだよ?」

「……わかった」

 そうして、今日の投稿は休むことを連絡して、導華がお粥を持ってきてくれるのを待つのだった。



「ほい、お粥だよ〜」

 しばらくして、導華がお盆にのせてお粥を持ってきてくれた。

「ありがと」

「お礼なら、レイさんに言っておいて」

 とりあえず、パジャマに着替えてベッドで寝ていた私は、体を起こし、導華の持ってきてくれたお粥を口にする。

「……美味しい」

 お粥なんて久々に食べた。ただただ米にお湯やら何やらを追加したものがここまで美味しいとは……。

「流石、レイさんだよね」

 導華の言う通りだ。

「私も家事のやり方教えてもらおうかな」

 もし、導華が家事をできるようになったら、本当に完璧だろう。



「ごちそうさま」

 お粥を食べ終わり、導華にまた空の器を持っていってもらった。

「……」

 そしてまた寝ようと思ったのだが、何だか寝れない。

「……熱い」

 現在は5月上旬。段々と暖かくなってきた時期だ。

「どうしたの?」

 そんな様子を見計らってか、導華が様子を見にきた。

「随分ガサゴソいってたけど……」

「寝苦しくって……」

「あー、暑くなってきたもんね。エアコンつけようか」

「うん、ありがと……」

 そして、エアコンから段々と涼しい風が吹いてきた。

「涼しい……けど」

「けど?」

「……寒い」

 確かにエアコンで涼しくはなった。しかし、今度は汗をかいたせいで、逆に寒くなってきた。

「汗が……」

「そっか……」

 すると、導華は何かを思いついたかのように桶とタオルを持ってきた。桶には水が入っている。

「凛」

「……どうしたの?」

「服、脱いで」

「……え」

「背中、拭いてあげるよ」

「……うん」

 こうして、また導華の言われるがまま服を脱いだ。

 普通の私なら、恥ずかしがるところだろう。が、この時の私はクラクラしていて、恥ずかしいとか、それどころではなかったのかもしれない。



「んぁ……」

 ひんやりとしたタオルの感触が背中に触れる。

「……動かすよ」

「……うん」

 ゆっくりと背中の感触が上下する。

「どう?」

「……ゾワゾワする」

 ひんやりとして、柔らかい。不快感のようなものもないが、気持ちがいいのかともわからない絶妙な感覚。何よりも、タオル越しに伝わる導華の手の力が、ちょうどいい。

「次は足だよ。足、伸ばして」

「……うん」

 右足の太ももの付け根から足首にかけて数回タオルを動かす。

「左もやるよ」

 同じように左も動かされる。ひんやりとしたものが足の上を滑っていく。この感覚は、未体験の感覚だった。

「とりあえず、これでいいかな」

「……うん、ありがとう」

 そうして、新しいパジャマに着替えて、また横になった。



「それじゃあ、また辛くなったら、呼んで」

 導華が部屋から出て行こうとする。

「……待って」

 なぜだか、私はそれを引き止めた。自分でもわからない。

「どうしたの?」

 導華が振り向く。さらりと灰色の髪が揺れた。

「……ここにいて」

「……え?」

「……一緒にいて」

「……うん、いいよ」

 導華は少し笑って、ベッドの横に座った。そして、私の頭を撫でてくれる。

「急に呼び止めて、らしくないね」

「らしくない?」

「いつもなら、『うん』とか『わかった』って言って、引き止めないのに」

 それは私も思っていた。なぜか、引き止めてしまった。私らしくもない。

「寂しかった?」

「あ……」

 なんとなく、その気持ちがしっくりきた。

「そうだよね。その体じゃ、1人は怖いよね」

「……うん」

「大丈夫。今日は一緒にいてあげるから」

「……うん」

 導華の指は、普段あれほど刀を振るっているとは思えないほど、しなやかで綺麗だ。その手が優しくて、安心できる。

「……導華はさ、どうして私のことをそんなに大切にしてくれるの?」

 ずっと気になっていたこと。それを聞いてみた。任務とはいえ、見ず知らずの人をここまで助けてくれて、優しくしてくれる。その理由を聞いてみたかった。

「ん〜……私と似てたから?」

「似、てた?」

 予想外の回答だった。

「正確には、昔の私。だけどね」

 そう言って、導華は訳を話し始めた。

「今の凛ってさ、昔の私みたいなんだ。何かに追われるみたいに頑張ってる感じがさ。それで私、頑張りすぎて、そのうち自分の生き方を見失っちゃって。偶然今はここにいるけど、下手したら私今頃死んじゃってたんじゃないかな?」

「……」

「それで今になって気づいたんだ。人生で一番大事なのは、自分だけで決めた道を、一本突き通すことだって」

「突き通す……」

「何がなんでも、それだけは曲げないってものが私にはなかったの。今はあるんだけどね。だから、凛にはそういうものを見失わないで欲しいんだ」

「……そうだったんだ」

「答えになったかな?」

「なった」

「なら、良かった」

 導華の胸の内を、初めて感じた気がした。



「すぅすぅ……」

「……寝ちゃったか」

 しばらく凛の頭を撫でていたら、そのうち寝てしまった。

「寝た方が早く治るし、そっちの方がいいよね」

 一応、今日一日は凛の世話をしたいため、その旨を玄武に伝えにいく。

「玄武〜」

「なんだ、凛は良くなったか?」

「なった。それと、今日一日は凛のお世話したいから、任務パスしたいんだけど……」

「そうだな。最近働きまくってたし、いいぞ」

「ありがと」

 報告も終わったので、凛の元に戻ろうとする。

「……随分と変わったよな」

 玄武がポツリと呟いた。

「……何が?」

「お前が」

「私?」

「自覚してないか」

「うーん、少しは変わったような気がするけど……」

「そうだな。表情明るくなったし、随分とリラックスできるようになってる」

「……確かに」

「ま、団長として嬉しいってもんだ」

「そうなんだ」

「そうだ。それだけだ。そんじゃ、戻っていいぞ」

「わかった」

 そして、また凛の元に戻ったのだった。



「ジリリリリ……ジリリリリ……」

「お、任務か?」

 導華が部屋に戻った後、部屋に電話の音が鳴り響いた。

「はい、竜王事務所です」

 俺はいつものようにその電話をとる。

『玄武か?』

「ああ、どうも隊長」

 電話をかけてきたのは、我らが隊長、慶次さんだった。

「何かありました?」

『ああ。ちょっとばかし、いつもと違う案件が来てな』

「へぇ〜、それってどんな?」

『どうやら今、廃ビル群でロボットが暴れているそうなんだ』

 普段なら化ケ物がどうので呼び出されるのに、今日は違った。

「ロボットが……ですか」

『そうだ。お前って確かそういうのは専門だろ?』

「ええ、まあ」

『そういうわけで、目標はそのロボットたちの沈静化。そしてできる限り調査もしてほしい』

「そういう調査ってお国の方がやるもんじゃ……」

『いつもならな。だが今回は化ケ物じゃなくロボット。知ってるだろ? 科学部門の深刻な人手不足』

「そりゃ知ってますけど……」

 いつも調査を行っている研究所。そこには一応、科学部門もあるにはあるのだが、いかんせん化ケ物部門に財産を全振りしているせいで、他部署の人が全然足りないのだ。

『そういうわけだ。報酬もはずむし、やってくれないか?』

「まあ、どっちにしろやりますよ。お任せください」

『助かった。言っておくが、くれぐれも無理はするなよ?』

「へいへい、わかってますよ」

 そして、俺は電話を切った。

「それじゃ、導華と……」

 そう思ったのだが、先程、呼ばないと約束したばかりだった。

「……しゃーない。デニーと行きますか」

 こうして俺は任務へと向かった。



「オーウ、コレは……」

 デニーと現場に向かう最中、廃ビル群から光が見えた。

「こりゃ、見るからにやばそうだな」

 今は念の為に車で移動しているのだが、流石にレーザーに耐えられるかは怪しい。

「仕方ないか……。デニー、飛ばすぞ!」

「オーウ!!! OKデース!!!」

 当たるのが不安なら、当たる前にあちらに到着すれば良い。というわけで、窓を開けてデニーに外を確認してもらいながら、アクセルを全開にする。

「フー!!!」

「ちゃんと確認しといてくれよ!?」

「大丈夫デース!!!」

 首都高を全力で飛ばし、俺たちは廃ビル群へと急いだ。



「こいつはすげぇな……」

 廃ビル群に着いたとき、周りはすごいことになっていた。

「いくら人がいないとしても、こいつは危険すぎるだろ……」

 俺の目の前には黒いドローンが飛び交い、人型のロボットたちがレーザー銃を乱射している、そんな光景が広がっていた。

「ロボット発明してる俺からしても、こいつはなんとかしねぇとな」

「まずは何シマスカ?」

「よし、とりあえず俺は空中のドローンをやる。デニーはロボットを頼んだ」

「了解デース!!!」

 そして、デニーはロボットたちへ向かっていった。

「そんじゃ、俺も仕事を始めますか」

 相手は空中戦。しかも今の狙いはどうやら廃ビル群の破壊。なぜこんなことをしているのかは不明だが、とにかく止めないければ。

「まずは、小手調べだな」

 俺は黒い箱を背負った。コレは俺の発明品の一つだ。

「おらよっと!」

 箱の下についている赤いスイッチを押すと、ウイングが生えてくる。

「いくぜ、『ジェットくん』!」

 この発明品はジェットくん。その名の通り、空を飛べる代物だ。

「ビー、対象ヲ検知シマシタ」

 空を飛んでいたドローンたちのカメラが一斉にこっちを向いた。

「発見速度は上出来だな」

 俺を見つけたドローンたちは一斉にこちらに射撃を行った。

「だが、威力はそんなにないな」

 腕を鉄で包み、攻撃を受ける。結果、攻撃たちは全て鉄に防がれる。

「移動速度はどうだ?」

 試しにドローンから遠ざかる。

「ビー、対象ノ逃走ヲ確認。直チニ追イカケマス」

 すると、ドローンもなかなかの速度で飛んできた。

「結構速いじゃねぇか!」

 一通りの調査は終わった。ひとまずここは全て解体して、事務所で続きを行う。

「そんじゃ、いくぜ!」

 この時のために、少々ロマンのある武器を作っていたのだ。

「レーザー銃、両手持ち!」

 赤いラインと青いライン。それぞれで対になるように作られたこの銃を試してみたかったのだ。

「おらぁ! くらいやがれ!」

 トリガーを引くと、光るレーザーが連射された。

「おらららららららぁ!」

 次々とドローンを撃破していく。もちろん研究のために、羽だけを壊す。

「殲 滅 完 了。Mission Complete」

 周りにドローンがいないことを確認して、ジェットくんの電源を落として、下へと降りる。

「さてさて、デニーを待ちますか」

 そうして、俺の方はあっさりと終わり、デニーの帰還を待つのだった。



「ロボットサン!!! こちらデース!!!」

 デニーはまず、全てのロボットの注意を惹きつけた。

「……対象ヲ確認。排除スル」

 すると、ロボットたちがなかなかの勢いで向かってくる。

「オウ!? ジャパニーズロボットは速いデース!!!」

 しかし、デニーはそれに臆することなく腕を縮める。

「デスガ……ワタシには効きまセーン!!!」

 やってきたロボットの腹部を全力の打撃で貫く。ロボットは簡単に倒れた。

「サア、サクサク行きまショウ!!!」

 その勢いで2体、3体と次々にロボットを倒していく。

「ミッションコンプリーーーート!!!」

 そうして、デニーは全てのロボットを沈静化……もとい破壊した。

「砕けてはいないハズ……」

 玄武からはくれぐれも砕くなと言われていた。そのため、細心の注意をはらいながら戦った。

「カイシュー、カイシュー……」

 玄武に持っていくために数体を抱えて移動させようとした時、足元に不思議な形をした石があった。

「何でショーカ? コレ」

 見た目はただの石。しかし、心なしかどこかで見たことがある形をしている。

「……とりあえず、持っていきまショー!!!」

 デニーはそれをポケットに入れた。



「タダイマ、帰りマーシタ!!!」

 少し待っていると、デニーが帰ってきた。

「おう、お疲れ」

 デニーはロボットを数体持ってきており、それを事務所の倉庫に送った。

「ドローンも送ったから、あとは帰るだけ……」

「玄武サン、ちょっとイイデスカ?」

 帰ろうとしたところをデニーが止めた。

「なんだ?」

「帰る時に見覚えのある石を見つけたのですが、なんだかワカリマセンカ?」

 そうして、デニーがポケットから出したのは、ただの石……ではなかった。

「こいつは……心臓!?」

 荒削りではあるが、その見た目は心臓に似ている。

「オーウ!!! そうデース!!!」

「……すまんデニー。急いで帰らないといけなくなった」

「? 何でデスカ?」

 デニーは首を傾げている。しかし、そのデニーの石は、この世に存在してはいけない石だった。

「そいつがあるってことは、こっからやべーことが起こるってことだからだ」

 俺は行き以上に車を飛ばした。



「ピンポーン……」

 凛の部屋にいると、下でインターホンが鳴った。

「お客さんかな?」

 凛のことも心配だったが、寝ているし、少し様子見ということで事務所に向かった。

「レイさん、お客さんですか?」

 ドアノブをひねり、中に入った。

「はい、導華さん。依頼人がいらっしゃいました」

 ソファーには依頼人と思われる人がいた。髪は黒髪。服は制服で、確か凛の学校のものと同じだ。瞳は青く、澄んでいる。

「こんにちは」

 少女はぺこりと礼をした。

「あ、どうも。お話聞きますね」

 玄武の帰宅まで待たせるわけにもいかないし、私が応対する。

「それで、本日はどういったご用件で?」

 すると、少女はストレートに答えた。



「はい、私を護衛してください」



「護衛任務……ですか」

 この時、私は知る由もなかった。この任務が、玄武団と因縁のあるものだとは。

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