第30話 yell/叫ぶ

「……やったぁ! ハチ、倒せたよ!」


 左近が倒れ、そこには影人とハチだけが残った。


「ポ!」


 影人とハチはどちらも嬉しそうにしている。


「にしても、導姉どうなったのかな?」


「ポ~?」


「う~ん、哲郎おじさんもいるし、きっと大丈夫だよね!」


「ポポポ!」


 そして、疲れた二人は、その場で哲郎と導華を待つことにしたのだった。



「……フム」


 私と刀を交わしていた右近は突然その動きを止めた。


「……どうかした?」


「……逝ったか」


 その言葉を発した右近の表情はぴくりとも動かない。しかし、心なしかその鎧はどこか寂しそうに見えた。


「……我だけでも生き残ることを許してくれ。左近」


 そして、右近はもう一度その刀を構える。私もそれを見て刀を向ける。


「では、始めましょうか」


 ここから始まる戦いは、執念と執念、無念と無念のぶつかり合いだ。



「『風刃フウジン』!」


 右近は刀を振るい、風の刃をこちらに飛ばす。その風圧は慶次さんのスキルで繰り出されるものにも劣らない。地面を一直線にえぐりながら、向かってくる。


「『霊刀れいじん』!」


 しかし、その刃は受け流す。霊力をまとわせた刀が風自体を斬る。


「やはり、ただの侍ではないようだな」


 先程までのただの刀を交わしていた戦いと違い、お互いにスキルを使う。素の刀ではとうてい出来ないような景色が作り出されていく。


(霊でもスキルを使ってくるか)


 今の右近を見たところ、使ってきたのはスキルで間違いないだろう。


(前の屋敷の時といい、霊でもスキルを使うのか)


この世界の根幹とも言えるスキル。そのスキルは霊でも関係なく使ってくる。


(霊力がエネルギーでも使える……のか?)


 今の見立てではそのくらいだ。帰ったら玄武に聞いてみることにする。


「……とりあえず、こいつを倒さないと」


 視線を右近に移す。その立ち姿から先程の寂しさは感じない。殺気に満ち、勾玉を守ろうとする番人の姿だ。


「フーーッ……」


 息を瞬間的に吐き、吸い込む。


「斬らせてもらおう……!」


 そして、右近がこちらに向かってくる。手にしている刀は風をまとっている。


「そう簡単にはいかせないよ!」


 首へと振られた横向きの斬撃を刀で受け止める。カキンと音がして、火花が散る。ギリギリと音を立てながら、二つの刀は動きを止めている。


「……技量はなかなかだ、侍。」


「鍛えてますから」


 鎧の中からのぞくその目は、赤く輝いている。しかし、逆にそれ以外は何も見えない。中には何も居ないようだ。


「鎧だけ……か」


「我らは、そういう存在だ」


 キンッと音を発しながら、右近の刀を押しのけた。右近が後ろへと飛び、私から離れる。


「相棒亡き今……。やつの鎧を拾ってやれるのは、我しかいないのだ!」


 決意に満ち、赤く光る目。その目は私をひたすらに見つめている。


「だから、奴の分まで、我は……我々の責務を果たす!」


 右近は大きく体を拗らせた。


「唸れ……我が鎧! 奴の分まで!」


 そして、渾身の大技を放った。


「『右鬼勢高ウキセイコウ』!!!!」


 彼の刀から放たれた風は、まさに台風だった。右近が放った台風。それは右近の刀を目として回っていて、こちらへとその目を向けて空を切っていく。


「この時を待っていた!」


 その風を私は待っていたのだ。



「そういえば玄武って、私の刀動かせるの?」


 数日前の事務所。任務もなかった私と玄武はテレビを見ていた。


「ん?」


 そして、ちょうど思い出したということで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「いや、私って前に玄武の魔力が入った鉄を大量に切ったでしょ? だったら、魔力が入ってるこの刀も動かせるのかな〜なんて思ってさ」


「ちょっとやってみるか」


 玄武が私の刀に手をかざす。しかし、何も起こらない。


「う〜ん、何も起こんないか」


 動くかもしれないと期待していただけ、少し残念だ。


「多分、総量の問題だと思うぞ」


「総量?」


「これは完全に推測だが、きっとその刀、一度で大量の魔力を吸い込まないとその魔力の性質を発揮できないんじゃねえか?」


「……あ〜、確かに」


 思い返せば、私が今使える炎と氷。そのどちらもが一度で大量の魔力を吸い込んだ時に使えるようになった。


「お前の体しかり、凛の氷しかり、俺の鉄とは比べ物にならないくらいの魔力が入ってるからな。俺のは普通の魔力と同じ扱い受けたんだろ」


「そういうことなのかな?」


「まあ、あくまで推測だ」


 そして、玄武はチョコスティックを口に咥えた。



「これくらいないと、この刀はちゃんと使わせてくれないからね!」


 刀を構え、風を斬る姿勢をとった。


「……斬!」


 ぶつかってきた台風。その大きな風の塊が私の刀へと吸い込まれた。


「何だっ……とっ!」


 右近も愕然としている。


「これで……」


 刀を見れば、案の定、大きな風を纏っている。


「よっしゃ、成功!」


 これで私は「風」を使うことができるようになった。


「さ、形勢逆転だよ!」


 さあ、勝利はもうすぐそこだ。



(どうする?)


 右近は苦悩していた。


(どうすれば、侍を負かせる?)


 目の前の侍。確かに自分はそいつに大技を当てたつもりだった。しかし、なぜか彼女はそれを全て受け切り、それどころかその風でさらに強くなっている。


(もう、負けるしかないのか……?)


 無念に散った相棒。その相棒の思いを受け取った。そう思っていた。しかし、現実は自分1人で窮地に立たされている。


「一体どうすれば……!」


 そんな彼に光は微笑んだ。


「いつまでも、頼りない相棒だな」


 どこからか、声がした。



「ふ〜」


 ちょうどその頃、影人はハチと2人並んで導華たちの帰りを待っていた。


「まだかな〜」


「ポ〜」


 その時、後ろからカタカタと何かが動いている音がする。


「ん?」


「ポ?」


 見れば、先程倒したはずの左近の刀。それが1人でに動いているのだ。


「まだ倒しきれてない!?」


「ポ!!!!」


 その様子を見て、素早くハチは反応した。右腕を振りかぶり、刀の動きを完全に止めようとしたのだ。しかし、刀は彼女の腕をするりと躱し、神社の中へと入っていった。


「……ハチ!」


「ポ!」


 2人は神社へと戻った。



「ふう……」


 哲郎はその頃、部屋にあったものを使ってロープを作っていた。


「そこらにあった布を結んで作った簡易的なものですが、おそらく大丈夫なはず」


 下からはカンカンと刀のぶつかり合う音。外ではもう止んだが、激しい戦闘の音がしていた。


「全く……本当に危険なところだな……」


 そんな時、何かが哲郎を横切った。


「わっ!?」


 それは哲郎の目の前にある下へと続く穴へと入っていった。


「何だったんだ?」


 そして、哲郎は気づく。先程の何かによってロープが切られたことに。



「私が力を貸しましょう」


 私が刀を構えたその時、私が落ちてきた穴から何かが落ちてきた。


「か……刀!?」


 それは驚くことに刀。なんと刀が1人でに動いているのだ。


「どうなってんの……?」


 その光景は私を混乱させた。



「私が力を貸しましょう」


 聞き覚えのある声がする。


「この声……まさか!」


 右近はその声を聞いて驚愕する。それと同時に刀が目の前に落ちてきた。そして、目の前の地面へと刺さった。


「右近、助けに来ましたよ」


「左近……なのか?」


 落ちてきた刀からする声。それはまさに相棒の左近の声に違いない。だが、自分の知っている左近の姿はこんな姿ではない。それに、左近は先程この世を去ったはずだ。


「どうやら、まだ遺恨が残っていたみたいで」


 刀は何も変わらずに話している。


「……本当に左近なのか?」


 その光景を見て、右近は信じられずにいた。


「ええ、あなたは相棒の声を忘れたんですか?」


「いや、しかし……」


「そんなにウダウダ言ってられる状況ではないでしょう?」


「……そうだったな」


 ずっと相棒と語り合っているわけにもいかない。なぜなら、右近には目の前の侍を倒すという使命があるからだ。


「あなたは、奴を倒さないといけないのでしょう?」


「ああ」


「倒せる見込みは?」


「……ない」


「私とあなた。2人でなら……どうですか?」


「……ある!」


 右近は左近の刀を持つその刀を左手で抜いた。



「待たせたな、侍」


「二刀流……ですか」


 右手に握られた黒い刀。そして新たに握られた左手の白い刀。そのどちらともが炎を写して輝いている。


「そうだ」


 先程と同じように光る赤い目。しかし、その目は数秒前よりも確実に、明るい。


「さあ、この戦いに終止符を打とうか」


「ええ、私もそろそろ疲れてきたので」


 互いに足を後ろに引き、刀を構える。両者ともその刀身は対するものを斬ることのみを求めている。


「……いざ……!」


「……最終戦……!」


 互いの踏み切る音が重なった。



「『風刃フウジン』!」


 まず仕掛けたのは私。


「ムッ!?」


 先程右近が使ったスキル。それをそのまま使う。


「『風光フウコウ』!!!!」


 それに対して右近が使ったのは、先程と同じようで、違うスキル。先程と同じように風が刃となって飛んでくるのだが、その刃は光を纏っている。しかも、二刀流になったことで、その風はバツの形になっている。


「くっ……!」


 二つの風がぶつかり、暴風が巻き起こる。そして、最後には両者の風が消えてなくなった。


「もう一度……」


 その瞬間、私の頬を何かが掠める。そして、私の頬から血がたらりと垂れてきた。


「何!?」


 思わず、周りを見渡す。すると、あたり一面にキラキラと輝く何か小さなかけらのようなものが漂っている。


「これって……」


「それは、左近の技だ」


 右近が言った。


「この技は『光景コウケイ』。光を放つかけらを出現させる技だ。我と左近の力があれば、こんな風に撒き散らせることだってできる」


 どうやら、先程頬を掠めたものの正体はこの光景に間違いないようだ。


「さあ、侍よ。どうする?」


 動けば、おそらくまた光景によって体のどこかを切られる。であれば、動かなければいい。


「『風翔フショウ』!」


 体をできる限り捻り、私を中心として大きな風を発生させる。


「ほう……」


 これにより、この空間に満ちていた光のかけらは全て吹き飛ばされた。


「これでどう?」


「ふむ、やるな」


 もう一度、刀と刀が向き合った。



「『風刃』!」


 今度は本家本元の風刃を使ってきた。


「まだだ!」


 そして、彼は左手の刀を振るった。


「『左刃』!」


 そして、輝く光の刃が飛んでくる。


「二つはきついかも……!」


 先に飛んできた風刃を刀で受け止め、体を捻り、左刃を避ける。


「避けただけで逃げられると思ったか!」


 風刃を退けた時、私の背中に刃が当たる。


「ウグッ!」


 見れば、左刃が壁で跳ね返り、背中に当たったようだ。


「跳ね返るとかアリ!?」


 痛みに耐え、状態を元に戻す。


「それなら、こっちだって……」


 手に入れた力を存分に使わせてもらう。


「『氷斬ヒョウザン』!」


 まず、氷の刃を作り出した。


「そして、『風刃』!」


 作り出した氷の刃を風で砕き、そのまま氷の破片を右近へと飛ばす。


「無駄だ!」


 しかし、その中のほとんどが右近には届かない。


「これで……!」


 が、その動きも読めている。


「なっ、侍がいない!?」


「ここだっ!」


 私は右近の視界から消えて、視界の下に入っていた。そして、できた大きな隙を逃さない。


「『完風カンプウ』!」


 下から突き上げるように、鎧の顎に風の刃を貫く。


「グッ……!」


 流石にこの攻撃は効いたようだ。


「まだ、いける!」


 いけると踏んで、鎧へともう一撃をくわえようと刀を振り上げた。


「……甘いっ!」


 しかし、その刀は二本の刀に阻まれた。


「決まらない、か!」


「まだ動けるからなぁ!」


 両者一進一退の攻防が続く。どちらとも手堅く一撃を加えていく。しかし、どちらも最後の一手が決まらない。


「ハァ……ハァ……」


「ハァ……ハァ……」


 やがて、2人とも疲労が目に見えるようになってきた。


「……鎧も、疲れるんだね……!」


「……そう、だよ!」


 そして、遂に決着の時がやってくるのだった。



「……次で、決める!」


 大技を出すために両手の刀を構える。


「左近。お前の力、借りさせてもらう!」


 グッと足を踏む。わずかに右近の足と地面との間に砂埃が立つ。


「これで、終わりだ!」


 それは、最後の大技の合図だった。



「『左志右剛サシユウゴ』!!!!」



 二本の刀から放たれる二つの刃。風が渦巻き、その中で光輝くかけらが凄まじい勢いで飛び交う。


「……フゥー……」


 それを見ても動じない。私がするのは、ただ自分の持てる全てを出し切ることだ。


「風があるなら、これができるはず」


 私は体勢を低くし、刀を構える。


「ぶっつけ本番の大技……決めてみせる!」


 右近の攻撃が当たれば、確実に私が死ぬだろう。しかし、私の放つこれが右近の風を上回れば、話は変わる。


「……行こう!」


 地面を蹴り、右近へと向かっていく。そして、その行手を阻む風に向けて、私の大技を繰り出した。



「『風炎斬罰フウエンキバツ』!!!!!」



 炎を纏った台風が右近の左志右剛にぶつかる。


「いっけえええええ!!!!!」


 結果は……。


「何……だと……!?」


 風炎斬罰は左志右剛を突き抜け、右近へと届いた。


「これが、私の執念だよ」


 炎が右近を包み込んだ。



「カハッ……!」


 右近は私のスキルを受けて、膝から崩れ落ちた。


「……情けないな」


 そして、そうポツリと呟いた。


「わざわざ相棒が助けに来てくれたというのに、この様。これではあっちで待つ左近に、顔向けできないな」


 右近は左手に握られた刀を見つめていた。


「そんなこと、ないと思いますよ」


「なんだ、侍。慰めならいらぬぞ」


「いいや、慰めなんかじゃないですよ。ただ、きっと相棒さんはあなたのことを大事に思ってたんだなって」


「……なぜだ?」


「だって、その刀、折れてるじゃないですか」


「……本当だ」


 右近はその時初めて気がついた。あると思っていた刀身の半分が光でできていたことに。


「死んで刀を折られてもなお、相棒を助けるために刀となり、己の力で刀を半分作った……。そんなこと、大切に思っていた人以外に、すると思います?」


「……そうだな」


 右近は視線を移して、上を向いた。


「……すまなかった。左近。そして、ありがとう」


「こちらこそ、最後まで私と戦ってくれて、ありがとう」


 静かに鎧の赤い目が消えた。



「これを持ってと……」


 供えてあった勾玉をポケットに入れて、哲郎さんが見つけてきた縄を伝って上へと上がる。


「……これも持ってかないとね」


 地面に落ちていた刀と、一本の折れた刀を手にして、引っ張ろあげてもらう。


「うん、しょっと!」


 そのうち、また神社に戻ってきた。


「いや〜助かりました」


 目の前にいる哲郎さんは完全に疲れ切っていた。


「いえ、無事で何よりです」


「ああ、そういえばこれ」


 そして、私はポケットから勾玉を出した。


「これは!?」


「下にありました」


「下の部屋はこっちのことだったのですか……」


「みたいですね」


 哲郎さんに勾玉を預かってもらい、神社の外に出た。


「導姉!」


 すると、影人くんとハチが出迎えてくれた。


「良かった〜。無事みたいだね!」


「うん、そっちも大丈夫そうで良かったよ」


 周りを見渡せば、地面や木々から激しい戦いの跡が見て取れる。こちらも激闘だったようだ。


「それじゃ、帰ろう!」


「うん」


 そして、哲郎さんの車に乗ろうとした時、あることを思いついた。


「……ちょっと忘れ物したので取りに戻っていいですか?」


「ええ、いいですよ」


 車から出て、神社の裏手の方に向かう。


「ここら辺なら良さそうなところが……」


 そして、いい感じの場所を見つけた。苔むした大岩に一筋の光が当たり、そよ風が吹いているところだ。


「……ここにしようか」


 私は大岩に二本の刀を立てかけた。きっと、この2人もどこかに連れて行かれるより、自分の元いたところの方が落ち着くだろう。


「本当、苦戦したよ」


 その刀を拝むようにしゃがんで、手を合わせた。



「番人さん。安らかに眠ってください」



「導姉〜! 行っちゃうよ〜?」


 遠くから影人くんが呼ぶ声がした。


「今行くー!」


 そして、私は大岩を背に走り出した。すると、私の耳の横を暖かい風が通り抜けた。
















 第5章 We are out of the ordinary 〜完〜

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