第29話 ragged/ボロボロの

「チュンチュンチュン……」

 小鳥が鳴いていて、カーテンを開けると、明るい朝の日差しがさしてくる。

 今日は休日。凛も事務所に居る。

「さ~て、今日はゆっくりしようかな……」

 毎日毎日仕事をしているわけではないが、絶対にこの日だけは休むという日は作っておくべきだ。

「そろそろ買いたい物もあるし、街にでも出てみたりして」

 想像するだけで楽しみだ。

「おい、導華。仕事だ」

 しかし、その想像が叶うかは別の話である。



「導華、今日も討伐?」

「うん」

 玄武から任務をくだされて、準備をしていると、ゲームをやっていたのであろう凛が部屋に入ってきた。手にはコントローラーを持っている。

「今日は除霊の方だけどね」

「忙しいね」

 今回の任務というのが、ある神社付近で最近霊が暴れているらしい。そこを神社を修繕したいのだが、近づけなくて困っているようだ。

「たまには自分の身体を大事にしてよ?」

「わかってる」

 最近、化ケ物なり、幽霊なりが何故だか増えている。そのせいで急に忙しくなった。

「それじゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい」

 そうして、今日も討伐へと出向くのだった。



「休日なのに、幽霊退治とは……。田切さんも大変ですね」

「いえ、哲郎さんもありがとうございます」

「感謝を言うのはこちらの方です。元はこちらの案件だったものを請け負ってくださるとは」

 ここはいつもの黒の大型車の中。今は哲郎さんの運転で神社に向かっている。

「そういえば、今回は影人くんたちも同行するんですね」

 哲郎さんの言うとおり、今私の座っている後部座席には、私以外に八尺様ことハチと影人くんがいる。

「どうしても戦ってみたいようで……」

 経緯を話すと、私が行こうと思ったら、2人がついてきたのだ。私1人で行こうと思っていたのだが、どうしても行きたいと駄々をこねられてしまった。

「危ないかと思ったのですが、そんなことを言っていたら何もできないと思いまして」

 そういうわけで、今回は私と影人くんたちコンビで討伐をする。

「ハチ、頑張るよ!」

「ポ!」

 やる気だけではどうにもならないこともある。しかし、それでもやる気があるのは良いことだ。



「そろそろですね……」

 哲郎さんが言った。周りを見渡すと、木々が生い茂っている。山守神社よりもはるかに山奥だ。

「こんなところに神社があるんですね……」

「ええ、何年も放置されていたところですが」

「何でそこが急に必要になったんですか?」

「八尺様の影響です」

 その八尺様は、影人くんと一緒に寝ている。

「どういうことですか?」

「八尺様という強大な妖怪が封印から解き放たれたことで、どうやら各地のバランスが崩れてしまったらしいんです。そのせいで多くの幽霊が活発化しているようで……」

 なるほど。最近私の仕事が多かった理由がわかった。

「だから最近幽霊が多かったんですね」

 それほどまでに影響を及ぼすとは。やはり、ハチは最強だったようだ。



 そんな話をしていたら、神社が見えてきた。

「ボロボロですね……」

 見えている柱はコケで覆われ、周りも雑草まみれ。挙句、屋根は半分以上崩れている。

「ここ、本当に使えるんですか?」

「う〜ん、正確には中のものを使うんです」

「中のもの?」

 そう言って、哲郎さんはある写真を見せた。

「勾玉?」

「とりあえず、影人くんたちを起こしてもらってもいいですか?」

「あっ、はい」

 哲郎さんに言われて、2人を揺らすと案外すんなり起きた。

「着いたの?」

「うん、着いたよ」

 そして、2人は眠そうな目で説明を聞く準備に入った。

「それでは説明します。この神社は一見普通の神社ですが、少し仕掛けがあるんです」

「仕掛け……ですか」

「はい。床下にある部屋があるんです」

 哲郎さんによると、その部屋にある橙色の勾玉が必要なようだ。修繕というのは、表向きの理由で、本当はこれを手に入れようとしていたようだ。

「でも何でわざわざ修繕するだなんて……」

「この勾玉はただの勾玉じゃないんです。この中には太古に封印されたある妖怪がいるんですよ。もし、その封印まで解けてしまうと、流石に我々でも対処しきれません。近年、どうやらその封印を解いている輩がいるようで、我々も手を焼いているんです」

「だから、そいつらに取られないように……ってことですか」

「そういうことです。まあ、私も上から聞いた話なので、詳しいことはわからないのですが……」



 哲郎さんに連れられて、神社の中に入っていく。中も酷い有様だ。壁や床全体に苔が生えていて、そこに穴の空いた天井から日光が差している。

「本当にボロボロ……」

「大丈夫? 壊れない?」

「多分大丈夫です」

 そして、哲郎さんはある地点でぴたりと止まった。

「ここですね」

 そして、おもむろに床を叩いた。すると、床が開いた。

「忍者屋敷みたいですね」

「なんせ、昔の技術なので……」

 床下はすぐに部屋に繋がっており、タンスや、大小様々な箱があり、まるで物置小屋のようになっていた。

「この部屋で合ってますか?」

「はい、合ってます」

 何だか思ったよりも簡単に入ることができた。

「もっと何かあるかと……」

 その瞬間、私の下に穴が空いた。

「え?」

 哲郎さんも驚いている。

 そして、私はそのまま真っ逆様に落ちていった。

「うええええええ!?」



「いてててて……」

「大丈夫ですか〜!」

 落ちた先は真っ暗。唯一、落ちてきた穴から光が差している。そして、上の方から哲郎さんの声がする。

「大丈夫ですー!」

 見上げてみたが、どうにも上がれる高さではない。

「とりあえず、どこか出れるところがないか探してみますねー!」

「わかりましたー!」

 と言っても、真っ暗闇。心許ないが、少しでも明るくなるように刀から炎を出してみる。

「ここは……岩のドームっぽいな……」

 炎で周りを照らしてみると、壁や床がゴツゴツしている。どうやら、岩場のようだ。

「出られるところ……」

 そうして探していると、あるところを見つける。

「これって……」

 そこにあったのは、例の橙色の勾玉。小さな鳥居のようなものの黒色の台座に置いてある。

「下の部屋ってここのことだったんだ……」

 その瞬間だった。ある声が聞こえてきた。

「我々は、そのお方を守るためにそこにいる」

「! 誰だっ!」

 刀を構える。

「そのお方を求めて、ここにきた者よ」

 暗闇に突然火が灯る。見えていなかったが、灯籠がいくつも置いてある。

「我が相手をしよう」

 そこにいたのは、鎧を被った誰か。声はくぐもっているが、30代くらいの声だ。鎧は黒く、炎の光を受けて輝いている。そして、その手には黒い刃を携えた刀が握られている。

「我が名は右近うこん。勾玉を守りし、右の門番。すでに朽ちたこの身を全てかのお方に捧げる者。女、お主は何者だ?」

 相手は完全に臨戦体制。戦いたくはないが、立場上、何としても勾玉を手に入れなければならない。

「私の名前は田切 導華。侍だ」

 お互いの刀はすでに、互いの懐へと狙いを定めている。



「困りましたねぇ……」

 導華が落ちた後、哲郎たちはどうにもできず、悩んでいた。

「導姉、大丈夫かな?」

「うーん、あの人ならおそらく大丈夫だと思うのですが……。仕方がないです。方法を考えつつ、こっちは勾玉を探しましょうか」

 そして、哲郎、影人、ハチは勾玉を探し始めた。

「う〜ん、ないですねぇ……」

 しかし、どれだけ探しても、それは見つからない。

「どこですかね」

「ね〜」

 その折、刀が影人たちに向かって振り下ろされる。

「……ッポ!」

 ハチはその刀を片手で受け止めた。

「ハチ!?」

「ポ!」

 刀を振り下ろした影は、穴から出て行く。それを追いかけるようにして、影人とハチは穴から出た。しかし、哲郎はその場に残った。

「影人くん、すみません! 導華さんが戻ってきても大丈夫なように、私はここにいます!」

「任せて!」

「どうか、お気を付けて!」

 そして、追いかけて神社から出た時、その姿が日光の下に晒される。

「……誰?」

 その姿は白い刀に白い鎧。金色の装飾がなされたその姿は、日光で輝いている。

「私たちは、かのお方を守るためにそこにいる」

「かのお方?」

 きょとんとしている影人とは対照的に、ハチは完全にファイティングポーズをとって、腕に白い包帯を巻いている。

「私が相手をしよう」

 透き通った声が響く。

「名前は何て言うの?」

 無邪気にそう質問する影人。その質問に律儀に白い鎧は答えた。

「私の名は左近さこん。幻玉を守りし、左の門番。すでに朽ちたこの身を全てかのお方に捧げる者。少年、君は何者だ?」

 刀を構えて、影人たちに向かって立つ。

「僕の名前は影人! こっちはハチ!」

「ポ〜!」

「え? ハチ、戦うの?」

 ハチの殺気に影人も気付いたようだ。

「それなら僕も行くよ!」

 そして影人はその手に黒い包帯を巻いた。



「『左刃サジン』!」

 左近はまず影人を狙い、刀を振る。その刀は黄色く、明るい。

「えい!」「ポ!」

 2人が腕を出す。その腕は明らかに左近へと届いてはいない。

「ムッ!?」

 しかし、2人が出したのは腕だけではない。同時に霊気による衝撃波が出ている。

「お〜!」「ポ!」

 これが玄武の開発した「亡霊双拳ぼうれいそうけん」の効果だ。2人の霊力の波長が合えば合うほど、高く大きな技を放つことができる。

「成程……」

 それを見た左近は多少の思考を巡らせる。

「一筋縄ではいかない……か」

 そして、左近は刀を一度しまい、体勢を低くする。

「今がチャンスだ!」

「ポ!」

 それを見た2人は走り、左近に向かってもう一度打撃を叩き込もうとする。

「そううまくいくわけがないだろう!『左刃』!」

 先程と同じように刀が振るわれる。しかし、今度はそれを木々に当てた。

「ハズレだよ!」

「ポ!?」

「元から狙ってなどいない!」

 影人の後ろから大木が倒れる。左近はこれを狙っていたのだ。

「ポッ!」

 その大木はハチの蹴りによって大きく吹き飛ばされた。

「えい!」

 影人が左近の鎧を殴る。

「あれ?」

 しかし、今度は威力が出ない。それもそのはず。この包帯は一つ弱点がある。それは、息を合わせなければ、ただの打撃と威力が変わらないことであった。

「先程の威力ではないようだな」

 いくら殴ったといっても、影人はまだ子供。当たり前だが、威力は出ない。

「受けるといい!」

 そして、左近は刀をもう一度構えると、今度は違う技を使用する。

「『光左コウサ』!」

 光り輝きながら、その軌跡を残して刀が振り下ろされる。

「ポ!」

 その刃から影人を守るためにハチは素早く影人の手を掴んだ。

「うわっ!?」

 突然影人の体が引かれて、宙を舞う。

「ポッ……!」

 それにより、ハチは影人が受けるはずだった攻撃をモロに受けた。

「ハチ!?」

 着地した影人はハチの元へと向かう。

「大丈夫!?」

 影人が心配そうにハチの顔を見た。

「……ポ……」

 やはり、その刀は痛い。少しずつハチの肩から血が出てくる。

「立てそう……?」

「……ポ」

 ハチを立ち上がらせるために肩を貸そうとしたが、影人では肩が低くうまく立てない。

「その程度か?」

 左近はその2人を見つめる。

「その程度では私は打破できぬぞ!」

 影人はその鎧を見つめる。

「打破ってどういうことかはわかんない……」

「ポ」

「だけど、きっと大変だってことはわかる……」

「ポ」

「でも、きっと僕たちなら何とかできるはず……!」

「ポ!」

 己を鼓舞するため、隣にいる相棒を立ち上がらせるため、少年はその言葉を口にした。

「絶対に、僕たちは勝つ! それがヒーローだからだ!」

「ポ!!!!」

 いつの日か見たある憧れのヒーローの姿。その姿に自分を重ねて、少年は拳に力を込めた。



「はっ!」

「ムッ……!」

 一方、導華と右近との勝負は拮抗していた。

「侍、なかなかやるな……!」

「そりゃどうも!」

 お互いに黒く染まった刀。そこに炎の影を写しながら、体勢を整える。

「お主なら上にいる左近も打破できるやもしれぬな」

「……左近?」

「我々は双子だ。同じ時、同じ名工から生み出された。黒い鎧と白い鎧……。それを着て戦った侍もまた、双子だった……」

 右近は随分前のことを思い出していた。

「しかし、互いに同じ時、その命を終えた。その無念と仲間の無念。そして、鎧に宿された強い名工の力……。その全てが我々を生み出した」

 打ち取られ、血の海に沈み、敗者という烙印を押された仲間たち。その姿を見ながら、同じように死んだ双子。その無念は右近と左近を生み出すには十分な力だった。

「だから、我々は誓った。もう負けないと。もう、大切なものを失わないと」

 右近と左近の思いは、まさに執念だった。

「そういうわけだ。すまない、侍。打ち取らせてもらう」

 目の前の侍に過去の自分たちを重ねて、右近は刀を構える。

「……それは無理なお願いですね」

 導華はその思いを感じ取った。叶えることのできなかった夢、その無念を誰よりも経験してきた。

「私だって無念の集まりです」

 だから、その無念を違う形で晴らそう。そう誓ったのだ。

「それに、上にいる2人は強いです」

 導華は知っている。2人が息を合わせれば、自分よりも強いと。

「だから、負けませんよ!」

「……よいだろう。容赦はせぬぞ!」

 再び、刀と刀は金属音を響き渡らせる。



「ハチ、動ける?」

「……ポ!」

 左近を前に、2人は再び立ち上がる。

「流石にこれで倒れられるのは、私が困る」

 左近はなぜか、気分がだんだんとあがっていくのを感じていた。

「私たちは負けられないのだ。そう誓ったのだ」

 左近は輝く刃を2人に向ける。

「こい! その力、見せてみろ!」

 左近の言葉を聞いて、影人たちも拳を構える。

「わかった!」

「ポ!」

 屈託のない笑み。その笑みこそ、影人がこの戦いに勝機を見出していることの表れであった。

「行こう、ハチ!」

「ポッ!」

 例え、その身が傷もうとも、彼女は揺るぎない。

「おりゃー!」「ポー!!!!」

 ハチの右手と影人の右手。そして、それを迎え撃つのは、左近の刀。

霊拳レイケン!」

 2人で重ねたその拳。その拳はぶつかり合った刀と大きな黒い火花を散らせる。

「……これだ!」

 左近は求めていたのだ。強者を。己の闘争本能を満たす何かを。

「お前らが満たしてくれるのか!」

 左近は後ろに飛び、拳を受け流した。今の左近はひどく嬉しかった。やっと、己が欲しかったその思いを手に入れられると。そう感じたのだ。

「よくわかんないけど……やってやる!」

「ポポポ!!!!」

 地上の戦いは、もう間も無く、決着を迎える。



「我が力……受けてみよ!」

 左近は体勢を低くし、そのまま弾かれたように影人たちへと向かう。

「この刃を受けて立っていたものはただ1人としていない!」

 生前、何度も鍛錬を積み、仕上げたこの技。しかし、戦で使うことはなく、幽霊となった。

「『左威勘ノ勝迫サイカンノショウハク』!!!!」

 何事にも揺るがず、耐える。そう決めてこの名を名付けた。その刀から放たれた輝きは2人を完全にとらえていた。

「僕たちは、こんなところで、負けてられないんだ!」

「ポ!!!!」

 影人とハチは、その拳を強く握る。

「いっけえええええ!!!!!」「ポォッッッッッッ!!!!」

 2人の息は、今、完全に揃った。先程の霊拳とは比べ物にならない。それほどまでに強いその力を、今なら出せる。そう心から思えた。



「『霊魂不滅レイコンフメツ』!!!!」



 その拳が刀を打ち破り、鎧の腹を突き抜けた。

「グハッ……!」

 その身を地に伏し、左近は己の折れた刀を見た。

「……私のわがままに付き合ってくれて、ありがとう」

 生前、死後もずっと使った刀。その刀のおかげでこんな強者に会えた。彼はそのことを至極幸せに思った。

「これで、安らかにいけるな……」

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