第28話 rational/理性のある
「それで……間違いないんですか? 影人君が連れてきたのが、その八尺様で」
「うむ、間違いない」
ひとまず、私たちは村長の屋敷に戻ってきた。
「封印していた祠に若い奴らを見に行かせたら、封印が解けておった」
影人くんが遊びにいくと言って連れてきたのは、最強とも言われる妖怪。こんなことになるとは……。
「……ところで、あれが本当に八尺様なんですか?」
「ああ、そのはずだが……」
問題の八尺様はなぜか、村長の家にあった煎餅を食べ続けている。しかも、膝に影人くんを乗せている。
「人畜無害に見えますよ?」
「いいや、きっと今だけじゃろう」
そして、八尺様は煎餅を食べ終わると、次はお団子を食べ始めた。
「……本当ですか?」
「……もうわからん」
本当にこの食いしん坊が最強なのだろうか……?
「一応、私たちが預かった本に書いてある外見と全く同じなんだがな……」
「その本に八尺様のことはなんて書いてあったんです?」
すると、村長は顎に手を当てて、考えるような仕草をした。
「確か……白い服を着ている」
「はい」
「大きなつばの白い帽子をかぶっている」
「同じですね」
「身長が2メートル以上ある」
「同じじゃないですか」
「そして、人を襲い、むさぼり食う」
「でも、今彼女がむさぼっているのは?」
「団子」
「……わかんないですね」
「じゃろう?」
外見は確かに完全に一致している。しかし、なぜか人を襲うでもなく、ただただお菓子を食べている。
「どうしたもんかのぉ……?」
これには村長さんも困り顔だ。
「というか、そんな奴を相棒にしようってのは大丈夫なのかよ?」
私と村長が話していると、玄武が会話に割って入ってきた。
「その点もまだなんともいえん」
村長の言うことももっともだ。人間を襲う恐ろしい妖怪。そんな妖怪はそりゃ強いだろう。 しかし、そこまでしてくる恐ろしい妖怪を相棒にするとなると話が変わる。途中で襲われでもしたら……。
「でも、なんか二人とも仲よさそうですよ?」
二人を見ると、影人くんは正座した八尺様の膝の上で美味しそうにお菓子を食べているし、八尺様の方も、ただただ団子を食べている。
「何があったんですかね、ほんと」
「わからんなぁ……」
「ほんとだよ……」
結局、どれだけ話してみても何もわからないのだった。
「村長、少し良いですか?」
そんなとき、ある村人が村長のもとにやってきた。青色の長い帽子をかぶっており、どうやら村長の部下らしい。
「なんじゃ?」
「
「ああ、あのばあさんか」
そして、村人は懐から古びた本を取り出す。
「これはとある村人から預かった品物です。その人曰く、少し前に王魔ヶ裁さんのご自宅の前を散歩していたら、こんな物が落ちていたらしくて……」
「それは?」
「日記帳です。それで拾った人が誰の物かがわかる印でもないかと中を見ていたら、こんな文があったんですよ」
そう言いながら、村人は日記帳のページをパラパラとめくり、あるページのある一文を指さした。
そこにはこう書かれていた。
「○月×日
今日も祠に行った。今日はまんじゅうを置いていった。
○月△日
今日は雨だったが、祠は変わらずだった。」
そんな風に日記が続いていく。どの日でも祠とやらに行ったことが共通していた。
「毎日祠に行ってますね」
すると、村長は何かに勘付いたようだった。
「なるほど。あの婆さんが八尺様に食べ物をあげていたのか」
「あげてた、って……?」
「少々、こちらの話になるのだが、王魔ヶ裁と言う婆さんがこの村にいてな。その婆さん、よくぶらりとどっか行ってな。旅でもしてるみたいに。こういうことは前からちょいちょいあったんだ。それでしばらくすると、ふらっと戻ってくるんだよ」
どうやら、この村には変わり者の婆さんがいたようだ。村長さんは顎に手を当てて、話を続けた。
「それで、だ。おそらくだが、毎日この婆さんが八尺様に飯をあげてたみたいなんだ。多分、今回は結構長くどっかに行ってるから、飯がなかったんだろうな。八尺様が腹を空かせたんだ」
なるほど、八尺様は腹ペコだったようだ。それで先程からあんなに食べ物を貪っていたのか。
しかし、私にはまだ一つ気になっていることがあった。
「でも結局、封印が解けた理由はわからないですよね」
それほど危険な妖怪ならかなり強固な封印をしていたはずだ。しかし、なぜそれが解けてしまったのだろうか?
「う〜む、これは推測じゃが、きっともう封印自体がかなり劣化していたんじゃろうな」
「あ、封印って劣化するんですね」
「そうじゃな。どんなものでも劣化はする。たとえ普通には見えないものでもな。……それでもなぁ……」
「それでも……?」
「それでも、やはり何かきっかけのようなものがなければ解けはしない。第一それでなぜあの少年に懐いているのかもわからん」
やはり、わからないことが多すぎる。
「そういうのは本人に聞くのが一番いいだろ」
突然、玄武が口を挟んできた。そして、玄武は影人と八尺様のところに行った。
「ちょいちょい、お二人さん。ちょっちいいかい?」
「どうしたの?」
お菓子を飲み込んだ影人くんと、まだ両手にお菓子を持っている八尺様が玄武の方を向く。
「影人、お前あの山の中で変なことでもしたか?」
玄武はストレートに聞いた。
「ん〜、よくわからない箱みたいなやつにお菓子あげた」
「なるほど……。その箱みたいなやつって石でできてたか?」
「うん」
「中になんか入ってたか?」
「石入ってた」
「うし、解決」
そして、2人にお礼を言って、玄武は再びこちらに戻ってきた。
「ま、こういうことだな」
「影人くんが置いたお菓子を腹ペコな八尺様が食べようとして、その拍子に封印が解けた……ってこと?」
「つまり、八尺様は餌付けされたってことだったんですか……」
結論、最強の妖怪も食欲には敵わなかったというわけだ。
「そういえば、村長。結局この八尺様は俺たちが持って帰っていいのか?」
玄武が突然、驚くべきことを言った。
「……持って帰るの!?」
私はてっきりまた封印するものだと思っていた。果たして、最強?の妖怪をうちに置いておいても問題ないのか?
「いいぞ」
「早っ!?」
村長、まさかの即答。
「いいんですか!? 最強の妖怪を外に出しても!?」
「あの様子じゃ、影人くんにべったりじゃろう。多分、危険なことはしないじゃろうて」
「えぇ……」
ぶっちゃけここまで適当に動かれると心配になってくる。あれにこちらが襲われたら、溜まったものではないのだが。
「影人くん、本当にその八尺様が相棒でいいの?」
一応、連れてきた本人にも聞いてみる。
「いいよ」
「うん、もういいや」
こうなったらやけだ。家に八尺様がいようが何だろうが、もう関係ない。どっちみち多数決で負ける。
「そうと決まれば、契りを交わさないとな」
「契り?」
「ちょっと待っておれ」
村長はどこかに行ってしばらくすると、ある紙を持ってきた。
「2人とも、ちょっとこっちに来てくれ」
村長に呼ばれ、八尺様は影人くんを持ち上げて一緒に来た。ちなみに、八尺様は頭をぶつけぬように少し屈んでいる。
「よし、ちょっと我慢してくれ」
そして、村長は何を思ったか、2人の指の先を少し切った。
「イテッ!」
「ポッ!」
そして、その血がポツポツと紙の上に落ちる。
「よ〜しよし。そうしたら……」
すると、村長は紙の上に筆で何かを描いた。丸や四角で構成された記号のようだ。
「最後の仕上げだ。影人くん、これを読んでくれて」
村長は懐から取り出した別の古びた紙を影人くんに渡した。
「え〜と、『我、ここに契りを交わす。この妖、我が相棒にならむ。この契りいかなることがあろうとも解かぬと誓い、この契り完成す』……」
その瞬間、2人を黒いヘドロのようなものが覆った。おそらく、霊力だろう。
「わっ!?」
しかし、その霊力は即座に離れて、その場にはただの2人が残った。
「……んえ?」
影人くんがきょとんとしている。
「契り、おしまい」
「もう終わったんですね」
「こんなもんじゃよ」
そして、村長は2人の前に座って、契りの説明を始めた。
「よいか? 契りというのは、いわば契約。お主たちの間に相棒関係ができたということじゃ。これはどちらかが死なぬ限り延々と続く」
「ずっと続くの?」
「そうじゃ。しかし、良いこともある。2人が息を合わせることができれば、その力が増幅される。まあ、頑張って2人で協力していくのじゃな」
そうして、私たち竜王事務所は八尺様という最強……?の妖怪を迎え入れることとなったのであった。
「そういえば、影人の武器も作ってやらないとな」
ある日のこと、玄武がそう呟いた。八尺様を迎え入れて数日。特に何の問題もなく日常を過ごしていた。強いて言えば、夜に廊下を歩くのが少し怖くなったくらいだろうか。夜、ドアを開けて八尺様が廊下で立っていた時はマジで心臓が止まりかけた。
「武器ね……」
「あいつも立派な戦闘員になったわけだから、そういうものもいると思ってな」
そう言いながら、玄武は机の上のチョコスティックを咥えた。
「なんかリクエストとかなかったの?」
「そう言われると思って聞いておきました〜」
「何だった?」
「かっこいいやつだって」
「抽象的だね」
ぶっちゃけ、子供に具体的な武器の構想を期待するのもどうかと思うが。
「後、敵をバッコーンってできるやつ」
「それも抽象的だね」
「というわけで、導華さん。一緒に考えていきましょう」
「残業手当ては出ますか?」
「出ません。業務の範囲です」
「ストライキをします」
「それをしたら自主退職を求めます」
「住む場所なくなる?」
「当たり前だろ?」
「……仕方ないか」
凛も学校でいないし、ここは2人でおとなしく考えることにした。
「刀は?」
真っ先に浮かんだのはこれだ。案外パッと使いこなせたから、きっと楽なはずだ。
「却下」
「何でさ、楽だよ?」
「いや、それはお前がおかしいんだって」
「おかしい?」
別に特におかしなことはないと思うのだが……。
「異世界人だろうがそんなに早く刀を使いこなすのは無理だ。お前がおかしいだけ」
「え〜?」
「とにかく、却下だ却下」
仕方がないので、もう一度考え直す。
「銃は?」
「あれって当てるの難しいんだからな?」
「斧」
「重い」
「槍」
「デカすぎる」
「弓」
「あの身長じゃ威力が出ない」
「ムチ」
「絶っっっ対絡まる」
「爆弾」
「あいつと同じだから嫌だ」
「もうネタ切れ」
「早いな」
正直な話、ずっと働いていた会社員に武器の知識を求める方が無理な話だ。
「……そういえば、影人くんがハマってるアニメってどんなやつ?」
ふと、思い出して玄武に聞いた。
「あ〜、そこになんかアイデアあるかもな」
思い立ったら即行動。早速、ビデオをレンタルしてきた。個人的にいまだにビデオレンタル屋が残っているというのは衝撃だった。元の世界ではなくなりつつあるのに……。
「ほら借りてきたよ」
「お、これか」
今回借りたビデオは『宇宙ヒーロー ガッチャガッチャーマン』。今子供の間でプチブームが起こっているそうだ。
「ギリギリ最初が残ってた」
「そんじゃ、見ますか」
こうして、大の大人2人が何でもない子供用アニメについて分析をすることとなったのであった。
「……どうするよ?」
「どうしようかな?」
見終わった感想。意味がわからん。小さな子供なら面白いのかもしれないのだが、私たちからしたらよくわからないというのが正直な感想だ。
「子供のセンスはわからんなぁ……」
子供心は訳わからん。それを思い知らされた。
「そうじゃない、そうじゃない」
「武器だよな。武器」
危なく理解不能な展開で本題を忘れるところだった。
「さてどうするか……」
アニメに出てきた武器として、ビームサーベルや銃が多かった。宇宙モノだから仕方ないのかもしれないが。
「流石にビームサーベルで幽霊は厳しいしな……」
「どうしたもんか……」
その時、ある一つのアイデアを思いつく。
「そういえば、ガッチャガッチャーマンって何で戦ってたっけ?」
「ん? 確かそのままぶん殴ってたはず」
「それだ!」
あまりに出番が少なかったため忘れていたが、主人公は拳を使っていた。難しく考えすぎていたのだ。
「ほら、あれ。手にはめてバーンってする……」
形はわかるのだが、武器の名前がわからない。
「あ〜、カイザーナックルのことか?」
「あ、あれってそんな名前なんだ」
そう、鉄でできたそれで殴れば、敵も吹っ飛ぶだろうし、多分かっこいい。
「うっし、作ってみるか」
そうして、玄武は早速、発明に取り掛かったのであった。
「うっし、できた!」
始めてから数日。今回は珍しくやかましくない発明だった。
「珍しいね。いつもならトンカンうるさいのに」
「ま、作ったもんが作ったもんだからな」
「……何作ったのさ」
「それはまだお楽しみ」
そして、玄武は影人くんと八尺様を部屋に呼びにいった。
「玄武兄、どうしたの?」
「ふっふっふ……2人とも。この度2人の武器ができたぞ!」
「お〜!」
律儀に拍手している。こんな廃れた大人の戯言に乗ってやるだなんて、子供はやはり純粋だ。
「は〜い、八尺様はこっち。影人はこっち」
玄武は八尺様に白い箱、影人くんに黒い箱をあげた。
「開けていい?」
「いいぞ」
パカっと開いたその箱の中に入っていたのは……。
「包帯?」
何とビックリ包帯だった。影人くんには黒、八尺様には白の包帯が送られた。
「こいつは2人のエネルギーを共有することができる優れもんだ。後は単純に拘束もできるし、拳に巻いて殴れば、威力も出る」
一応ちゃんと武器なようだ。ただのボロ布かと思った。しかし、なぜいつものように鉄で作らなかったのやら。
「(鉄じゃないの?)」
私はこっそりと玄武に尋ねた
「(鉄じゃ重いし、ぎゅって握ったら痛いだろ)」
「(まあたしかに)」
何とはなしに納得した。そもそも影人が喜んでいるのだからいいか。
「わぁ〜、玄武兄、ありがとう!」
「へへっ、いいってもんよ」
褒められて満更でもなさそうだ。
「そうだ。こいつは一個提案なんだが……」
玄武が何かを思いついたように話した。
「いつまでも八尺様じゃ距離があるから、なんかあだ名を決めようぜ?」
確かにそれは私も思っていた。様付けだと何だか仲間として呼びづらい。
「う〜ん、はっちゃんは?」
影人くんが提案する。
「それじゃ何だかタコみたいでダメかな〜」
「う〜ん」
さすが玄武、子供にも容赦ない判断だ。
「じゃあハチ!」
八尺だからハチ……単純が故に言いやすい。
「私はそれがいい」
「まあ、それが良さそうだな」
今度は玄武も納得したようだ。そして、影人くんは改めて、八尺様もといハチの顔を見た。
「ハチ! よろしくね!」
「ポ!」
最強の妖怪との生活も、案外何とかなりそうだ。そう感じた瞬間だった。
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