第24話 niche/ニッチ

「あ、導華からだ」


「お? 導華さんからなんか来たのか?」


「うん、山の景色の写真と温泉の写真と……」


「……これ、ライデンオオワシではありませんか?」


「うお!? 一人でぶっ倒してるじゃねぇか! つええ!」


「……休めてるのかな? 導華」


「そんじゃ、私たちも行こうぜ!」


「そうですね」


「でも、あんまり歩くのは嫌だ」


「まあまあ、きっとショッピングも楽しいぜ?」


「そうですよ。レッツゴー、です」



 時は遡って少し前。今日は金曜日。その日も学校があったのだが、その日は少し違った。


「やっぱ、午前中授業は楽チンだな!」


「ですね」


「毎日これだといいのに……」


 その日はちょうど午後から校舎の改修工事を行うとか何とかで、午前中のみの授業の日だったのだ。


「いや〜、今日は楽しみだな!」


 そして、いつもと違うことがもう一つ。


「あなた、お家はちゃんと片付けてあるのでしょうね?」


「もちのろん! ちゃんと押し入れに押し込んどいたぜ!」


「……はぁ」


 明日は休日ということで、何でこうなったのかアンの家に泊まることになったのだ。彼女曰く、


「私だけ家を見せてないのはアンフェアだからな!」


 だそうだ。意味がわからない。


「そういうわけで、駅前の丸八デパートの東口集合で!」


 そうして、私たちは一旦家に帰り、各々準備と食事をしに行くのだった。




「パソコンよし……充電器よし……モバイルバッテリーよし……」


 荷物を全て詰めて、事務所に向かう。


「玄武、行ってくる」


 一応、一日空けるので団長に報告をしなければならない。


「おう、楽しんでこいよ」


 聞いた話によると、今日は導華の方も有給を取って山奥の秘湯へ向かったそうだ。テレビで紹介された時点で秘湯と言えるかは分からないが。折角なら一緒に行きたかった。


「徒歩20分くらいか……」


 常人からすると、余裕で歩ける徒歩20分という距離。しかし、運動不足まっしぐらの私には過酷だ。そんなときにはバスを使う。金がかかろうが関係ない。


『次、止まります』


 バスに乗って、おなじみのボタンを押し、バスを降りる。


「ここが……」


 私が今居るのが、丸八デパート。ここは東京有数のデパートで、有名なブランド店から、ゲームセンターという具合に様々な店の揃った地上と地下併せて20階の建物だ。老若男女が24時間、365日訪れる、まさに東京の中心地だ。値段が三桁で子供が買いやすい物も、富豪が買うような九桁を優に超える代物も売っている。


 そんなわけで、遊ぶのには持って来いのスポットなのである。


「おう、来たか!」


「よろしくお願いします」


 入り口の方を見ると、ルリとアンがいる。服はアンが白Tにホットパンツ、ルリが黒を基調としたワンピースで、どうやら私服のようだ。


「それじゃ、さっそくレッツゴー……」


 早速買い物に行こうとしたその時、私の携帯がなった。


「どうした?」


「あ、導華からだ」


 そして、冒頭のシーンに戻る。




「まず、どこ行くんだ?」


「決めてなかったんですか……」


 意気揚々と中に入ると、人でごった返している。平日もやはりここは変わらない。


「凛、なんか行きたいところとかあるか?」


 あまり来たことがないこのデパート。一体全体どこに行けば正解なのだろうか……?


「……やっぱりゲーセン?」


 困った時はとりあえずゲームセンターに行けば解決する。先人の知恵(MyTube)からの教えである。


「おっ、いいな」


「そこにしましょう」


 すたすたと歩いて行き、5階。そこの階全体が大きなゲームセンターになっていて、クレーンゲームにアーケードゲーム、音ゲー、プリクラなど大抵の機体が並んでいる。


「やっぱうちの高校の奴多いな~」


 見渡せば、うちの高校の制服を着た若者がちらほら。私服だが、学校で見覚えのある生徒、さらにはアイスを食べている先生も居る。


「教師もお休みみたいだね」


「ですね」


 私に返事をしたルリ。その視線は明らかに違う方を向いていた。その先にはあるゲームがある。


「お、ホッケーか」


 そこにあるのは、友達と来た時にしか出来ないゲーム代表格のエアホッケーがあった。


「久しぶりにやるか!」


「でも、一人余りますよ?」


 エアホッケーといえば、当たり前だが1対1のゲームだ。一応、打つためのスマッシャーは両側に二セットある。


「わかった、ルリと私対凛でやろう」


「拒否権はないか」


 あっという間に2対1のエアホッケー対決が始まった。しかしながら、このままではアンフェアだし、負けは確定している。


 そこで、一つ提案を持ちかける。


「アン、一つ良い?」


「何だ?」


「魔法の使用はOK?」


 ゲーセンにあるエアホッケーは、一応魔法を使われても壊れないようにかなり耐久性が高く作られている。2対1なのだからこれくらいのハンデが欲しい。


「しゃーないな。いいぞ」


「……ふっ、勝ったな」


 そうして、私がとった行動、それは……。


「お前、それはずるいぞ!」


「大人げない……」


「私は大人じゃないからね」


 要はパックが入らなければいい。それならこちら側のゴールを凍らせてしまえばよいのだ! そんなわけで私はゴールをガッチリ氷でガードしたのだ。


「それならこっちだって考えがある!」


 すると、アンがルリの後ろに立った。


「ルリ、いくぞ!」


「音量、気をつけてくださいよ?」


 そして、ルリの方は自分の腕にツタを這わせた。一体何をするつもりなのだろうか?


「準備できました」


「それじゃあいくぜ!」


 アンが懐からマイクを取り出し、ルリが耳にイヤホンをつけた。


「『強化魔法:オンステージ』!」


 突然、アンが歌い出した。それと同時にルリの腕から赤色のオーラが出始めた。


「いきます……!」


 息を整え、ゴールを狙うその目はまさに野獣そのもの。やばいオーラがする。


「はいっ!」


 ルリの放ったそのパックはまさに豪速。激しくカコンカコンと音を立てて私に氷にぶつかる。


「なっ!?」


 するとどうだろう、ゴールには入らなかったが、何と氷にヒビができた。


「私の氷を砕くつもり……!?」


 どうやら、強行突破するつもりのようだ。


「『アイス』!」


 急いでゴールの氷を補強する。しかし、ルリの打ち返してくるパックは打てば打つほど速くなっていく。


「そこです!」


 ついに私の氷がパキンと音を立てて砕けた。そして、スコーンというよく響く音を鳴らしながら一点が決まった。


「砕かれた……!?」


「ルリのバフを舐めないでください」


『試合終了!』


 機械から男の声がした。結局、1対0でルリたちが勝ったのであった。




「ふぉ〜! うめ〜!」


「甘いです」


 エアホッケー勝負に負け、ルリとアンにパフェを奢った。


「まさか砕かれるとは……」


 今まで難攻不落で化ケ物の攻撃でさえ破ることの不可能だったあの氷。それを砕く者が現れるとは……。


「アンは歌でバフをかけるんです。さっきのは私の自然魔法『ストロングネイチャー』で腕の筋力と耐久力を強化。そして、アンの『強化魔法:オンステージ』でそれをさらに強化。アンの魔法はその声を聞けば聞くほど魔法の効果が強まるのです」


 だからパックの速度がドンドンと速くなっていたのか。


「アン、よくやりました」


「へっへっへ、ありがとよ」


 ルリは少しづついちごパフェを食べていた。が、アンは頼んだバナナパフェをあっという間に食べてしまった。


「……凛」


「二個はダメ」


「バレてたか」


 そして、アンはルリのパフェに目をつけた。どうやら、いちごを食べたいらしい。


「あ〜」


 ルリが食べようとスプーンを口の前に持ってくる。


「いただきっ!」


 その瞬間、アンが横からそれを食べてしまった。


「うめ〜」


「アン、やめなさい」


「別一個ぐらいいいだろ〜?」


 みるみるうちにルリの顔が赤くなっていく。


「いや、そうではなく、その、か、かかかか、間接、キッ、キスは、その、あう」


 ルリがタジタジになってしまった。


「そんな気にすんなって、食べ合いっこぐらいするだろ?」


「うむむむむ……」


 何だか、ルリに親近感が湧いてきた気がする。




「さて、次は服屋にでも行きましょうか」


 パフェを食べ終わって、店から出ると、ルリが提案してきた。もう元に戻っている。


「お、いいな」


「そうしようか」


「それではいきましょう」


 ルリに案内されてやってきたのは11階のレディースファッションフロア。ここのフロアは先ほどと違い、高校生の姿がほとんどない。それもそのはず。こんな高価なものが集まったフロア、本来女子高生が来るところではない。


「んで、何買うんだ?」


 アンがルリに聞く。


「あなたの服を買います」


「はぁ? 何でだよ」


 アンは首を傾げた。すると、ルリは呆れた顔で聞いた。


「……アン、今家で頻繁に着ている服がどんなものなのか教えてください」


「えーと、中学のジャージだな」


「それは外でも?」


「ああ、後白T」


「行きますよ」


「別にいいだろ!?」


 ファッションセンスゼロの私でも、今の会話でアンのファッションセンスの低さに気づいた。


「たまにはちゃんとおしゃれな服を着てください」


「ちぇ、しゃ〜ないな〜」


 渋々ながらルリにアンがついて行く。それに続いて行くと、着いたお店は某有名ブランド。お値段は決してリーズナブルではない。


「私が一着奢りますので、お好きな服を選んでください」


 さすがは富豪。やることが違う。近くにあった服を見ると1万円をゆうに超えており、見るのをやめた。細心の注意をはらって店を進む。


「つってもなー、一体どんな服がいいんだか」


「だったらこれは?」


 そこで、何となく似合いそうな白いワンピースを渡してみる。


「ちょっくら着てくる」


 とりあえず、アンはそのまま試着室に入って、ガサゴソと着替えた。


「どうだ?」


 綺麗な赤い髪にスタイルの良さというこの上ない好物件。それに白いワンピースはよく似合う。


「似合いますね」


「……でもなんか違う」


 似合う。確かに似合うのだが、何かが違う。


「イメージに合ってないですね」


「それだ」


 イメージに合っていないのだ。この白いワンピースはアンが着るにはあまりに清楚すぎる。何とも言い難いのだが、もっとスポーティーな感じの方が良い気がする。


「だったら、こちらはどうです?」


 そして、ルリが持ってきたのは黒いスキニージーンズと白い肩出しのトップス。


「おーし、任せろ」


 そしてまた試着をする。


「できた!」


 ジャっとカーテンを開けると、そこにはモデルと見間違うほど綺麗なアンがいた。


「お〜、似合う似合う」


 まず、やはりスキニージーンズがものすごく似合う。程よく引き締まった体を強調したそのデザイン。脚線美に満ち溢れている。


 そして意外に似合う肩出し。首元も綺麗に見えるため、鎖骨のラインが際立つ。私もぜひこの服を導華に着せたい。


「カシャカシャカシャ」


 隣ではルリがさまざまなアングルから写真を連写している。もしかしたら、ルリは最初からこれを着せるためにここに連れてきたかもしれない。


「うし、買ってくか」


 ちなみにルリは結局2着分奢り、値段は10万を超えた。




「いや〜、楽しかったな〜」


 時刻は6時、外はすっかり赤くなっている。


「そういえば、今日はここからアンの家に行くんだっけ」


「大体歩いて10分くらいだ」


 歩くのは嫌だったが、なんとか歩く。歩いて行くうちに段々と住宅街に入っていき、そしてアンの家にたどり着いた。


「案外普通の家だね」


「案外とはなんだ」


 見た目は日本によくある平屋の一戸建て。庭もまあまあな大きさがあり、縁側もあった。


「そんじゃ、ご開帳〜」


 ガラガラと引き戸を開くと、中は一般的な家屋。夕日が差し込んでおり、まさに日本の家の典型的な例だ。


 アンは最初に入ってすぐ右の襖を開けた。


「今日はここで布団敷いて寝るからな」


 そこは畳張りの部屋で、おそらく客間だろう。窓があり、そこから差し込む夕日が美しい。


 客間に荷物を置いて、次に行くのは居間だ。居間は丸いちゃぶ台があって、尚且つテレビがある。大きさ的には少し小さめだが、それでも十分見れる。


「飯はここで食うぞ。今日は親父も泊まりだし、ゆっくりできるな」


 その後、台所や風呂、トイレを案内してもらって、最後の部屋の前に来た。


「ここは私の部屋だ」


「中入ってもいい?」


「いいぞ」


 普通の木のドアを開けると、その先はまさに別世界。壁にはアニメやらどこかのロックバンドやらの全く統一性のないポスターが大量に貼られている。


 部屋は片付いているが、机の上が汚い。ノートパソコンが立てかけられていたり、紙類が散乱している。


 しかし、その部屋の中でも唯一窓辺の付近は物が綺麗で、そこにエレキギターとアンプが置いてある。おそらくこのギターは入学式の時に持ってきていたものだろう。


「まあまあ片付いていますね」


「頑張ったんだからな。当たり前だ」


 よく見ると押し入れから少し紙が出ている。やはり、押入れの中はパンパンのようだ。


「このギターって……」


「そいつは私の相棒だ」


 少し古びた赤いギター。しかし、お手入れはしっかりしてある。


「ずーっとこれ使って曲作ってるからな」


「そういえば、シンガーソングライターなんだっけ」


「そ、MyTubeで動画を出してんだ。登録者は大体3万人くらい」


 知名度はまあまああるようだ。


「それじゃあ、私はそろそろご飯作ってくるから、お前らは好きにしときな」


 そして、アンは台所に向かった。私はとりあえず、テレビを見ることにした。




「お腹減ってきたな……」


 アンがご飯を作っている時、その匂いがこちらにきて段々お腹が減ってきた。


「我慢、我慢……」


 何となく何の料理を作っているのか気になってきた。匂い的には何かしらの出汁を使っている。が、それ以外に匂いがしないため、何の料理かが予想できない。


「……見に行くだけ見に行ってみるか」


 そして、居間を出て、台所に向かう。ここでこの家の構造の話になるが、台所は廊下の突き当たりで居間は玄関入ってすぐ左。そのため、台所に向かう時にすべての部屋が見える。


「アン、何作ってるの?」


「ああ、うどんだ」


 見れば、ぐつぐつとうどんの麺を調理しているところだった。なるほど、だから匂いがあまりしなかったのか。


「ありがと」


 そして、部屋に戻る。そこでふと気になった。


「ルリは?」


 ルリがいない。


「アンの部屋かな」


 気になって、少し家を周る。やはり、ドアの閉まっているアンの部屋以外にルリはいない。


「アンの部屋で何してるのかな?」


 アンの部屋にはぱっと見何か遊べるようなものがない。そんな部屋で一体何をしているのだろうか?


「ちょっとのぞいてみようかな」


 ドアの前に立ち、少しだけ開ける。すると、そこにはルリがいた。確かにルリがいたのだが、様子がおかしい。


「……洋服ダンス漁ってない?」


 あろうことか、ルリはアンの服が入っていると思われるタンスを漁っていた。


「あ」


 その時、中のルリと目が合った。


「……」


 気づいていないふりをして、ドアを閉めた。


「凛さん、私は別にいやらしいことをしていたわけではありませんよ?」


 優しくドアの向こうから声をかけられる。しかし、ドア越しでもわかる威圧感。こんなの入れるわけがない。


「逃げっ……」


 その時、ツタに足を掴まれた。


「ギャ!」


 そして、派手にすっ転んでしまった。


「凛さん、逃しませんよ」


 ドアが開いてルリが出てきた。その表情は夕日に逆光になって見えない。どうやらツタを出したのはルリだったようだ。


「イヤアアアアア!!」


 私はアンの部屋に引きずり込まれた。




「誰にも話しませんから、命だけは……!」


「私は怪物ではありません」


 ルリは笑っていっている。しかし、その目も声も何もかもが笑っていない。


「私は今アンが持っている服がどんなものなのかを確認していただけです」


「……何故?」


「あの人、すぐジャージやら白Tやらの服を洗濯が面倒くさいと洗わずに着てしまうんです。だから、定期的に洗ってるかをチェックしてるんです。最近はもう大丈夫なのですが」


「ああ、そうだったんだ……」


 そういうことなら安心だ。少しお母さんチックな気もするが、考えないでおく。


「あの、気になってたこと聞いてもいい?」


「何ですか?」


 ちょうどルリと二人きりになったので、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「ルリはどうしてアンをそこまで気にかけるのさ?」


 いくら友人とはいえ、服を買ったり、点検をしたりとどうしてそこまでアンのことを気にするのか。それが私は気になっていた。


 そして、パフェの時のあの反応。そこも聞きたかった。


「それは……」


「お〜い、うどんができたぞ〜」


「……夕食を食べいてからにしましょうか」




「あ〜食った食った」


「美味しかったです」


 アンの作ったうどんはかなり美味しかった。コシもあったし、ダシも美味しかった。


「そんじゃ、私はこれ洗ってくるわ」


 アンは再び台所にもどった。


「さて、それでは私とアンについて、友人であるあなたに教えないといけませんね」


 ごくりと唾を飲む。


「私たちが出会ったのは、ちょうど1年ほど前のクラス替えの時でした。その頃、私はちょうど受験のこと、そして海外進学のことを考えていました」


 すると、ルリはその表情を少し暗くして、こう言った。



「それと同時に私が自殺を考えていた時期でした」



 ルリとアンの二人の出会い。それがなければルリはここにはいなかった。彼女は暗い瞳で私の目を見てそう言った。

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