第22話 game/ゲーム

「決闘……か」


 一度、屋敷の方の準備をするということで、ルリとアンは帰っていった。私はというと先日のことについて考えていた。そう、前回の任務のことである。


「こんな連日連夜で怪盗が来るなんて、何かあるとしか思えないんだけど……」


 しかし、その理由がわからない。なぜそこまで急いでダイヤモンドを盗みにかかるのだろうか?


 それに相手側のスキルについてもまだよくわからない。一体なぜあの金庫の中に入ることができたのだろうか?


「……考えてても仕方ないか」


 ひとまずその二つのことは後回しにして、先に今夜の人集めにかかることにした。




「ねぇ、玄武」


 いつものように自室にこもっている玄武を呼び出す。


「どうした?」


「実は……」


 そこでかくかくしかじか今日の任務のことを話す。


「なるほど……決闘ね」


「そう。それで人ってどれくらいいるかな〜って」


「そうだな……ざっくり6,7人くらいじゃないか?」


 それだとうちの事務所では人手が足りない。


「2,3人くらい足りないけど……」


「よっしゃ、任せろ」


 そう言うと玄武はスマホを取り出して電話をかけ始めた。


「おう……おう……頼んだぞ? 大丈夫だって! 変なことはしないから!」


 そして電話を切った。


「よし、人数は大丈夫だ」


 なんだかよくわからないが、なんとかなったようだ。


「ところでさ、玄武は怪盗のスキルはなんだと思う?」


 正直、これが一番聞きたかった。この世界に来て日の浅い私ではどうにも判断がつかない。そんなわけで、なんだかんだ色々知っている玄武に聞きに来たのだ。


「う〜ん、この世界には無数にスキルがあるもんだからなんともいえないが、俺は最初は『透過とうか』だと思ったな」


「透過?」


「透過ってのは簡単にいえば透明になるんだ。その上、壁をすり抜けるとかの器用なこともできる」


「確かにそれなら金庫入れるね」


「でもな、このスキル一個欠点があるんだよ」


「欠点?」


「服やらなんやらまですり抜けちまうもんだから、ダイヤなんて持てるわけがないんだよな」


 思い出してみても、怪盗はきちんと服を着ていた。それに玄武の言う通りなら金庫に入っても、ダイヤを持てないのだから意味がない。


「だからなんとも言えないな」


「そっか……」


 玄武でもわからないとなると、もうどうにもわからないような気がする。


「あと気がかりなこと……」


 怪盗について変だったことと言えば、突然人形に変わったこと、そして異様に足が速かったことだろうか? 謎は深まるばかりだ。



「もう少し時間もあるし、自分の部屋で考えてくる」


「おう」


 階段を登って、自室に入る。少しお酒の匂いがする。


「……換気しておこうかな」


 カラカラと窓を開けて、換気をする。外の空気は少し暖かい。地球温暖化が進んでいたあっちの世界よりもよっぽど過ごしやすい。


「うーん……」


 ベッドに寝転び、考え始める。


 何をどうしたら、あのレーザーを掻い潜って金庫の中に入れるのだろうか? もし、レーザーが動くものを察知して攻撃をする機種だとしても動かずにダイヤを盗むだなんてそんなことが果たしてできるのだろうか?


「……ヒントないかな」


 スマホを開く。日常の何気ないところにヒントはあるのだ。そう思い、スクロールしていく。


『人気アイドル、世界公演へ』


『しつこい油汚れが30秒でまっさらに!?』


『エアコン取り付け無料!』


「エアコンねぇ……」


 昔、うちの部屋にもエアコンがあったことを思い出す。確かに涼しいのだが、フィルターの取り付けや掃除が面倒くさくて、そういうことをしなくていい機種にした方が良かったなんてずっと思っていた。

 私は無駄にお金があったから、交換ぐらいは余裕だった。が、その時間がなかった。


「懐かしなぁ……」


 エアコン……エアコン?


「……ん?」


 私に頭に一つの可能性が浮かぶ。


「もしかして……」


 やはり、日常の何気ないところにヒントというものはあるものなのだ。



「……なるほど」


 玄武に私の仮説聞かせてみる。


「それだな」


「え、そうなの?」


「そういうことができるスキルは知ってる」


「そうなんだ……」


 これで怪盗のやること、そしてなぜ決闘を申し込んだのかはわかった。動機はまだなんとも言えないが、コレなら今回の決闘は乗り切れる。


「そうと決まれば準備だな。俺は今回出てくる奴らにそれを伝えてくるから、お前はその情報持って桃井さんとこの屋敷に行ってこい」


「わかった」


 久しぶりの団長命令でバイクを飛ばして桃井邸までついた。現在時刻は午後4時。まだ余裕がある。


「ごめんくださーい」


 すると、以前のように門が開いた。


「やっぱここすごいな……」


 改めてテーマパークばりの庭の広さに驚く。が、こんな悠長にしている暇はない。


「ようこそいらっしゃいました」


 庭にガゼスさんがいる。


「どうも、ガゼスさん」


 見ると、どうやら庭の一角を整備して戦いの場を造っているようだ。


「どうも、田切さん。お嬢様なら今は自室でアン様と遊んでいられますよ」


「ああ、いえ。今日はガゼスさんに用事がありまして……」


「私ですか?」


 一応、ガゼスさんにも怪盗のスキルのついてを教えておこうと思っていたのだ。


「怪盗についてなのですが……」


 かくかくしかじか説明をして、ガゼスさんにも納得してもらった。


「そういうことでしたか……」


「それで、今日は金庫のレーザーを切っておいてもらいたくて」


「確かにそれではレーザーもあってないようなもの。むしろ足手纏いですね」


「お願いします」


「一応、お嬢様にも伝えておきましょう」


 そうして、ガゼスさんは屋敷の中へと戻っていった。


「……遊んでる……か」


 前にあんな現場を見てしまった以上、なんだかその言葉は違った意味に聞こえた。




「クチュン!」


「お嬢、風邪ひいたか?」


「ひいてません。それより、次はあなたの番ですよ」


「そうだったそうだった」


 そして、アンは異世界版人⚪︎ゲームこと生涯ゲームのスロットを回した。




「よろしくお願います」


 現在時刻は午後10時。私たちは桃井邸にいた。今回は玄武、凛、私、デニーさんで事務所総出だ。


 ちなみに影人くんは山守神社の方で預かってもらった。前よりもすんなり入ってくれて助かった。


「とりあえず、戦える場は作っておきました」


 そこには一辺約20メートル程の正方形がある。コレを短時間で用意できるとは……。さすがお金持ち。


「それで、玄武。呼んだ人たちって……」


 まあ、なんとなく見当はついているのだが。


「もう少しで来るはずだ。あいつは遅刻はしないからな」


 噂をすればというやつだろうか。その時ちょうど門の前にバイクが数台止まった。


「おう、俺を呼び出すとは珍しいな」


「へっ、別に昔だったら普通だっただろ」


 そうして来たのは、案の定、爆戸さんとバタフライさんだった。


「まさか決闘するなんてな」


「俺もびっくりだよ」


「それでこいつがそのフィールドって感じか?」


「ああ、本番は俺がいつもどおり結界貼って、中の攻撃が外に出ないようにする」


「頼んだぞ」


「言われなくても」


 流石、友人同士。息ぴったりだ。


「とりあえず、俺たちは12時までには戻るから、一旦見回りと準備してくる」


「わかった」


 そうして、各々12時を待つのだった。




「はっはっは! まさかもう一度ここに来るなんてね!」


 12時。ついに怪盗がやってきた。しかもその背後には数十人の影が見える。


「ふむ、きちんと人数は揃えて来たようだね」


「もちろん、5人揃えて来たよ」


「では早速ダイヤモンドを賭けて戦おうじゃないか!」


「その前に」


 きちんと言っておかなければならないことがある。


「……何だい?」


「あなたたちが負けたら、前に盗んだエメラルドのペンダントを返して」


「……バレていたか」


 怪盗は少し驚いたような表情を浮かべている。


「いいだろう! その条件、飲んでやろうじゃないか!」


「そう来なくっちゃ」


 私たちの決闘が幕を開けた。




「やっぱり……か」


 私の予想通り、決闘は完全に一方的なものとなっていた。バタフライさんが相手の半分ほどを倒したくらいで気づいていた。やはり、狙いはこの決闘ではない。今目の前ではデニーさんが一気に10人ほどを相手にしているが、相手になっていない。


「それじゃあ、行こうか。大将戦!」


 結局、凛と爆戸さんの出番がないまま私と怪盗の戦いになった。


「……こい」


 いつものように刀を構える。


「ほう? 自信満々だね」


「そりゃ勝てますから」


「……ほう! 言うじゃないか!」


 そうして、最後の決闘が始まった。


「先手必勝!」


 はじめに動いたのは怪盗。怪盗はそのままくるりと回って、私の首を狙いながら、蹴りを繰り出す。


 その足は刀によって受け止められる。


「流石にコレぐらいはしてくれないと盛り上がらないよ!」


「盛り上がりとかあるんですかね?」


 一旦離れた怪盗はまた向かってくる。しかし、今度のその速度は異次元級だ。


「さあ、この速度。受け切れるかな!?」


 が、その攻撃のトリックは読めている。


「そんなハッタリじゃ、私を騙せない」


 私はその足を先程と変わらないまま受け止める姿勢をとる。


「あの速度をそのまま受けたら……!」


 バタフライさんが心配するのもよくわかる。だが、相手のマジックのタネがわかっているのならば、全く怖くない。


「ほら、ね?」


 豪速から繰り出されたかに見えたその脚技。しかし、その足は先程と同じように受け止められた。


「なっ……!」


「わかってるんですよ、怪盗さん。あなたのスキルが『交換コウカン』だってこと」


 怪盗のマジック、見切ったり。




「交換?」


 凛がポカンとしている。


「そ。とりあえず、ロジックは後で説明する」


 ひとまず、目の前の怪盗をどうにかしないといけない。


「ふむ……タネがばれているなら面白くない」


「面白くなくても、やらないといけませんよ?」


「それはどうかな?」


 怪盗はニヤリと笑うと、下に球を投げて煙幕を張った。


「さらば!」


「待て!」


「凛、大丈夫」


 追いかけようとした凛を私が静止する。


「え、追いかけなくていいの?」


「対策はしてあるから。それよりも、あいつのスキルの説明をしようか」


 怪盗のいなくなった庭で、ショーの種明かしをする。




「まさか、ばれていたとはね……」


 暗い屋敷の一室。怪盗はそこで嘆いていた。


「でも、目的のものは持って行けそうだ」


 怪盗は素早く移動して、金庫の前に着く。


「やっぱり、難点は範囲だね」


 怪盗は金庫に入って、同じようにダイヤを盗もうとする。


「そこまでだぜ、怪盗さん」


 背後から声がする。


「……誰だ?」


「オイオイ、俺を知らないのか?」


 そこにいた男は親指をビッと立てた。それと同時にあかりをつけた。


「玄武団団長、竜王玄武様だ!」


 本当の決闘がここで始まったのだ。




「それで、交換ってなんなのさ?」


 凛からの質問に私の考察を交えて答える。


 玄武から教えてもらった「交換」と言うスキル、それは半径3メートルのものと自分の位置を入れ替えるというものだ。


 一見すると、玄武の持つ「転移」の下位互換に見える。しかし、玄武が言うにはこんな違いがあるのだそうだ。


「俺たちが使う『転移』っつーのは門を作って転移する。だけどな、それだと妨害する結界に引っ掛かっちまうんだな。『交換』の場合は発動するどっちか片方が、結界の範囲外だと引っ掛かんないんだよ」


 そうすると、金庫の中にあった結界に引っ掛からなかったのも納得がいく。


 そして、次になぜレーザーに焼かれなかったのか。それはあのレーザーの仕組みが関係している。レーザーはあくまで動くものを撃退するもの。交換の場合だと一切動かずに中に入り、盗む時も中のダイヤを交換してしまえばよい。だからレーザーに引っ掛からなかったのだ。


「でも、導華。さっきから交換交換って言ってるけど、何と交換してるのさ?」


 すると、凛が素朴な疑問を問いかける。確かに交換するものがなければ、スキルも不発に終わる。


「おそらくだけど、空気だよ」


「空気?」


 そう、コレが素早さのトリックだ。前方の空気と自分の位置を交換して速く走っているように見せていたのだ。あくまでものと言っても実体があるとは限らない。コレも玄武が教えてくれた。


「確かにそれなら速く見えるかも……」


「多分、マネキンも近くに用意してたんだよ。だから気づかずに転移して逃げれたんだ」


「なるほど……直接ダイヤと交換しなかったのも距離が足りなかったから……ってことか」


「そういうこと」


 つまり、怪盗はこの決闘というところでわちゃわちゃしている間に交換をして、こっそりとダイヤを持っていってしまおう、という作戦を立てていたのだ。だから、戦闘力も何にも関係ない。そこが相手が弱かった原因だったのだ。


 だが、あちらの想定よりもこちら側が強く、怪盗が抜け出すスキがなかった。そして、あえなく大将戦へと持ち込まれ、このような強引な手で中に入ることになったのだろう。


「それじゃあ今怪盗は金庫に……」


「そう。だから、あらかじめ玄武に金庫に待機してもらってる」


「流石導華。用意周到」


「でしょ?」


 そんなわけで、今玄武は怪盗と対峙しているはずだ。


「頼んだよ、玄武」



(くっ! こいつ、強い……!)


 怪盗は見誤っていた。あの侍の団の団長、所詮そこまで強くはないと思っていた。しかし、その読みは外れて今は完全に押されている。


「オラオラオラ! 逃げられねぇよなあ!」


 交換を使おうにも飛び交う弾丸の量が多すぎて交換する対象の狙いが定まらない。本当にこの男は今自分が金庫の中にいると自覚しているのだろうか?


「かくなる上は……」


 怪盗はトランシーバーで連絡を取る。


「なんだよ? 応援でも呼んだのか?」


「ああ、呼んださ。外にね!」


「……そうか」


「なんでそんなに余裕そうなんだい?」


 すると、玄武は鼻で笑ってこう言った。


「簡単さ。あっちには最強の剣士と魔女。そして何より……」


 顔を上げて怪盗にこの言葉を叩きつける。


「俺の親友がいるんだからな!」


 玄武の目に曇りはない。



 しばらくして辺りが騒がしくなってくる。


「応援か」


 どうやら囲まれているようだ。周りからゾロゾロと人が次から次へと出てくる。


「ここは私が……」


「ちょっと待ちな」


「爆戸さん?」


 ここまで本当に何もやって来ていないこの人。一体何をするつもりなのだろうか?


「こいつらは俺にやらせてくれ」


「……100人はざっといますよ?」


「大丈夫だ。なんてったって、中で親友が頑張ってんだからよ」


 爆戸さんはまっすぐな瞳をしている。そこまで言われたら譲る他ない。


「いっちょ、見せてやろうか!」


 この人は完全に未知数。前の時も酒で寝ていたため、コレが初めて爆戸さんの戦闘を見る機会となる。


 すると、何を思ったか、拳を地面に叩きつける。


「『爆裂バクレツ』ッッッ!」


 その瞬間、巨大な爆発が発生する。


「うお、音デッカ!?」


「音は大丈夫だ。さっき家の周りに防音結界を張って来た」


 結界って便利!


「さあ、行こうぜ! フロアを爆上げしてやるよ!」


 怪盗の仲間たちも完全に好戦体制だ。


「ビビるなよ? 『爆裂脚バクレツキャク』!」


 先程の怪盗と引けを取らぬような爆速。その速度で応援の一団へと向かう。


「なっ!」


「まだまだぶち上がってねぇなぁ! 『爆閃バクセン』ッッッッッッ!」


 また放たれる轟音。その音は空気を揺らす。


「何事ですか!?」


 中からガゼスさん、眠そうなパジャマ姿のルリと私服のアンが現れた。ルリはピンク色でウサギのワンポイントがしてあるパジャマを着ている。可愛い。


 そんな驚いた3人を見てバタフライさんは言った。


「すみません、うちの団長が」


 結局、どこの団の団長もメチャクチャな戦い方をするものなのだろうか?




「なんだこの轟音は!?」


「おーやってるやってる」


 驚く怪盗。それに反して平然としている玄武。彼にとってこの音は、聞き慣れた音だった。


「さて、外は多分今頃地獄絵図だぞ」


「うっ……!」


 逃げ道を完全に断たれた。


「どうするよ、怪盗さん?」


「……くそっ!」


 怪盗は悩んだ末にギリギリの隙を狙い交換で逃げた。


「まあ、本当の目的は済んでるんだけどな」


 玄武は手元の最近開発したGPSの画面を見つめていた。




「おっ! 出て来たか!」


 突然、空中に怪盗が出て来た。その手にはダイヤはない。どうやら玄武は守りきったようだ。


「……ん?」


 なぜか爆戸さんが首を傾げている。


「怪盗さーん、危ないですよ〜!」


 しかし、そんなことも言ってられない。なぜなら怪盗が出てきたのは、まさに爆心地。今にも死にそうな位置だ。


「今日のところは……」


 別れの言葉を言おうとしたその瞬間、怪盗はルリの方を見た。


「……まさか!」


 そして、交換によりあっという間にルリの目の前に来た。


「君、名前は?」


 自分が追われていることも忘れて、ルリに名前を聞く。


「うえ!? 桃井ルリですが……」


「……良かった」


 すると、怪盗はどこからか取り出したエメラルドのペンダントをルリの首にかけた。


「大事にしておいてくれ」


 この女、盗った本人とは思えないようなことをしゃべっている。


「は、はあ……」


「では、さらばだ!」


 私が捕まえようと走ったその時、怪盗は消えてしまった。


「なんだったんだあいつは……」


 結局、なぜダイヤを盗もうとしたのかという謎が残った。


「……まあ、それよりも……」


 私的にはどっちかといえばこのボコボコの地面の方が心配だった。


「……玄武に責任押し付けるか」


 そんなことも知らない玄武は、のちにこの庭を爆戸さんと二人で直すことになるのだった。




「なあ、導華。少しいいか?」


 ある日のこと、朝ごはんを食べ、凛も学校に行った朝のこと。玄武が私に話しかけてきた。


「何?」


「お前、あの怪盗についてまだ興味あるか?」


 あの一連の怪盗事件も一週間ほど前。頭からすっかり抜け落ちていた。


「まあ、ないことはないけど……」


「じゃあ、今夜お前会いにいってこい」


「……へ?」


 玄武はある画面を私に見せた。


「こいつは怪盗につけたGPSだ。この一週間見てたが、どうやら怪盗は金曜の夜になるとこのバーに行くらしい。爆戸も怪盗を見たことがあるみたいなこと言ってたから、多分ここであってる」


 なんとビックリ、この男ちゃっかりしている。


「というわけで行ってこい」


 そんなわけで、人生初のバーに行くことになってしまった。


「……お酒には気をつけないと」


 私が気にかけるのはそれだけだった。




「ここだよね……?」


 現在時刻午後10時。私はバーの前に立っていた。光るネオンライトの看板に、レンガの壁の建物。よくあるバーを体現したような見た目だ。


「とりあえず、入るか」


 扉を開け、入る。中はピカピカとしており、アルコールの匂いがする。


「酔わないようにしないと……」


 こんなところで酔ってしまうのは完全にアウト。酔う前に怪盗を探す。


「……あれ?」


 しばらく探していると、女性陣の多くがゾロゾロとあるステージに向かっていく。よくわからないが、とりあえず着いていく。


「キャーー!」


「アビス様ー!」


 突然、ステージに見覚えのある蒼く美しい髪の女性が現れる。しかし、後ろの方にいるため、あまりよく見えない。


「みんな、お待たせ」


「「「キャーー!!」」」


 黄色い声援が飛ぶ。そして彼女はそのステージで踊り始めた。バタフライさんとは違うしなやかな美しい動きだ。


 その時、私と彼女の目が合った。


「そろそろかしらね!?」


「アビス様のファンサービス!」


 なんだかよくわからないが、ファンサービスがあるらしい。なぜか、嫌な予感が……。


「行くよ!」


 彼女はスッと消えて、私の目の前に現れた。そして、私の手を取っていわゆるイケボというやつで言った。



「今日は来てくれてありがとう。子猫ちゃん」



「「「「きゃーーーー!!!!!」」」」


 やばい、ちっともキュンとしない。この女、何をやっているのだ?

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