第20話 ostentatious/これみよがし

「とりあえず、ここに座ってもらっていい?」


 制服女子高生二人組にはソファに座ってもらう。


 一応、玄武に声をかけたが、無反応だったため仕方なく私が応対をする。


「ひとまず依頼人状を作りたいから、まずはお名前の方を教えてもらってもいい?」


 初めに依頼人の名前を聞いて、依頼人状を制作する。


「は〜い、私は咲原 アンって言います」


「桃井 ルリ」


 赤髪の方がアン、金髪の方がルリ。やはり凛の言っていた人で間違いなさそうだ。二人分の名前を依頼人状に書く。


「それじゃあ……依頼の内容を」


 ここで一番気になることを聞いてみる。


「はい、こちらを見てもらえますか?」


 ルリはある紙を取り出した。


 『明日24時 ダイヤをいただきに参上する。

             怪盗 D.Blue』


 紙にはそう書かれている。


「これって……」


「今日、私宛に届いていました。それで、このダイヤモンドに執事のガゼスと相談して、護衛をつけようということになったのです」


「なるほど……」


 化ケ物退治のような依頼ではないが、なかなか変わった依頼だ。この世界には怪盗もいるとは……。


「この予告状に心当たりは……?」


「ないです。この『怪盗 D.blue』という名前も聞いたことがありません」


 一応、インターネットで検索してみる。しかし、残念ながら何も出てこなかった。


「それでこの依頼、受けていただけますか?」


 今立て込んでいる案件もないし、何よりもこの依頼をわざわざこんなところに持ち込んでくれたのだ。そんなもの断るはずがない。


「うん、もちろん」


「……ありがとうございます」


 話初めから感じていたが、このルリという少女、無表情すぎる。悪いわけではないのだが、少し怖い。


「では、早速自宅に来ていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、はい」


 そうして、私は制服姿の女子高生を3人連れて、ルリの自宅に向かうのだった。



「……デッカ」


 ルリの家を見た第一印象はそれだ。なぜなら、彼女の家はまるで宮殿のように大きかったからである。


「では、どうぞ」


 鉄のゲートが自動で開いていく。私たちはルリに続いて中へと入っていく。


「はえ〜」


 中の庭は綺麗に芝生が手入れされていて、挙句、噴水まである。まるでどこかのテーマパークにでも来たかのようだ。


「でかいでしょ? お嬢の家」


 隣にいたアンが話しかけてくる。


「これは確かに……」


 もはやこの言葉しか出ない。生きている間にこんな家に来れるとは……。ウチも金持ちだと思っていたが、これでは霞む。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 玄関に着いた時、初老の男性がルリを迎えた。白い髪で執事服を着ている彼は、見た目は60,70代に見えるが、しっかりとした佇まいをしている。


「ガゼス、この人たちがダイヤモンドの護衛についてくれる人たちです。中を案内してあげて」


 ガゼスさんは私たちを見た後、扉の横に立った。


「了解しました」


 執事のガゼスさんが扉を開けた。すると、まさにお屋敷というような光景が目に飛び込んでくる。


 廊下のカーペット、天井にシャンデリアがあるのはもちろん、階段が二箇所あって西館と東館に分かれている。その上、廊下のよくわからない机の上には花瓶があって、壁に飾ってあるのは絵画だろうか? とにかく、金色と白を基調とした内装には多くの輝きがあった。


「……これいくらするんだろうね」


 廊下にあった絵を見て凛が言った。


「それは確か……ウン百万とかだって言ってたぞ」


「……へ〜」


 アンの答えに明らかに凛が動揺している。


「それでは問題のダイヤモンドのお部屋に行きましょうか」


 ガゼスさんに連れられて廊下を進む。その途中にも恐ろしいほどの美術品が並んでおり、なぜかアンはその値段をいちいち説明してくれた。その度に冷や汗をかく凛が気の毒に思えた。



 しばらく歩いていると、突然ガゼスさんが止まった。


「少々お待ちください」


 そう言うと、ガゼスさんは屈んで辺りを見回した。そして何かを見つけたようで、廊下の一角に来た。


「少し離れていただいてもよろしいでしょうか?」


 言われた通りに離れた。それを見ると、ガゼスさんは急に廊下のカーペットの上に手を置いた。


「『オープン』」


 ガゼスさんがそう唱えると、その部分が迫り上がっていく。そして中から階段が顔を出した。


「うえ!?」


 その様相はまるで忍者屋敷。こんなものまであるとは。何でもありすぎる。


「これは隠し階段で、私とお嬢様、そしてご家族の皆様しか開けられないものです。今はここには私とお嬢様しか住んでいないので、そうそう開くことはありません」


 この家に二人で住んでいるとは。金持ちはやはりすることが違う。


「では、行きましょう。足元にお気をつけてください」


 ガゼスさんについていく形で下へと進んでいく。中は少し薄暗いが、普通の廊下のようになっている。


「こちらです」


 厳重に閉じられた扉。そこには大きなハンドルがついている。


「このハンドルも私とお嬢様しか回すことはできません」


 そして、その扉をガゼスさんが開けると、中にダイヤモンドがあった。巨大でボーリングの球ぐらいあるだろうか? 一応、ショーケースに入れられているが、中に入れば簡単に取れそうだ。


 中に入ろうと、足を踏み出す。


「ああ、中には入らないでください」


 すると、ガゼスさんがそれを止めた。


「何故ですか?」


「こういうことですよ」


 そして、ガゼスさんがポケットから紙を一枚取り出して、それをヒラリと中に投げた。すると、金庫の中の壁がキラリと光り、レーザーが紙を全て焦がした。


「はー……」


 危なかった。こんなところで私の異世界生活を終わらせるところだった。


「ここには動くものを検知して反応、撃墜するレーザーが張り巡らされています。さらに、ここにくるための道はここしかありませんし、ここの廊下にも夜間はレーザーがあります。加えて、金庫の中には結界が貼ってあるため、魔法も使えません」


 結界といえば、玄武に教えてもらったあれだろう。魔法を封じることも可能なようだ。


「そんなに厳重なら大丈夫じゃないですか?」


 そこまで対策しているのならば、盗るものも盗れないのではなかろうか?


「私たちもそう思っていました」


 すると、ルリが話しかけてきた。手には先程の予告状がある。


「思っていました……?」


「この予告状、そのショーケースの上に置かれていたんですよ」


 どうやら、怪盗は私たちの思っている以上に難敵らしい。




「さて、どうしたものか……」


 今いるのが桃井邸の応接間。そこには私とガゼスさんがいる。残りの凛はアンによって、半ば強引にルリの部屋に連れて行かれて、ルリはそれについていった。


「予告状を置いたのっていつかわかりますか?」


「私が朝の点検に来た時に発見しました。それ以前に点検したのは前日の朝なので、その日の間に置かれたと思います」


 予告状を置くには一日分時間があったわけか……。


「昨日、客人は?」


「いなかったですね」


 そうなるともう想像がつかないのだが……。異世界のことをよくわかっていないが、解錠魔法でもあるのだろうか? だが、それだと鍵を開けられる人が二人だけというのもおかしくなる。


「う〜ん」


「そうなりますよね」


 実際問題、一体どうしたらあの中に入れるのだろうか? 金庫の中だと魔法も使えないのだから、魔法でどうこうはできないはずだ。


「もうどうしようもないので、私が金庫の前に待機しておくのが一番いい気がしますね」


 もはや金庫に入らせなければ何もできないのではないか? そう思い、この提案をした。


「私もそれしかないような気がしますね」


 ガゼスさんも同意してくれた。


「時間ももうだいぶ近づいてますし……」


 時計を見れば、もう6時だ。


「それでいきましょうか。一応、私も警備には立ちます」


「よろしくお願いします」


 とりあえずの方針は固まった。


「それでなのですが……」


 ガゼスさんが神妙な面持ちで私に問いかけた。


「はい?」


「……凛さんはどのような方なんですかね?」


「……え?」


 完全に想定外の質問が来た。


「私はルリお嬢様の執事。仕事上、お嬢様に悪影響を及ぼす方とは少々関わりを控えていただきたくて……」


 私の頭の中の記憶をひっくり返して、凛のことを思い返す。特に変な趣味があるわけでも、秘密があるわけでもない……と思ったが、そういえばVチューバーをやっているのだった。しかし、それはもちろん言えないため、それ以外を話す。


「いろんなものが好きで、義理堅くて、少し抜けてる……って感じですかね?」


 そんなわけでできる限り良さそうなところをピックアップしつつ、ある程度の欠点も教えておく。良いところだけ教えても、説得力が薄いからだ。


「なるほど……」


 そうして、ガゼスさんは少し考えて、こう言った。


「とりあえず様子見させていただきます。何か怪しいことがあれば、その時は……」


 その先を聞きたくはなかった私はガゼスさんの目を見ずに返事をする。


「……わかりました」


 気の毒なことに、凛は変な家と関わってしまったようだ。




「どうしてこうなった……」


 今現在私は本日知り合ったばかりのルリという同級生の家にいる。それだけでもだいぶやばいのだが……。


「おら、お嬢! 乳出せや!」


「だから、嫌だと言っているじゃないですか!」


 私の目の前には下着姿のアンと下着を剥ぎ取られそうになっているルリがいる。


「お嬢のでかい乳を凛に見せてやるんだよ!」


「なんでその必要があるんですか!?」


「いいだろ別に! 減るもんじゃないんだし!」


「訳がわかりません!」


 導華……私どうしたらいい?



 遡ること数分前、私とアンとルリはかなり大きいルリの部屋の床で座っていた。部屋には大きなベッドや机、本棚もある。


「つーわけで、よろしく! 時雨さん! 私のことはアンでいいよ!」


「あっ、凛でいいです」


「わかった! 凛!」


 なんという反応の速さだろうか。陽キャはやることがやはり違う。


「というわけで凛、こいつはお嬢だ!」


 アンはルリの肩をバシバシと叩いた。


「痛いです」


「ああ、ごめんごめん」


 手を前にして謝る動作をした。するとルリはため息をついて黙った。


「お嬢のことはルリでいいと思う!」


「それでいいです」


「だって!」


 それにしてもやかましい。本当にやかましい。


 しばらくすると、アンはなぜか私の胸を見た。


「……どうかしましたか?」


「……凛って特殊なブラでも付けてんのか?」


 その一言が私のない胸にクリーンヒットする。このアンという女、ノンデリだ。


「ツケテナイデスヨ」


「はえ〜! すげ〜な!」


 そんなことを言わないでくれ。私に効く。


「そこまでの貧乳は見たことないな!」


 それは果たして褒め言葉なのか?


「まあ、私も胸はまあまあだけど、お嬢はめっちゃでかいんだよな!」


「……え?」


「ちょっと!」


 そう言われて見ても、ルリの胸はそんなにないように見える。


「ほら、お嬢。服脱げ」


「……は?」


 突然の言葉にルリはポカンとしている。


「いやいや、脱がないと胸が見えないだろ?」


 すると、みるみるうちにルリの顔が赤くなっていく。


「ば、ば、ば、バカじゃないですか!?」


「しゃーないな……」


 そう言いながら、アンは自分の服に手をかけた。


「私も脱いでやるから、な?」


 テキパキと服を脱いでいくアン。そしてついには淡いピンクの下着姿になる。


「ほら凛。普通はこんなもんだぞ」


 んなもん言われなくてもわかっとるわい!


「ほら、お嬢も」


「ほらじゃないです!」


「ふーん、なるほど……」


 その刹那、アンがルリの後ろにまわった。


「秘技! 制服高速脱がし!」


 そして、あっという間にルリは鮮やかな黄緑色の下着姿にされた。


「ギャー! 何するんですか!?」


「お嬢がウジウジしてるのが悪い」


「もう黙っててください!」


 下着姿になっても、そんなにルリに胸があるようには見えない。


「あとはこの縮小ブラを……」


 縮小ブラ。私も聞いたことはある。なんでも胸をどうしても小さくしたい民が特注で作ってもらう逸品だそうだ。値段もそこら辺の下着の5倍以上はするそうで、私とは色々無縁なものだ。


 そんなことを考えているうちに、アンはホックに手をかける。


「ちょ、ダメですって!」


「いいからいいから!」


 そうして、私はこの現場に立ち会うことになったのだった。




「よ、よく考えてください! もしかしたら、凛さんだって縮小ブラをつけているかもしれないですよ!?」


 ぴたりと凛の動きが止まる。


「な、なんですか……?」


 よく考えたら、私も制服……。


「秘技!」


「ちょ、ちょま!」




「おや、そろそろこんなお時間ですか」


 お屋敷の見回りや設備のチェックをしていると、もう7時近くになっていた。


「じゃあ、凛を呼んできますね」


「わかりました。お嬢様の部屋は西館2階の突き当たりです。迷わないようにお気をつけください」


「ありがとうございます」


 今いる東館から西間を目指して歩いていく。やはり豪邸は部屋が何個もある。そして、一個一個がデカくて遠い。


「あれかな?」


 大きなドアが見える。が、様子がおかしい。なんだか騒がしすぎる。


「……まさか、怪盗が!?」


 そんな想像が頭をよぎって大急ぎで部屋に行く。


「凛! 大、丈夫……」


 扉を開けると、そこにはなぜか下着姿の凛とアン、そして黄緑色ブラジャー床に落ちていて、近くに手ブラをしているルリがいた。そして、アンはルリを押し倒している。


「「「あ」」」


「……えーと……」


 最近の女子高生はこんなことをするんだな〜。


「ごめん、邪魔したね」


 ドアを閉める。今日は凛は友達の家に止まるということにして玄武に報告してくるか……。


「田切さん、待ってください」


 ルリに引き止められた。


「……見たことは忘れるから、安心してね」


「違います!」




「誤解は解けましたか?」


 ルリの計らいで桃井邸でお食事をいただくことになった。そして、その間にルリと凛からさっきの状況説明をしてもらった。アンはルリによって大きなたんこぶを頭に作られていた。


「まあ、はい」


「そういうわけなので、全部このアンが悪いです」


「いや、お嬢の胸が……」


「何か言いましたか?」


「……イイエ」


「よろしい」


 ルリの圧に負けたアンはすっかり縮こまってしまった。


「とにかく。まずはうちのダイヤモンドを守ることを最優先でお願いします」


 話題を変えるためだろう、ルリが任務の話をする。


「大丈夫です、お任せください」


 こうして、私とまだ見ぬ怪盗との戦いが始まる。



「そろそろだよね……」


 金庫の前、レーザーのギリギリで引っかからないところに私は今立っている。姿勢が変なせいで、体を痛めそうだ。


 今はルリとアンには自室にいて、凛だけには外の警備をしてもらっている。いつ来ても万全の状態だ。


「ゴーン……ゴーン……」


 屋敷の時計が0時の訪れを告げる。だが、何も起こらない。


「嘘だったのかな……」


 しかし、こんな手にこんだ嘘を吐くだろうか?


 そんな時だった。何やら金庫の中からキリキリと音がする。


「まさか、もう中に!?」


 どうやったかはわからないが、怪盗は中にいる可能性が高い。しかし、私には鍵を開けることができない。


「……すみません!」


 急いでいてどうしようもなくなり、『炎刃』で金庫の扉を斬った。


「へぇ、すごいね」


 中から何者かの声がする。人影も見える。


「誰だ!」


「あー……暗くて見えてないのか。なら、屋上においで」


 すると、その人影はするっと消えてしまった。ダイヤモンドはもうない。


「待てっ!」


 追いかけようとして、中に足を踏み出した。すると、私の足めがけてレーザーが放たれる。


「あっぶな!」


 その時、私のスマホにファインが入る。凛からだ。


「屋上 敵あり 足止め中」


 ファインを見て、すぐさま屋上へと向かった。


「ガゼスさん、開けてください!」


 すぐに扉が開いて、ガゼスさんが顔を出した。


「どうかしましたか!?」


「ダイヤモンドが盗まれました!」


「は!?」


「その犯人が屋上にいるんで、急いで行ってきます!」


「え、ちょ……」


 この際、もうダイヤモンドが持っていかれなければなんでもいい。窓から外に出で、庭の木を蹴って屋上に上がる。


「導華!」


 上がった先には凛がいて、目の前には誰かがいる。さらに、その誰かは脇腹に大きなダイヤモンドを抱えている。こいつが怪盗で間違いないようだ。


「誰だ!」


「そう急かさないでくれ」


 月光に当てられて、その姿がよく見えるようになる。


「私が怪盗D.blueだよ」


 その顔には白色の仮面をつけていて、美しいサファイアの長髪がなびいている。きれいな足の見えるホットパンツをはいており、かなり身軽。体つきを見るに、どうやら女性のようだ。


「このダイヤは貰っていくよ」


「あっ、待て!」


「待てと言われて待つバカはいないよ〜」


 そのまま怪盗は屋根から屋根へと飛び移り、住宅街へと向かっていく。


「凛!」


「わかってる」


 逃げられたなら、やることは一つ。



「絶対取り戻すよ!」



 私は怪盗の背中を追いかけて走った。

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