第17話 recluse/世捨人

 ある病院の一室。そこにあるただのベッド。水色の髪の少女が眠っていた。その病室には誰もおらず、貸し切り状態であった。


 そこに灰色の髪の侍がいつものようにリンゴを一つ持ってやってくる。


「今日は凛起きてるかな……?」


 侍はいつも通りドアを開けた。



 目が覚めると、私はなぜか病室のベッドの上にいた。


「あれ……? 私……」


 私ははあのヴァンパイアとの戦いで死んだと思っていたのだが。なんて思いながら体を見る。体には包帯がいくつも巻いてあり、それは頭にもあった。加えて、右腕にはギプスがしてある。どうやら、私は入院しているらしい。


 そんなことをしていると、ガラガラと扉が開き、導華が入ってくる。


「あ、導華……」


 私を見て、目を見開いた導華はすぐに引き返して、どこかに行ってしまった。せっかく会えたのに残念だ。


「ああ、時雨さん。目覚めましたか」


 そしてすぐに導華は白衣を着た老婆を連れてきた。


「……導華、この人誰?」


「凛の主治医さんだよ」


「よろしくね」


 そう挨拶をすると、老婆はここに来て早々に手に持っているカルテをパラパラとめくった。


「あなたはかなり危険な状態だったんだけどね、連れてくるのが早くって助かったのよ。怪我の状態もそこまで悪くないわ。経過観察ってところよ」


 老婆に説明はされたが、寝起き早々なのもあり、ポカンだ。


「あの、右腕のギプスって……」


 恐る恐る聞いてみる。


「ああ、それはそんなに悪い怪我じゃないわよ。時期に治るわ」


 何とも大雑把な医者だ。


「それじゃあ、また何かあったら呼んでちょうだいね」


 そう言い残すと、老婆は病室を出て行った。

 しばらく沈黙が流れる。こういうとき何を話したら良いのか……


「はぁ~~~~良がった~~~~!」


 そんな中、導華がなぜが泣き出した。


「ちょ、どうしたの!?」


「だって……脈は弱いし、血がめっちゃで出たし、意識はないし、もうだめかと思ったんだもん!」


 こんな導華初めて見た。導華もこんなに泣くんだな。


「ふっ……あっはははは!」


 こんな導華を見ていたらなんだか笑えてきてしまう。


「もう、笑わないでよ! これからはあんな無茶したらだめだよ?」


「わかったよ。ごめんごめん。気をつける」


 こんなに泣かれては断るに断れないだろう。それに今回は偶然そうなってしまっただけで、普段はあんなことはしない。まあ、導華の命がかかっているなら話は別だが。




「そういえば、あの後何があったのか教えてくれない?」


 凛からすれば、強敵と戦って起きらたらこの調子だ。これは当たり前の質問だろう。


「う~ん、何から説明したらいいのやら……」


「……そんなに色々あったの?」


「結構あったよ。凛も結構寝てたんだからね。それじゃあ、凛が運ばれた後の話からしようか」


 というわけで、まずは凛のことをバタフライさんが運んでくれたこと、凛の力を使って、マウントを倒したことを説明した。


「へえ、導華ってそんな事出来たんだ」


「うん、まあこの刀の力だけどね。」


 そういえば、凛に説明するのは初めてだったかもしれない。


「(導華が運んでくれたわけじゃないんだ)」


「ん? 何か言った?」


「……何にも言ってない」


 なぜだか、凛が少しふてくされているような……。


「続き、早く話して」


「ああ、うん」


 しょうがないので続きを話す。戦いが終わった後、私は右腕がしもやけになってしまった。痕になっては困ると言うことで、一応大事をとって包帯を巻いてある。


「見せて」


「何を?」


「腕を」


「別に良いけど……」


 袖をまくると、包帯をするすると外していく。腕が見えると、数カ所まだ赤くなっているところもあるが、流石は異世界。元はもっとひどかった腕はもうほとんど完治している。


 すると、凛は私の腕を動かせる左手で持ち、なめ回すようにまじまじと見た。


「……うん、少し赤いけどいつも通り」


「何をチェックしてるのさ……」


「心配だったんだもん」


「だもんって……」


 まあそこはあまり深掘りしなくても良いだろう。


「それで……団員が入院してるってのに玄武は何してんのさ?」


「いや、それがね……」


 あの後、私は一応大事をとって1日入院。そして問題の玄武だが……。


「爆戸さんと二人合わせてバタフライさんにきっちり絞られてたよ」


「まあ、そりゃね……」


 団員の一大事だというのに爆睡していたのだ。いくら突然だったとはいえ、バタフライさんが怒らないわけがない。


「今回は仕方なかった気もするけどね」


「ちなみに今は事務所で色々デニーさんの入団手続きしてて、後でここにもくるって」


 そのため、別に二人が団員のお見舞いをすっぽかしたわけではない。


「あいつらは兄弟ともども警察方に持ってかれたみたいだし、これで一件落着だね」


 バタフライさんの方のやつは誰も人を隠し持っていなかったらしく、私たちが見つけた分で全員だったそうだ。


 ちなみに、あのとき携帯が繋がらなかったのは、廃ビル群一帯の電波塔を彼らが壊していたことが原因だったらしい。今はその復旧に尽力してるとか何とか。


「特に変なことになってなかったみたいでよかった」


 いくら異世界とはいえ、変なことはそうそう連続して起こらない。


「そういえば、もう少ししたら凛のお母さんが来るって。とりあえず、私は一旦帰るね」


「うん、わかった」


 凛もちゃんと起きて、誰も死ななかった。これぞハッピーエンドというやつだ。凛にはぜひ家族水入らずの時間を楽しんでもらいたい。


「それじゃあ、また何かあったらそこのスマフォで連絡して」


「わかった、ありがとね」


 凛と別れの言葉を交わして、ドアをカラカラと閉めた。


「玄武もこんな気分だったのかな〜」


 私の守護者試験の時は私は今の凛と同じような立場にいたのだ。きっと、あのときの玄武は今の私とおんなじことを考えていたんだろう。


「……心配しちゃうんだな」




 考え事をしながらロビーまで歩いて行く。しかし、なぜか無人の見たこともない廊下に来てしまった。


「あれ、道間違えたかな?」


 後ろを見ると、なぜか延々と暗い空間が広がっている。前方も同じように廊下が続いている。


「……おかしい」


 歩いてきた廊下はここまで長くなかったはずだ。しかも途中で何度も曲がっていたし、曲がり角が見えないほど暗いなんてこともなかった。


「とりあえず、歩いてみるか」


 戻るか迷った末に進むことにした。進んでいれば、何かわかるかもしれない。


「やっぱりここ異世界なんだな……」


 歩いているだけでこんな不思議なことになるとは。やはり異世界は油断できない。


「暗いし、誰かいないかな〜?」


 仕方なく進んでいくが、何もない。病室のドアが並んでいるだけだ。


「携帯は……使えないか」


 先程まで使えたスマフォも圏外になってしまっている。


 ひたすらに進んでいくと、何か黒い塊のようなものを見つけた。


「人……か?」


 近づいて行くと、どうやら体育座りをした子供のようだった。しかもどうやら泣いているようだ。


 意味のわからない状況でも私は一応守護者。人助けはキチンとこなす。そういうわけで少年に子供に声をかける。


「あの〜君、大丈夫?」


 髪は黒色で服はボロボロだがおそらく黒色。おかしなことになぜか裸足だった。


「ひっ! 来ないで!」


 そう言って少年は頭を抱えてしまった。どうしたものか……。


「あ、そうだ」


 そういえば、ポケットにリンゴがあった。凛のお見舞いをようだったのだがすっかり忘れてしまっていた。


「君……これ食べる?」


 ダメ元でリンゴを差し出してみる。


 すると、意外なことにリンゴをムシャムシャと食べ始めた。やっと見えた顔は中世的な顔立ちで、性別がわからない。


「……ありがとう」


 声を聞いた感じだとおそらく男の子だ。


「お姉さんは敵じゃない?」


「……ん?」


 よくわからないことを聞かれてしまった。


「よくわかんないけど……その話ちょっと聞かせてくれる?」


 とりあえず話を聞いてみることにする。


「何だか怖いのがいて、それで逃げてて」


「君はどうやってここに来たの?」


「僕もよくわかんない。気づいたらここにいた」


「お母さんは?」


「わかんない」


 うーむ、どうやらこの子も私と同じように来てしまったようだ。さて、どうしたものか……。


「……こうしてても仕方ないし、とりあえず歩いてみよう?」


「……うん」


 少年の手を取り、歩を進める。一人っ子だったからわからないが、兄弟がいたらこんな感じなのだろうか。不慣れながらもゆっくりと歩いて行く。


「そういえば君、名前は?」


「……ママに知らない人には教えちゃダメって言われた」


 さすが最近の子供。防犯意識がしっかりしている。


 そのときだった。ベチョベチョという耳障りな音が聞こえてくる。


「ひっ! あいつだ!」


 どうやら少年の言っていた敵という奴らしい。


「大丈夫だから、とりあえずお姉さんの近くにいて」


 もうお姉さんという年齢ではないような気もするが、そこはまあいいだろう。少年は私の足にしがみついた。


 暗闇からやってきたのは、まさに異形。四本足で体からは謎の体液を出しており、ひどい腐臭がする。二つある眼球は横についており、ぎょろぎょろと動いている。


「キッモ!」


「! ギエエエエエエ!!!!」


 異形は私たちに向かって走ってくる。


「やるしかないか!」


 刀に手をかける。


「『炎刃』!」


 異形に向かって刀を振るう。が、なぜかその刀はすり抜けてしまう。


「は、何で!?」


 そのまま異形が私に噛み付く。


「痛っ!」


 左腕に噛みつき、異形は後ろに下がる。噛みつかれた左腕からは不思議なことに血ではなく、黒い液体が流れ出ている。


「よし、逃げるか!」


 どうしようもないので、少年を抱えて逃げることにした。




「マジでどうしようか……」


 とりあえず走って逃げてきたが、曲がり角も無しで隠れられる場所が全くない。


「そうだ、病室!」


 急いでドアを掴む。しかしながら、その扉は固く閉ざされていた。


「ダメか〜」


 さてどうしたものか……相変わらず腕から黒い液体が流れていて、ジクジクと痛い。


「お姉さん、大丈夫?」


 少年が心配そうに見てくる。


「ああ、大丈夫だよ」


 そこまでの痛みはないが、なぜだか段々と左腕に力が入らなくなっていく。


「毒かなんかかな?」


「でも、その黒い奴気持ち悪い変な感じがする……」


 私は何も感じないが、少年は何かを感じるらしい。


「大丈夫だって。そうだ、ちょっと見ててよ」


 そう言って、刀を抜く。こういう時にもこいつは役に立つ。


「この刀はね、何でも吸い込める魔法の刀なんだよ」


「魔法の刀?」


「そう、魔法の刀」


 実際は何でも吸い込めるわけではないし、魔法でも何でもないが、子供にはこれくらいの説明がいいだろう。


「何するの?」


「ふふふ……見ててね?」


と言いながら、刀を黒い液体に当てる。推測に過ぎないが、この力の入らない感覚はあのとき腕に刀を刺した時と似ている。だから、これはおそらく魔力だろう。だったら、吸収できるはずだ。


「こうやって……」


 刀で黒い液体を拭った。


「……ん?」


 なぜだかいつもと反応が違う。確かに吸い込めたのだが、刀が黒くなった。


「あれ?」


 腕の黒い液体は無くなった。が、代わりに刀が真っ黒になった。


「今度は何だか刀が怖い」


「……何で?」


 こんなに意味がわからないのは異世界に来たとき以来だ。


「ギエエエエエエ!!!!」


 ウダウダしていたら、あの異形が近づいてきていた。


「まずい!」


 しかし、何をしたら良いのやら。


「……ええい! ままよ!」


 刀を構える。この黒い液体があの異形によってできたものなら何とかなるかもしれない。眼には目を歯には歯をという奴だ。吸い込めたのだからきっといけるはず。


「前だってこれで何とかなったし、いけるはず!」


 ペガサスの時を思い出す。あの時もこんな感じだった。


「少年! 隠れててよ!」


 異形が大きく口を開ける。


「斬!」


 それを叩き斬るように刀を下ろした。


「ギエエエエエエ!!!!」


 そうしたら、何と驚き。本当に斬れた。


「マジで行けた!?」


 異形はそのままどこかに走り去ってしまった。


「何だったんだ……」


 とりあえずは退治できたので、よしとすることにする。




「お姉さんすごい!」


 少年がベタ褒めしてくれた。


「……ああ、ありがとう」


 しかし、本当に斬れるとは。斬った本人が一番驚いた。


「でもどうやって出ようかな?」


 少年は心配そうだ。それもそうだ。いつまで経ってもこの状況が変わらないのだ。怖くもなるはずだ。


「……ん?」


「どうした?」


「なんか聞こえる」


 耳をすませてみる。確かに前の方から鈴の音らしき音が聞こえる。


「今度は何なんだよ〜」


 段々と疲れてきた。


「でも、あの人たちからは何だか変な感じがしないよ?」


 また少年が私にはわからない話をしている。


「じゃあ、待ってみる?」


「うん」


 少年の言ったことを信じて、そのまま待ってみる。


 すると、前方から約10人ほどの人たちがやってくる。そのうちの数人が鈴を振るいながら歩いてくる。加えて、先頭には紙のついたお祓い棒を持った男が歩いてくる。


「……和服?」


 異質なのは、全員が和服を着ていること。昔見た夏祭りを思い出す光景だ。


「大丈夫ですか?」


 先頭の男が声をかけてくる。


「ええ、大丈夫ですけど……」


 この人たちは何者なんだろうか?


「ひとまず、あなた方をこちらから連れ出します。ついてきてください」


「はぁ……」


 何もわからないが、何だかついていった方がいいような気がする。それに行動してみてダメだったら、その時考えてみればいい。


「では行きましょう」


 そのまま着いて行く。すると、段々と廊下が明るくなっていく。


「眩しっ!」


 思わず目を瞑った。


「着きましたよ」


 そんな声がして、目を開ける。すると、そこは病院の裏だった。


「へ?」


「今回は巻き込んでしまって申し訳ありません。もしよかったらなのですが……」


 そう言いながら、ある紙を手渡された。


「これは?」


 そこには住所と思われるところが書いてある。


「もし、今回のことに興味があるようでしたら、こちらに来てください。全てご説明いたします」


「わかりました……」


 せっかくならここで説明してもらいたかった。


「それでは失礼します」


 そうして、彼らは黒の大型車2台に乗っていってしまった。


「そこは車なんだ……」




「ねえ、お姉さん」


 そういえば、少年がいることを忘れていた。


「ああ、そうだった。お母さんたちを探さないとね」


 少年を連れて、病院の前まで来た。


「お母さんはここの病院にいるの?」


「ううん」


 少年は首を振った。


「じゃあどこにいるかわかる?」


「わかんない」


 まあ、子どもだし、よくわからないのも当然ちゃ当然か。


「キエーーーー!!!」


 声がして空を見ると、えらく派手な鳥らしき何かが飛んでいた。


「あ〜、何だっけなあれ」


 ちょっと前に玄武に教えいてもらったような気がする。どうやら異世界では一般的な生物らしい。現実世界のハトのようなもののようだ。


「……何あれ?」


 なぜだか少年が怖がっている。


「君あれみたことないの?」


「うん」


 おかしい。いくら子どもでも、ハト並みにいる動物を見たことがないのは変だ。


「君、本当にここの人? ここにくる前何してたか覚えてる?」


 そう問いかける。すると少年は何かを考えた後にこう言った。



「僕たちキャンプしてて、帰る車に乗ってたら、車がガードレールに当たって……」



「これって……」


 この反応、そして今の話。間違いない。


「……多分君、異世界転生したんだよ」


 異世界は今日もまた何かが起こる。

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