第16話 upset/ひっくり返す
「さて……化ケ物も倒したことだし、他に守護者がいないか探してみようかしら」
ヴァンプ討伐の連絡を慶次に入れて、バタフライは周りを見渡した。
ヴァンプを倒したことで霧がほとんど晴れており、やはりあの霧はヴァンプのスキルだったことが窺える。
「一応配慮したつもりだったけど、他の子たちも巻き込まれていたら申し訳ないわね」
ヴァンプがどれだけの守護者をどれだけの範囲で倒したのかが分からなかったため、もしかしたら今も動けない守護者がいるのかもしれない。そんな心配をしながら街を周る。
「そういえば、導華ちゃんたちにも連絡しないといけないわね」
そう言って携帯を取り出すと、電話をかける。
『おかけになった電話番号は現在電波の届かないところにあるか……』
「あら……?」
しかし、なぜか繋がらない。顔を上げてみても、黒い球のあるビルはそこまで遠くにあるようには見えない。
「……嫌な予感がするわね」
彼は守護者を他の部隊に任せて、導華と凛の元へと急ぐのだった。
(強すぎる……!)
今現在私達はあまりにも強力な敵を相手にしていた。マウントと名乗った奴は寝起きとは思えない程の速度でスキルを繰り出してきていた。
「『
彼が頻繁に使ってくるあのスキル。手のひらをたたくと、それに併せて手のひらを中心に、血の波動が円形に放たれる。受け切れてはいるが、外れたそれはビルに傷を作っている。当たればひとたまりもないことが容易に予想できる。
「くっ! 『ゼロアイス:アイシクル』!」
「『
こちらも負けじとスキルを放つ。
「ふむ……『
しかし、その全てが血の壁に守られ、全く傷を作らない。だんだんと体力もなくなっていき、焦りが生まれる。
(負けるわけにはいかない……けど、勝てるビジョンが浮かばない!)
攻撃を受けるのも必死で、放つスキルも簡単に無意味にされる。現在の私達では時間稼ぎが良いところだろう。それほどまでの絶望感が心を包む。
「……人間はいつまで経っても弱い物だな」
嘆くように彼はそう言った。
「私は弟とともに強者を求めてここまで来た。しかし、途中で血が不足してしまってな、弟に集めてもらっていたのだ。それも今となっては無駄だったと思えるがな。ここまで来て失望したぞ。あれほど粋がっていたのに我に傷の一つも作れないとはな」
「ハァ……ハァ……うるさい!」
「その通りだろう? お主もだんだんと動きが鈍ってきておるし、そこの魔女はどうだ?もう魔力切れも近いだろう」
大量の魔力を持っていた凛ですら、この敵にかなわない。このまま行けば死。
「これ以上はかわいそうだ。どれ、とどめを刺してやろう」
そう言って、彼は羽で空に飛び上がる。そして、手のひらに大量の血液と魔力が集まっていっている。確実に私達の命を葬るワザが来る事は見てわかる。が、体が動かない。
「ああ、動けないだろう? それは私の力の一つ『
刀で防御できるようことではない事は明白。動けもしない。斜め後ろの凛ももう動けない。もうおしまいだ。
「終わりだ、『
一瞬にして大量にあった血と魔力が小さなビー玉ほどにまで圧縮された後、その玉は人差し指と親指に挟まれる。そして、圧縮されたそれはわずかな指の間からまさに神速といえる速度で発射される。その速度はあの訓練用ロボットの比にならない。
「……凛、ごめん」
これは、あの時退避しなかった私の責任だ。本当にどうしようもなかった。
どうしたら良いだろうか? 今、目の前で私の太陽が居なくなろうとしている。しかし、今の私には魔力もほとんどなく、動けない。このまま、終わるのか?
「……凛、ごめん」
そんな顔、しないでよ。何にも恩返しできてないのに。
(……ねえ、私本当なの?)
本当に動けない? 本当に何も出来ない?
「いままでありがとう。導華」
最後にあの人だけは。
「………死んでない?」
周りは大きくくぼんでいて、何もない。しかし、目の前に真っ白で巨大な氷がある。どうやら、これで守られていたようだ。
「まさか」
私の後ろには凛が血にまみれ、ぐったりと動かなくなっていた。凛はこの氷を作り、私の前に置いたようだ。が、それによって魔力がなくなり、終血をもろに食らった。
体はもう動ける。
「凛、凛! 凛!」
近寄って、体を揺すって声をかけ続ける。彼女は目を覚まさない。だが、脈はぎりぎりある。
「ほう……生き残ったか。まあ、ゴミ虫がゴミ虫を生かしただけだ。いようといまいと何も変わらないだろう」
……ゴミ虫?
「……お前今なんて言った?」
「そこの少女をゴミ虫だと言ったんだ。自分を守ることも出来ただろうに。なぜお主を助けたのか。理解に苦しむ」
「だまれ!」
だれがゴミ虫だ。凛はやさしくて、ちょっと抜けてて、頑張り屋で家族思いな子だ。
「……つぶしてやる!」
こいつを潰して凛と一緒に帰るんだ。絶対に死なせはしない。
「そうか。出来るのなら頑張るといい」
もう勝てる勝てないなんてことを考えるなんてことはやめだ。どうやって勝つかだけを考えろ。
その頃、バタフライは黒い球があったビル付近まで来ていた。守護者の救援も一通りうまくいき、後は導華たちのことだけだ。
「……大丈夫かしら……?」
背筋に悪寒が走る。手遅れではないとよいのだが……。
突然、ビルの上から轟音が響いた。そして、ボタボタと赤黒い水滴が落ちてくる。
「これって……血?」
もしかしたらもう手遅れかもしれない。そんな思いに駆られながらもそのビルを上り始めた。
「導華ちゃん、凛ちゃん……、死なないでよ……!」
ビルの扉を蹴破り、中の階段を上っていく。そのたびに人のようなコウモリが倒れており、異様な雰囲気を放っていた。しかし、そんなことは考えて居る暇はない。ひたすら上るのみだ。
10階、11階、12階……だんだんと階が上がるにつれて、戦闘音が大きくなっていく。どうやら、まだ誰か生きているようだ。
ついに、屋上へとつながる扉の前のついた。それをまた破り、ある光景を目の当たりにする。そこには、先程のヴァンプと似たような姿でありながら、彼よりも一段階以上強いヴァンパイアが、さらにそれと対等に渡り合う導華の姿があった。加えて二人の足下は真っ赤に染まっており、落ちてきた水滴の正体だと考えつく。
「導華ちゃん! だいじょ……」
「バタフライさん! 凛をつれて出てってください!」
激しい戦闘の中でも変わらずに、導華は返答する。
「凛ちゃん!?」
導華が示した方向にぐったりと倒れている凛が居た。駆け寄って脈拍を測る。
「……まだ脈はあるわね。わかったわ。この子は連れて行く。でも、導華ちゃんは……」
「……いいんです。早く凛を」
「でも……」
「だから、急いでください! あなたにしかもう出来ないんです! 私は自分でどうにかします! だから、さっさと出てってください!」
あの車に居たときでは考えられないような荒ぶりようだ。
「……あーーもう! わかったわ! 導華ちゃん、絶対に生きてかえって来るのよ!」
バタフライは凛を背負ってその場を後にした。
「良いのか? あやつを逃して」
その場に残された私に奴が聞いてくる。
「問題ない。私一人でお前は倒す」
「……威勢だけはいいみたいだな。ふむ、せっかくだ、少々考える時間をくれてやる」
「……は?」
「今のお主では我には敵わぬだろう。せめて遺書でも書いておきたいかと思ってな。お主が我に攻撃してくるまで待ってやろう。それにお主のような威勢の良い奴がここまで生き残っているのはなかなかない。人間よ、せいぜい自分のできることを考えるのだな」
確かにその通りだ。今のままではあいつに勝つのは不可能だ。相打ちならなんとかなるかもしれない。しかし、バタフライさんに生きて帰ってこいと言われた以上、死ぬわけにはいかなくなってしまった。
「何かないか……」
周りを見渡してみる。地面には大量の血、そして近くには巨大な氷。目の前にはマウントがいる。実際、怒りに満ちているとはいえ、私に何ができるかと言われても、もう魔力もほとんど残っていないし、あったとしてもあの血のベールをなんとかしなければそもそも斬撃が届かない。
「何とかあれを切れればいけるんだけど……」
血のベールは液体だ。だからこそ切った判定にならず、刀で吸収もできない。あれが液体じゃなければ……。
「……凛がいたら、凍らせられたんだけどな」
「何だ、弱音か?」
「黙れ。お前には関係ない」
思考を巡らせる。青春も捨てて鍛えたこの頭脳。せめて今ぐらいは活躍してほしい。周りの状況、現在の位置、敵の攻撃パターン、今自分のできる戦術、一から考えていく。
「……凍らせる?」
深く考えるうち、あることに気づく。
「これなら……いける」
そうだったんだ。答えは自分の最も近くにあったのだった。
「待たせた」
「良いのか? 遺書の用意は」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ!」
もう一度、刀を構えた。
「凛ちゃん……」
バタフライは背中の凛を心配しながら、廃ビル群を駆け抜けていた。ここを抜ければ救急車が待っている。
「絶対死なないでよ……!」
その時だった。黒い影が上空を飛び去った。
「今度は何よ!」
凛が背中にいるこの状況では戦えるはずがない。しかし、その黒い影はバタフライに見向きもせず、進行方向と逆向きに向かった。
「待ちなサーイ!!!」
続いて、聞き覚えのある声がする。それはそれぞれの廃ビルに捕まって……というかくっついて移動していた。
「あなた確か……デニーさんだったわよね?」
うろ覚えの名前をそれに向けて放つ。
「オーウ!!! あなたは確かバタフライサン!!! やっと追いつきマシタ!!!」
話を聞くと、どうやらあの黒い影を追いかけてここまできたそうだ。
「それならちょうどいいわ。向こうにまだ導華ちゃんがいるの。援軍に行ってくれない?」
バタフライは背中の凛よりも導華のことを心配していた。いくら凛よりも負傷していなかったといっても消耗は明らかに激しいようだった。残すのは心配だったが、あれほどの目をされてしまうと断るわけにもいかなかった。
「それならお任せくだサーイ!!!」
そう言い残してデニーは去って行った。
「私も急がないと!」
遠くの方で救急車のランプの灯りが見える。
「凛ちゃん、もうちょっとよ!」
わずかに呼吸をしている凛を背に乗せ、彼はその道を急ぐのだった。
「それではもう一度始めようか」
刀を構えて、相手を見る。
「うん、そうだね」
心を落ち着けて自分の刀に集中する。
「随分と落ち着いたようだな」
その初歩的なことからまずは始める。
「まあ、ね」
そして周りを見渡す。
「準備はできたよ」
「では始めるとしよう。かかってくるがいい! 我を打ち負かすその計画を見せてもらおう!」
右足を一本深く踏み込む。
「斬!」
そして、大きく刀を振るう。
「バカめ。そこにあるのはただの氷だけだぞ?」
「ははっ、バカはどっちだろうね?」
「……何?」
刀が氷に触れたその瞬間、氷は一瞬にして刀に吸い込まれる。
「消えた……!?」
凛の力、反撃の一手はこれだ。
「凛……ありがと」
私はグッと刀に力を入れた。すると、ドライアイスを開けたかのように、刀から膨大な量の冷気が漏れ出す。その冷気は刀を包み、右腕を包む。
(冷ったい……! でも、負けるわけにはいかない!)
冷気はだんだんとおさまっていく。
「マズい……!『血弾』!」
圧縮された血がこちらに飛んでくる。
「『
しかし、その血は私に届く前に固体となって、切り刻まれる。切り刻まれた血は赤く、星のように散る。
「もしかして、焦ってる?」
白く氷に包まれた右腕には冷気の放つ刀が握られていた。
(この力……このままではマズい!)
マウントは焦っていた。
血の残量も少なく、自分の攻撃がほとんど防がれてしまうことに気がついたからだ。確かに、マウントの攻撃は強い。しかし、凍ってしまってはその力は発揮できない。
「キキーーーー!!!」
何かの鳴き声が響く。
(やっときたか!)
その鳴き声の正体はコウモリだ。実は最近発生していたコウモリたちはマウントたちの仕業だった。彼らはその吸血コウモリを操り、血を集めていたのだ。
(眷属から血を取れれば……!)
その考えが頭をめぐる。
「何よそ見してるの?」
気づくと目の前に侍がいる。握っている刀は近くに来ると、背筋も凍るほどの冷気を放っていることがわかる。
「くっ!」
その刀を必死に避けていく。
「『血拍』!」
「『斬雪』」
さっきまで通じていた攻撃たちはもう通じない。氷に包まれ、無力化される。
(早くこい……!)
そう心の底から願っていた。
「キキーーー!!!」
そして、ついにやってきた。
「来たか!」
彼は近くに止まったコウモリに近づき、牙を突き立てた。
(これなら多少は戦えるはず!)
できる限り飲み終わり、その場を離れる。近くにはもう侍が来ていた。
(あやつがいれば、ある程度はまだ補給できるはず……!)
そう思っていた時だった。
「ブッ飛ばしマース!!!」
何者かの拳がコウモリに当たる。
「導華さん!!! 大丈夫デスカ!!!???」
その正体はデニーであった。が、マウントにとってはそんなことはどうでも良かった。
(眷属が!)
コウモリはビルの屋上から地に落ちて、マウントは血の回収が不可能になってしまった。
こうなってしまっては長期戦は不可能だ。
「……仕方ない」
バカにしていたはずの人間。それが覚悟を決めたように、彼もまた覚悟を決める。
「オーウ!!! 導華サン!!! 髪が真っ白デース。」
自分では見えないが、どうやら今は白いらしい。デニーさんがそう言っている。
「ああ、デニーさん。援軍ありがと。でも、もう……」
「わかってマース。近くで見ているので、全力でやっちゃってくださいサーイ!!!」
どうやら彼も戦闘に理解のあるタイプだった。助かった。
「ありがとうございます」
デニーさんの背中が遠くになったのを見て、また向き直った。
「すまないね、うちの仲間が」
「別に構わない」
マウントの目は前とは違い、闘志に満ちていた。
「お主たちのことをゴミ虫だと言ったこと、詫びよう」
「何? 急に改心した?」
「そうではない。我をここまで追い詰めたからだ」
「そう」
静かな会話。その中では緊張感は緩まない。
「宣言しよう。我は次の攻撃で最後にする」
「突然、どうして?」
そんなことを言ってしまえば敵に塩を送ることになってしまうだろうに。
「この一撃に全てを賭けるからだ」
「……だからそんな目をしてたんだ」
覚悟の決まったその目。その目の理由がやっとわかった。
「長くは話したくはない。ここで決めさせてもらう!」
「こちらこそだよ!」
「我が奥義、受けるがいい!」
先程と同様にまた高く飛び上がる。しかし、今度は先程とは比べ物にならないほどの血を圧縮している。
「『
両手から放たれる極太な血液の光線。その光線は私の方にやってくる。
「大丈夫だよね。凛」
また、刀を強く握る。なぜだかこの力を使っている間は凛が隣にいるように感じる。冷たさも感じる。だが、その中の優しさや温かみも感じる。
「凛がいたから私は勝てるんだよ?」
そこにいない凛にそう問いかけた。
「一緒に決めよう」
刀を構えて、覚悟を決める。
フーーーッと大きく息を吐く。
「この一撃は何よりも強いよ」
私の目は既に勝利を捉えていた。
「『
放った斬撃は血を凝結させ、血壊自体を凍らせる。そして、その氷は技を放った彼をも飲み込んだ。
「人間って恐ろしいくらい強いんだよ」
凍ってしまった彼に届くはずのない言葉を捧げた。
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