第15話 tactic/戦術

「さあて……私も頑張らないとね♪」


 導華たちを飛ばして、バタフライは満足げに車の後ろ姿を見送って、いったん周りを見わたす。

 周囲は閑散としていて、いくら夜で廃ビル群の付近だからと言ってもさすがにここまでの静寂は経験したことはない。そのうえ、気づくと周囲に薄い紫の霧がはっせいしていて、暗闇を更に見にくくしている。その空間を見て、少しの嫌悪感を抱く。


「イヤな場所ね。早く終わらして、導華ちゃんたちのところに行かないと」


 高速道路という地上から数十メートル以上あるところから飛び、難なく着地すると、状況の把握もかねて、付近を歩き回ってみる。相変わらず窓が割れ、ホコリのたまった廃ビル群は冷たくバタフライを出迎えた。割れた窓から見える窓から見えるビルの中には、ホコリのかぶった紙やプリンタが寂しそうにそこに居る。


「……あら?」


 歩を進めていくと、だんだんと紫の霧が濃くなり始めた。だんだんと濃くなっていき、ついには前が見えないほどになってしまった。


「スマホのライトは……使えるみたいね」


 自分のスマホのライトを構えて、また歩き始める。息をしてみても、痛みも何もないあたり、本当に明かりをなくすための明かりだとうかがえる。

 そのうち、横になっている人影が見えた。


「うぅ……」


「! 大丈夫!?」


 人影は、服装を見たところローブのような物を身につけている。どうやら守護者のようだ。


「動ける? すぐ連れて行くわね!」


「ハァ……ハァ……逃……げて」


 その瞬間だった。大きな影がバタフライを狙って、飛びかかってくる。

 その影を即座に避け、倒れていた守護者をつかみ、その守護者ごと後ろに飛ぶ。


「ごめんなさいね。少し雑だったんで。申し訳ないんだけど、安全なところ一人で行ける?」


「はい……ありがとうございます……」


 力なくよろよろと歩いて行った守護者を見届けて、鋭い目で飛びかかってきた影と相対する。


「おやまあ、折角待ってやったのに、その反応はひどいな」


 声は若い男性の声。しかし、声がする方を見ても、その先には紫の霧のみ。影はおろか、ビルすら見えない。


「あなた、何者?」


「ああ、申し遅れた。俺はヴァンパイアのヴァンプ。この霧は光を隠すもので、害はないから安心しろ。」


「あらヴァンプさんこんにちは。出会って早々悪いんだけど、あなたの姿が霧で見えないから、こっちに来てもらってもいい?」


 口調は柔らかだが、その声は明らかな敵対心にあふれている。


「じゃあ、嫌だ……と言ったら?」


「だったら、無理矢理にでも見せてもらうわね」


 バタフライはどこかから小刀を取り出した。


「起動!」


 彼が叫ぶと、その小刀の柄が伸びる。その様はまるで槍のようだ。その槍を地面に刺すと、彼はその槍をポールのように扱う。


「『ローリング・オブ・ビューティー』!」


 槍を起点に人間離れした速度で回転し、霧を払った。月明かりに照らされた彼の姿は衣装のラメと合わさり、きらきらと輝いており、まるで星のようだった。


「ふむ……少しはやるようだな」


 霧が晴れたことで、その姿が露わになる。

 声の正体はまさに異形。人の形をしているが、悪魔のようにギザギザとした羽に、白目の部分が赤く、中心が黒い目。それ以上に体全体が真っ黒でまさに暗闇のような色。その姿から明らかに人間ではないことがうかがえる。


「この姿を見せない様にしていかに倒せるのかを考えていたんだけどな」


「あら、そうだったのね。残念だけど、その記録はもう更新できないわね。未来永劫」


「……何?」


 スタッと美しい姿勢で立つと、輝くバニーガールの体を目立たせるように姿勢を整え、まっすぐな目で異形を見た。


「今からここはダンスステージ! 主役はもちろんアタシよ!」


 彼のステージの幕はまだ開いたばかりだ。




「多すぎ!」


 今、私たちはビルの屋上に向け、階段を登っている。

 階段はいくら廃ビルと言っても最近のもの。動きはしないがエレベーターもあるし、階段もよくあるカーペットのような材質の物が敷いてあり、全く歩きにくくない。


 しかし、その途中には人型のコウモリが配置されており、屋上へ私たちが行くのを阻んでいる。そのため、少し時間がかかっていた。


「確かに数は多いけど、そんなに強くない!」


 凛はノートパソコンで、私はいつも通りの刀で順調に登って行く。コウモリたちにそこまでの強さはなく、通った後の階段には多くのコウモリが倒れていた。


「にしても、最近コウモリが多い気がしない?」


「……確かに。まあ、前に私が凍らせた奴らとは全然見た目が違うけど」


 凛との共同任務しかり、デニーさんの入団テストの時しかり、最近何かとコウモリをよく見る。隊員さんの言っていた通りだ。


「コウモリってこの時期活発になるの?」


「わかんないね。でも、どっちにしろ凛、気をつけてよ? 相手が前みたいに魔法なしで動くかはわかんないんだから」


「わかってるって」


 そこまでの大変さはなく、ついには十階までついた。


「ふぅ」


 一旦立ち止まり、休憩をする。屋上が近づくにつれて、なぜかコウモリの数が減っていた。普通はあの黒い球を守るようにすると思うのだが、手応えはそのままに段々と少なくなって行った。疑問に思うが、それを解決している暇はない。

 また走り出し、数少ないコウモリたちを撃破した後、ついに屋上へと辿り着く。


「着いた……けど」


「……どうする?」


 眼前には大きな黒い球。その見た目は模様も何もなく、完全な球に見える。色は漆黒。この得体の知れない何かを野放しにしておくわけにもいかない。しかし、得体が知れないからこそ、切るわけにもいかない。


 連絡して相談しようにもなぜか圏外になってしまっている。凛のパソコンもダメだった。


「このままじゃ進展しないし、連絡も何も来ないし……」


 二人で悩んでいたその時だった。


「……! 危ない! 凛、屈んで!」


 咄嗟に凛に声をかける。その刹那、球から赤い刃が伸びる。その刃は球を切り裂く。すると、中から感じたことのない気配を感じる。


「……よく来たな、強者よ」


 中から出てきたのは、黒い体に赤い目を持った男。先ほどのコウモリと顔以外似たような姿をしているが、明らかに力量が違うのが気配からわかる。


「我が名はマウント。ここでお主たちのような強者を待っていた。今現在我が弟のヴァンプはようがあって外に出ているから我が二人分の相手をする」


「……今ここに人がいないのってもしかして……」


 すると、彼は球の後ろを親指で指した。そこには多くの守護者や一般人と思われる人が積み重なっていた。


「我が力の解放のために少々血液を分けてもらった。安心するがいい。死んではいない」


「……このまま私たちがあなたを逃したら、あなたはどうしますか?」


「そうだな……せっかく力を取り戻したんだ、その力を現代人どもに見せつけてやるとするかな。ちょうどあそこにつぶしがいのありそうな都市もあるようだしな」


 彼の視線の先には東京の都心がある。


「それは困りますね」


「では二人合わせてお手合わせいただこうか」


「……凛! 動ける!?」


「もちろん」


 そうして、絶望的な実力差での戦いが始まった。



「ハハハ! スライムだってよ!」


 昔のことだ。自分はその頃まだひ弱でよくいじめられていた。排他的なおかげでスライムである自分はいじめの対象として最適だったのだろう。今なら何か言い返してやれるところだが、そんな心意気が昔にはなかった。そんな自分が大嫌いだった。


 自分のいたところはある国の田舎の小さな街で、学校でのカーストがそのままこの街での扱いに反映されている。そのせいで自分には居場所も何もなかった。こんな最悪な街はさっさと出て行ってやろうと思っていた。


 その頃からずっと両親は行方不明で、今はよくわからない元軍人だというおっさんに預けられていた。周りに遊び相手もおらず、家で一人でお手玉でよく遊んでいた。このお手玉は過去に日本人に助けてもらった時に、おっさんがもらったのだそうだ。


 そんなつまらない日々を過ごしていたある日だった。その日は特にひどくて、あいつらがいなくなった後でもずっとうずくまっていた。


「ちびっこ、大丈夫か?」


 自分に話しかけてきた女の人が一人いた。きれいな白髪で、その美しさはこんな田舎街ではまず見かけない。どうやら、最近引っ越してきたようで、引っ越し周りの途中で自分を見つけたようだった。


「立てるか?」


 その瞳を見て、自分は恋に落ちた。きれいな紫色の瞳は吸い込まれるようだった。今もあのきれいな瞳を持ったお姉さんに恋をしている。


 それからしばらく自分はそのお姉さんとよく遊んだ。その時は至福の時で、何よりも幸せだった。お姉さんと遊んでいる間は何もかもが美しく見えた。


「ここにはお仕事できててね。今はあんまり自由じゃないんだ」


 ある日、お姉さんはそんな話を聞かせてくれた。


「私、昔日本で読んだ少女漫画が大好きでさ、それから結婚するならマッチョで私をどこへでも連れて行ってくれる人にするんだって決めてるんだ」


 その日の夜だ。


「おっさん! 俺を鍛えてくれ!」


「……坊主、突然どうした」


「頼む」


 自分はここで暮らし始めてから初めてこのおっさんにお願いをした。しかし、恥ずかしくて理由は言えなかった。


「……俺のは軍隊式のやつだ。それに耐えられる自信があるなら……」


「もちろんだ! ありがとう!」


 その日からおっさんの地獄の訓練が始まったのだった。今でもよく覚えている甘酸っぱくて懐かしい少年の日の良い思い出だ。




「ふあ〜」


 目が覚めると、そこは居酒屋。そういえば、自分の入団祝いでここに来ていたのだった。


「……アレ?」


 すっかり酔いも覚めて気がつく。自分は今座敷に寝ている。そしてその近くには団長とその友人が大いびきをかいて眠っている。慶次と名乗っていた男は電話をしており、相方の赤髪の女性はカウンターで寝ている。しかし、どこを見ても導華と凛、そしてバタフライ? と名乗った男がいない。


 少しして、近くで電話を終えた慶次さんがこちらに気がついたようで、こっちにきた。


「デニーくん……出会ってるよね?」


「あ……ハイ!!! 合ってマース!!!」


「今は少し緊急事態だ。突然強い魔力を持った化ケ物が二体探査に引っかかった。そして、その捜査を行なっていた守護者が全員消えた」


「……ナルホド」


「それで、あまりの人員不足でその時動けたバタフライ、導華、凛たちに向かってもらったんだ」


 なるほど、そういうことだったのか。やっと納得した。


「……わかりマーシタ。それでワタシは何をしたらいいデースカ?」


「何もしなくてもいい……といきたいところなんだが、本当に人がいなくてね。もし、何らかの強い反応があったら、君に行ってもらいたい」


「ワカリマシタ!!!」


 そんな時、窓の外に何か黒い影が一瞬通った。


「何だ!?」


 まずい、行ってみて確認したい。しかし、なんと言えば良いのやら……。


「……あっちの方って確か導華くんたちが行った方じゃ……」


 しめた! 口実を見つけた!


「オー!!! それは導華さんたちが危ないデース!!! 確認しに行ってきマース!!!」


「……は!?」


 こんなチャンスを逃さない自分じゃない。店の外に素早く出て、付近のビルに手

を伸ばしてくっつける。


「団長さん!!! 行ってきマース!!!」


 確かに導華たちのことも気になる。だが、それ以上に何もしていないという焦りが

あった。結局、活躍がしたいという簡単な理由からその場を去ったのだった。




「あら」


「オラオラオラ!!! そんなもんか!? あ!?」


 バタフライとヴァンプの戦いは激しさを増していった。


 ここまでで吸ってきた血液を使い、圧縮した血液を高速で放つヴァンパイア特有のスキル『血弾ケツダン』や血を圧縮して形を変えながら戦う『血変ケッペン』を使用しながらジリジリとバタフライを後ろへと追い詰めるヴァンプ。


 対して、その攻撃を全て足で受け切るバタフライ。攻撃は特にしておらず、防戦一方だ。


 ヴァンプは戦いの熱気に当てられて、口調が荒くなっている。


「ハッ!!! 攻撃してこねえなんてビビってんのか!?」


「……ええ、そうね。ビビってるわよ」


「ハハハハ!!! とんだ腰抜け野郎だなぁ!?」


 遠距離と近距離。そのどちらもを組み合わせて戦うヴァンプ。別にバタフライにとっては倒そうとすれば簡単に倒せるだろう。しかし、彼には攻撃できない理由があった。


(もうちょっと……!)


 ある瞬間を狙って、彼は攻撃を受け続ける。ヴァンプはそれを押し切れずにイライラし出した。


「だぁーーー!!! なんで倒れねぇんだよ!!!」


「あなたと違ってちゃんと考えて動いているからね。そりゃそうよ」


「チッ!!! テメェ!!! もう洒落くせぇのはやめだ!!! こいつで決める!!!」


 すると、ヴァンプは腕全体に血液を纏わせた。


「終わりだ!!! 『血暴ケツボウ』!!!」


 その腕を前にしてバタフライに向けると、今までの比にならない程に大量に圧縮された血液が発射された。この大技は腕に強い負担がかかる。そのため、腕を血液で防御する必要があったというわけだ。


「!」


 瞬間、バタフライに向けられたその極太の砲撃のような血液は地面を抉って彼に正面から命中する。当たらなかった血液たちはビルを破壊して、一帯を更地にする。


「……イキがってた割に弱ってたもんだな」


 ヴァンプは少し残念そうにクルリと後ろを向き歩き始めた。


「あら……? 砂煙もなかなか粋な演出じゃないの」


 ヴァンプは驚愕して振り向いた。その視界に映るのは、抉れた土地の中心で槍を刺し、羽ばたく蝶のようなポーズをとったバタフライだった。


「マジかよ……!!!」


「さあ、フィナーレね」


 短くも美しい彼の舞台が終演を迎える時が来る。


「ここまで付き合ってくれてありがと。さあ、最後に見せてあげるわね」


 ポールのように槍ををより深くまっすぐに刺して、脚を空高く上げる。




「すべての生命に感謝を。『プシュケ・オブ・ノーベル』」




 上げられた足をまるで滝のようにスッと真下に落とす。その衝撃波は空気を、地面を、体を震わせる。しかし、決して強力なものではない。優しく包み込むような、まるで感謝を伝えるような力。その衝撃波がヴァンプの体を包む。


「アガッハ……!!! 立てねぇ……!?」


 ばたりと倒れ込む。ただ倒れこんだようだが、なぜか立てない。


「この技はね、半径50メートルのありとあらゆる存在をほぐすのよ。今あなたの体は筋肉が完全にほぐれて力が入らないの。残念だけど丸一日はそのままね」


 バタフライが狙っていたのはこれだった。比較的中心部に近いあの場所で放つと民間人や守護者を巻き込む可能性があった。それを防ぐために離れる必要があった。


「……俺の負けかよ」


「フフフ、そうよ。あなた今すごく満足そうね」


「……ああ、まあな」


「アタシの名前はバタフライ。アタシ普段はダンサーしてるの。ポッケに名刺を入れておくから、いつかアタシのお店に来てみてよ」


「オカマのダンスなんてゴメンだな」


 しかし、そんなヴァンプはバタフライという認めた存在を心に刻んでいたのだった。

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