第14話 picturesque/絵のように美しい
「それじゃあ……行くわよ!」
今現在私たちは車の中にいた。化ケ物退治のため、いつもの廃ビル群の西側へと向かうためだ。
バタフライさんに聴いて知ったが、どうやらこの街は廃ビル群によって囲まれているそうだ。過去のある大戦によって廃墟と化したらしい。そしてその西側、つまり街の西側に今回現れたのだった。
「……本当に私が運転するんですか?」
しかし、それ以上の心配があった。
「仕方がないじゃない。あなたしか今は運転できないんだから」
そう運転手が私なのだ。今は助手席にバタフライさんが、後部座席に凛がいるような状況だ。
なぜこんなことになっているかというと、それを語るには少し遡ることになる。
居酒屋から出てすぐにレンタカー屋で車を借りた。が、そこで運転できるのが私だけということに気づいてしまった。バタフライさんは飲酒済み、凛は未成年、一応この守護者免許があれば運転は問題ないらしいし、私も免許は持っていた。
しかし……。
「私ペーパードライバーなんですよ!?」
出勤には電車と歩き、休日に家にいたので残念ながら運転どころか車も持っていな
い。運転免許も両親の勧めで一応ということで取ったものであった。
「あーもう! 大丈夫よ、事故ってもきっと死なないわ!」
そういう問題じゃねぇ!
「……あーもう! 後悔しないでくださいよ!?」
仕方なく私はアクセルを踏んだのだった。
「……あなた、駄々こねてた割には運転上手いじゃない」
ドライブ開始から十分。助手席でバタフライさんから褒めてもらった。
「あ。ありがとうございます」
そして沈黙。この即席メンバー、残念ながら話すことが何にもない。凛は変わらずスマフォを見ている。今は車内に共通の知り合いがいなくなった時と同じような、あの気まずい雰囲気が流れ続けていた。
「……あなた、うちのオーナーを見てどう思った?」
バタフライさんが動いた。
「うーん、玄武と似たような感じというか、類は友を呼ぶというか……」
「あなたもそう思うわよね!?」
突然なぜかバタフライさんのテンションが上がった。身を乗り出してこちらに視線を向けている。
「ちょ、危ない危ない!」
ペーパードライバーにそんなことしないでほしい。
「あら、ごめんなさい! つい盛り上がっちゃって……」
高圧的な人かと思っていたが、反応的にそうでもないようだ。
「オーナーね、いっつも私に玄武くんに会うと、愚痴をずーっと言ってるのよ。そのくせして、あんな感じで意気投合するし、意味わかんないのよ」
「まああれですよ。類は友を呼ぶとも言いますし、同族嫌悪とも言います。友達ってそんなもんなんじゃないんですかね」
こんな偉そうに語っているが、私が語れた口ではない。
昔から引っ込み思案で弱虫。友達はいたが、自分から作ったことは記憶にない。それほど親しくもなかったし、同窓会の時も少し話してすぐに別れた。友人との楽しい記憶はあったかもしれないが、仕事と勉強の記憶にかき消されてしまった。
そんな私が偉そうに友人関係なんて語っていいはずがない。それが私、田切 導華という女なんだから。
「導華ちゃん、大丈夫?」
「……あ、ああ大丈夫です。昔のこと考えてて……」
「昔のこと?」
「はい」
少し考えて、バタフライさんが口を開いた。
「その昔話、導華ちゃんが良ければ話してくれない?」
「……え?」
「だって今の導華ちゃん、苦しそうな顔してるから」
「……暗い話かもしれないですよ?」
「いいわよ。いつも仕事で話を聞くのは慣れてるから。どんな話でもどんとこいよ!」
「それなら……」
これから語るのは私の後悔だ。
「いってきます」
私の父は大企業の社長、母は名家の生まれの一人娘。そんな二人の間に生まれたのが私。一人っ子だったが、特にさみしくもなんとも思わなかった。なぜならば、昔は時間がなんとかしてくれたからだ。友達も勝手に出来て、高校受験にもなんとなく受かった。
その受かった高校はいわば名門の超進学校。母はたいそう喜んでくれた。そんな私には何がしたくて、心の底から欲しているものが何かわからなかった。
「いってらっしゃい」
このひとが私の母親だ。私の勉強のために門限やスマホの監視アプリを入れる人で、友人から聞いて知ったが、生粋の教育ママらしい。毒親だとも言われた。
しかし、毒だろうが教育だろうが私にはどうでも良かった。なぜならば、この世の中は所詮他人で出来ているからだ。家族だろうとそんなものは変わらない。
「お、導華おはよ~」
「おはよ」
高校では普通に友人も居た。部活にも入らずに勉強を頑張って、常にトップ5はキープしていて、塾の講師からは難関国立大学も狙えると言われた。しかし、1位はとったかどうかは覚えていない。確かなかっただろう。
周りからはそこまで勉強をやっていて辛くはないのかと思われていたのかもしれない。しかし、特にしたいこともないので何にも辛くはない。学校も友達と話して、授業を受けて、ただただ家に帰る。それが私の青春だった。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい」
家に帰れば母が迎えてくれる。しかし、それでも変わらずに部屋に戻って勉強をする。母からはこれが普通だと教えられてきた。
そんな日々を過ごした私はいつしか喜びも、悲しみも何もかもを忘れかけていった。
勉強の末に難関と言われる国立大に入学した。母からはとても喜ばれた。社長をしている父はほぼ家にいない。そのため、私には母しか居ない。その賞賛はむなしい物だった。
いつしか社会人になって、気づきたくはないことに気づいてしまった。
私は無価値だった。
周りの人間は高校や大学で友人を作り、何かを成し遂げていた。
しかし、誰彼にいわれるがまま勉強を続け、それ以外の何もしていない私は何を成し遂げていただろうか? 趣味も楽しみも何も思いつかない。確かにYoutubeぐらいは見たが、それ以外は特にない。強いて言うなら、ギターをやっていたような気がする。父の部屋にこっそりと入って、ギターを弾いていた。これが楽しかったのかもしれない。
「……」
ある大手に勤務を続け、ただただキーボードをたたく。疲れて家に帰って、ご飯を食べて、シャワーを浴びて、眠る。何も変わらない平坦な人生。
もしかしたらあの時、母親として愛情というものをあの人がくれていたなら、変わっていたのかもしれない。所詮他人だと言った人にそこまで求めてしまうほど、崖っぷちに私はいた。もしかしたら自分が母の愛情に気づいていなかったのかもしれない。まあ、今となってはもう遅い。
それとも、どこかで反抗して思いっきり家を飛び出したら良かったのかもしれない。そうすれば見える景色も心も彩りを取り戻していたのかもしれない。後悔してももう遅かった。
消えたい。そんなことをよく考えていた。残された人生というもので、いったい私は何を成し遂げられるのだろうか? きっと何も成し遂げられない。この社会という檻の中でいくらもがこうともう遅いのだ。後の祭りで意味はない。いくら素晴らしい大企業に勤めていたって、学歴があったって、私にとって、そこは生き地獄だった。本当に欲しいものをもう二度と手にできないのだから。
だから、ここにきて私は救われた気がした。ここでなら、守護者ならば、玄武や凛、星奏みたいな人たちが周りにいるならば変われれるのかもしれない、そう思った。
ただ、どれだけみんなと楽しく過ごそうが、バカやって笑おうが、心残りはずっと消えなかった。だから、もし私の人生にタイトルをつけるのであれば、私は『後悔』と名付けるであろう。その消えない後悔はいらなくともついてくる。それが私の人生となってしまった証に、タイトルで表現してやるのだ。だからといって何が変わるというわけでもない。ただ、私の人生を何となく踏みにじってやりたいだけだ。
「……そんな死んだような人生を送ってきて、親しい友人と言える人も居なかったんです。だから、私には親友や友情がよくわからなくって」
私の話を黙って、しかし熱心にバタフライさんは聞いてくれた。そして、彼はまっすぐな目で言った。
「……あくまでアタシの意見になっちゃうんだけどね?」
「……はい」
どんな答えも承知の上だ。別に何がきても構わない。
「いいのよ。そんなので」
予想外の答えが返ってきた。
「……え?」
「友情も親友もそれを持ってる人にはわかんないのよ。それを自覚してる奴なんてア
タシ想像できないわ。そんなまどろっこしいことは友情の前じゃ関係ないんだから。だから、もうあなたはあなたの人生を歩んで良いんじゃない?誰にも縛られない、自分のための人生を。見たら、ご両親とは別れたみたいだし」
「……どうして別れただなんてわかるんですか?」
なぜだか、ハンドルを握る手に力が入る。
「だって、今のあなた感情豊かで楽しそうだもの。話の中のご両親の呪縛から解放されたみたいに。どんな経緯で別れたかは知らないけど、そんな今を楽しみなさい。それでいいの。何を成し遂げようだなんて考えるだけ無駄。楽しんだ後に何かを成し遂げてるんだから、成し遂げた後に思いっきり考えなさい。どう自慢するか、どうやって後世にこの素晴らしさを残すのか、とかね♪」
「……はい」
「だから、後悔なんてもう言ったらダメよ?まだまだやれることいっぱいあるんだから。目一杯、やっちゃいなさい!」
今まで私は曲や小説やドラマ、芸術品に風景様々な物から人生の価値を見出せないかとひたすらそれを見てきた。しかし、どれの中にも彼の言葉ほど心にしみたものは思いつかなかった。
「……導華」
忘れていた後部座席の凛が話しかけてきた
「どうしたの?」
「辛かったら言ってくれればよかったのに」
「……ごめん」
「いいよ。でも、これからは同じ屋根の下で暮らす、唯一無二の仲間なんだから」
「……ありがとう。助かる」
「それなら良かった」
ここまで励まされるとは思っていなかった。ああ、これが幸せなんだな。この世界に来て、こんな気持ちになるのは二回目だ。いいんだ、私はここにいて。そう、心の奥で響いていた。
「さ〜て、導華ちゃん! 運転頑張って! もう少しよ!」
そういえば、私は車を運転していたのだった。この空気感で完全に忘れていた。
「えーと、ここの高速道路に行って……」
慣れない車の運転だったが、何とかできている。しかし、何だろうか? この違和感は。
「……車が少なすぎる」
凛の言った通りだ。確かに車があまりにいなさすぎる。
「確かに、いくら規制線を敷いてると言っても、おかしいわね……。ほんとならもっと他に守護者たちの車があるはずなのに」
バタフライさんがキョロキョロしていると、何かを見つけたようだ。
「あれは……何?」
視線の先には大きな高層ビルがあった。しかし、その上には明らかに場違いな大きさの丸い玉があった。
「気になるわね」
「ですね。連絡が来ると言っていたのに、誰からも来ませんし……。何か嫌な予感がします」
そんな時、バタフライさんの携帯がなった。
「もしもし、部隊長? ちょうど良かったわ」
どうやら相手は部隊長らしい。
「……え? スピーカーのしてくれ? 別にいいけど……」
そう言いながら、彼はスマフォをいじり、こちらに向けた。
『あ〜、導華、凛、聞こえてるか?』
「はい、大丈夫です」
「大丈夫」
『良かった。よし、今から言うことをよく聞け』
ごくりと息を呑む。
『今現在、現地の守護者たちと連絡が取れない状況にある。どの部隊からもだ。この状況、正直かなり危険な状態だ。だから、俺個人としては、こちらに戻ってきて欲しい。しかし、上からの命令でそのまま行かせろとお達しが入っている。もしそこで引き返しても、俺が何とか上の奴らを誤魔化すことはできる。ここでお前らに聞きたい。このまま行くか、引き返すか。お前らはどうしたい?』
かなり迷うところだ。ここで行けば危ない予感がかなりする。
「……ここで引き返したら、その守護者たちはどうなりますか?」
凛の聞いたこと、それが最も気がかりなことだった。
『……わからないが、生存率は下がるだろうな』
そんなことを言われたら、私の出したい答えはひとつだけだ。
「私は行きたいです」
「アタシもよ」
「私も」
『……決意は固いようだね』
どうやら、二人も同じことを考えていたようだ。
『なら、これだけは約束してくれ。絶対に生きて帰ってこい』
よくある下手なセリフ。しかし、それも今なら最高の応援だ。
「「「了解!」」」
私はアクセルを思いっきり踏んだのだった。
「となると、怪しくなってくるのはあの球体よね……」
ビルの上の見慣れないもの。そこに手がかりがある可能性は大いにある。
「それなら、そっちに行きましょうか」
誰もいない高速道路でハンドルを切る。
「……あ、いいこと思いついちゃった」
急にバタフライさんが閃いた。
「どうしました?」
「それがね、あの球体にも行きたいけど、守護者の様子も見に行きたいじゃない? だから、二手に分かれて行かない? 街の地形を把握してる私が守護者の方に、球体の方にはあなたたち二人が行くの。どう?」
「それでいい。導華は?」
どう見てもあっちも球体の方が危険な気がする。でも、街に行くなら地形を把握している方が良いだろう。それに二人ならまだ安心だ。
「私もそれでいいです」
「それじゃあ、決まりね。導華ちゃん、とりあえず車停めてもらってもいいかしら?」
「別にいいですけど……?」
一体何をする気だろうか?言われた通りに車を停めると、バタフライさんが車を降りた。
「ありがと。じゃあ次は、あの球体を前にして車を停めてもらってもいい?」
「……本当に何する気ですか?」
「いいから、いいから♪」
何とも不思議なお願いだ。しかし、何か考えがあるのだろう。車を球体を前にするように停める。
「OK、バッチリよ!それじゃあ、ここで一旦別れましょう」
「「え?」」
本当に何をするつもりだろうか?
「最短ルート、いくわよ!」
そう言って、彼は助走をつけた。
「え、ちょ!?」
「『フラッピング・レッグ』ッ!」
その刹那、一瞬で車のすぐ後ろまで近づいた彼は勢いよく車を蹴り飛ばした。
「「えええええええ!!!!」」
「うん、我ながら上出来♪」
後ろを向いた時、バタフライさんは満足そうな顔を浮かべていた。
バゴオオオオオオオン!!!!
轟音を立てて、車がボンネットから着地した。
「いてててて……」
見ると、どうやらあのビルの前あたりに着いていた。
「……これは廃車確定だね。」
凛は無惨な姿になった軽自動車を見て言った。
「それはもう……後にしよう。とりあえず中に入ろう」
自動ドアがすんなり開き、中に入った。
「暗いね」
中は電気がついておらず、暗い。
「……あそこ、人がいない?」
私が見つけた先には人影がいた。
「行ってみようか」
「おーい、すみませーん」
確認も込めて大きく手を振りながら歩いていく。
「導華、ストップ」
「え?」
目の前にいた人影がこちらに飛びかかってくる。
「うわ、ちょ!」
「『ゼロアイス:コールド』!」
即座に凛がその人影を凍らせた。
「え、大丈夫なの!?」
「……導華、よく見て」
言われた通りに見てみると、それは人ではなかった。
「コウモリ?」
それはいわばコウモリ。しかし、しっかり二本足で立っていて、その姿は人型コウモリとでも言えるだろうか?
「導華、まずいかも」
周りを見ると、そこには同じようなコウモリたちに囲まれていた。
「……そうだね」
「……導華、いける?」
そんなの当たり前だ。
「もちろん。行こう、凛。目指すは屋上!」
「了解」
ここから凛と私のタッグの討伐が始まった。
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