第6話 newly/新たに
「玄武の知り合いに売れっ子のアイドルがいたとは……。一体どんなつながり?」
「さっきも言ったじゃ〜ん、お隣さんだよ、お隣さん」
「まあ、他にも色々あるんだけどな」
「……まさか、14歳の未成年に手を出したんじゃ……」
「待てゴラ、あらぬ疑いをかけるな」
「ちょっと待ってよ玄武ちん! 私とのあの一夜は嘘だって言うの!?」
「お前はお前で乗っかるな」
さすが売れっ子アイドル。ただのおふざけの演技でもかなりうまい。
「それで結局二人の関係って何?」
「え~玄武ちん、言っちゃう?」
「団員なんだし、いいだろ」
「それじゃあ言うけど~アタシ達はね……」
ごくりと唾を飲んだ。
「麻雀仲間なの」
「……え?」
しかし、想像から大きく外れた回答が帰ってきた。
「14歳だよね?」
「うん」
「アイドルだよね?」
「うん。しかもかわいい系」
「……麻雀やってて大丈夫なの?」
「だいじょーぶ! マネージャーからも良いって言われたし」
まさかのマネージャー公認の麻雀だった。しかし、このアイドルが雀士だと知ったときファンは何を思うのだろうか? 自分の推しが自分たちから隠れて賭け事をしていて、しかも、どこの馬の骨ともわからない男との麻雀。ファンは発狂しそうだ。
そんな話をしていると、星奏さんが起き上がった。
「ところで、導華は麻雀できるのかのぉ?」
「できませんね」
残念ながら、賭け事は全くやったことがない。
「そうか~残念じゃが、今日も3人うちじゃな」
「よっしゃ~やろやろ~。玄武ち~ん、卓準備して~」
「はいはい、仰せの通りに」
そう言って玄武は事務所の外に出た。少しして大きめの机を持ってくる。これはいわゆる雀卓という奴であろう。
それを見て星奏さんも沙也加ちゃんもノリノリだ。
「俺たちはな、月一で麻雀やってんだ。長くなるから、導華はもう寝ても良いぞ」
時計を見るともう9時ぐらい。いつの間にかずいぶんと時間が経っていた。
「いや、何となく興味あるから見とく」
興味がある……というか、何かをしでかしそうで怖い。
「ふふふ……みーちゃんに"雀鬼"と言われたアタシの実力見せつけちゃうよ~!」
「ほう、この"麻雀界の伊達政宗"と呼ばれたワシにかなうかのお?」
「おいおい、"役満の発明家"の俺を忘れるなよ」
それを聞いたレイさんがぼそっと言った。
「でも全員自称ですよね」
「「「うるさい」」」
「レイ、いつもので」
「はい、わかりました。それぞれ何枚買いますか?」
「1000枚じゃ」
「2500枚で」
「10000枚~」
一体何を買っているのだろうか? しかも、一人だけ桁違いだし。
「では、どうぞ」
すると、レイさんはどこからともなく箱を取り出して中から古ぼけた紙の束を取り出した。
「はい、了解しました。こちらが星奏さんの分、マスターの分、そして沙也加さんの分です。どうぞ」
そして、それぞれ10束、25束、100束ずつ渡した。
「……これ何?」
「おお、興味あるか。これはな、俺たちの間の点棒の代わりだ。これを賭けて麻雀やってんだ。ちなみに1枚100円だ。と言うわけでレイ、これあずかっといてくれ」
そして三人はそれぞれ封筒をレイさんに手渡した。もらったレイさんは中の物を出す。
「万円札入ってるじゃん!?」
なんと中から出てきたのは万円札。1枚100円だと、それぞれいくら払った? 星奏さんは10万円、玄武は25万円、そして沙也加ちゃんは……。
「……100万円?」
「ふふふ……アタシはトップアイドルだからね。これぐらいならもうポンと出せちゃうんだな~」
えげつないぞトップアイドル。星奏さんと玄武の分足しても上回ってるじゃん。
「それじゃあ私は行ってきますね」
「おう、頼んだ」
レイさんはどこかに行ってしまった。
「さ~て、みーちゃん見ててよ? うちらの麻雀を!」
「ふふふ……」
麻雀大会開始から3時間。かなり眠くなってきた。
「にしてもだな、沙也加……」
「……やっぱりお主弱いのう」
「うっさあああああい!!!! 黙れ黙れ黙れ!!!!」
二人の言った通り沙也加ちゃんは死ぬほど弱かった。
現在の束の量は星奏さんが50束、玄武が75束、そして100束あった沙也加ちゃんの束はなんとびっくり10束にまで減ってしまった。麻雀のわからない私からしてもぼっこぼこの勝負だった。
「二人とも大人げない……」
にしても星奏さんも玄武も14歳によくここまでやる物だ。
「こっちは数少ない給料をかけてるんじゃ。負けられないんじゃよ」
「勝負の世界で年齢は関係ない……って奴だ」
納得したようなしてないような、変な理由を並べられた。ここも含めて、大人げない
「ただいま帰りました」
レイさんが帰ってきた。
「お、帰ったか。ずいぶんと長かったな」
「はい、すみません。話し込んでしまいまして……」
「まあ、丁度良いじゃろ。そろそろお開きにするかのお」
「え、このままだとアタシ大損害なんだけど!?」
「別に良いだろ? 前に大勝ちしたんだから」
「ちぇ~、しょうがないか……」
ここでやっと3時間という長い戦いに終止符が打たれた。
「それでは、それぞれ枚数をおしえてください」
「5000枚じゃ」
「7500枚」
「1000枚~……」
「それでは、こちらを」
3人から紙の束をレイさんが受け取ると、三人にそれぞれコインを渡す。
「よし、行くか」
と玄武が言って三人は外に出た。気になるのでついて行ってみる。
三人はどこに行くのかと思ったら、隣の綺麗な平屋に行った。おそらくは沙也加ちゃんの家だろう。
現在時刻は約0時。沙也加ちゃんが家に行くのはわかる。が、こんな時間に家に来られても、迷惑なのでは……。
「ママ~、ただいま~」
ドアを開けて沙也加ちゃんが家の中に声をかける。
「はいはい~。今行くわね~」
すると中から沙也加ちゃんと同じ色の髪の女性が出てくる。表情や雰囲気から母性にあふれる女性だ。そして、その女性はこちらを見た。
「あらあら~? なんだか知らない人がいるわね~」
「あ、どうも。最近玄武団に入団しました、田切 導華です」
「あら、新人さん? なら、自己紹介をしないとね~。私は
「……よろしくお願いします」
娘と同じくなかなかノリの良い母親だ。
「ママ! さーちゃん呼びやめてって言ったじゃん!」
「え~、かわいいのに~」
「かわいいじゃない!」
よく考えれば、沙也加ちゃんは14歳。つまり今は思春期まっただ中。この反応も納得だ。
「こんばんは、雫さん」
「あら、玄武さんもどうも~。ひとまずみんな中に入って~」
「「「「おじゃましまーす」」」なのじゃ」
家の中も外観と同じように綺麗で、白を基調としたデザインとなっている。
中のリビングはキッチンにテーブル、大画面のテレビ。どこかで見たことがありそうな理想的な家という言葉の似合うデザインの家だ。
「はいは〜い、座って座って〜」
「失礼します」
言われるがまま椅子に座らされる。
「それじゃあ早速交換していくわね〜。みんなコイン出して〜」
何が始まるのかと思えば、全員が先程のコインを出し始めた。
「あらあら〜、さーちゃん随分と負けたわね〜」
「……うっさい」
「ふふふ。かわいい」
一体何をしているのやら。
「えーっと、しょうちゃんが50枚だから……はいどうぞ」
彼女が渡していたのは、また違う封筒だった
「ひい、ふう、みい……。大丈夫じゃ。」
「よかった〜、じゃあ次は玄武さんだね〜」
そんな具合にのこりの二人にも封筒を渡していく。
「それ何が入ってるの?」
「ああ、これだよ」
そう言って玄武が封筒の中を取り出すと、中から万円札が出てきた。
「ええええ!?」
「さっきも言ったじゃろ? ワシらは自分達の給料を賭けていると」
「でもこれって、賭博罪になるんじゃ……」
異世界だからセーフなのか?
「確かにそのままだとアウトだな」
ああ、そういうわけじゃないのね。
「導華、三店方式って知ってるか?」
「……名前は聞いたことある」
「ふっふっふ……みーちゃん、三店方式ってゆーのはね、よくパチンコで使われる方式なの」
そこからの説明を要約するとこうだ。
まず、お金を3人から預かってレイさんがお隣に行く。そしてその中の現金を雫さんに渡す。
次に玄武たちは現金と交換でもらった紙切れをかけて麻雀をする。そして、紙切れと交換でレイさんからコインをもらう。
その後に、お隣でそのコインを買い取るという形で交換してもらう。
最後にお隣のコインを沙也加ちゃんのマネージャが雫さんからコインを買い取って、レイさんに渡す。これを行うことで賭博罪をすり抜けているらしい。
「玄武ちんが考えてくれたんだ〜」
「どうよ、すごいだろ?」
「こやつは変なところで頭が回るからのお〜」
どうやらマネージャーまでグルだったようだ。ここまで沙也加ちゃんの賭け事に協力的だとは……。マネージャーとは一体どんな人なのだろうか?
「いや〜儲けた儲けた。これで事務所の設備も綺麗にできるぜ〜」
玄武は今日で50万円ほど儲けていた。しかし、その金は齢14の少女からもぎ取ったものである。いくら事務所の金になるからと言っても喜びづらい。
「もうだいぶ暗くなってしまったのお」
そういえばさっき気づいたが、もう日付は変わってしまっている。
「沙也加ちゃん、眠くないの?」
「うん! ライブで慣れた」
さすがはトップアイドル。これくらいの時間はピンピンしているようだった。
「でももう寝なきゃダメよ〜。身長が伸びなくなっちゃうわ〜」
「そうだぞ、まるで星奏のごとく……」
「誰がちっさいじゃ」
「おお! 予知能力か?」
「何回この会話をしてきたと思っておる?」
そんなふうに談笑していき、そろそろお開きの時間になった。
「今日はありがとな〜」
「うむ、こちらこそじゃ」
「じゃ〜ね〜」
3人がそれぞれ自宅に帰り、私たちも事務所に戻ってくる。
「おかえりなさいませ。マスター、導華さん」
「おう、ただいま」
「ただいまです」
帰ってきて一息ついていると、玄武が話しかけてきた。
「そういえば、もうすぐで免許ができるから一回市役所に取りに来いって言ってたぞ」
「了解……何だけど市役所ってどこ?」
「ああ、そこは大丈夫だ。明日俺が連れていく。それにいかないといけないところもあるしな」
「ふ〜ん、わかった」
そして私は風呂で疲れを取り、眠りについたのだった。
「今日は朝から色々いくから、覚悟しとけ」
朝ごはんを食べている時に、玄武が言った。
「わかってるって」
今日の朝ごはんはふりかけご飯と味噌汁、そしてだし巻き卵の和風の朝ごはんだ。相変わらずうまい。だし巻き卵はふっくらしており、味噌汁はお麩にネギというシンプルな具材だ。しかし、シンプルだからこそ、朝には食べやすい。
朝ごはんを食べ終わると、玄武が支度をしていた。
「今日はどれで行くの?」
「今日は転移で行くぞ」
ということは今日は戦闘はないってことだ。助かった。
「ということで〜『転移』!」
前と同じように手を乗せて、転移する。転移した先は大きなビルの建ち並ぶ、ザ・都心というような場所だった。
「ここが市役所だ」
「へー、でっかいじゃん」
中に入ると、思ったより人は少ない。これなら早く終われそうだ。
「んで、どこにいけばいい感じ?」
「先生が言うにはここで待ってろってさ」
そこは思いっきりロビーの真ん中。周りの人々はこんなところで止まっている私たちをチラチラ見ている。
「……それだけ?」
「そうだな」
若干の不安と恥ずかしさはあったが、ここで待ってみる。
「すみません、少しこちらによろしいでしょうか?」
すると警官が話しかけてきた。年齢は20代後半くらいで、見た目は普通の警官だ。
「ええ、どうかされましたか?」
玄武が受け答えをする。
「最近付近発生している連続女性誘拐事件についてお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「別に構いませんよ」
「では、こちらに」
とは言ったものの、私は何の情報も知らない。もしかしたら玄武は知っているのかもしれないので、断らずについていくことにした。玄武も私に何も言わなかったので、問題はないだろう。
連れられて進んでいく。しかし、歩いていくうちに、段々とものものしい雰囲気が出てくる。
「こちらの部屋で」
その部屋のドアは錆び付いており、部屋の中も少し暗い。本当にここは市役所なのだろうか。疑問が浮かび始めた。
「連れてきました」
「おお、ありが、とう」
この変な喋り方、この声、そして目の前の黒服といえば……。
「やあ、導華くん、おはよう」
「おはようございます」
やはり、超介さんだった。
「ここは、私の、仕事場、だ。できれば、人を、入れたくない。だから、手短に、いかせて、もらう。すまない」
「はぁ……」
自分から呼んでおいて人を入れたくないと言って早く返そうとするとは……。やはりこの人は変わっている。
「他人に、見られると、君が、異世界、転生者だと、バレてしまう。本来、この免許は、学校で、渡される、からね」
まあ、それならこんな牢獄みたいなところで渡すのも納得できる。こんなところ誰も来ないだろう。
「では、早速、渡そう。これが、君の、免許だ」
超介さんから手渡されたのは、私の顔写真の入った免許証。見た目は自動車免許に少し似ているだろうか?
「それは、身分証の、代わりにも、なるから、大切に、してくれ。では、さようなら」
そう言われると、来た道をまた警官に案内されながら帰ってくる。本当に渡すだけで一瞬だった。
「今日はありがとうございました」
警官にお礼を言った。
「いえいえ、大丈夫ですよ。また何かあったら教えてください」
優しい警官に見送られて、私たちは次の目的地に向かった。
今私たちはなぜか駄菓子屋の前に立っている。
「ねえ、まさかここ?」
「そうだ、ここが次の目的地だ」
遡ること数分前のこと。次の目的地はどこなのかと玄武に聞いた。
「次はここらの守護者の統括をしてる事務所に行くぞ。そこで今もらった免許証を使って玄武団への所属登録をする」
結果、連れてこられたのがここだったのである。
「こんなところが事務所なの?」
見たところ普通の駄菓子屋だ。しかも、子供も続々と入っていっている。奥は駄菓子と暗さによってよく見えないが、子供たちの楽しそうな声がしている。
「とりあえず入るぞ」
そういうわけなので、玄武についていってみる。中はまるっきり昔懐かしの駄菓子屋という感じだ。
「いらっしゃい」
相当ドスの効いた声が奥からする。駄菓子屋で聞くような声ではない。私は老婆を想像していたので驚いた。
「部隊長、こんにちは」
どうやら声の主は部隊長というらしい。
「ああ、玄武か。隣の彼女は?」
「こいつはうちの新しい団員です」
どうやらあっち側からはこちらが見えているようだ。
「ふむ、お前が団員を入れるだなんて何年振りだ? 珍しいな。それじゃあ、こっちに来てもらっていいかい?」
声のする方に向かうために前に進む。が、吊るされた駄菓子や、走り回るちびっこたちのせいでかなり進みづらい。
それでも何とか進んでいき、やっとこさカウンターの前に着いた。
「やあ、よく来たね」
優しそうな口調がして、下げていた頭を上げる。そこにいたのは角刈りの黒髪にサングラス。強靭な肉体にスーツを纏った明らか組のものという感じの見た目をした男だった。
「私の名前は、
「あっ、こんにちは。田切 導華って言います」
「導華か。これからよろしく頼む」
「よろしくお願いします……」
握手をするために出された手には、大量の傷跡がある。やっぱり組のもの……なのか?
「では早速登録をしようか。ちょっと待っていてくれ」
部隊長こと慶次さんは奥に誰かを呼びにいった。
がっちゃーんという音と悲鳴がする。
「イギャアアーーー!! すみませぇぇん!!」
「……何の音?」
「あ〜、ま〜たあの人やってるよ」
玄武が半笑いで奥を見ている。
「待たせた、すまないね。奥に入ってくれ」
しばらくして慶次さんが戻ってきた。慶次さんがカウンターに『休止中』というふだをおいて奥へと案内する。よく見たら手が血だらけだった。もしかして、さっきの悲鳴って誰かを始末したんじゃ……。
「……色々傷だらけなのは気にしないでくれ」
そんなに怖いことを言わないでほしい。
奥は完全に一戸建てという風な感じで少し和風な感じがする。
しかし、それ以上に気になることがある。それは床や壁にある大量に傷だ。まるで何らかの猛獣でも暴れたようだ。奥に行くのが段々怖くなってきた。
「この部屋に入ってくれ」
その部屋は畳で中央にちゃぶ台が置いてあり、そこには女性が座っている。癖っ毛の赤髪でメガネをかけていて、彼女の目の前には部屋には似合わないノートパソコンが置いてある。
「紹介しよう。彼女が私の妻、
「よろしくお願いします」
「あっああ、よっよろしくお願いしましゅ!」
どうやら、かなりのあがり症なようだ。
「おっ、お茶出しますね……」
「ああ、いいよ。俺がやるから」
そういうと慶次さんはキッチンに行ってしまった。
「優しい旦那さんですね」
「そっ、そう! ほっ、本当にそうなんです。私いつもおっちょこちょいでさっきだってお茶をひっくり返しちゃって、それであの人の手にお茶が当たって湯呑みが割れちゃって……」
さっきの悲鳴と手の傷はそういうことだったのか。
「でも! 慶次さん、笑って許してくれて……。それどころか『君が怪我しなくてよかった』とまで言ってくれて……もう本当に私なんて釣り合わないほどいい旦那さんなんです」
「いや、そんなことないよ」
「はへ!? 慶次さん!?」
その時奥からお茶を持って慶次さんが戻ってくる。
「これお茶」
「あ、ありがとうございます」
お茶をもらったが、何となく飲みづらい。
「それでさっきの続きなんだけどね」
お茶をおくと、慶次さんが続けた。
「君はいつも俺のサポートをしてくれて、それのおかげで俺はいつでも仕事ができる。それだけでもう君と僕は釣り合っているんだ。だからもう、そんな風にネガティブなこと言わないで、ね?」
「け、慶次さぁぁぁん!!!」
翔子さんはワンワン泣きながら慶次さんに抱きついた。
「あの〜、そろそろ登録してもらっていいですか?」
完全に空気だった玄武がやっと話した。よく考えたら、私たちは団の登録に来たのだった。
「あっ、そうでした。すみません」
そういうと翔子さんはささっとノートパソコンを開く。
「そっそれじゃあ、導華さん。免許証借りていい……ですか?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます。登録しますね」
そう言ってカタカタと入力を始めた。
「……すごい速い」
昔働いていた職場でもここまで速い人はいなかった。目にもとまらぬ指さばきで、次々にパソコンの画面が切り替わる。
「終わりました」
「はっや」
玄武がそう言うのも無理じゃない。なぜなら、彼女はものの1分程度で終わらせてしまったからだ。
「さらに速くなったな。さすが俺の妻だ」
「えっへ、へへへ、ありがとうございます」
「よし、仕上げは俺がしよう」
そう言って、慶次さんは印鑑を免許証に押した。その印鑑には『第五』と書いてある。
「この印鑑は、君が俺たち第五部隊の所属であることを表しているんだ。今日から君も俺たちの仲間だ、よろしくな」
「はいっ! よろしくお願いします!」
こうして私は正式に玄武団に所属したのであった。
行きと同じく転移で帰って来て、ソファでくつろいでいた。そんな折、玄武が話しかけてくる。
「一つ、聞いていいか?」
「別にいいよ」
「導華は今日から正式に俺の仲間になった。そして最初の時、お前はこう言った。変わりたい、と。どうだ? 見つけられたか? なりたい自分は?」
そういえば、そんな会話をしていたな。
「なりたい自分……か」
それはもう見つけている。私もこんな風になりたい、そう思った人物像を。
「……心を動かせる人」
「ほう、それは何でだ?」
「私は元の世界でいつも誰かの顔色を伺いながら生きてきたんだ。それで他人に関わらず迷惑もかけないようにしてきた。そのせいで何にも挑まない平坦な人生を送ってきたんだよ。」
よく覚えている。そんな生き方では後悔が積み重なるだけだということも。
「でも、ここで色んな人に会った時、何かをやりたい、成し遂げたいって強く思ったんだ。それで今何をしたいか、やっと気づけた。私はここに来てから玄武とか星奏さんとかに出会って心を動かされたんだ。だから、死ぬことを拒んで、生きれたんだ。昔の私ならきっと死ぬことを選んでた。私もアンタらみたいに、誰かの心を動かして、その人生をより良くしたい。そして、私がした何もしなかったって後悔をしないように生きてほしい。だから、心を動かしたいんだ」
言ってて何だか小っ恥ずかしくなってきた。
「……なれるかな? そんな私に」
「なれるさ、絶対に。そりゃお前だって……」
「だって……?」
「……今は言わないでおく」
「何それ?」
「まあ、またいつか教えてやるよ」
「わかった。楽しみに待っとく」
「おう、そうしてくれ」
これは私がやり直す物語。
誰かの心を動かせる人になる物語。
そして、私の人生の物語。
第一章 turning point 〜完〜
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