第5話 rabid/凶暴
「導華、守護者はどうやって化ケ物を見つけているかわかるか?」
それは訓練2日目に玄武から問いかけられた質問だった。
確かに、玄武が何であんなに早くターゲットであるペガサスを見つけられたのかは気になる。
「臭い……とか?」
「25%正解」
「なにその喜べない数字」
「正解を教えてやろう。俺たちはな、空気感で探してるんだよ」
答えはあまりに抽象的だった。
「空気感って……フワッとしすぎじゃない?」
「導華は怖い人に会ったことはあるか?」
「そりゃ、あるでしょ」
考えれば考えるほど大量に出てくる。声のでかい高校の体育教師、強面の取引相手の営業マン、あとは……。
「それじゃあ、そいつらに会ったときどうなる?」
「どうなる? 何というか萎縮するというか、圧があるというか、とにかくこう『お前をどうにかしてやるぞ~!』って感じの威圧感のオーラを感じる……かな?」
かなりあやふやだが、あの感覚を言語化するのが難しすぎる気がする。
「それが俺たちの空気感って奴だ。化ケ物がいる方向からはそんな感じの雰囲気がしてくるんだ。相手が強いとそれも強くなる」
「でも、ペガサスとかにあったときにそんなのしなかったけど」
「そりゃそうだ。世の中には、そういう雰囲気に弱い人もわんさかいる。だから戦う前に見えないドームを貼る。気配を周りに出さないようにな。ドームは任務をこなせばこなすほど素早く、より強固に貼ることが出来る。まあ、俺はお前に気づかれないほどうま~く貼ってたって事だ」
なんとなくイラッとするが、玄武が強いことは否定できない。
「その貼り方もちゃんと教えてやるから楽しみにしてろ」
ここまで聞いて少し気になった事がある。
「今の説明の中に臭いの要素あった?」
「ああ、たまに凄い臭う奴も居るんだよ。そういう臭いもドームで閉じ込めるんだ」
そういったのには、できる限り会うのは遠慮したいものだ。
「匂いは……しないな」
玄武に教わったことをふと思い出して匂いを嗅いでみた。が、特に何の匂いもせずに少し安心する。
「……まあ実際そんなことしなくてもいいんだけど」
それは曲がり角の先からする強烈な圧迫感のせいである。玄武があの時言っていた通りだったら、この先に化ケ物がいるはずである。
「ギャアオオオウ!!!!」
曲がり角の先にいたのは、巨大なゴリラであった。しかも、ただ巨大であるだけではなく、腕にはツタのような物が巻きついている。ゴリラは私を見つけると、巨大な雄叫びを上げた。発見まで約5分、十分に時間はある。
さて、テスト開始だ。
「先生、何で『転移』を使わせなかったんですか?」
導華がテストを始めた直後、玄武は先生こと超介に問うた。
「テストの、会場に、入られると、困る」
「なるほど」
しばらく導華が走って行く様子を見ていたが、そのうち曲がり角に入り、どこかに行ってしまった。
「玄武、私からも、一つ、いいか」
「どうしましたか、先生」
「なぜ、あんなにも、彼女に、熱心になる?」
「それですか」
「私は、あれくらいの、守護者なら、よく、見てきた。しかも、君は、ここ最近、一人で任務を、こなし続けていた。別に、入団希望者が、いなかったわけでは、ないのだろう?」
「……確かにそうです」
「ではなぜ、急に、こんなことを、頼んできた?」
「それは簡単ですよ」
「ほう」
「面白そうだから。その言葉に尽きます」
「……なんというか、実に、君らしい、理由だ」
「先生もすぐにわかると思いますよ」
その時、廃ビル群に雄叫びが響いた。
「お、どうやら交戦したようですね」
「お手並み拝見、だ」
まずはドームを貼るところからだ。玄武に言われた通りに右足を一歩前に出した。
「展開!」
すると、右足を起点として半径10メートル程のドーム状の空間が生まれる。
「ほんとに出来た……」
言われた通りにやっただけで出来るとは。驚きを隠せない。我ながら、少し感動。
「ギャアオオオウ!!!!」
「もう来るか!」
ドームを貼り終わったとたんにゴリラはこちらに右腕を振り上げる。ひとまずそれを後ろにジャンプすることで回避した。
しかし、ただの打撃だと思っていたそれは腕からツタを伸ばす。腕のそれはただの飾りではないようだ。そのツタが体に触れる前にツタを切る。それでもゴリラは何の反応も示さない。
「そこはノーダメージか……」
ココがダメージになってくれると大変楽だったんだが。
続いて咆哮を上げると、背中から大木のような筒が三本出てくる。そしてそこから種子のような小さい玉が大量に射出される。ああいうのは、当たってはいけないものな気がする。
「とりあえず受けないように、っと!」
こちらに向かってくる種子は切り刻んだ。あの高速ロボットのおかげでこれくらいの速度は問題なく対応できる。切り刻んだ種子達は、地面に落ちずに刀に吸い込まれる。これで刀の切れ味が上がるのだから助かる。
切り刻まなかった種子達は地面に落ちて急速に成長する。これも魔法の力なのだろうか。種子が成長していくとビル群だった周辺が一気に草にまみれる。そのうえ一つ一つの植物からゴリラと同じようなツタが生え、ウニョウニョと動いている。
「気持ち悪い……」
どうやらあれは当たってはいけないものだったらしい。私の勘は当たっていたようだ。
「ウオオオオオ!!!」
「しまっ……」
ツタに気をとられているうちにゴリラは右腕でもう一度打撃を繰り出してくる。しかも今度は左手を後ろに引いており、連続で繰り出してくることが予想される。
「足場は、確保する!」
仕方が無いのでそこら中にあるツタを切り刻んで立てる場所を確保する。
「ぎゃ!」
だが、確保しているうちにいつの間にか足にツタが絡んでいる。立つことはできるが、動けない。
「これって……受けるしかない!?」
どう考えてもツタを切って打撃をよける暇はない。
「一か八か!」
私は覚悟を決めて刀を構えた。
「先生、今何分過ぎましたか?」
超介が腕時計をちらりと見る。
「……10分、だな。そろそろ、言うか」
「導華くん、残り、20分、だ」
突如、頭の中に超介さんの声が流れ込んできた。なんだか気持ちが悪い。
(もう10分!?)
かなりジリ貧で気づかなかった。残り20分でこのゴリラをどうにか出来る気がしない。
「ウアオオオオ!!!」
「くっ!」
繰り出される打撃を刀で受ける。なんとか受けられているが、いつ限界が来てもおかしくはない状況だ。しかし、どうにか出来る方法が思いつかない。
「まだ……終われない!」
こんなところじゃ終われない。そう思うと、体に自然と力が入る。それに応じて刀を握る手に、力が入る。
ふと、思い出す。玄武はあの訓練の時、魔力を込めると言っていた。しかし、その方法はまだ教えてもらっていない。
確かにこの刀には少しの魔力が込められている。だけど、ゴリラが刀を難なく殴れている以上、魔力が足りていない。が、玄武と初めて会った時に玄武はこう言っていた。どんな物でも魔力がある、と。それが正しいならば私にも魔力がある。それをなんとかしてこの刀に込められれば……。
「ウオオオオ!!!」
ゴリラが繰り出す打撃の速度が上がる。厳しくなってくる。もう限界は近いだろう。何か早く方法を……。
「……あ」
一つ思いついた。しかし、これが成功するか?
「ウアオオオオ!!!」
迷っている暇はない。思いついたらやるまで、だ。今までなら思いついてもなにもしなかった。しないでずっと後悔をした。
でも、ここで死ぬとしても何か変わりたい。変わって死ねるなら本望だ。あわよくば、もっと生きて何かを成し遂げたい。
どっちにしても、この方法を試す以外の選択肢はなかった。
「なにもしないで死ぬのは……嫌だ!」
ゴリラの打撃の一瞬の隙。その瞬間に私は人生で一番と思える賭けに出た。
「一体どうなってるんだか」
玄武は緑の生い茂るビル群を見てつぶやく。
「ジャングルコング、今回、私が、放った、化ケ物だ」
「それって今階級を上げることが検討されている……」
超介は、導華が転生したとき目にしたあのドラゴンと同じ強さだとされている化ケ物を導華に当てたのだ。つまり、導華が戦っているそれは実際はそれ以上に実力を持つということになる。
「そうだ」
「先生……アンタ最悪ですよ」
「私に、あそこまでの、作業を、させるならば、これぐらいは、倒せて、くれないと、困る」
「アンタ……!」
玄武が掴み掛かろうとしたその時、緑に覆われたビル群から巨大な火柱が上がった。
「何だアレ!?」
「ジャングルコングには、あんなことは、できない」
「じゃあ、あの火柱は……」
その天にも昇る火柱は、赤く煌々と輝いていた。
「ゴアッ!?」
ゴリラが一歩引いた。
「本当に成功した……」
賭けは成功した。私のした賭け、それは自分自身に刀を刺すことだった。体の魔力を流し込めないなら、この刀自身に吸い取ってもらえればいい。ただそれだけの単純で捨て身の方法だった。
しかし、その方法は成功した。そのおかげで今、握られている刀は煌々と照る美しい炎に包まれている。私の魔力は火が得意、というのは本当だった。少し威力が上がれば……くらいに思っていたが、ここまで上がるとは。
「痛ッ……」
刀を刺した左腕には赤い血が流れている。その上、力も入らない。これでは左腕は使えないだろう。
「でも、十分!」
だが、今のこの刀があれば、勝てる気がする。この状況を打開できる気がする。
「導華くん、残り、10分、だ。」
10分か……。いける!
「いざ、反撃開始!」
踏み出した一歩には過去にないほどの力が込められている。
「反応なし……だ。よほど、集中、している」
導華に残り時間のコールをしたが、何の情報も来ない。おそらく、よくあるアナウンス程度にしか聞いていないのだろう。
「まさか、ここまで、とは」
正直、超介は無理だと踏んでいた。本当は死にかけたところを回収し、警察に直行する気だった。だが、その予測は大きく外れ、今の状況は導華に勝機が向いている。
「だから言ったでしょ?」
「なにを、だ?」
何のことか予測はついていた。しかし、教師時代に面倒くさい目に遭わされたこの男の勘が当たっているのを認めたくはなかった。
「何って……面白いって話ですよ」
「まさか、本当、だとはな」
実際に超介は彼女を、導華のことを面白い、そう心のどこかで思っていた。
「いざ、反撃開始!」
一歩を踏み出して気づく。ツタがなくなっている。周りを見ると、緑に覆われていたその空間は火の海へと変わっていた。だが、私にはちっとも熱く感じない。なぜならば、この体を包む高揚感がその炎を上回っているからだ。
「ギャアオオオウ!!!」
ゴリラが本気を出したようだ。体を包むツタが、増える。しかし、それごときで今の私は止められない。
「無駄!」
それを物ともせずに刃が右腕に入る。
「ウギャオオオオ!!!」
ゴリラが苦しんでいる。効いているようだ。あまりの痛みにゴリラが右腕を地面につける。
「今だっ!」
その瞬間を狙って腕を駆け上がる。途中で何度もツタが私を狙うが、全て焼き斬った。
「ウゴアアアア!!!」
もう一度種子を打とうと大木が出てくる。しかも、私をロックオンしているようだ。
「今度はもう、効かない!」
腕から一気に駆け上がってゴリラの後ろに空中に飛び上がる。速度が上がり、大木の砲撃もロックオンが間に合わない。
「ぶった斬る!」
今目の前にある大木を斬るべく、手に力を入れる。すると、刀の炎がより大きく燃え上がる。
「3つ、一気に!」
その瞬間を見逃さない。大きく燃え上がる炎を振り、大木を燃やし斬る。
「アガグアアアアア!!!」
ゴリラの咆哮が上がり、炎に包まれた大木たちは地面に落下する。そして、私も着地した。
「やっぱり痛いんだね」
ゴリラも先程までの勢いはなくなり、満身創痍だ。
「残り、5分」
頭に声が響く。時間はもう残っていない。だがしかし、私に焦りはない。
「この一撃で決める!」
もう一度飛び上がる。そして、未だに燃え上がり続けている刀を上に振り上げる。ゴリラもこちらに一撃決めようと、右腕で打撃を繰り出す。しかし、最初に比べて速度の落ちた拳は私には当たらない。
そして、ゴリラの間合いに入って、斬撃を繰り出す。
その時にふと、単語が頭に浮かぶ。どうやらこれが玄武の言っていたスキルなのだろう。スッと息を吸い、思いっきり叫ぶ。それと同時にゴリラに斬撃を喰らわせる。
「『
刃はゴリラの右肩から腰の左側まで大きな傷跡を作り、そして燃え上がらせる。
「ウガオオオオオオオオ!!!」
今日一番の声をあげ、ゴリラは炎に包まれて、轟音と共に倒れた。
「ジャングルコングの、生体反応が、消えた」
超介の言葉によって玄武は弾かれたように走り出した。
「導華、大丈夫か!」
その遠のいていく背中を見ながらポツリとつぶやいた。
「時代は、変わるのかも、しれない、な」
玄武を追って超介も歩いて行った。
私は着地をして、気づいた。
(やばい、倒れそう)
想定よりも力を使ってしまい倒れそうになる。貧血の症状の時のようにクラっとする。
「導華! 大丈夫かー!」
あー、なんか私に魔力の流し込み方を教え忘れたバカの大声が聞こえるー。
「あ!」
どうやら私を見つけたらしい。こっちに走ってくるのが見える。転移のことも忘れているようだ。そして、玄武は倒れそうな私を支えた。
「よくやった! すごいぞ導華!」
「ああ? 玄武……」
段々と意識がはっきりしてくる。
「私……あいつ倒した?」
「そうだ! 倒したんだ! お前はこれでこれからもここにいられるんだ!」
「そうか……。やったぁ」
満身創痍のまま何となく喜んでいたが、大事なことを思い出した。
「……ねえ、一ついい?」
「いいぞ! どうした!?」
「……お前、魔力の流し込み方、教えといてくれよぉぉ!!」
「ゴブゲッ!?」
私渾身の右アッパーが玄武の顎に炸裂した。
「アレを、倒しておいて、ここまで、元気とは」
しばらくして、超介さんがやってくる。
「ほーら、言ったでしょ。こいつは面白いって」
大事なこと教え忘れたお前が自慢げに言うな。
「さっきも、聞いた」
二回も言ってやがった。
「正直、私も、アレに、勝てるとは、思わなかった」
「聞けよ導華。この人バレないように想定よりも強いやつ出してたらしいぜ?」
生徒もバカなら、先生もバカなのだろうか? このおっさん一回殴ってやろうか?
「導華くん。バイオレンスは、いけないよ」
「……今、声に出てました?」
「いや、出ていない」
「だったら何で?」
「導華。それはな、先生が超能力者だからだ」
「超能力者?」
「そうだ、わたしは、超能力者。テレパシー、念動力、テレポート……。その他、諸々を、使える」
あ〜、頭から声がしたのってそういう……。
「そういうことだ。だから、君の、考えていた、ことは、全部、聞こえていた」
「つまり、あの気持ち悪いっていうのも……」
「聞こえていた」
「……なんかすいません」
「別に、いい。怒って、いない。慣れて、いないの、だからな。後、玄武。私は、本当に、怒って、いないぞ」
そう言われて、玄武は顔をそらした。玄武は何を考えていたんだ?
「あっ、やばいかも」
バカやっていたらなんだか眠くなってくる。
「やっぱり、疲れは、たまっていた、ようだね」
「ちょっと寝るね……」
そして私は眠りに落ちた。
「ふあ~」
よく寝た。目を覚ましたそこは、事務所ではなく病院のようなところ……というか、病院だろう。今着ている服も病人のようなものだ。
周りを見るとこちらを見ている看護師さんが居るだけで、他には何もない。ココは一体?
「せんせ~、患者さん目覚めました~」
なんともフニャっとしたような声がする。その方向には看護師さんが居る。
「ちょっと待っていてくださいね~」
言われたとおりしばらく待っていると、白衣を着た30代くらいの男が入ってくる。
「田切さんですね。どうですかね、気分は?」
体は特に悪い感じもしないし、けだるさも何にもない。少し気になるのは左腕に巻かれた包帯だろう。まあ、おそらくはあの時の傷だろうが。
「あなた一応半日くらい寝ていたんですよ」
「あ、そうなんですね」
「一応様子見もしたいから、ひとまずあと2日間くらいここに居てくださいね。じゃあ、私は行きますね」
そう言って、医者はいそいそと外に出て行った。
「おお、導華! 起きて良かったのじゃ」
「ほんとだな」
入れ替わるように玄武と星奏さんが入ってきた。玄武は手にフルーツバスケットを持っている。二人は看護師さんから借りた椅子を持ってきて、私の枕元に座った
「あの後って……」
「ああ、説明しないとな。まあ、ゆーてそんなに話すことはないがな」
そして玄武はここ半日であったことを教えてくれた。
まず、私が寝た後、一応ということで病院に私を連れて行ったらしい。そして超介さんのツテでこの大きめの個室に入れてもらったそうだ。強いやつを相手にさせたお詫びらしい。お詫びになっているだろうか?
「あの人なりの誠意、ってことなんだろうな。許してやってくれ」
「まあ、勝ったから別にいいけど…」
そして検査をすると、左腕の部分の魔力量が大幅に減少していたそうだ。つまり、あの時ちゃんと魔力は吸い取れていたということだった。結果、魔力量の減少以外にも傷が深いらしく、安静を言い渡されたのだった。
その後に玄武が星奏さんに電話をして、病院に来てもらって、今日の一部始終を説明していたところで私が目覚めたそうだ。
「いや〜、合否以上に導華が生きていて本当に良かったのじゃ」
「本当ですね」
「そうそう。導華、これ」
そう言って玄武はある紙を手渡した。
「そこに必要事項を書いて俺にくれ」
「これは?」
「どうやら先生が言うには、それを書いてくれれば、残りは全部やっといてくれるんだってさ」
「わかった、書いとく」
「後、先生から伝言。『導華くん、面白いものを、見せて、くれて、ありがとう。これからも、期待しているよ』だってさ」
あの人には少々言いたいこともあるが、その応援は素直に受け取っておこう。
そこからしばらく入院生活が始まった。と言ってもくる客は玄武たち以外には誰もいないから、ただただデカいテレビで映画とか、バラエティを見ているだけだった。病院食はそこそこ美味しかった。まあ、レイさんの料理には敵わないが。
「今日が退院日ですね〜」
退院日の朝、看護師さんがそう話しかけてきた。
「何だか短かったです」
「そんなもんですよ〜」
この頃には左腕も難なく動かせるようになり、先生からは、
「回復速いですね」
と言われた。自分の患者なのに随分と他人事のようだった。
ひとまず、病院服から持ってきてくれたあのスーツに着替える。この服は大抵の時に着ていた。これを着ていると何となく落ち着いた。
着替えて病室でテレビを見る。
『もうまもなく桜が……』
『誘拐事件はここ数日続いており……』
『見てください! マウスーパークは今日も人で……』
朝だからかニュースが多い。玄武は昼頃に迎えにくると看護師さんが言っていた。
「よう、迎えに来たぞ」
「うん、今行く」
玄武が迎えにやってきた。持っていく荷物なんて何にもなかったため、手ぶらで帰る。
帰り際にお世話になった先生といつもの看護師さんがいたので、軽く話して帰った。
「また今度、免許用の写真を撮りに行くぞ」
「了解」
車内でそんな風に会話を交わしていると、事務所に帰ってきた。随分と久しぶりな気がする。
「は〜ただい……」
「「「パーン!」」」
「ちょ、おわ!?」
事務所に入ると、3つのクラッカーがお出迎えしてくれた。中は色とりどりの風船などで飾り付けされていて、見たことのない大机の上には豪華な料理が用意してある。
「導華、免許習得おめでとう〜なのじゃ!」
「導華さん、おめでとうございます」
「みーちゃん、おめでとー!」
「これって……」
「これはな、導華の退院&免許習得おめでとうパーティだ。ほら、これしろ」
そう言って玄武は後ろから『今日の主役』と書かれたタスキとパーティハットを被せる。
「ほれほれ、こっちじゃよ」
そのまま星奏さんに手を引かれて、椅子に座らされる。目の前にはホールケーキがある。
「うまそうだろ? やっぱレイってすげ〜よな」
「わっかる〜。マジレイちゃん最高だよ〜」
「……ありがとうございます」
褒められてレイさんも嬉しそうだ。そして、この場にいる全員が椅子に座った。
「それじゃあ改めて……」
「「「「導華、おめでとう〜!!」」」」
「ほれほれ、ケーキじゃよ。食え食え」
そう言って星奏さんが皿にケーキを盛り付けてくれた。一口食べてみる。
「どうですか?」
「うん、おいしい」
わたしはここまでおいしいケーキを食べたことがない。
「ちょ、みーちゃん! 嬉しすぎて泣いてんじゃん!」
「みなさん、ありがとうございます」
「へへっ、いいんだよ別に」
「お前、迎えに行っただけじゃろうが」
「そーじゃん! ちょっと玄武ちん、どーなってんさ!」
「違います〜! ちゃんとあそこの風船飾りました〜!」
「そこだけじゃろうが!」
ああ、私はここにいられて本当に幸せ者だ。
「は〜、食ったのじゃ〜」
「わかる〜。体重制限引っかかっちゃうかも〜」
一通り食べ終わって、ソファを一人ずつ占領して星奏さんと謎の水色ロングの髪を持った少女が寝転ぶ。
玄武は椅子でテレビを見ている。
「……ねえ、ずっと気になってたこと、聞いていい?」
「おう、どうした?」
「あの子、何者?」
最初からしれっと混ざっていたが、私の全然知らない子がいる。しかも、こちらの名前まで知っていて、あだ名呼びまでかましてきた。
「あー……、会ったことなかったっけ?」
「ないよ?」
「何、ウチの話?」
いつのまにか体を起き上がらせて少女はこっちを向いていた。
「そうそう。ちょうどいいや、自己紹介してくれ」
「もちのろん!」
そして少女はこちらを向いて、コホンと咳払いをした。
「アタシの名前は
何とも元気に溢れた挨拶だ。
「ああ、お隣さんだったんだ」
「あんまし家に居ないから知らなかったよね」
「あの量は食い切れないかと思ってな。偶然居たから連れてきた」
「そうだったんだ」
まあ、人数がいること自体全然悪いことじゃない。しかし、この顔どこかで見たような……?
『次のニュースです。話題のアイドル「さーたん★」の武道館ワンマンライブが開催されました。さーたんはこれからも活動を積極的に行っていくとインタビューで答えており……』
「あ、アタシだ」
あー、病室で見たな……。
「……玄武ってすごい知り合いいるんだね」
「まあな」
どうやら私のお祝いに、とんでもない国民的アイドルが来てしまったようだ。
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