第4話 unbeaten/不敗

「いやいやいや、無理でしょ。私、元の世界でしばらく運動してないし、そもそもあんな速いの見えるかすら怪しいんだけど……」


 玄武からロボットを百体討伐することを命じられた訳だが、どう考えても無理だろう。この速さのロボットだなんて、一週間かかっても倒せなさそうだ。


「そうなんだが、これぐらいしないと免許なんてそもそも取れないぞ。これはな、免許学校の内容の一つなんだからな。」


 確かに戦いの中に身を置くのだから、これくらいはできないと話にならないのかもしれない。


「まあ、安心しろ。動きの指導とかアドバイスとかなら、いくらでもやってやるから」


「いや、そういう問題じゃ……」


「それに、異世界転生者には特典の身体能力の向上があるんだから大丈夫だ」


「異世界転生ってそんなことまでついてくるの?」


「そうだ、異世界転生っつーのは知らない世界に身ひとつでいかなきゃいけないんだから、それぐらいしてくれないと割に合わない……」


 その時玄武のポケットがピリリリリという着信音とともに振動し始めた。


「はいもしもし。あ、星奏か。」


 玄武が電話を取るとどうやらそれは星奏さんだったようだ。


「ああ、それでどうなった?……本当か? わかった今すぐ連れて行く」


 ピッと電話を切ると玄武がこちらを向いた。


「星奏からだ。解析結果が出たから今すぐ来いってさ」


 どうやら呼び出しのようだ。


「それじゃあ車に……」


「いや、今回は特別だ。最短ルートで行くぞ。導華、つかまれ」


 そう言うと玄武は手を差し出した。言われたとおりに手を握る。


「行くぞ、導華。『転移』!」


 すると、地面に私達を囲むように光り輝く輪が現れた。


「何何何!?」


「しっかり捕まってろよ!」


 そして眩い光が私達を包み込んだ。



 目を開けるとそこには見覚えのある門があった。


「これって……」


「ここは星奏の家の前だ」


「え、どどど、どうなってんの!?」


「こいつは俺のスキルのうちの一つだ。詳しい話は後でするから、とりあえず入るぞ」


 訳のわからないままの私は、玄武に連れられ星奏さんの家に入っていった。だが、今日玄武が向かったのは昨日の邸宅とは違い、庭にある小屋のような場所だった。


「星奏、連れてきたぞ!」


「おお、導華! 突然呼び出してすまなかったな」


 入っていくとそこには星奏さんがいた。


「え、ちょ、星奏さん髪……え?」


 しかし、昨日見た姿とは違い、髪が二本の腕のような形をしていた。


「星奏はな、人間っぽいが厳密には少し違うんだ。『カミウデ族』っていう妖精の一種なんだ。そいつらは髪の毛を腕のように動かすことが出来る。そして、人間が作るよりも優れたものを作り出せるっていう神の腕を持ってる一族なんだ」


 神の腕と髪の腕……ダジャレじゃん。


「そうじゃぞ。ワシはかわいいかわいい妖精さんなんだからな」


「ハハハハハハ! かわいさはないだろ、ハハハハハ!」


 玄武は髪の腕で無言で殴られるのだった。




「そうじゃ、そうじゃ! こんなことをしている場合ではない! 今日呼び出したのは導華の刀についてじゃ。とりあえず二人ともこっちに来るのじゃ」


 そう言って小屋の奥に案内された。奥に行くと大量の刀があり、そこは工房のようだった。


「ここはワシの工房じゃ。ここで解析と刀の制作を行っておる」


 星奏さんは机の上にある刀をとった。


「これがおぬしの刀じゃ。先に渡しておこう」


「それで、解析の結果はどうだったんだ?」


 玄武が問う。が、星奏さんは眉にしわを寄せてこういった。


「それがのぉ……さすが異世界転生の特典と言うべきなのじゃろうが、何もわからなかったんじゃ。しかも、言っておった魔法を吸い込む事も無かったのじゃ。玄武……本当にこの刀が吸い込むところを見たのか?」


「いや、本当だ。この刀は炎を吸い込んでた。これだけは本当だ」


「なら何故……?」


 うーんと二人が考え込む。確かにそうだ。私は見てはいなかったが、おそらくあの時本当に魔法を吸い込んだのだろう。だったら何で……。

 ふと、私の頭にひとつの可能性がよぎる。


「星奏さん、私に魔法を撃ってみてください」


「きゅ、急にどうした!?」


「いいから撃ってみてください。ひとつ思いついたんです」


「わ、わかった。ひとまずここだと危ないから一旦外に出よう」


何がなんやらわからないままの星奏さんと一緒に、外に出た。そして、星奏さんが私と向き合う。星奏さんは力を入れて魔法を撃つ体制に入った。


「どんな意図があるかわからぬが、とにかく弱めの魔法を一つ撃ってみるぞ」


「どうぞ」


「いくぞ、『ロック』!」


 星奏さんの手からボーリング玉ぐらいの大きさの岩が放たれた。私に向かってくる岩に向き、フーッと息を吐く。仮説が正しければ上手くいくはずだ。


「はっ!」


 その岩を刀で斬る。すると、どうだろう岩は真っ二つになったはずなのに、飛んで行かずに刀に吸い込まれていったではないか。


「おお、本当に吸い込んだのじゃ!」


「ほらな、やっぱり吸い込んだだろ?」


「うるさいぞ、玄武。導華よ、お主一体何をしたんじゃ?」


「何もしていません、ただ刀を握って斬っただけです」


「では、何故魔法が吸い込まれたんじゃ?」


「簡単な話だったんです。力の入れ方とかそういうんじゃなくて……」


「……そうか、導華が持っていたからってことか」


 突然玄武が口を挟む。


「そういうこと」


 それがまさに私の仮説だ。この魔法の満ちた世界で、もし私が殺されてこの刀が他人に渡ってしまった時のリスクを考えると、誰もがこの能力を使えては危険すぎる。

 しかし、使える人が限られている場合、もっと絞ると私一人しかいなかった場合、そのリスクは下がる。だから星奏さんではダメだったのだ。


「なるほど……確かに誰でも能力が使えたら、特典の意味が薄れるもんな」


「よく気づいたのお、導華」


「ええ、まあ」


 だが、これでわかった。この刀は私にしか使えない私だけのものであると。


「それじゃあ、刀のことも少しはわかったことだし、帰って早速訓練を始めるか」


 すっかり忘れていたが、自分には無理難題とも思える百体討伐があるのだった。なんとなく肩が重い。


「ほお、もう訓練を始めているのか。ワシには戦闘のことはあまり助言は出来ぬが、何か困ったことがあればいつでも頼ってくれ。できることならやってみるのじゃ」


 そう言って、星奏さんははにかんで笑った。


「星奏、いろいろありがとな。一段落したらまた来るわ」


「うむ、待っておるぞ」


 そう星奏さんにお礼を言って私達はまた行きと同じ方法で帰ったのだった。



「そういえば、まだ玄武のさっきのやつの説明されてないんだけど……」


 事務所に帰ってきた後、玄武に聞いた。ここに所属するのだからこれぐらいは知っておくべきだろう。


「ああ、説明しないとな」


 そう言いながら玄武がソファに腰掛けたので、私も玄武と向き合うようにソファに腰掛けた。


「まず、俺の一つ目のスキル『転移テンイ』だな。これは正確にはこういう名前じゃない。本当の名前は『空間制御クウカンセイギョ』って言うんだ。このスキルの中に『転移』が含まれているって感じだな」


「ちょっと待って。含まれてるって何?」


「それはだな……この『空間制御』ってスキルをゲットすると、色んなスキルが一緒にゲットできるんだ。いわば、福袋みたいな感じだな」


 なるほど。スキルにはそんな特殊なものもあるのか。


「それで、転移の説明に戻るが、これは簡単で、自分が触れているものを自分と一緒に移動できるってスキルだ。だけどな、これも制限があって、一回行ったところか、見えているところしかいけない。そして、転移するポイントが遠いほど消費する魔力が増えて、時間がかかる。昨日使わなかったのはこれが理由だ。転移して目の前に化ケ物がいたら終わりだしな」


 バーッと説明されたが、まあなんとなくは把握出来た。


「この空間制御にはまだスキルが入ってるんだが……まあ、それはまた使った時に話す。そして、今から説明するのが、俺の一族の特有のスキルだ」


「へ~、スキルって遺伝するんだ」


「そうだ。スキルも髪の毛の色とか顔とかみたいに遺伝する。それじゃあ、それを説明するからここを見ろ」


 玄武はそう言うと、スッと手を上げた。すると、手のひらから水晶玉ぐらいの金属の玉が出現した。そして、その金属の玉はウニョウニョと形を変えている。


「ええ!? 何これ、キモッ!?」


「キモい言うな。これは『鉄鋼操作テッコウソウサ』と『鉄鋼生成テッコウセイセイ』のスキルの一芸だ。面白いだろ?」


 そう言われても、すごく反応に困る。


「……何だその無言は。まあいい、とりあえず説明をさせてもらう。この鉄鋼生成は自分の魔力を鉄に変換できて、鉄鋼操作はその生成した鉄を自由自在に操作できる。俺はこの二つのスキルを使って、発明をしてる。さっきのロボットだって、俺の弾丸だって、俺のスキルで作った鉄でできてる」


「それって弾丸の火薬も一緒に作ってるの?」


「ん、ああ。俺の銃はな火薬がいらないんだ」


「じゃあどうやって飛ばしてるの?」


「それはな『魔法陣』ってやつだ」


「魔法陣?」

 

「魔法陣っていうのは言うなればインスタント魔法だ。これに魔力を流し込むだけで、その魔法陣に応じた魔法が使える。俺は爆発の魔法陣を銃に仕込んでて、トリガーを引いたらそこに魔力が流れるって仕組みになってる」


「はぇ〜」


 ここの世界はただただ魔法をぶっ放して攻撃するだけじゃなくて、からくりとしても使ってるようだ。




「そんじゃあそろそろ訓練始めるか」


 よっこらしょと言いながら玄武が立ち上がる。そしてまた地下室に向かうので、私もついて行った。


「まずは導華の戦闘スタイルを見たいからちょっと戦ってみてくれ」


「大丈夫? 私死なない?」


「大丈夫だ。あの剣は訓練用にそこまでの威力はない。ちょっとピリッとするくらいだ」


「なら、まあ……」


 とりあえず刀を抜いてそれっぽいポーズを取ってみる。ロボットとの距離は推定5メートルほどだ。


「それじゃ、スタート」


 手始めにロボットがこちらに向かって剣を振りかざしてくる。私はそれを受け止めようと刀を構えた。

 しかし、ロボットはその横をするりと抜け、私の背後をとった。そこを狙って、裏拳の如く刀を振る。

すると、ロボットは素早くしゃがむ。そして、足を狙って剣を振るった。


「っぶない!」


 私は、それ間一髪避けるように私はジャンプをした。思っていたよりも高く飛び、ロボットの背後を取ることができた。

 私はそのまま一歩踏み込んで姿勢を低くし、ロボットの背面斬りを避ける。さらに、もう一歩踏み込み、刀を振る準備をする。そして刀を全力で振るった。


「はっ!」


私の振った刀はロボットの腹部に当たり、ロボットを真っ二つにした。


「そこまで」


 その様子を見ていた玄武がそう言って、こっちにやってくる。


「お前、昔武術とかやってた?」


「やってないよ?」


「にしては強すぎると思うんだが……」


 それは私も思った。頭の中で思い描いたことがここまで綺麗に決まるとは。私が一番驚いた。


「この調子なら百体なんてすぐ終わりそうだな」


「だね」



 そこから十体ほど倒した頃、流石に疲れてきた。


「そういえば、俺ってまだ魔力の流し込み方って言ってなかったよな?」


「言われてないけど?」


「だったら何でロボットを倒せてるんだ?」


「?」


「そのロボットはな、あのペガサスと同じくらいの硬いはずなんだが……」


 そうだったのか。当たってしまえば割と簡単に斬れていたから、気づかなかった。


「……もしかして」


 何かに気が付いたかのような表情をして、玄武は先程戦ったロボット達の残骸に近づいて手をかざす。一通りかざし終わった後に戻ってきた。


「今俺の鉄鋼操作のスキルを使ってきた。が、あいつらの鉄は動かなかった。これはつまり、あの鉄にはもう魔力がないってことだ」


「魔力がない?」


「鉄鋼操作は俺の魔力を動かすことで、魔力とくっついてる鉄を動かしてる。だから動かないってことは、魔力がないってことなんだ」


「それじゃあ、その魔力ってどこ行ったの?」


「おそらく、そいつの中だな」


 玄武が指差したのは腰の刀だった。


「きっと、そいつは魔法を吸い込むんじゃなくて、正確には、魔力を吸い込んでそれを己の魔力として使うっていう能力だな」


「なるほど。だから私の魔力無しで斬れたのか」


「やっぱり面白い刀だな、それ」


 相手の力を逆に自分の力にする刀……か。これは防御面でも攻撃面でも心強い。




「一旦、休憩するか」


 玄武がそう言ったのはあの後にまた五体ほど倒した後だった。


「そうしよう」


 実際、体にも疲れがかなり出ていて、動きも最初よりかなり鈍くなっていた。それでも今日だけでかなりの数を倒した。


「レイ〜、お茶を入れてくれ〜」


 地下室から事務所に戻ってきて、休息をとる。ここまでの運動をしたのは学生だった時以来だ。異世界転生の特典である身体能力の向上があるおかげでかなり動けた。


「導華さん、お疲れ様でした。こちら、お茶とシュークリームです」


「ありがとうございます、レイさん」


 そう言ってシュークリームを頬張る。玄武はというと、私の向かいでソファでテレビを見ている。


『近年稀に見る異常気象で……』


『今日は美味しいハンバーグを……』


『ここ最近は女性の誘拐が頻発しており……』


 コロコロとチャンネルを変えていく。この世界でもやっぱりお昼のニュースというものは充実しているようだ。


『2月18日、今日の天気は……』


 あ、今って二月だったんだ。そういえば、ここに来て全くそういうことを気にしていなかった。


「道華、今日戦って見てどうだった?」


「意外といけた。これなら100体何とかいけそう」


「なら良かった」


 私はそこでシュークリームを食べきった。




「はっ!」


 そして月日は流れて、テスト前日。あの日からロボットを倒し続けてきた。玄武からの指導もあり、最初とは見違えるほど動きが良くなった。目も慣れてきて、あの速さも今はとらえることができる。


「おめでとう、導華。そいつで終わりだ」


「は〜、やっと終わったぁ〜」


 そのまま大の字でばたりと倒れた。


「お疲れ様、今の時間は……19時くらいだな。明日はテストなんだし、風呂入って早めに寝ろ」


「わかった」


 そしていつもと同じように事務所に戻って夕飯を食べた。相変わらずレイさんのご飯は美味しい。その後に風呂に入って、一昨日買った自分のパジャマを着て、ベッドに入る。

 明日はついに運命の日、私がこの世界に居られるかが決まる大切な日。寝る前なのにドキドキしてくる。私はそのドキドキを押し殺して、眠りにつくのだった。



 目覚まし時計の音で目が覚める。朝だ。


「よう、目は覚めてるか?」


 身支度を済ませて、事務所に行くと玄武と朝ごはんが待っていた。


「バッチリだよ」


「おはよう御座います、導華さん。朝ごはんをどうぞ」


 今日の朝ごはんも変わらず美味しい。私たちは朝ごはんを食べ終わり、ガレージへと向かった。今日はいつもと違い、レイさんも一緒だ。


「それじゃあ、行ってきます」


「はい、頑張ってください。導華さん」


 そして玄武の運転で会場へと向かっていった。




「今回の会場って、遠いの?」


「遠いぞ。前にいった廃ビル群のところだ」


「ああ、あそこね。今回も車で行くんだ」


「いやな? 俺は『転移』でサクッと行っちまおうかと思ってたんだ。今回俺は戦わないし。でもよ、先生が車で来いってさ」


「何か意味があるの?」


「わからん。そういう人だからな」


 一体どんな人が来るのか。不安だ。


「今緊張してるか?」


「してるに決まってるでしょ」


「まあ、そうだよな。とにかく、あんまりこわばらずに頑張れよ」


 車窓からは廃ビルが見え始めていた。



「確かここに停めろって言ってたはず……」


 車から降りると何やらカラフルなゲートが見える。


「……何あれ?」


「多分先生が用意したやつだな。あーゆーところはファンシーで変な先生なんだよな……」


「誰が変、だって?」


 背後から声がする。振り向くとそこに黒服の男が立っていた。髪型は七三分けで黒髪。目はぎょろっとしている。


「先生、いたんですか」


「あたりまえ、だろう。私は、遅刻、しない」


 変な喋り方をする人が来た。この人が先生……。


「自己紹介を、しよう。私は家石けいし超介ちょうすけだ、よろしく」


「よ、よろしくお願いします……」


 本人に自覚があるかわからないが、恐ろしいほど不気味な雰囲気をはなっている。近くにいて気持ちの良い人ではない。


「彼女が、受験者か? 玄武」


「そうです」


「名前を、教えてくれるか」


「田切 導華と言います。今日はよろしくお願いします」


「導華か、こちらこそ、よろしく」


 話してみた感じおそらく悪い人ではないだろう。


「では、早速、試験を、始めよう」


 ついに始まるようだ、運命の時が。


「ルールは、簡単だ。このゲートの、先に、一匹、化ケ物を、放ってある。導華くんは、それを、30分以内に、討伐してくれ」


 30分か……。初めての討伐で、長いのか短いのかがわからない


「ただし、この中で、負った傷や、後遺症は、一切保証しない。大丈夫か?」


 何だか非常に不穏なことを言っている。しかし、ここで頷かなければ、全部パーだ。


「……わかりました」


「よし、時間は、私たちが、逐一、報告を、する。では、ゲートの、前に、立ってくれ」


 いよいよ下される。ここで私が生きていけるのか否かの審判が。




「テスト、開始」




ホイッスルと共にゲートが開き、激闘が幕を開けるのだった。

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