第3話 task/課題

「全く、ワシのことを子供扱いしおって……」


「すみません……」


 子供扱いされたことで星奏さんはすっかりヘソを曲げてしまった。

 今は家に入れてもらい、煎餅の入った器の乗った大机の前で彼女と向き合った形になっている。怒っているが、何だかんだと言いながらご馳走してくれたこの人は優しい人なんだろう。


「導華よ、お主はもう良いのじゃ。知らなかったのだからな。じゃが!」


 星奏さんはバコンと机を叩いて、私の横にいる玄武に指を差す。


「なぜ説明しなかったんじゃ! お前ぇ!」


 すると玄武は悪びれずに答えた。


「なぜかって……面白そうだったから?」


「ダーーーーッ!! お前はいつもいつも!!」


「まあまあ、そう怒るなって」


「お前のせいじゃろうがあーー!」


「痛え!殴るなあ!」


 なんともにぎやかな二人だ。


「お二人は仲が良いのですね」


「「よくないわ!」」


 なんとビックリ、息ぴったりだ。

 



「さて、本題に戻そう」


 玄武は頭を殴られて痛そうにしている。


「今日突然来たわけじゃが……それ相応の理由があるのだろう?」


「ああそうだ。突然なんだが、こいつの魂の色の検査とこの刀の解析をして欲しくてだな……」


 そう言って、玄武は私に刀を見せるように私に言った。私が刀を机の上に置くと、星奏さんはじっくりと刀を見る。


「これか……。確かにワシもこんな刀は見たことがない」


「やっぱりそうか……」


「じゃがざっと見ても、相当な代物と見て間違いないじゃろうな。導華よ、こんな刀を一体どこで手に入れたんじゃ?」


「えっと実は……」


 そして私は自分が転生者であること、起きたところにそれがあったことなどのここまでの経緯をを説明した。


「お主、異世界転生者だったのか。ほぉー、髪色のせいで気づかなかったわ」


「それで、だ。ここに来る前に化ケ物を討伐してきたんだが、この刀がそいつの魔法を飲み込みやがったんだ」


「なるほど……。ワシもそのようなことをする刀は聞いたことも、見たこともない。じゃが、異世界転生の特典としては申し分ない性能をしておるな」


 星奏さんは納得したようにウンウンと頷いた。


「して、玄武。性質がわかっておるなら、一体何の解析をしろと言うのじゃ?」


「それは、あれだ。この刀の素材とまだ他にも性能がないかってところだ」


「なるほどな……。合点承知じゃ。どれ、導華。その刀を貸してくれ」


「どうぞ。」


「ほほぉー、改めて見ても立派なもんじゃのぉ。ワシはこんな刀生きてて触ったことがないわい。装飾もしっかり施されておる。まるで一つの美術品のようじゃ。大事に預からせてもらおう。解析は……そうじゃな、明後日までには終わるじゃろう」


「よし、わかった。それでもう一つのほうも……」


「わかっておる。そう急かすでない」


 そういうと星奏さんは後ろの戸棚をガサゴソと探り出した。


「お、あったあった」


 彼女の手には大きな水晶玉が乗せられている。その色は無色透明で、占い師が使うものを連想させる。


「これは?」


「これは『魂色判断玉こんしょくはんだんだま』と言ってな、お主の魂の色がわかるんじゃ」


「魂の色……?」


「ああ、魂の説明をしないとな」


 きょとんとしている私に玄武が言った。


「さっき言った通り、この世のものは全てが魔力を持っている。そしてその源、いわば核を『たましい』って言うんだ。それでこれも言ったと思うが、人でもなんでもこの世の物は魔力を持ってる。だから、理論上どんなものでも魔法を使う。だが、やっぱり得意不得意があるんだ。それを示してるのが『魂の色』なんだよ」


「つまり、何にでも魂と魂の色がある……ってこと?」


「ああそうだ。木だろうがそこの襖の紙だろうが何にだってある。お前にもあるし俺にもある。それが魂ってもんだ」


「お主もいつか魔法を使うじゃろう? その時に自分が何が得意で何が不得意かがわかっておらぬと不便になる。じゃから、今ここで見ておこうというわけじゃ。わかったかのう?」


「はい、とりあえずは」


「よし、それじゃあこの玉にを乗せてみい」


 机に置かれた玉に手を乗せてみる。


「よし、そのまま少し待っておれ。少しすると色が変わるからのう」


 しばらくすると玉がぼや〜っと色が変わり始めた。やがて、その色に変化が起こらなくなった。


「これは……赤じゃな」


「つーことは、炎か」


 炎……。まあ、だから何だという話ではあるが。


「ふむ……。炎なら使い勝手も良いじゃろうし、なかなか良いんじゃないかのう?」


「そうだな。これなら覚えられるスキルも多いだろうしな」


 このとおりお墨付きももらっているのだからきっと良かったのだろう。




「よし、目的も済んだことだしそろそろ帰るか」


 襖の間から外が見える。外はすっかり夜になってしまい、真っ暗だ。


「ちょっと待つのじゃ」


「なんだよ、星奏。俺もう疲れてるんだよ」


 玄武は言いながらあくびをしていた。忘れていたがまだここに来て1日も経過していない。が、今日あったことでてんやわんやで、私ももうクタクタだった。


「まあまあ、すぐ終わることじゃ。お主らがどうするかは任せるが、お主らに一つ忠告をしておいてやろう」


「なんですか?」


「導華よ、お主が異世界転生者であることは、誰にも言ってはならぬぞ。玄武、お主もじゃ」


 その忠告とは意外なことだった。


「なんでだ?」


「当たり前じゃろう。異世界転生者というものは、本来警察にしょっ引かれて管理される存在。そんなものが管理もされずに街を闊歩しているだなんて知られてたら、あっという間に警察がやってくるじゃろう。玄武もそんな存在を自宅に匿った、いわば共犯者。ここでワシが警察に電話したら、二人ともお陀仏じゃ」


 よく考えたらそうだ。本来は私は今頃警察署にいただろう。ここにいるのは、単なる偶然でバレたらほぼ確実に連れていかれる。それだけはごめんだ。


「そうだな……。ちょっと待ってろ」


 そういうと玄武はどこかに電話をかけ始めた。


「もしもし、お久しぶりです。今少しいいですか?」


「あやつ、一体何を……?」


「ええ、大丈夫です、絶対」


 何かこちらをチラチラ見ながら電話をしている。


「はい、はい……。分かりました、頼みますよ」


 電話をかけ終えた玄武が戻ってきた。


「当てが見つかった」



「当てって……何の?」


「戸籍づくりと免許発行のだ」


「講師……?」


「この世界で生きていくためにもさすがに戸籍が必要だからな。それに、守護者をするにも免許がいる。そこで、この人がもろもろの手続きをしてくれるってわけだ」


「そんなに至れり尽くせりで大丈夫なのか? 怪しいというか、黒いようなところじゃないじゃろうな?」


「ああ、大丈夫だ。あの人は俺の高校時代の恩師だからな」


 玄武は胸を張ってそう言った。


「本当にいいの?」


「いいってさ。情報も漏らさないし、異世界転生者だとバレないようにすると。だけどな、一つ条件があるらしい」


「何?」


「あのドラゴンレベルの化ケ物を一人で倒してみろだとよ」


「無理」


 どう考えても無理だ。あのドラゴンレベルを一人でなんて……。ああ、異世界生活短かったけど楽しかったな。グッバイ異世界。


「まあ、今のままなら無理だろうな。だけどな、先生は猶予をくださった」


「どれくらいじゃ?」


「一週間だ」


「短っ!?」


 私の反応に反して二人は楽しそうな反応をしている。


「一週間か……。何とかならない日数ではないな」


「だろ?」


 この二人は頭がおかしいのだろうか? 目の前の人物が窮地に立たされているにも関わらず、何だか楽しそうにしている。


「わかった! そうと決まれば解析を早めてやろう。明日の朝、もう一度ここに来い」


「いいんですか?」


「もちろんじゃ、ワシの腕の見せ所じゃしな。それにな……」


 星奏さんが少し懐かしそうに語る。


「昔、じいちゃんがよく言っておった。闇雲に何かをするな、自分のために、それ以上に誰かのために自分の力を使え、とな。今がまさにその時じゃ。導華、明日の朝を楽しみに待っておれ」


 そう私に言う彼女の表情には自信が溢れていた。


「分かりました、お願いします」


「おう!」


 ここまで私のために一生懸命になってくれるのは生まれて初めてかもしれない。


「よし、そうと決まれば帰った帰った」


「そうだな。導華、邪魔にならないように帰るぞ。もうこんな時間だし」


 こちらに見せてきた玄武の腕時計は、21時を指していた。


「わかった。星奏さん、本当に何から何までありがとうございました」


「良いのじゃよ。ちょっとしたおせっかいの延長線じゃからのお。それよりもお主は自分の心配をするのじゃぞ」


「はい、分かりました。がんばります!」


「よし、その意気じゃ。頑張るのじゃぞ!」


 そして私たちは星奏さんに別れを告げて、帰路に着いたのだった。



玄武の運転で事務所まで帰ってくると、レイさんが迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。マスター、導華さん」


「おう、ただいま」


「ただいまです」


 私はソファにドカッと座った。


「は~疲れた」


 今日一日でいろいろな事があった異世界に来たと思ったらドラゴンを見て、変な奴に会って、その変な奴の事務所に入ることになったり、魔法を吸い込む不思議な刀を手に入れて、ドラゴンレベルに強い奴を倒すことになった……。昨日の私に言っても絶対に信じないだろう話だ。


「導華、疲れてるだろうがお前先に風呂入れ。そしたらもう寝て良いから。朝起きたらとりあえず事務所に来い。あと、風呂のシャンプーは好きなように使っていいぞ」


「わかった~」


 そう言われて風呂に入る。久々の風呂だ。昨日まではほぼ毎日シャワーで、もはやそれすらもない日もあった。こうやって風呂に浸かってみると改めて風呂の素晴らしさを実感する。

 いったん風呂から出てシャワーを浴びて体を洗い、シャンプーで頭を洗う。そして、風呂にもう一度浸かってふと気づいた。


(これ、風呂上がったら何を着れば良いんだろうか?)


 玄武は何か考えてあるのだろうか……?


「導華さん、すみません」


「はい!?」


 がっつり油断していて驚いてしまった。レイさんだ。


「着替えをここに置いておくのでよろしくお願いします」


「ああ、ありがとうございます」


「では、ごゆっくり」


 レイさんが着替えを洗濯機の上に置いておいてくれた。

 風呂を出て脱衣所に行くと洗濯機の上に着替えがある。下着を着けてみるとぴったりだった。客人用の物なのだろうか。

 残りのパジャマを着てみようとパジャマを広げる。それは確かにパジャマだったが、何というか少し豪華すぎるというか……。まるでこれではお嬢様の着る服だ。しかし、これ以外着る物がないのだから仕方が無い。

 納得して服を着ると、まるで一国の姫だ。まあ、悪い気はしないので別にいい。


「お~やっぱりぴったりだな」


 廊下に出ると警備室から出てくる玄武にあった。


「これ、お客さん用のパジャマ? にしては豪華すぎる気が……」


「すまんな、これしかなかったんだ。また明日にでも買いに行ってこい。金は出してやろう」


 この男は意外と優しいのか?


「まあ、その分は後で給料から引くけどな! あっはっはっは!」


 高笑いをしながら事務所に入る玄武を私はにらみつけながら階段を上った。やはりこの男は優しくないようだった。



「お疲れ様です、レイさん」


 部屋に入るとレイさんが居た。どうやらベッドメイクをしておいてくれたようだ。ベッドはシワひとつなく綺麗だ。これでは何となく寝るのが申し訳なくなってくる。


「はい、ありがとうございます。ですが、これが私の仕事なので別に気にしないでください。」


「そうですか……」


 レイさんがふと何かを思い出したかのように顔を上げた。


「ああ、そういえば……」


「?」


「マスターが明日から早速訓練を始めるから覚悟しとけ、と言っておりました。事情は全て聞きましたが、おそらくマスターのことですから、きっと何とかしてくれると思いますよ」


 訓練……か。あいつは何をしてくるのだろうか? あの破天荒さじゃ見当もつかない。


「とにかく、本日はもう寝た方が良いと思います。明日からきっと大変になりますので。ここに着替えは置いておきます。着替えたパジャマは洗濯機横のバスケットに入れておいてください。では、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 レイさんが部屋から出て行き、部屋は私一人だけになる。窓の外を見ると明るく、電気の点いているビルもいっぱいある。


(昨日までは私もああいうところにいたんだなぁ……)


 そこから解放されて、今は自由の身。なんとも感慨深い。

 ベッドに寝転んでみる。綺麗なベッドはフワフワで、さぞかし寝心地が良さそうだ。


「おやすみ」


 疲れ切った私はそのまま眠りについた。



 目を覚ますと窓から明るい朝日が差していた。

 起きたので、ひとまず玄武に言われた通り、事務所に向かうことにする。が、その前に服を着替える。用意された服は昨日着ていたあの服で、今度はちゃんと下着も用意してある。ひとまず着替えて、事務所まで降りて行った。


「おはよう御座います、導華さん」


 事務所に入るとレイさんがいて、机の上には美味しそうな朝ごはんがある。が、玄武の姿がない。玄武の部屋からも物音ひとつしない。


「おはよう御座います、レイさん。玄武は……」


「はい、マスターなら今地下室にいらっしゃいます」


「ここって地下室もあるんですね」


「はい、元はなかったのですが、マスターが改造しまして……」


 なるほど、あの男ならやりそうなことだ。


「マスターから伝言を預かっております。朝ごはんを食べたら、地下室に来て欲しい、だそうです」


 であれば、とりあえず冷めないうちに朝ごはんを食べてしまおう。今日の朝ごはんは目玉焼きにトースト、それにサラダとオレンジとなっており、まるで昔出張で行ったホテルの朝ごはんのようだ。


「導華さんはパンはいちごジャムとバターどちらにしますか?」


「それじゃあ……いちごジャムで」


「はい、かしこまりました。いちごジャムを持って参りますね」


 正直どちらでも良かったが、糖分補給はした方が良さそうだったのでいちごジャムにした。

 まずはジャムなしでトーストを食べてみる。サクリと音のする良いやけ具合でありながら、ふんわり感を保っている。そこらのトースターできるはできないであろうクオリティだ。これならジャムなしでも良かったかもしれない。


「どうぞ、いちごジャムです」


 コトリとレイさんがジャムを置いてくれた。お礼を言ってジャムをつけて食べる。これはこれで美味しい。甘さが絶妙で、ジャムもきっと高いものなのだろう。

 朝食を食べ終わり、台所に食器を持って行くついでにレイさんに聞いてみる。


「地下室ってどこから入れるんですか?」


「はい、そこのマスターの部屋の床に扉があります。そこに入るとガレージに出るので、そこの床の扉を開けると行くことができます」


 言われた通りに玄武の部屋に行ってみると、見にくいが確かに扉がある。開いてみるとハシゴがあり、降りて行った先には昨日見た車があった。そしてその車の右後ろの床にまた扉がある。やけに厳重だ。そんなことを思いながら、私はその扉へと足を進めた。




「おお、やっときたか」


 またハシゴを降りて行った先には玄武がいた。真っ白な部屋で天井はまあまあ高い。部屋の中には何もなく、ただ玄武が立っているだけだ。


「ここは?」


「ここはな、俺たちの秘密の訓練場だ」


「訓練場?」


 そう言われても訓練できそうなものは何にもない。


「そうだ、ここで先生のテストのために一通り強くなってもらう」


「こんな何もないところで何をするのさ?」


「こいつと戦ってもらう」


 そう言って玄武が指を鳴らす。すると床が開いて下からロボットが上がってきた。


「こいつは試作品で、うまく動かなかったロボットだ。こいつらならいくら切ってくれてもかまわない。こいつみたいのが後何百体もいる。ちょっと一回動かしてみるか。ちょっと離れてろ」


 玄武がリモコンを取り出した。


「スイッチ〜オーン!」


 変な掛け声と共にロボットが動き出した。


「速くない?」


 それは試作品というには動きが俊敏すぎる。背中にあるジェットでビュンビュン飛んでいる。さらに手にはビームサーベルが握られている。


「ああ、確かに速いが、俺が求めている程の速度はない。それでお前にひとつ課題をやろう」


 ごくりと唾を飲む。




「こいつらを100体倒してみろ」




「……」


「そんだけ倒せばきっと先生のテストも余裕で合格だ。頑張れよ!」


「頑張れよじゃねー!」


 果たして本当にここで私は変われるのだろうか? 何だか変わる前に死ぬ気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る