第3話〜安心は油断を生む〜

 剣持隆亮(けんもちたかあき) とその後輩の一文字智也(いちもんじともや)。二人のサバイバル生活は順調であった。食料や水に困ることはなく、森を縄張りとする生物にもそこまで襲われることもなかった。稀に現れる巨大ヒアリは危険な生物ではあるが、対策を知った隆亮の敵ではなかった。


 そんな巨大ヒアリついて二人はあることを発見した。


「こいつら火吹くんですね…」


 最初の個体以外は全て火炎放射のような炎を吹いてきたり、火球を飛ばしてきたりしたのだ。


「二匹目の時は本当に死ぬかと思ったぜ。」

「そういば、火炎放射みたいなのする時は普通でしたけど、火球飛ばす時はなんか魔法陣?みたいなのが見えましたね。」

「ああ、ファンタジーだな。もしかしたら異世界もののアニメ・マンガに出てくる世界と似たようなところに来ちまったのかもな。」


 現実的ではない事実を目の当たりにした二人はようやくそのことに気づいたのだった。


「異世界転移ってことですか?なんか楽しそうっすけど現実になるとなんかイメージと違いますね。」


 二人はそれぞれマンガ・アニメの趣味に精通していた。異世界転移という気分の上がりそうな体験をしたわけだが、彼らには現実が見えている。異世界転移または転生がそんな生ぬるいものではないことぐらいわかっていた。


「そうだ、先輩。さっきの魔法陣記憶できたので再現してみません?」

「相変わらず記憶能力高いな。」


 智也は魔法陣が現れてから消えるまでのわずかな時間でその魔法陣を記憶してしまった。


 智也は元々、周りから天才と呼ばれるような頭脳を持っている。物事の記憶に関しては超がつくほど得意で、教科書のページを捲るだけで大体頭に入るくらいだ。


 そんな智也だが、学力に対する向上心はほとんどなく、やりたいことにだけその頭脳を使う主義だった。


 智也が魔法陣を記憶した。これは智也が巨大ヒアリの出した火球、すなわち炎の魔法に興味を持ち、自分も使ってみたいと思ったということである。


「再現するにしてもどうやってやるんだ?」

「まあ見ててくださいよ、先輩。」


 そう言って智也は先程記憶した魔法陣を地面に描き始めた。円形の図形の中に長文の詠唱文のような文字式が並べられる。最後に文字式を順番に線で繋いでいく。簡単そうに聞こえるがこれを一瞬の出来事の中で記憶すらのは至難の業だということは隆亮にだって分かる。


「できました。」

「おお、よくこんなの暗記できたな。」

「へへへ、まあ僕にかかればこんなこと朝飯前っていうか?余裕っていうか?」

「あーはいはい、すごいすごい。」

「…先輩も相変わらずきつい性格してますね。そんなんだからモテないんすよ。」

「今は関係ねーだろ。それより、その魔法陣は起動できるのか?」

「どうでしょう?ちょっとイメージですけどやってみますね。」

「イメージかよ…。」


  智也はイメージを思い浮かべた。魔法陣を起動するということのイメージを。マンガ・アニメで培ってきたイメージを。


 智也の中でそのイメージは一つだった。魔法を使用するためには魔法陣に魔力を注ぎ込む必要があるというイメージだ。


 智也はそのイメージの通りに自信の秘めたる力、魔力を魔法陣に注ぎ込む。口では説明することができないその感覚が智也には理解できた。


 智也は自分の頭脳が恵まれてていたことに初めて感謝をした。こうして、本当にやりたかったことに、全力で頭を使えるのだから。


 そして智也は一気に力を込めて魔法を発動させた。


「はっ!」


 智也の声と同時に火球が空に向けて放たれた。その大きさは巨大ヒアリが放ったものに負けない大きさだった。


「おお!すげえぞ、智也!」

「本当に…できた…。や、やりましたよ!先輩っ。」

「ああ、よかったな。」

「ふっふっふ、これで僕も先輩と一緒に戦えらっす。」

「そうだな。けど、戦闘の時にいちいち魔法陣描いてらんねーぞ。」

「それに関しては考えがあるので研究研究!」

「そうか。じゃあもうそろそろ寝るか。」

「そうですね。僕さっきのでなんだか疲れちゃいました。」

「なら先に寝てろ。今日は俺が先に見張りするよ。」


 この森は決して安全ではないため、睡眠時間は二人で交代交代見張りを行うようにしている。


「ありがとうございます、先輩。ではお先におやすみなさい。」

「ああ、おやすみ。」


 智也は就寝を、隆亮は見張りをしようとしていたその時。二人は近くの草むらから何かの気配を感じ取る。


「智也、悪いがお休みは後だ。」

「そうっすね…」

「巨大ヒアリとはなんか違う気がするな。」


 隆亮の読み通り、草むらから現れたのはいつもの巨大ヒアリではなかった。その姿は巨大ヒアリが人化したような姿だった。見慣れた頭・胸・腹は無駄な部分がなくなってスマートになっていた。その胸から歩行用のニ対の脚と人間の腕のような一対の脚が生えていた。


 前脚には鋭利な爪のようなものがあり、どっしりとした後ろ足二対の脚力は計り知れない。


「なんか一筋縄じゃいかなさそうなのが出てきましたね。」

「ああ、そうだな。」


 二人は即座に木刀を構えた。目の前の人型のヒアリは特に構えることもなく、二人をじっと見ている。


「ニンゲン、ナゼ、コノモリイル。」


 二人は突然喋り出した人型ヒアリに驚愕の表情である。


「ムダナアラソイ、コノマナイ。ハヤクタチサレ。」


 隆亮は少し間を置いて言葉を返した。


「喋れるんだな、お前たち。争いは俺たちも好まないが立ち去るのは無理だ。もう少し準備がいる。」

「ダメダ。ハヤクコノモリヲ、タチサレ。サモナクバ、コロス。」


 人型ヒアリが本気でそのことを言っているのは二人にも分かった。


「なんでですか?僕たちがこの森にいちゃいけない理由とかがあるんですか?」

「ニンゲン、オロカ。モリヲケガス。ダカラ、モリクルナ。」

「この森は今までも人間に汚されてきたのか?」

「ワカラナイ。」

「それじゃ言いがかりじゃないですか!?」

「モリノイキモノ、ミンナニンゲンキライ。シンヨウサレナイ、ニンゲンガワルイ。」

「僕らは森を汚してないっすよ?」

「デモオマエラ、ナカマクッタ。」

「「あ。」」

「ナカマクワレタノ、シカタナイ。コノモリ、ジャクニクキョウショク、ゼッタイ。アトアイツラ、タクサンイルカラ、トクニモンダイナイ。」

「そ、そうか…」


 二人は自分たちが食べた巨大ヒアリたちに少し申し訳ない気持ちになった。


「話を戻そう。俺たちはもう少しこの森に滞在したい。どうしたら俺たちを滞在させてくれるんだ?」

「ジャクニクキョウショクニノットッテ、コノモリデイチバンツヨイオレタチ、ミトメサセロ。ソシタラ、ユルス。」

「どうしたら認めてくれるんですか?」

「オレヲ、フレアキラーアント・ヒューマノイド・ソルジャーヲ、タオシテミセロ。」


 そう言って、人型火蟻戦士フレアキラーアント・ヒューマノイド・ソルジャーは二人に飛びかかり、攻撃を仕掛けてきた。


「智也!攻撃体制に入れっ!」

「はい!」


 隆亮は即座に常時持っていた木刀を構え、人型火蟻戦士(以降略して蟻戦士)の攻撃に備えた。


 蟻戦士の攻撃はその鋭利な爪で引き裂くものだった。隆亮は木刀を蟻戦士の腕に当てて攻撃をいなした。


 いなした後は隆亮の番である。いなした蟻戦士の右前脚の肘関節を目掛けて木刀を入れる。しかし、目標の右腕は気づいた時には視界から消えていた。


(奴の姿が見えない。)


「先輩っ、後ろっす!」

「何っ!?」


  隆亮は即座に振り返る。しかし…


「オソイゾ、ニンゲン。」


 蟻戦士の爪は隆亮の首目掛けて進んできている。隆亮がこれを避けるのはほぼ不可能である。しかし…


「どぅおりゃっ!」


 智也の跳び蹴りにより、最悪の事態は免れた。蟻戦士は軽く吹き飛び、よろめいた。


「あ、ありがとな。智也。」

「ええ、ほんと感謝してくださいっすよね。」

「アト、スコシダッタ。」


 蟻戦士は新たな攻撃を仕掛ける。先程それは智也が再現してみせた、火球だった。今までの巨大ヒアリ、正式名称:火蟻フレアキラーアントは口の前に魔法陣を発現させ、そこから火球を撃ってきた。一方、蟻戦士は手を向けた先に魔法陣を発現させ、そこから火球を撃ってきた。火蟻と違ってこちらは機動力があるため、素早く火球を撃つことができる。


 隆亮と智也は次々に放たれる火球を必死に避けていた。


(くそっ、埒があかねえ。)


 隆亮が三つ目の火球を避けたその時、目の前に蟻戦士が現れた。


 「くっ!」


 蟻戦士の切り裂く攻撃をなんとかいなす隆亮。しかし、そこに余裕は一切なく、焦りと少しの恐怖が入り混じっていた。


(狙いは、首の付け根。ここだけ外骨格がなくて首が動きやすくなっている。ここに木刀を思いっきり突けば…)


 距離をとって今度は隆亮から攻撃する。首の付け根に向かって思いっきり突きを放った。


「オマエノマネ、サセテモラウ。」


 蟻戦士はそう言って隆亮の突きをいなす。彼が蟻戦士にしたように。


「先輩!離れ…」


 隆亮の危険を感じた智也は彼に「離れて」と言おうとした。しかし、間に合わなかった。


「あがっ!うぉぉっ」

「先輩!?」

「足がっ…」


 隆亮の右足は足首の少し上あたりから切断された。蟻戦士の切り裂く攻撃によって。


「トドメッ!」


 蟻戦士は彼にとどめの一撃を仕掛けた。


「やめろーっ!」


 だが、智也がそれを許さなかった。今度は体当たりで蟻戦士を隆亮から突き放した。


(僕が先輩を守らないと…でも僕の突きじゃあいつには通用しない。)


 智也は自分のことを嫌悪していた。


 戦闘の時、いつも隆亮に任せて守ってもらっていた自分を。


 それではだめだとわかっていて何もできなかった自分を。


 身体を動かすのが隆亮程上手くない自分を。


 隆亮の役に立ちたい。隆亮が得意で智也は苦手な分野で。


 しかし、智也の身体能力では蟻戦士の弱点に突きを喰らわすことは到底できない。


(ここからどうする?幸いにも異常に優れた反射神経でこいつの攻撃は避けることができる。でもこのままでは先に僕の体力が尽きて攻撃を喰らってしまう。せめてこいつの動きを一秒でも止められれば…)


 智也は生まれながらの優れた脳をフル活用して蟻戦士の動きを止める方法を考える。


 今の自分にできることは何か。


 結論を急ぐ彼に蟻戦士は火球を放つ。智也はそれを避けながらあることを思いつく。


(火球…これだ!火球の発射には魔法陣が必要みたいだけど、別に魔法陣を描く必要はない!こいつは魔法陣を描かずにも火球を放ててる。)


 智也は考える。イメージする。魔法陣を描かずに火球を放つ方法を。


(まずは火球の魔法陣だ。これは記憶している。次に初めて火球を放った時の感覚…身体の中心から何かが吸い取られる感覚。この何かを僕の右手に集中させる。イメージだけど。)


 思考速度を極限まで高める智也の脳に突然機械音声のような声が響いた。


[身体の右手に魔力が集中。魔法陣の出現準備が完了。続いて術式の選択。]


(!?なんだこの声。脳に直接響く。)


[選択可能な術式…該当なし。術式の固定記憶化を提案。固定記憶化が可能な術式の候補…火属性魔法フレアカノンが該当。]


(どゆこと?固定記憶化ってなに!?)


 突然の出来事に智也の頭の中は混乱でいっぱいだった。しかし、すぐさま冷静になり、大体を理解した。


(要するに火球、フレアカノンの術式を強くイメージして脳に刻み込むことで固定記憶化ってのができて、術式の使用ができるようになるってことかな?そうときたらさっさと固定記憶化だ!)


 智也はフレアカノンの魔法陣を強くイメージし、術式を固定記憶化した。


[火属性魔法フレアカノンの固定記憶化に成功。]


(そんでもって術式フレアカノンを選択だ!)


[術式フレアカノンを選択。火属性魔法フレアカノンの魔法陣の出現を実行。詠唱による魔法陣の起動が可能。詠唱は…]


(んなもん読んでられるか!詠唱なんていらない。意識の集中で即座に魔法陣を起動!)


[膨大な魔力を感知。無詠唱による魔法陣の起動が可能。]


(よし!じゃあフレアカノンを起動だ!)


 智也は右手を蟻戦士にかざし、魔法陣を出現させる。


 「オマエ、チョロチョロトウットオシイ。」


 蟻戦士は智也目掛けて切り裂く攻撃。しかし智也は蟻戦士に向けて魔法陣を起動させる。


[火属性魔法フレアカノンの魔法陣を起動。]


「!?コ、コレハ…」


 蟻戦士が智也の行動について理解したその時、智也の魔法陣から火球が出現し、発射された。


「グワッ!」


 大した威力はないが不意を突かれた蟻戦士は動きを止めてしまう。そのチャンスを智也は逃さなかった。


「うおりゃあー!」


 智也は蟻戦士の首の付け根に木刀を全力で突き刺す。


「グハッ!」


 蟻戦士は一番の急所を攻撃され、声にもならない悲鳴をあげて、もがき苦しむ。


 そして、息絶えた。


「や、やった…。僕、勝ったんだ。」


 智也は思いがけない勝利の余韻にしばらく浸っていた。


「ぃやったあー!」


 大声を出して喜ぶ智也。しかし、すぐに我にかえる。


「はっ、先輩!」


 智也は急いで右足を動かせずに苦しむ隆亮の所へ走っていった。


「先輩、大丈夫っすか?」

「ぐっ…痛くて動けん…。止血はしてみたが、血が止まってる気がしねぇ。」

「急いでちゃんとした応急処置をしないと…でも道具が…。」


 大怪我を負った隆亮とその心配をする智也。二人の不安に新たな不安が現れた。


「「!?」」


―ガサッガサガサッ


 草村から複数の音が聞こえたのだ。そしてそこから現れたのは、四体の人型火蟻戦士とそれ率いる女性のような姿をした者が現れた。


「おいおい、もうダメかもな…」


 異世界転移をして初めて弱音を吐く隆亮。


「はは、そっすね。」


 感情のない返事を返す智也。


 二人はこの絶対絶命の状況で生き残ることができるのだろうか……

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うざい後輩と異世界転移 @torataro430

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