第21話 これが隊員(後編)

「そんな大変な部隊、どう考えても、わたしよりマリア様かサイカ様が隊長をやった方がいい気がするんですけど……」


 レオナの問いに、ティアはうなずいた。


「そうだな。本来はマリアを隊長にしようかと計画していたんだが――そこの二人が、お前が隊長でなきゃ嫌だと言って聞かなくてな」

「……は?」


 レオナは、ティアと話している間もずっと直立不動でいたマリアとサイカをまじまじと見つめる。

 目が合ったマリアが、レオナが惚れてしまいそうな笑みを返してきた。


「はい。我々は、自らの意志で隊長の下に付くと決めました。そこのトンデモあるじの命令で嫌々というわけではないので、どうか遠慮せず気楽に隊長の任をお引き受けください」


 サイカの方も、レオナの視線に一点の曇りもない笑みを返す。


「もうティア様の命も下ったのですから、たとえ嫌だと言っても副官として隊長のお世話をしますからね――ってまさか、本当にわたくしがお世話することがお嫌だったりしますか!?」

「いえ! そんなことはありません!」


 後半、すがるような表情に変わったサイカの言葉を、レオナは心から否定する。


 そう。今更レオナも隊長をなんとかして降りようなどとは思っていない。

 そもそも「やる」と自分で決めたのだから、やる。

 後で揺らぐようであれば、そんなものは決断ではない――それが、レオナだった。


 とはいっても、それで「えーと、じゃーどーしたらいーんでしょー……?」という不安がなくなるわけでもなく。

 なので内心、この二人に支えてもらえると判って、安堵ホッとした部分もあるのだ。


「よかった!」


 レオナの言葉に、両の掌を合わせて喜ぶサイカ。

 言葉の最後にハートマークが付いてそうな雰囲気に、一瞬先日の馬車でのことが脳裏に浮かんだが、それは部屋の扉が勢いよく開く音にき消されてしまった。


「よっ、おまたせっ!」


 入って来たのは、先ほど下で声をかけてきた店員だった。

 ただ、レオナのメイド服と同じデザインの制服は脱ぎ捨てられ、面積の少ない服から(特有の刺青が入った)肌を露出させた女戦士アマゾネスらしい服装に着替えている。(もしかすると、たんに制服を脱いだだけかもしれない)


「おー、がうちらの隊長?」


 女戦士の肩越しに、別の女性の顔がヒョイと現れた。

 頭の上でピコピコ動いている三角の耳とその特徴的な瞳で、彼女が猫人カットスであることが判る。


「え、隊長どこ?」

「見せて見せてー」


 さらに後ろにも数人の女性が続いていて、ドカドカと部屋へなだれ込んで来た。

 彼女たちに共通するのは、全員先ほど一階のホールで働いていた店員であり、全員制服を脱いでそれぞれの私服に着替えていること。

 そして全員人間ではない――人間から『亜人デミ・ヒューマン』と呼ばれている種族の者たちだということだった。


「彼女たちも、お前の部下だ。ここにいない者も含めて、お前以下十六名が隊の構成員メンバーになる」


 ティアの言葉は、後から入って来た女戦士以下に、嬌声と共に揉みくちゃにされているレオナの耳まで届いたかどうか。

 だが。


アテンション気をつけ!」


 そのマリアの一声で。

 全員が動きと嬌声を止め、レオナからさっと離れ、一列に並んで直立不動の姿勢を取った。

 部屋がしんと静まり返る。


「レオナ、最初の挨拶だ。お前の部下たちに言葉をかけてやれ」


 ティアが、レオナの背中をそっと押す。

 おそらくマリアが隊長候補として彼女たちを訓練してきたのだろう――軍のように統制の取れた彼女たちの動きと張り詰めた空気に気圧けおされながら、レオナはおずおずと一歩前に出る。


「あ、えと……」


 最初はやむなくだった。

 しかもなんとか覚悟してここに来てみれば、思ってたより大きな話だった。


 だが、前回戦いを共にしたマリアとサイカが、自らの意志で部下としてたすけてくれるという。

 他の隊員も、自分を隊長として純粋に歓迎してくれているのが伝わってくる。


「…………」


 もうレオナの中からは、わずかに残っていた渋々だとか仕方なくとかいった気持ちは消えていた。


 レオナは、それを言葉にしようと顔を上げる。

 そこには、レオナをじっと見つめる多数の目。


 多数の熱い視線に曝され、レオナの緊張が限界を突破した。

 そもそもレオナは前世から、大勢の前に立って視線を集めることに慣れてなかったりする。


(…………)


 早く喋らなきゃと焦る一方、乾ききった喉がうまく動いてくれない。

 必死になって、唾を飲み込んだ。

 なんとか口を開く。


「た、隊長の……レオナです。よ、よろしく……」


 最後は消え入りそうな声で、しかもわずかに目を伏せながら、レオナはそれだけをなんとか言った。


 恥ずかしさで、頬がほんのり赤く染まっている。

 目尻には、ちょっと涙が浮かんでいた。


 その場にいた隊員たちがレオナに対する心を固めたのは、その瞬間だったかもしれない。




   ■■■




 防音対策万全のはずの二階個室から、階下の厨房へ漏れてきた嬌声キャー♡を聞いた酒場のマスターは、左目の傷跡を掻きながら天井を見上げる。


「…………」


 そして、防音強化のための職人の手配を決めた。

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